第二十七話 僅かなズレと大きな変化③
捜査一課。
デスクの並ぶフロア。
キーボードを打つ音だけが、一定のリズムで続いている。
ありすは画面を見たまま、指を動かしていた。
報告書の入力。
いつもの作業。
問題なく進んでいる。
――はずなのに。
(……また、っていつ)
さっきの言葉が残っている。
意味を考えかけて、やめる。
考えても、まとまらない。
そのとき。
「ありす」
背後から声。
指が止まる。
ゆっくり振り向く。
千翠が立っている。
変わらない顔。
でも。
(……来た)
それだけで、分かる。
「……何でここにいるの」
少しだけ声が硬い。
「用事が終わったから」
短い返答。
一拍。
「……それで?」
棘が混じる。
でも、弱い。
千翠は少しだけ考える。
「なんとなく」
そのまま言う。
「時間が空いたから」
余計な説明がない。
ありすの思考が止まる。
(……なにそれ)
理解できない。
でも。
(……また意味わかんない)
「……仕事中なんだけど」
視線を外して言う。
「知ってる」
即答。
「そう……」
続かない。
千翠はそのまま、少しだけ距離を詰める。
いつもの位置。
でも。
前より静か。
「……用が終わったなら、帰れば」
ありすが言う。
少しだけ遅れて。
一拍。
「そうだね」
否定しない。
そのまま受ける。
ありすの胸が、わずかに引っかかる。
(……え)
そこで終わると思っていなかった。
千翠はその場に、少しだけ残る。
視線はありすのまま。
測るみたいに。
「邪魔になるよね」
淡々と確認する。
「……なる」
即答できない。
少しだけ間が空く。
千翠は、わずかに頷く。
「そっか」
短い。
それで終わりにするみたいに。
でも。
動かない。
「……終わったら」
小さく言う。
ありすの視線が戻る。
「少しだけ、時間ある?」
淡々と。
無理に踏み込まない。
ありすの思考が止まる。
(……あるけど)
言えない。
一拍。
千翠はその反応を見ている。
ほんの少しだけ、目を細める。
「……今日はいいや」
静かに言う。
ありすの胸に、引っかかる。
(……え)
終わり方が、想定と違う。
千翠は、それ以上は言わない。
代わりに。
「タイミング合えばでいい」
軽く言う。
具体的な約束はしない。
一瞬だけ、視線を外して。
「じゃあ、またね」
いつも通りの声。
そのまま離れていく。
足音が遠ざかる。
ありすは動けない。
(……今じゃなくていいって)
胸の奥に残る。
(……タイミング合えばって)
勝手に決められているのに。
否定できない。
視線を画面に戻す。
でも。
指が動かない。
さっき言えなかった言葉が、遅れて浮かぶ。
小さく息を吐く。
(……またね)
いつもと同じ言葉のはずなのに。
今日だけ少し違って聞こえた。
理由は、分からない。
でも。
胸の奥が、少しだけ騒いだ。




