第十四話 本気の重さ①
最近。
橘智哉は、少しだけ違和感を持っていた。
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(……距離、近すぎるだろ)
視線の先。
ありすと、神谷千翠。
会話の内容は聞こえない。
でも。
距離と、間と、空気で分かる。
(あれは、普通じゃない)
一拍。
視線を外す。
(……あいつは)
千翠のことを思い出す。
(何考えてるか分からねぇ)
そのくせ。
踏み込み方だけは、迷いがない。
(七沢は……)
一瞬、止まる。
(気づいてないんだろうな)
(自分が振り回されてることにも)
「……」
(今までなら、それでよかった)
(七沢が誰を選んでも)
(幸せなら、それで)
一拍。
(……でも、あいつだけは駄目だ)
(あれは、七沢が疲れる)
(傷つく)
(たぶん、笑えなくなる)
小さく息を吐く。
すぐに、いつもの顔に戻る。
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署内。
内勤の時間。
ありすは資料に目を落としている。
「七沢」
「なに」
顔は上げない。
「コーヒーいるか」
「うん、ありがとう」
即答。
橘は少しだけ笑う。
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給湯室。
いつも通り。
砂糖二つ。
ミルク一つ。
手が迷わない。
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「ほら」
カップを差し出す。
七沢は受け取る。
一口。
「……おいしい」
小さく言う。
橘は肩をすくめる。
「意外だよなぁ」
「七沢がブラック飲めないの」
「うるさい」
即返す。
いつも通り。
それが、少しだけ心地いい。
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「……七沢」
「なに」
「今日、飲み行かないか」
「いいよ」
即答。
あっさり。
橘は一瞬だけ目を伏せる。
(……ほんと、壁ねぇな)
自嘲気味に、少しだけ笑う。
「じゃあ終わったら声かけるわ」
「おっけー」
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仕事終わり。
いつもの居酒屋。
慣れた席。
慣れた距離。
「マジでさぁ、あの人」
七沢が愚痴をこぼす。
「それはダルいな」
橘が返す。
会話は途切れない。
自然に続く。
積み重ねてきた時間の分だけ、無駄がない。
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ふと。
会話が切れる。
グラスの音だけが残る。
「……七沢さ」
「なに」
橘は一瞬だけ迷う。
でも、言う。
「神谷千翠」
名前だけ。
それだけで。
七沢の動きが、わずかに止まる。
「……あいつが、なに」
少しだけ、間がある。
「最近、距離近くないか」
静かに言う。
「……そんなこと」
否定しかけて。
止まる。
思い出している。
顔に出る。
「……あいつの話、したくない」
少し考えてから、小さく付け足す。
「なんか、調子狂うから」
視線を逸らす。
橘は、それを見て。
小さく笑う。
「そっか」
「まぁ、たしかにあいつムカつくからな」
軽く流す。
それ以上は踏み込まない。
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帰り道。
店を出る。
夜風。
少しだけ冷たい。
いつもなら。
ここで解散。
「七沢」
「なに」
「家まで送る」
「……今更?」
七沢が笑う。
「いや」
一拍。
「最近この辺、治安悪いし」
「あー、まぁね」
「でも私なら大丈夫だよ」
橘は少しだけ視線を上げる。
迷いを捨てる。
「……いや」
一拍。
「俺が心配だから、送らせて」
一瞬。
空気が変わる。
ありすが、少しだけ言葉を失う。
いつもと違う。
その温度に。
「……まぁ、そこまで言うなら」
小さく返す。
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並んで歩く。
会話はある。
でも。
どこか少しだけ、ぎこちない。
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家の前。
足が止まる。
「ありがとう、送ってくれて」
「じゃあね」
すぐに終わらせようとする。
「七沢」
呼び止める。
一歩、近づく。
「……なに」
少しだけ警戒。
橘は一瞬だけ黙る。
言葉を選ぶ。
「……俺も」
一拍。
「もう、見てるだけじゃいられないから」
「は?」
七沢が眉を寄せる。
「何の話?」
本気で分かっていない顔。
橘は小さく笑う。
「……いや、こっちの話」
一歩引く。
「またな」
軽く手を上げる。
そのまま背を向ける。
ありすは、少しだけ首を傾げながら家に入る。
意味は分からないまま。
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一人になって。
橘は足を止める。
(……遅ぇよな)
小さく思う。
今まで。
ずっと。
一歩引いてきた。
(でも)
一拍。
(見守ってるだけじゃ、間に合わない)
視線を上げる。
「……ちゃんとやるか」
小さく落とす。
そのまま、来た道を引き返す。
足取りは、少しだけ軽かった。




