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第24話 魂の鼓動、そして、盤上の舞踏

ボロアパートの一室。

忠臣ヴェルゼスは、部屋の隅で静かにホコリをかぶっている、一つの大きな箱を忌々しげに見つめていた。

それは数週間前、フレアが「我が覇道には、新たな遊戯が必要だ!」と宣言し、なけなしの配信収益をはたいて衝動買いした、最新のリズムゲームと専用の太鼓コントローラーセットだった。


しかし、彼女は2、3度デタラメに叩いて飽きてしまい、今ではすっかり使われることもなく、部屋の隅で静かにホコリをかぶっている。


(このままでは、宝の持ち腐れ…いや、我が魔王軍の貴重な財産が、ただのゴミと化してしまう…!)


ヴェルゼスは、脚本家兼財務大臣として、この無駄な投資をなんとか回収すべく、主君に進言した。

(あるじ)よ! 民は、(あるじ)の新たな一面を渇望しております!」

「かの『覇道の太鼓』を再び手に取り、その魂の響きを世界に示す時が来たのではございませんか!?」


玉座(ゲーミングチェア)で退屈そうにしていたフレアは、その言葉にピクリと反応した。

「ほう、あの太鼓か。ふん、我が内なる衝動を表現するには、少々物足りぬ遊戯であったが…民がそこまで望むというのなら、良かろう」


こうして、フレアの気まぐれで死蔵されていたゲームセットは、忠臣ヴェルゼスの働きかけによって、ようやく日の目を見ることになった。



「聞け、我が魂の鼓動ビートを!」


高らかな宣言と共に、フレアはプレイを開始した。

しかし、画面を流れてくる音符を完全に無視し、彼女は自らの「気分」で太鼓を叩き始める。

当然、画面には「不可」の嵐が吹き荒れ、コンボは全く繋がらない。


「ふん、この譜面、我が魂の深淵を理解しておらぬな。あまりに単調で、この荒ぶる衝動についてこれておらぬわ!」


早々にゲーム側へ責任転嫁する王の姿に、コメント欄は『ひどいwww』『魔王様のビート、フリーダムすぎる』『これが即興演奏というやつか…』と、お約束のように温かい笑いに包まれた。


そして、いつもならこの辺りで「(あるじ)よ、それは…」と冷静なツッコミを入れるはずの忠臣の声は、なぜか聞こえない。


そんな中、曲の中盤に差し掛かり、奇跡が起きた。

フレアが「ええい、ままよ!」と苛立ち紛れに太鼓をデタラメに連打したところ、その連打が偶然にも画面の音符と完璧に噛み合い、画面に「連撃(コンボ)100!」という派手なエフェクトが咲き乱れたのだ。


突然の成功に、フレア自身が一番驚く。

しかし、すぐにハッと何かを悟ったかのように、不敵な笑みを浮かべた。


「――そうか、分かったぞ。この遊戯の本質は、譜面に合わせることではない」

「我が魂の激情を、極限まで高ぶらせる…。その覇気で世界 (ゲーム) そのものを我が方に呼応させることなのだ!」


とんでもない攻略法(という名の勘違い)を見つけ出した魔王に、コメント欄も『天才か!?』『これが王の力…』と半信半疑ながらも沸き立つ。


そして、フレアにとっての運命の最終ステージ。

彼女は、自らの覇道を示すにふさわしい、最難関の曲を選び取った。


「我が覇道にひれ伏せ!」


完全に「世界を呼応させる」モードに入ったフレアは、もはや叩くべき印を一切見ず、目を閉じ、己の気分に任せて、ただひたすらに太鼓を叩き続ける。

彼女の魂の演奏に呼応するかのように、画面上では、信じがたい奇跡が繰り広げられていく。


滝のように流れてくる無数の音符が、まるで吸い寄せられるように、次々と「良」「良」「良」と完璧な判定で打ち返されていく。

コンボは途切れることなく繋がり続け、スコアは今まで見たこともないような数字にまで跳ね上がっていく。

ふと、フレアが叩く「ドン!」という重い音に混じって、どこからか「カタカタカタッ!」という、軽快で、しかし無機質な音が、微かに聞こえてくるような気がした。


そして、曲の終わり。

フレアが最後の「ドン!」を叩き終えた瞬間、画面には、信じがたい光景が広がっていた。


全良(フルコンボ)


全ての音符を完璧に叩ききった者だけが見られる、至高の称号。

コメント欄は、静寂の後、爆発的な興奮に包まれた。


『うそだろ!?』

『フルコンボ!?!?』

『本当に世界を呼応させやがった…!』

『魔王様、マジで神だった…』


目を閉じていたフレアは、民の熱狂にゆっくりと目を開けると、画面に輝く「全良(フルコンボ)」の文字を見て、さも当然であるかのように、高らかに言い放った。


「見たか、民草よ! これぞ我が魂の凱歌! 譜面を超越し、この我と世界が完全に同期した、至高の演奏であった!」


こうして、この日も魔王軍は、王の奇跡的な覚醒によって、無敗の伝説をまた一つ、歴史に刻んだのであった。



配信後。

フレアは、満足げにプリンを片手にふんぞり返っていた。

その傍ら、ヴェルゼスは机の隅で、小さな体をプルプルと震わせている。


その様子に気づいたフレアは、キョトンとした顔で、彼に問いかける。

「どうした、ベルゼ?」

「我が神がかり的な演奏を目の当たりにして、感動のあまり、打ち震えているのか?」


ヴェルゼスは、声も出さず、ただコクコクと、必死に頷く。


指先一つ動かすのも億劫だった。

いや、彼の小さな体には、もはや動かせる力など残っていないのかもしれない。


自然と、目が向かう。

フレアが今まさに使っているPCの、キーボードへ。

そのいくつかのキーの隙間に、黄金色の短い体毛が数本、挟まっているのが見えた。

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