第二十八話 処理不可能
帰り道。
一定の歩幅。
周囲の音も、視界も、いつもと変わらない。
異常はない。
——はずだった。
(……終わった)
一つの行動を整理する。
ロビーで七沢ありすと接触。
本部で刑事部長と会話。
捜査一課でありすに再接触。
会話。
離脱。
処理終了。
思考はそこで終わる。
……終わるはずだった。
(……おかしい)
なぜ捜査一課へ行った。
用は終わっていた。
帰ることもできた。
必要な確認もなかった。
それでも。
足が向いた。
(……目的は?)
検索。
該当なし。
もう一度整理する。
刑事部長と会話。
その後。
捜査一課へ向かった。
(……なぜ)
そこで思考が止まる。
足は止まらない。
もう一つ。
捜査一課。
ありすの前に立った時を思い返す。
⸻
「……終わったら」
「少しだけ、時間ある?」
⸻
返事を待った。
少しだけ迷う表情。
困ったような沈黙。
そして。
⸻
「……今日はいいや」
⸻
自分で会話を終わらせた。
(判断は間違ってない)
ありすは仕事中だった。
返事にも困っていた。
前に、逃げない、とも言っていた。
急ぐ必要はない。
また会える。
だから。
今日は終わりでいい。
(……正しい)
(なのに)
そこで止まる。
もう一度。
最初から整理する。
話しかけた。
返事を待った。
終わらせた。
離れた。
(……それで終わり)
(終わり、のはずだった)
胸の奥に、小さな違和感が残る。
(……なぜ)
原因を探す。
再計算。
行動。
判断。
目的。
どこにも異常はない。
(……なのに)
思考が止まる。
(確認したいことがあった?)
ない。
(伝えることがあった?)
ない。
(仕事の話?)
違う。
(……では、なぜ)
答えが出ない。
(あのまま)
(もう少しだけ話したかった)
その言葉が浮かぶ。
(……なぜ)
目的ではない。
必要でもない。
(もう少しだけ)
(一緒にいたかった?)
思考が完全に止まる。
(……なぜ)
理由がない。
説明もできない。
必要性もない。
なのに。
否定できない。
⸻
足が止まる。
信号待ち。
横を人が通り過ぎる。
青信号になってから気づく。
(……前とは違う)
以前なら。
確認できるまで踏み込んでいた。
確認できれば、それで終わりだった。
でも今日は。
確認より先に。
ありすの様子を見た。
困っていると判断した。
終わりにした。
その判断は、正しい。
(……なのに)
胸の奥だけが納得しない。
ふと。
一つの言葉が浮かぶ。
⸻
「お前、好きなんだろ」
⸻
橘の声。
(……好き)
(定義)
検索。
既知情報。
該当なし。
(感情)
該当不十分。
(判断不能)
即座に結論が出る。
(……分からない)
でも。
(……じゃあ)
他の分類が見つからない。
胸の奥が、小さく引っかかる。
原因不明。
(処理できない)
初めてだった。
判断は間違っていない。
行動にも理由がある。
なのに。
その結果だけが、納得できない。
(……分からない)
小さく息を吐く。
歩き出す。
それでも。
思考だけは。
七沢ありすの前で止まったままだった。




