5.個性派ジャム爆誕
「とりあえずの試作分の材料をお持ちしました」
朝の片付けで忙しい厨房の片隅で待っていると、テオと下働きのベニーが、蜂蜜や果物を持ってやってきた。作業台に並べていき、小鍋も集めてくる。
「果物を切るのは私達で行いますから、お嬢様はナイフに触らないで下さいね」
「私もできるわよ?」
たぶん。
「触らないで、下さい」
「……わかったわよ」
ナイフを持ちかけた手を、後ろからそっと押さえて止められた。
カットしている間、暇なので小皿に蜂蜜を出してみる。さらさらした蜂蜜もトロリとした蜂蜜もあるのね。指で舐めてたらテオが眉をしかめてこちらを見ていた。すかさずサラが布巾で指を拭いてくれる。
怒られたので今度は椅子に座って大人しく作業の様子を見学だ。テオは商会の人なのに厨房に馴染んでいる。鍋の場所なども知っているし、ベニーとの息もあっている様子だ。来たことあるのかしら。
「先ほど味見をされていたようですが、蜂蜜によっても、果物の状態でも味が変わってきます。確認しながら進めるのが良いと思います」
ジャムを混ぜながらテオが説明してくれる。美味しそうな匂いがしてきた。煮詰まったところで味見をし、一つ頷くと私にも渡してくれた。
「砂糖よりコクがあるのね。甘味が強く感じるわ」
「そうですね。とろみが足りないときは煮詰めるかレモンを足してください。封は熱いうちにするので——瓶ができる前に蜜蝋の封が必要ですね」
何かを書き留めるとベニーを呼ぶ。鍋の中はまだ熱そうで、プツプツと泡が立っていた。なんとなく手持ち無沙汰で木べらで混ぜてみる。
「申し訳ありませんが仕事ができました。しばらくベニーに任せます」
「ええ。大丈夫よ。行ってらっしゃい」
いよいよ私の出番ね! 木べらを持ち直して鍋に向き合う。
もう少し甘さは控えめ方が好みなのよね。蜂蜜、少なめにしようかしら。新しい鍋に適当に果物と蜂蜜を入れる。レモンで固めて……ちょっとゆるい? でもいいか。
令嬢は非力で煮詰めるのも結構大変だ。途中からサラとベニーが代わってくれて、私は配合と味見係になった。また手が空いてしまった。
「ねぇ。ベニーはテオと前から知り合いなの?」
「そうでさぁ。テオさんはカルロさんと一緒に小さい頃から出入りされてましたんで。王都に来られたラウル様と、探検だといって覗きに来られたりもしてましたよ」
「ラウル兄様が? 想像できないわ」
今じゃあんなに堅物なのに。昔はテオと遊んでたの? 嘘みたい。
「お嬢様がお小さい頃は、こちらのお屋敷もまだ細々としておりましたんで」
——意外な話を聞いたわ。その後もいくつかジャムを煮詰めていく。小さい頃のラウル兄様とテオを想像したら、2人とも無愛想なまま出てきた。もう少し可愛げがあったわよね。
厨房が慌ただしくなって夕食の仕込みが始まるころ、テオが戻ってきた。
「いい匂いがしますね。申し訳ありません、遅くなりました」
「あぁ、テオ。色々作ってみたわよ」
作業台のジャムを指し示す。手を拭いたテオがこちらに近づいてきてジャムを眺める。それから、少し揺らして味見をした。
「味見、しましたか? 煮詰めも少し足りないようですが」
「甘さをね、控えめにしてみたのよ。この方がフルーツの味がすると思わない?」
「しかし、これだと日持ちしませんし、すぐ駄目になって食べられなくなりますよ」
テオがスプーンを置きながら難しい顔をする。保存性か。それは大事よね。蓋を開けたら冷蔵庫にって世界ではないものね。食中毒になんてなったらお店の信用に関わるし。ラウル兄様に怒られるだけじゃ済まないわ。
「それは困るわね。……ねぇ、ジャム瓶ってもう作り始めてるのかしら? 瓶の大きさも、2〜3回で使い切る方が安全ってことよね?」
「そうですね。手間になりますがその方が良いでしょう。変更はまだ大丈夫です。話を通しておきますね」
甘さ控えめを諦めると、テオはほっとした様子で変更点を書きつけた。顔を上げジャムに目を移したテオの視線が止まり、訝しげに細められる。
「ところでお嬢様。こちらのジャムは何でしょう? 私が用意した材料ではなさそうですが」
よくぞ聞いてくれました! これを見せたくて待っていたのよ。
「ワインジャムよ。試しに作ってみたの。味見してみて」
「とても……高級な味がしますね」
そうでしょう、そうでしょう。少し蜂蜜が余りそうだったから、貯蔵庫からワインを持ってきたのよね。ブラックベリーがアクセントになっていて、我ながらいい出来だと思うわ。
テオが空になったワインの瓶をじっと見つめる。それから何かの書きつけを取り出し見比べ、こめかみに指を当てると、深いため息をついた。
「納品したワインの本数が合わないと連絡があり、先ほど商会長も呼ばれて対応していたのです。ワイン盗難事件の犯人はあなただったのですね」
「何よ、盗難事件って」
もしかして大騒動になってるの? ジャムの瓶を握りしめる。
「これは高級すぎて店では売れません。男爵のところへ持っていきますよ。空の瓶と一緒についてきてください」
テオが黙っていることもあり、執務室までの道のりが遠く感じられる。サラは心配そうな顔でついてきた。
「なくなったワインが見つかりました」
テオが執務机にジャムとワインの空瓶を乗せる。神妙な顔を装って私も隣に立った。カルロおじ様がジャムの瓶を持ち、中身を確認して匂いを嗅ぐ。
「ふむ、お嬢様は天才的ですな」
「褒めてませんよ」
顔が明るくなる私をみて、テオが小声で釘を刺す。お父様が珍しく渋い顔をしているわ。急いでサラに小皿とスプーンを出してもらう。味で陥落しなくちゃ。
「食べてみてくださいな?」
お父様もおじ様も黙ってスプーンをとり、口に入れる。おじ様がお父様をちらりと見て、お父様が頷いた。
「とても良くできている。——だがお嬢様、このワインは客用だ。勝手に使うものではない」
「はい。ごめんなさい」
「テオ、ワイン分、資金から引いておけ」
おじ様が指示を出し、テオが頭を下げる。ちょっと待ってよ。私は反省もそこそこに顔を上げて反論する。
「ワインは、ジャムで返したじゃないですか」
「嬢ちゃん、現物じゃないと意味がない。エド、何かつけるものを出そうか」
おじ様が戸棚から薄焼きの菓子を取り出し、お父様に渡す。
「——気に入っているじゃないですか! そうだ、ジャム代。ワインジャム代は頂きます」
「上出来だ。では、そのように」
おじ様はニヤリと笑い、テオに「しっかり張り付いておけ」と伝えた。




