3.難攻不落のお目付役
数日後、応接室で会ったのは、不機嫌そうな背の高い男だった。
「テオドール・サドソンです。テオとお呼び下さい。お嬢様」
「ラウルと同い年だ。嬢ちゃん、仲良くやんな」
青みがかった黒の髪がはらりと落ちる。サドソンってサドソン商会――おじ様の名前よね?
「お身内の方ですか」
「まぁな。テオ、お嬢様はやる気に満ちている。お前が手綱を握れ」
ため息をつくテオに「無茶は止めろよ?」と低く言い残して、おじ様は出て行った。部屋に沈黙が落ちる。ラウル兄様と同い年って、全然、年近くないじゃない。あ、前世の私と同い年くらいか。え? おじ様ってば私が前世持ちって気づいてたの? エスパー? いやいや、上手くやれる雰囲気なくない?
そんなふうに現実逃避していても仕方がないので、思い切って声をかける。普通に話しかけていいよね?
「よろしくね、テオ。おじ様から詳しい話は聞いてるかしら?」
「いえ、残念ながら。ジャムを売りたいという話だけ、聞いております」
……あんなに色々書いていたのに何でよ。
テオは淡々としているが、聞いたことには答えてくれそうだ。
「えーとね、綺麗なガラスの瓶で沢山のジャムが並んだお店を作りたいの。コンセプトはオシャレで可愛くて素敵なお店!」
「ガラス、ですか。うちの商会でガラスの瓶をすぐに沢山仕入れるのは難しいですよ。どれくらい必要なのでしょう? お友達向けに売るのですか」
「学校では棚ぼた男爵の娘って陰で呼ばれているのよ。売るわけないじゃない」
思わず勢い込んで答えると、テオが一瞬驚いた顔をして「失礼しました」と頭を下げた。……別に気にしてないけど。寂れた領地を兄達が次々と去って、末っ子商人が男爵になった話は有名なのだ。
気を取り直したようにテオが改めて尋ねてくる。
「では、どこ向けで?」
「町よ! 皆が気軽に覗いていけるお店がいいわよね」
「町って平民向けですか? でしたらガラスの瓶はあり得ません。あれは、貴族用です」
そうなの? ガラスじゃないと色んなジャムの色が見えないじゃない。あ、テオの顔が更に不機嫌そうになってきた。えーと、ガラスの瓶に入っていないジャムなんてあったかな。イメージできない。なにか他に——そうだ。
「じゃあ、ミニチュアの樽かしら。可愛らしいわ」
「そんな職人技、すぐには作れないですし、高つきます。陶器一択です」
完全否定にムッとすると、灰色に青のインクを一滴垂らしたような瞳が、睨みつけるようにこちらを見てきた。
「それじゃ、つまらないじゃない」
視線を外して呟くと、少し空気を和らげたテオが諭すように話しかけてくる。
「こちらの男爵家の実情、わかっていらっしゃいますか。お嬢様が王都にいらっしゃった頃には軌道に乗り始めていましたが、まだまだ厳しいのです。予算は限られていますよ。資金がどれくらいか理解されていますか」
「……今年の夜会のドレス一式分」
「では、それに収まるように考えた方がよろしいでしょう」
テオの声が遠くに聞こえる。なんか、もうジャムやめたほうがいいのかな。前世の記憶と、こちらの平民感覚のギャップに心が重くなる。紅茶のカップの持ち手を撫でて考え込んでいるうちにカルロおじ様が戻ってきた。
「どうだ? 話はまとまったか」
2人の間の微妙な空気を感じ取ったのか、おじ様が私の前に来て腰を落とす。
「なんだ、お嬢様。現実に押し潰されたか?」
顔を上げるとおじ様がじっとこちらを見ていた。固まる私にニヤリと笑って立ち上がると、テオを見遣る。視線を外すテオに、作ったような厳しい声で続けた。
「まだ拗ねてるのか。これはお前の仕事だ。……どうにかしてみろ。——お嬢様も、これは遊びじゃあない。始めるなら最後まで、だ」
それからパシンと手を叩いて「今日は解散」と告げた。
その日の夕食は鬱々とした気分で食事を口に運んだ。ケヴィン兄様が来ているときは話が止まらないのに、いつもと違った私をお父様が心配そうに見てくる。カルロおじ様から話を聞いているだろうに何も言われない。
「ソフィー、店の方は進んでいるのかい?」
「なかなか、思ったようには行かないのです。あきらめた方が良いのでしょうか」
ケヴィン兄様が優しく話を振ってきたので、つい弱音が漏れてしまう。誰かが背中を押してくれたらすぐにでもあきらめてしまいそうだ。
私の言葉に、カトラリーを置いてラウル兄様が口を開く。
「自分でやると決めたのだろう? サドソン商会は我が男爵家の要だ。カルロを失望させるな」
「……おじ様にも責任を持つよう言われましたわ」
耳が痛い。けれど、前世の記憶に引っ張られて貴族の誇りを見失いかけていたかもしれない。
「兄さんの言うことはソフィーも重々わかっているよね?……僕から言えるのは、やりたいと思ったことは機会があるなら試したほうがいいってことかな」
「あぁ、お前も一時期カルロのあとを付いて回っていたな」
「……子どもの時のことだよ、兄さん」
ラウル兄様の言葉に、何かを誤魔化すようにワインに口をつけるケヴィン兄様を、横目で見る。もしかしたら、先日の眩しそうな顔はそういうことだったのかもしれない。
「ありがとうございます。ラウル兄様、ケヴィン兄様。私、様々な種類のジャムを沢山、作ってみせますわ」
先ほどまでの鬱々とした気持ちは消え失せ、私はようやく好物のお肉に手を付けたのだった。




