第二十四話 答え
夜。
部屋。
静か。
ありすはベッドに座る。
何もできない。
頭の中が、ぐちゃぐちゃだ。
橘の言葉。
千翠の距離。
全部が混ざる。
どちらも違う。
橘に近づかれたときは。
ただ逃げたくなった。
でも。
千翠が近づいたときは。
なぜか、逃げたあとで気になった。
同じように距離が近いのに。
(……何が違うの)
考えても。
答えは出ない。
橘の「俺を見ろよ」が残っている。
千翠の「ありすだけ、違う」も消えない。
どちらも。
自分の中に残っている。
(……飲まれる)
このまま考え続けたら。
誰かの言葉に。
誰かの感情に。
自分まで持っていかれそうだった。
だから。
逃げたかった。
全部から。
考えなくて済む場所まで。
でも。
そこで、ふと気づく。
(……逃げたら)
何も分からないままだ。
怖いから。
分からないから。
だから逃げる。
それを繰り返していたら。
きっと、いつまでも同じところにいる。
小さく息を吐く。
(……逃げるのは違う)
まだ、答えは出せない。
橘をどう思っているのかも。
千翠をどう思っているのかも。
自分でも、分からない。
それでも。
分からないことを理由に。
全部から目を逸らすのは、もうやめたい。
「……最悪」
呟く。
何が正しいのかも。
何を選ぶのかも。
まだ何も。
⸻
翌日。
現場終わり。
規制線が外される。
人が少しずつ散っていく。
ありすは荷物をまとめながら、小さく息を吐く。
「お疲れ」
聞き慣れた声。
振り返る。
千翠。
「……お疲れ」
短く返す。
一拍。
沈黙。
「帰るの?」
「帰る」
「そっか」
それだけ。
千翠はそれ以上何も言わない。
追わない。
近づかない。
ただ、頷く。
ありすは少しだけ眉を寄せる。
(……終わり?)
拍子抜けするくらい、あっさり。
千翠は背を向ける。
歩き出す。
「……ねぇ」
気づけば呼んでいた。
足が止まる。
振り返る。
「何?」
ありすは少しだけ視線を逸らす。
でも。
逃げない。
「……まだ分かんない」
一拍。
「何が?」
「全部」
正直に言う。
「でも」
小さく息を吐く。
「逃げるのは、やめる」
はっきり。
言葉にする。
千翠が少しだけ目を瞬く。
「……そう」
短い返事。
でも。
その声は少しだけ柔らかい。
「近くても?」
確認するみたいに聞く。
ありすは少しだけ顔をしかめる。
「……逃げてないでしょ」
少しだけ不機嫌そうに返す。
今の距離。
近い。
前なら、一歩下がっていた。
でも。
今日は動かない。
千翠は、その事実を静かに受け取る。
(……逃げてない)
一拍。
胸の奥のざわつきが、少しだけ静かになる。
この前の言葉が浮かぶ。
『それを好きって言うんだろ』
(好き)
考える。
(……分からない)
でも。
(悪くない)
その感覚だけは、確かだった。
「じゃあ」
千翠が言う。
「急がない」
「……は?」
「逃げないなら」
一拍。
「今、答えが出なくてもいい」
淡々と。
いつもの声で。
ありすは少しだけ眉を寄せる。
「……何それ」
「逃げないなら、そのうち分かる」
即答。
ありすは呆れたように息を吐く。
「変なの」
「よく言われる」
少しだけ沈黙。
でも。
悪くない沈黙。
近い。
でも苦しくない。
千翠は詰めない。
ありすも離れない。
ただ。
同じ場所に立っている。
それだけだった。
でも。
初めて、千翠の隣が静かだと思えた。
第二章終幕です。また第三章から雰囲気がガラッと変わります。お楽しみに。




