第十三話 観測誤差③
数日後。
今日も事件は無事解決した。
現場の空気が、ゆっくりと落ち着いていく。
片付けと報告が進む中。
ありすは別の対応に追われていた。
⸻
少し離れたところ。
千翠は、女性警察官と話していた。
ありすや橘の部下の一人。
距離は近い。
会話も自然に続いている。
相手は笑っている。
千翠はいつも通り。
(確認)
視線だけが、わずかに動く。
(距離)
(会話)
(視線)
条件は近い。
(同じ)
でも。
(……上がらない)
一拍。
(ありすのときと違う)
結論だけが残る。
そこまで考えたところで。
「ありがとうございました!」
女性警察官が明るく言う。
「うん」
千翠は短く返す。
そのまま、自然に距離を外す。
視線が動く。
ありすを探す。
⸻
「ありす」
「なに」
振り向きもせず返す。
「あとにして」
手元から目を離さない。
「今無理」
短い。
千翠は一瞬だけ見る。
「了解」
それだけ言って、離れる。
⸻
しばらくして。
ありすは作業を終える。
小さく息を吐く。
(終わった……)
ふと、周囲を見る。
(あいつ……)
姿を探す。
「ありす」
横から声。
すぐ近く。
(……いた)
一瞬、思う。
(ちゃんと待ってたんだ)
「なに」
振り向く。
千翠は少しだけ考えるようにしてから言う。
「……やっぱり他の人じゃ違った」
「なにが」
「ありすだけ」
「……何の話?」
一歩。
距離が詰まる。
「こうやって」
さらに一歩。
「近づいたとき」
ありすは反射で下がる。
でも。
千翠は同じ分だけ詰める。
「反応が出る」
「……何が」
「心拍」
一瞬。
ありすは自分のことだと思う。
「……違う」
すぐに返す。
「そうじゃない」
「俺の」
「……は?」
「触れば分かる」
千翠はそのまま。
迷いなくありすの手を取り。
自分の胸に当てる。
鼓動が伝わる。
速い。
はっきり分かる。
ありすの思考が止まる。
「なんでだろう」
静かに言う。
「他だとならない」
一拍。
「ありすのときだけ違う」
視線が外れない。
「……知らない」
ありすは顔を背ける。
千翠は少しだけ首を傾ける。
「分類できない」
一拍。
「でも」
わずかに、柔らかくなる。
「不快じゃない」
「離れたいとも思わない」
呼吸が止まる。
「こういう距離」
一瞬。
言葉が出ない。
「……意味わかんない」
やっと絞り出す。
千翠は少しだけ目を細める。
「……俺も」
一拍。
「でも」
少しだけ間を置く。
「分類できない」
一拍。
「でも」
「他の人とは違う」
「ありすだけ」
「近づくとこうなる」
「……理由はまだ分からない」
静かに落とす。
ありすの思考が止まる。
処理が追いつかない。
心拍だけが上がる。
「……そんな状態」
一歩も動かずに言う。
「ありすも」
一拍。
「否定するのに」
「離れない」
「……違う」
ありすは反射で否定する。
「もう離して」
少し強く。
手を振り払う。
距離が戻る。
千翠は少しだけそのまま立つ。
それから。
「……そっか」
あっさり言う。
そのまま背を向ける。
「じゃあ、またね」
歩き出す。
⸻
残されたまま。
ありすは動けない。
(何今の)
(何の話)
思考がまとまらない。
手のひらに、まだ感触が残っている。
(……速い)
あの鼓動。
(あいつも)
一瞬。
自分の胸に意識がいく。
(……私も)
少しだけ、速い。
理由が分からないまま。
夜は静かに続いていた。




