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2.ドレスよりお店が欲しい

 翌日、執務室に行くと、お父様と一番上のラウル兄様のほかに、商会長のカルロおじ様もいた。

 なんていいタイミングかしら。


「おはようございます。お父様。ラウル兄様」

「ソフィー、具合は良くなったようだな。オーギリなどと意味不明なことを叫んでいたから心配した」


 目を細めてこちらを見たお父様は、ペンを置いて手を組み、深く腰掛け直した。ラウル兄様はちらりとこちらを見て、また仕事に戻る。

 お父様、オーギリではなくおにぎりよ。大喜利じゃお笑いじゃない。

 本棚の前で帳簿をめくっていたおじ様が振り返り、眉をあげて声をかけてきた。


「お嬢様がこちらに来られるとは珍しい。……どうされました?」

「大事なお話がありますの。おじ様にも聞いていただきたいわ」


 お父様に目線で長椅子に案内され、向かいにお父様とおじ様が座る。

 おじ様はお父様と同い年で、王都中央学院に在学していた頃からの仲だ。卒業後、何の因果か3男のお父様が男爵を継ぐことになり、一緒に商人をしていたおじ様が我が男爵家専属の商会長になったらしい。私が12歳で王都に来てまだ不安だった頃、よく無言で頭を撫でてくれていた。家族のような存在だ。


「私、店を開きたいと思うのです!」


 プレゼン資料を机に置き、勢い込んで告げる。


 室内が無言になり、お兄様の羽ペンがカリカリと紙をなぞる音が、やけに大きく聞こえていた。軽く息を吐いた父が紅茶を一口飲み、それから口を開いた。


「急にどうした? お前は家業には興味がないと思っていたが」


 お父様が不思議そうな顔をする。うーん、いつも話を聞き流していたのバレていたのね。


「ともかく、こちらをご覧くださいな」

「ジャムのお店? お前が書いたのか? ——よく出来ているが……、ジャムだけを売るのか? 大体、貴族学園は社交はともかく商売について習わないだろう?」

 

 そう。お父様の通った実務中心の学校とは異なり、貴族学園で令嬢が習うのはダンス、刺繍、社交に歴史などだ。だけど、私には転生前に培った社会人経験があるのですよ。ふふんと気持ち胸を張る。内容を確認していたお父様はおじ様に資料を差し出すと、頬杖をついて目を瞑った。あれ?


「随分と……贅沢な紙の使い方だな」

 

 資料を渡されたおじ様は低く呟くと、長い指でパラパラと紙をめくり、また頭から目でなぞっていく。あー、紙は貴重品だったか。まぁ、いいよね。貴族だし。


「カルロ、どう思う?」

「発想は、面白いと思いますよ。さすがは男爵のお嬢様です」


 にこりと口だけで微笑み、紙を裏返して机に置く。それから、ちらりとこちらを見た。


「そういうのはいい。やる価値はあるか? 友人として答えてくれ」


 お父様が手をあげて先を促した。私は自然と背筋が伸び、指先に力が入る。それとは逆におじ様は姿勢を崩して腕組みをし、天井を仰ぎみて口を開いた。


「……やる価値、ねぇ。金を出すつもりか?」

「可能性があるならな。娘が仕事に興味を持ってくれたのだ。嬉しくないわけなかろう」

「商会からは出せないぞ。可能性はあるが不確定要素が多すぎる。お前だって分かってるだろ。ボーロン男爵家はようやく上向きになって来たところなんだ」


 なんだか難しい話になってきた? ちょっとジャム煮詰めてお店に並べるだけなのにな……。そんなに大変なことじゃないよね? ——また、ラウル兄様の羽ペンの音だけが聞こえてくる。沈黙の居心地悪さに、スカートの裾を握り下を向いた。


「ふむ。ならソフィア。資金は家から出そう。その代わり今年のドレスは作れなくなるが……それでも店をやりたいか?」


 愛称ではなく正式名で呼ばれ、パッと顔を上げる。


「やる! やるわ! ドレスなんて今あるもので十分よ! 何なら利益出してすぐにお父様の商会に注文致しますわ!」


「こんなに前のめりな嬢ちゃんは見たことないな」


 あまりの嬉しさに言葉が乱れた私を、おじ様がおかしげに見てくる。それから真面目な顔をして姿勢を正し、改めてこちらに向き直った。


「ソフィアお嬢様。私の下に入ってもらうことになりますが、よろしいですかな?」

「ええ! もちろんよ」

「よし。贔屓はなしだ」


 私はプレゼン資料を広げて、おじ様に次々と構想を語っていった。


「……急がないでいい。ゆっくり話せ」

 

 お茶を一息に飲み干し、深呼吸してから再び話し始める。私の計画に頷きながら、何やら紙に書き留めているようだ。


「価格の設定も甘いな……」

 ふと、羽ペンを持ったままおじ様が顎に手を当てて呟いた。それを見てお父様が声をかける。


「カルロ、誰か補佐できるのはいないか?」

「ジャム、ねぇ。——あぁ、テオがいいか。年も近いし、上手くやれないこともないだろう」

「テオドールが抜けても商会の方は大丈夫なのか?」

「短期間なら、なんとか」


 補佐? 監視役が付くってことかしら。


「あとは……店舗の方はこちらで探そう。ソフィー、お前は令嬢なんだから安全な場所で店をやりなさい」

「はい。お父様」


 それからしばらく話して、補佐をしてくれるテオドールとの顔合わせの日などを決める。


「お邪魔しましたわ」


 部屋を出る直前、ずっと黙っていたラウル兄様が執務机から声をかけてきた。


「男爵家の品位は保てよ」

「……承知しておりますわ」



 扉を閉めて息を吐く。ラウル兄様はちょっと固すぎだわ。ケヴィン兄様の半分でも柔らかくなってくれればいいのに。そんなことを考えながら歩いていたからか、久しぶりの顔が廊下の向こうからやってきた。


「ケヴィン兄様!」

「やぁ、ソフィー。元気にしているかい?」

「はい。今日は領地からですか? お母様、元気にされていましたか?」  


 領地の隣領で地方官吏をしている2番目の兄のケヴィン兄様は、1〜2か月に1回、お母様の伝言とともに領の情報を届けてくれている。


「いつも通り。精力的に領地を切り盛りしているよ」


 お母様はバイタリティ溢れる人なのだ。あぁ、お母様にもお店の話をしたい。ケヴィン兄様に手紙を届けてもらおうかしら。


「お兄様。私、ジャムのお店を開くことになったのですよ!」

「へぇ……。父上に頼まれたのかい?」

「いえ。昨日思いついて、先ほどお父様とおじ様とお話してきたところなのです」

「そうか。自分から、動いたのか。……すごいな」


 どこか眩しそうな目で私を見る。


「頑張れよ」

「はい!」


 手を上げて執務室に向かうケヴィン兄様の後ろ姿を見送る。

 

「よーし、頑張るぞ」


 まだ見ぬお店を思い、私は改めて気合を入れた。

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