表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/31

第十四話 本気の重さ①

 最近。


 橘智哉は、少しだけ違和感を持っていた。





(……距離、近すぎるだろ)



 視線の先。


 ありすと、神谷千翠。


 会話の内容は聞こえない。


 でも。


 距離と、間と、空気で分かる。



(あれは、普通じゃない)



 一拍。


 視線を外す。



(……あいつは)



 千翠のことを思い出す。



(何考えてるか分からねぇ)



 そのくせ。


 踏み込み方だけは、迷いがない。



(七沢は……)



 一瞬、止まる。



(気づいてないんだろうな)


(自分が振り回されてることにも)



「……」



(今までなら、それでよかった)


(七沢が誰を選んでも)


(幸せなら、それで)


 一拍。


(……でも、あいつだけは駄目だ)


(あれは、七沢が疲れる)


(傷つく)


(たぶん、笑えなくなる)



 小さく息を吐く。


 すぐに、いつもの顔に戻る。





 署内。


 内勤の時間。


 ありすは資料に目を落としている。



「七沢」


「なに」



 顔は上げない。



「コーヒーいるか」


「うん、ありがとう」



 即答。


 橘は少しだけ笑う。





 給湯室。


 いつも通り。


 砂糖二つ。


 ミルク一つ。


 手が迷わない。





「ほら」



 カップを差し出す。


 七沢は受け取る。


 一口。



「……おいしい」



 小さく言う。


 橘は肩をすくめる。



「意外だよなぁ」


「七沢がブラック飲めないの」


「うるさい」



 即返す。


 いつも通り。


 それが、少しだけ心地いい。





「……七沢」


「なに」


「今日、飲み行かないか」


「いいよ」



 即答。


 あっさり。


 橘は一瞬だけ目を伏せる。



(……ほんと、壁ねぇな)



 自嘲気味に、少しだけ笑う。



「じゃあ終わったら声かけるわ」


「おっけー」





 仕事終わり。


 いつもの居酒屋。


 慣れた席。


 慣れた距離。



「マジでさぁ、あの人」



 七沢が愚痴をこぼす。



「それはダルいな」



 橘が返す。


 会話は途切れない。


 自然に続く。


 積み重ねてきた時間の分だけ、無駄がない。





 ふと。


 会話が切れる。


 グラスの音だけが残る。



「……七沢さ」


「なに」



 橘は一瞬だけ迷う。


 でも、言う。



「神谷千翠」



 名前だけ。


 それだけで。


 七沢の動きが、わずかに止まる。



「……あいつが、なに」



 少しだけ、間がある。



「最近、距離近くないか」



 静かに言う。



「……そんなこと」



 否定しかけて。


 止まる。


 思い出している。


 顔に出る。



「……あいつの話、したくない」



 少し考えてから、小さく付け足す。



「なんか、調子狂うから」



 視線を逸らす。


 橘は、それを見て。


 小さく笑う。



「そっか」


「まぁ、たしかにあいつムカつくからな」



 軽く流す。


 それ以上は踏み込まない。





 帰り道。


 店を出る。


 夜風。


 少しだけ冷たい。


 いつもなら。


 ここで解散。



「七沢」


「なに」


「家まで送る」


「……今更?」



 七沢が笑う。



「いや」


 一拍。


「最近この辺、治安悪いし」


「あー、まぁね」


「でも私なら大丈夫だよ」



 橘は少しだけ視線を上げる。


 迷いを捨てる。



「……いや」


 一拍。


「俺が心配だから、送らせて」



 一瞬。


 空気が変わる。


 ありすが、少しだけ言葉を失う。


 いつもと違う。


 その温度に。



「……まぁ、そこまで言うなら」



 小さく返す。





 並んで歩く。


 会話はある。


 でも。


 どこか少しだけ、ぎこちない。





 家の前。


 足が止まる。



「ありがとう、送ってくれて」


「じゃあね」



 すぐに終わらせようとする。



「七沢」



 呼び止める。


 一歩、近づく。



「……なに」



 少しだけ警戒。


 橘は一瞬だけ黙る。


 言葉を選ぶ。



「……俺も」


 一拍。


「もう、見てるだけじゃいられないから」


「は?」



 七沢が眉を寄せる。



「何の話?」



 本気で分かっていない顔。


 橘は小さく笑う。



「……いや、こっちの話」



 一歩引く。



「またな」



 軽く手を上げる。


 そのまま背を向ける。


 ありすは、少しだけ首を傾げながら家に入る。


 意味は分からないまま。





 一人になって。


 橘は足を止める。



(……遅ぇよな)



 小さく思う。


 今まで。


 ずっと。


 一歩引いてきた。



(でも)


 一拍。


(見守ってるだけじゃ、間に合わない)



 視線を上げる。



「……ちゃんとやるか」



 小さく落とす。


 そのまま、来た道を引き返す。


 足取りは、少しだけ軽かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ