表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
23/33

第二十三話 約束

 静かな夜。


 帰宅した橘は、ソファに深く腰を下ろした。


 何もする気になれない。


 目を閉じる。


 浮かぶのは、今日の現場。





 ありす。


 千翠。


 二人の距離。


 あの視線。


 あの空気。


 そして。


 ありすの表情。


 酷く動揺していた。


 小さく息を吐く。



(……そりゃそうだよな)



 分かっている。


 急かしすぎた。


 困らせた。


 逃げ場までなくした。


 全部、自分だ。


 それでも。



(見てるだけじゃ、もう無理だった)



 その瞬間。


 ふと、昔のことを思い出す。





 小学生。


 教室。


 昼休み。


 ありすは、机に肘をつきながらテレビの話をしていた。



「刑事ってかっこいいよね」



 目を輝かせながら笑う。



「私、刑事になりたい」



 その言葉を聞いて。


 橘は迷わず言った。



「じゃあ俺も」


「え?」


「ありすがなるなら、俺もなる」



 ありすが笑う。



「何それ、智哉も?」


「めっちゃいいじゃん!」



 それだけだった。


 でも。


 卒業アルバム。


 将来の夢の欄。


 二人とも同じことを書いた。



『刑事』



 理由なんて、ひとつしかなかった。


 ありすと同じ未来にいたかった。





 中学になっても。


 高校になっても。


 ありすは変わらなかった。


 刑事になる。


 その夢だけは、一度も諦めなかった。


 ただ。


 気づけば。


 「ありす」は「七沢」になっていた。


 呼び方は変わった。


 でも。


 気持ちだけは、一度も変わらなかった。


 その頃には、二人とも知っていた。


 刑事という仕事は、危険だということを。





 ある帰り道。


 ありすがぽつりと言った。



「刑事って、結構危険な仕事なんだね」



 少しだけ笑っていた。


 でも。


 どこか不安そうだった。


 橘は迷わなかった。



「じゃあ俺もなる」



 ありすが笑う。



「またそれ?」


「うん」


 一拍。


「俺が七沢を守る」



 その言葉に。


 ありすは少しだけ目を丸くして。


 すぐ笑った。



「じゃあ私はあんたを守るよ」



 その笑顔が。


 嬉しかった。


 十分だった。


 それだけで。





 ありすは昔から強かった。


 泣かない。


 人前では。


 でも。


 理不尽なこと。


 悔しいこと。


 本当に傷ついた日は。


 誰もいない校舎裏で、一人で泣いていた。


 誰にも見つからないように。


 橘は声をかけなかった。


 慰めもしなかった。


 ただ。


 コンビニで急いで買ってきたティッシュ箱を。


 そっと置いて帰る。


 翌日。


 ありすは何も言わない。


 でも。


 机の上に、小さなお菓子が置かれていた。


 それが、二人の「ありがとう」だった。





 気づけば。


 二十年以上。


 ずっと隣にいた。


 好きだと言わなくても。


 守ると言わなくても。


 それで十分だと思っていた。



(……でも)



 目を開ける。


 静かな部屋。



(見守ってるだけじゃ)


(一番近い場所は守れない)



 千翠の姿が浮かぶ。


 ありすが困っていた顔も。


 全部。


 浮かぶ。



(遅かったんだろうな)



 苦く笑う。



「……約束は守ったんだけどな」



 小さく呟く。


 刑事にはなった。


 同じ場所で働いている。


 子どもの頃の夢は、叶えた。


 それなのに。


 一番守りたかったものだけが。


 少しずつ、自分の手から離れていく気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ