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第27話 計画通り、そして、ダメージ1

画面に、二つの魂が並び立った。

一方は、漆黒の翼と鋭い角を持つ、威厳に満ちた魔王。

もう一方は、純白のドレスと光の翼を持つ、慈愛に満ちた聖女。


光と闇。混沌と秩序。

相反する二つの存在が、同じ舞台に立つ。

そのあまりにも劇的な光景に、コメント欄は開始前から爆発的な熱気に包まれていた。


『ついに来たあああああ!』

『伝説の始まりか、それとも放送事故の始まりか』

『聖女様、逃げて! そいつはやべーぞ!』

『魔王様バンザイ!!』


「――聞け、我が民よ! そして、我が隣に立つことを許された、幸運な聖女よ!」


フレアが、両軍のファンの熱狂を一喝するように、高らかに口火を切る。

「今宵は、この我と貴様の魂、どちらが(まこと)にこの世界を導くにふさわしいか、決着をつける儀式だ! 我が覇道の前にひれ伏す準備はできておるか!」


その挑発に対し、アリアは、穏やかな、しかし決して揺るがない微笑みで応じた。

「ふふ、お手柔らかにお願いしますね、魔王様。わたくしは、あなたと共に、新しい景色が見られることを、心から楽しみにしております」


『うわ、もうバチバチじゃんw』

『聖女様の返し、完璧すぎる…これが格の違いか』

『魔王様、煽り耐性なさそうだから心配だわw』


火花を散らす(と視聴者は思っている)二人の前口上が終わり、ついにゲームがスタートした。

舞台は、神々が遺したという『試練の塔』。

二人が協力してギミックを解き、塔の最上階を目指す、高難易度のアクションゲームだ。


序盤、二人のプレイスタイルは、視聴者を大いに困惑させた。

フレアが「この壁の向こうに近道がある!」と根拠のない自信で壁を殴り始めれば、アリアがその隙に冷静に正解ルートを見つけ出し、「魔王様、こちらの道が開いておりますわ」と巧みに誘導する。

フレアが「あの罠、我が力で操ってくれるわ!」と敵のギミックを乗っ取ろうとして失敗し、自爆しかければ、アリアが「危ない!」と完璧なタイミングで回復魔法をかける。


フレアは「ふはは! 我が覇気の前に、世界の全てがひれ伏していくわ!」と上機嫌で、アリアは(ええ、本当ですね…)と、聖母のような微笑みの下で、静かに思考を巡らせていた。

(これが、私の『光』の世界。完璧で、揺るぎない。しかし、これだけでは、あの魔王のようにはなれない…)


彼女の完璧な計画とサポートによって、二人の奇妙な共闘は、危なげなく、そして順調に進んでいるように、見えた。



二人が塔の中盤、円形の闘技場のような広間にたどり着いた、その時だった。

四方八方から無数のガーゴイルが、そして広間の中央には、ひときわ巨大なボス『アビス・ガーディアン』が出現する。


状況を即座に把握したアリアは、これまでのフレアの行動パターンから、『中央のボスに狙いを定め、真っ先に突撃する』と完璧に予測した。

(ならば、仕掛けます…!)

彼女は、フレアに聞こえるように、はっきりとこう告げた。


「魔王様! あなたは周囲の敵をお願いします! あの大きなボスは、わたくしが引きつけますわ!」


狙いはただ一つ。

突撃するフレアの進路を確保することだ。

そのために必要な、超高難易度のサポート射撃を放つべく、アリアは準備に取り掛かっていた。


『聖女様、無茶だ!』

『魔王様、ちゃんとザコ処理してあげて!』


コメント欄が心配する中、フレアは、不敵な笑みを浮かべた。

「ふん、我に雑魚を押し付け、自分が手柄を立てるつもりか。浅はかな!」

アリアの予測通り、巨大なボスに向かって一直線に走り出した。


(計画通り!)

アリアは、光の槍を連続で放つ魔法の詠唱を開始した。放たれた光の槍は、フレアが進む周辺を常に薙ぎ払い、完璧な安全地帯を切り開いていく。


しかし、その直後。

フレアはボスへの直進ルートから、純粋な気まぐれと戦闘本能から、急に、ありえない角度で軌道を変えた。

彼女は、アリアが放った魔法の射線上に、自ら躍り出てしまったのだ。


(ふん、ただ直進するだけでは芸がない。この光の槍、避けながら進む方が、よほど面白いではないか!)

アリアの魔法を、避けるべき障害物(アトラクション)として認識し、そのスリルを楽しもうとしていた。


「え…?」

アリアの視界が、一瞬、白く染まった。

自分の完璧な計画が、フレアの「ただの気まぐれ」によって、いとも容易く崩壊させられた。

その事実に、彼女は愕然とする。

(なぜ…!? 私の計算が…論理が…この方の前では、何の意味もなさない…!)


彼女の善意のサポート魔法が、フレアにダメージを与えてしまう。

その光景を前に、彼女の世界が音を立てて崩れ落ちていくようだった。

だが、その時。

脳裏に、あの「世界の半分」の哲学が、静かな光となって灯る。


(…そうか。私はずっと、間違っていたのかもしれない)

(この世界は、私の『計算』だけで出来ているわけではない。この方の『気まぐれ』という名の、もう半分があって、初めて完成するのだ…)


彼女は、フレアの予測不能な動きを、制御すべき「混沌」ではなく、受け入れるべき「世界のもう半分」として、認識を改めた。

アリアは、パニックから立ち直り、深く、一度だけ息を吸う。

そして、開かれた彼女の瞳には、迷いのない、澄んだ光が宿っていた。


彼女は、フレアの動きを「予測」するのをやめた。

代わりに、フレアの動きに「合わせる」ことを選ぶ。

フレアが右に跳躍すれば、即座にその着地地点に群がるガーゴイルを光の矢で射抜き、安全な足場を確保する。

フレアが左に回避すれば、彼女が通り過ぎた軌跡をなぞるように、浄化の炎が追撃してくる敵を焼き払う。

彼女の魔法は、もはや「計画された援護射撃」ではない。

フレアという荒れ狂う嵐に合わせて舞う、完璧な「追随(フォロー)」へと変貌した。


この一連の流れを、視聴者はそれぞれの視点で目撃する。


『聖女の卑劣な騙し討ちを、魔王様がその器の大きさで受け止めた! 王の覚悟が違う!』

『いや、魔王様は聖女の攻撃すら楽しんでるんだよ。格が違う』


『アリア様の完璧なサポートを、魔王が勝手に当たりに行って台無しにした! なんてことだ!』

『魔王のせいで聖女様が危険な目に…! 守らないと!』


『え、今、何が起きた?』

『何この二人…? プロレス?』


視聴者の間で様々な憶測が飛び交う中、アリアの思考は、新たな境地へと達していた。


(私が救えなかった魂は、私の『完璧さ』に、息苦しさを感じていたのかもしれない…)

(人は、完璧な光だけでは救われない。時には、完璧さの中に潜む、ほんの僅かな『不完全さ』を見せることでしか、寄り添えない魂があるのだ…!)

(あの魔王は、常に傷だらけで、失敗を恐れない。その『不完全さ』こそが、人々に『自分と同じだ』という共感と、『共に歩みたい』という希望を与えている!)

(なんという、なんという深淵なる救済の形…! これこそが、私に足りなかった『共感のための演出』…!)

(ならば、私も…! 完璧な聖女のままではいけない! 民が共感できる『人間らしい隙』を、計算の上で、さりげなく見せなくては…!)


アリアの完璧な動きの中に、ほんの僅か、コンマ数秒の「遅れ」や数ミリの「ズレ」が、意図的に混ぜ込まれていく。

例えば、フレアを狙うボスが、地面を叩きつけて衝撃波を放つ。

アリアは、フレアを安全地帯へと押しやるように光の壁を展開する。

そして、彼女自身は、衝撃波がほとんど消えかかる、その効果範囲のギリギリの場所で、あえてその身を置いた。

衝撃の余波が彼女の体を打ち、HPが「1」だけ削れる。

その瞬間、「あっ…」と、息をのむような、か弱くも美しい声を、マイクに絶妙な音量で乗せた。


また、別の場面。

戦闘の影響により崩れた天井の瓦礫が、アリアの頭上へと降り注ぐ。

彼女は、それを最小限の動きで回避できる。

しかし、彼女はあえて一歩だけ踏み込み、瓦礫(がれき)の「端」に、ドレスの裾を掠めさせる。

ドレスに、僅かな「汚れ」のエフェクトが付く。

彼女は、その汚れに気づき、「まぁ…」と、少しだけ困ったように、しかし健気に微笑んでみせた。


その、あまりにも自然で、あまりにも計算され尽くした「隙」の演出。

それは、ほとんどの視聴者には、ただの偶然のアクシデントにしか見えない。

アリアは、ファンの心配するコメントを見て、聖女の仮面の下で、自らの哲学の実践に確かな手応えを感じていた。


(ええ、そうです。私も、あなた方と同じように、傷つき、汚れる、『不完全な存在』なのです)

(この痛み、この汚れこそが、私とあなた方を繋ぐ、共感の架け橋。完璧なだけの私には、決して届かなかった魂の領域…。今、ようやく、その扉に手が届きそうです…)


彼女は『守られたい』などとは微塵も思っていない。

むしろ、自らが演出した『不完全さ』によって、ファンが『自分と同じだ』『親近感が湧く』と感じてくれることこそを、新たな救済の形と示したのだ。


フレアもまた、アリアの動きの変化に気づき、「ほう、我が魂の律動に、ついてくるか!」と、さらに奔放に、しかしどこか楽しげに動き回る。

二人の動きは、互いの魂を感じ取り、呼応し合う、危険で美しい『デュエット(舞踏)』へと変わっていた。



激戦の末、アビス・ガーディアンは光の粒子となって消え去った。

闘技場に、しばしの静寂が訪れる。

アリアは、まだ心の高揚を整理できずにいた。

フレアは、傷だらけの体で、満足げに腕を組んでいる。


その時、二人が入ってきた闘技場の入り口が、ゴゴゴゴゴ…という重々しい音と共に、分厚い石の壁で完全に塞がれてしまった。

退路は、断たれたのだ。


佇む二人の前で、今度は闘技場の最も奥、今までただの壁だった場所に、眩い光が集まり始める。

光が収まると、そこには二つの、全く新しい扉が並んで出現していた。


左の扉は、知的なルーン文字が刻まれた、美しい白木の扉。

扉の上には、書物を抱えた賢者の像が彫られている。


右の扉は、無数の傷跡が刻まれた、重厚な鉄の扉。

扉の上には、大剣を構えた戦士の像が彫られている。


二つの扉は、沈黙のうちに選択を迫っていた。

やがて、その無言の圧力を肯定するかのように、天からの声が無機質に、そして冷酷に響き渡った。


『――試練は続く。知を司る者の道。力を司る者の道』

『二つの道、進めるは一人。扉をくぐりし者は、新たなる試練へ。扉を選ばざる者は、パートナーが試練を終えるまで、この場で待機せよ』


広間に、先ほどとは質の違う、重い沈黙が落ちる。

二人を分断させようとする、悪意に満ちた試練。

コメント欄は、かつてないほどの緊張感に包まれた。


『うわ、えっぐい選択肢…』

『さっきの戦闘の後でこれはキツすぎる…』

『待ってる方、地獄じゃん…』

『隠しイベント?』


この、「心理的な罠」を前に、アリアは、もはや一切迷わなかった。

彼女は、フレアに向き直り、静かな、しかし確信に満ちた微笑みを浮かべる。

それは、いつもの「聖女の仮面」ではない。

共に戦ったパートナーへの、絶対的な信頼を示す笑みだった。

彼女は、自らの信条であった「知」の扉には一瞥もくれず、「力の扉」を指し示す。

そして、こう告げた。


「魔王様。私の『世界』は、もう十分に『知』で満たされております。ですから、次は、あなたの『世界』を見せてください」


『ええええええええ!?』

『アリア様!? なんで!?』

『知の扉じゃないのかよ!』

『魔王を…信じた…ってコト!?』


コメント欄が、今日一番の驚きと興奮に包まれる。

それは、依存や賭けではない。

自らの世界(秩序)を完成させた彼女が、次なるステップとして、パートナーの世界(混沌)を理解し、受け入れることを選んだ、対等な存在としての、主体的な選択である。


アリアが、力の扉に手をかけた瞬間、重々しい音を立てて、扉がゆっくりと開き始める。

その光景を、フレアは腕を組んで、静かに見つめている。

そして、アリアは、扉の向こうの暗闇を、決意に満ちた瞳で見つめていた。


彼女の選択が、吉と出るか、凶と出るか。

それは、まだ誰にも分からない。

だが、運命の歯車は、確かに音を立てて回り始めた。

聖女、自らの手によって。


コメント欄は、ただ固唾をのんで、その瞬間を見守っていた。

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