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1.朝はパンよりご飯派です

「——おにぎり!?」

 私、ソフィア・ボーロンが転生に気がついたのは、朝食を食べている最中だった。

 

 ボーロン男爵家の朝は、大抵バラバラである。兄は仕事で朝早くから動いているし、父も商会の用事でいないことが多い。義姉は社交に忙しく、お昼頃まで起きてこないことがざらだった。


「ソフィー、おはよう。いい天気だね。今日はこれから学校かい?」


 食堂に入ると珍しく父が座っていて、機嫌良さそうに笑いかけてきた。何か商談が上手くいったのだろうか。


「おはようございます。お父様。珍しいですわね」


 商売の話を適当に聞き流しながら、朝食は1人でのんびり食べたいなと思う。父の仕事にはさっぱり興味がない。


 もそもそとしたパンと、薄いスープを口にする。いつもと同じメニューなのに、何だか味気なく感じて首を傾げた。

 そして、不意に「朝はパンとスープじゃなくて、おにぎりと味噌汁の方が好きなんだよねー」という言葉が頭に浮かんできたのだった。


 「——おにぎり!?」と急に立ち上がって叫んだ私に、父も使用人も動きを止める。


「ソ、ソフィー。どうしたんだい?」

「……お父様。私、少々用事を思い出しました。お先に失礼致しますね」


 こうしてはいられない。できるだけ優雅に、を意識して微笑みを浮かべる。しかし結局気が急いて、足早に食堂を後にした。



 自室に戻った私はすぐさま鏡を覗き込む。母譲りの明るめの茶色の髪と、父由来のヘーゼル色に縁取られた琥珀の瞳の17歳の少女が、こちらを見ていた。


「ピンク髪ではないわね。いや、わかっていたけど」


 軽く肩をすくめる。自分の色合いを地味だと思っていたけど、髪も瞳も黒かった前世を思い出した今となっては、日に透ける茶色の髪も、縁だけがヘーゼル色に染まった琥珀の瞳も美しいと感じられる。


 鏡を食い入るように見つめていると、扉に控えているサラがおかしなものを見つけたとばかりに目を泳がせた。が、今は放置だ。ともかく、ピンクじゃないし、特別かわいいわけでもないから「ヒロイン」ではないだろう。うちの学校、王子いないし。我が国の王子は皆、成人済みだ。乙女ゲームではないな、絶対。

 ——つまり、モブでもない普通の異世界転生ってことだ。断罪劇にも逆ハーにも巻き込まれない。セーフだセーフ。野球のセーフのように両腕を水平に広げるとサラの肩がビクッと揺れた。


「お嬢様、先ほどから何をなされているので?」


 恐る恐るといった様子で問いかけてくる。


「なんでもないわ。ちょっとしたおまじないよ。それより今日は体調がすぐれないから学校は休むわ。連絡しておいてちょうだい」

「はあ。確かにいつも通りではありませんね。伝えてきます」


 サラが部屋を出るのを見届けて、紙とペンを取り出す。それから落ち着かずに、右に左にと部屋の中をウロウロと歩き回った。 


 前世の記憶は大学を卒業し、社会人になって数年のところで途切れている。あまり細かいことは思い出せないけど、都会に憧れて、絶対に都心に住むって無理めな家賃を払っていた。おにぎりで前世を思い出すくらいだから自炊してたのかしら。仕事帰りや休みの日は街歩きをして、お気に入りの雑貨店とか、天井まで続く棚にずらりと並んだ品物を眺めるのを楽しみにしていて、キラキラとした世界に憧れていたのよね。


 ずっと、男爵家の令嬢としてありきたりな人生を送るのだと思っていた。


 だけど——転生といえばチート!

 幸いうちは商会を持っている男爵家だし、貴族の力を使って長年の夢を叶えられるかもしれない。

 

「憧れのオシャレで可愛くて素敵なお店」


 両手をギュッと握って小さく呟く。チートを使って可愛いお店を繁盛させよう。


 そうと決まれば早速プレゼン資料作りだ。紙に案を書き出していく。雑貨もいいけど、何かの専門店もいいわよね。香水とか化粧水? オーソドックスに石鹸がいいかな? 種類違いのものが整然と並べられている空間ってワクワクするのよね。


 香水は……私はフローラル系が好きだけど、オリエンタルもいいよね。自分好みにブレンドしてもらうサービスもつけて、綺麗な色ガラスに入っているのがいいかも! 

 カランと音がする。興奮したら机にポマンダーが当たった。あれ? 今使われているのって香水じゃなくて香玉か。ていうか。香水の作り方、知らないわ。うーん、香水はなしね。


 じゃあ、化粧水——ってこれも作り方知らないわね。まぁ、化粧水なんて飲み残したお茶を顔につけとけばいいって昔おばあちゃんも言ってたし。ハーブティーでも塗っておけばいいんだわ。却下却下。


 そしたらもう石鹸。石鹸屋さんもいい香りがするし、ケーキの形を切り分けて売ったりしたら可愛いよね! これは本で沢山読んだから知ってるわ。確か何かと何かを混ぜて作るのよ……。……何と何だっけ。

 いや、石鹸はお父様が用意してくれているもので十分だわ。うん。


 あれ? チートなくない? 両手を広げて上を見てもなにも降りてこない。

 おかしいなと思っていると扉がノックされた。


「お嬢様、お茶をお持ちしました」


 サラが紅茶を注いでくれる。紅茶もいいわね。家では中々出てこないけど、ジャムを入れても美味し——そうか! ジャムだ。ジャムなら作れる!


「サラ! ありがとう! 愛してる!」

「はあ。紅茶くらい、いつでもお淹れしますが……」


 抱きつかれて目を白黒させるサラがおかしくて、クスクスと笑いが止まらなくなる。


「今日は徹夜で作業だわ!」

「お加減悪いのでしたよね? 早くお休みなさいませ」


「ねぇ、サラ。サラは何味のジャムが好き?」

「そうですねぇ。滅多に食べる機会はありませんがベリー系でしょうか」


 早く寝ろという言葉を聞き流して尋ねると、律儀に答えてくれる。やはりオーソドックスなのはベリー系ね。ラズベリー、ブラックベリー、クランベリーと書き出していく。私はマーマレードも好きだわ。あとは野菜系とか? いろんな色のジャムの瓶が並ぶ様子を思い浮かべる。


「ねぇ、クロスはチェック系と花柄系どちらがいいと思う?」

「柄、でございますか? クロスは白地でございましょう?」


 うーん、サラじゃ分からないか。

 ベッドに押し込まれた後も、お店の内装や、どんな瓶にするかなど考える。あぁ、興奮して眠れるわけがない。やっぱり明日、お父様に相談してみるのがいいかもしれないわね!

 絶対、成功させるんだから!

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