表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/29

第23話 部屋のほこり、そして、炎帝軒・業火味噌味

魔王軍に、新しい仲間が加わってから数日後。

ボロアパートの一室では、新生魔王軍の初任務が、秘密裏に下されようとしていた。

これは、民に見せるための「劇」ではない。

純粋な、軍議である。


玉座(ゲーミングチェア)にふんぞり返る魔王フレアは、PCのスピーカーから聞こえる臣下の声に向かって、尊大に言い放つ。

「――“粘着(ストーカー)・ウォール”よ! 我が魔王軍の『目』となった貴様に、最初の勅命を下す!」


通話先の相手は、もちろん、あの『最古の僕』こと、†漆黒の考察者†である。

そして、畏まった様子で応答する。

『はっ…! この身、(あるじ)の御心のままに』


フレアは、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべた。

「貴様のその『目』をもって、我が好敵手、聖告のアリアの弱みを握ってくるのだ! あの完璧を気取る聖女の化けの皮を剥がす、決定的な醜聞を探し出せ!」


その勅命に、机の隅にいたヴェルゼスは(ふむ、敵情視察か。妥当な命令だ)と頷く。

だが、フレアが(まこと)に求めているものは、彼の想像の斜め上をいっていた。


「いいか、奴とて人間。きっと部屋の隅にはホコリが溜まっておるに違いない!」

「絶対に、好き嫌いする野菜があるはずだ!」

「暇な時は、きっと鼻でもほじっておろう!」


彼女が知りたいのは、アリアの戦略や弱点ではなく、非常にスケールの小さい、しょうもない醜聞だったのだ。

彼女は、アリアの完璧なイメージを崩せる「人間らしい欠点」を見つけ出し、次の対決で煽ってやろうと企んでいたのである。


そのあまりに器の小さい目的に、ヴェルゼスは心の中で頭を抱えたが、“粘着(ストーカー)・ウォール”は、ただ静かに、そして力強く答えた。

『…御意。3時間ほど、お時間を頂戴いたします』



そして、きっかり3時間後。

フレアの元に、“粘着(ストーカー)・ウォール”から、膨大な調査報告書が送られてきた。

フレアがファイルを開くと、そこには、彼女の期待を遥かに、そして少し不気味な方向に超えた、精密すぎる調査結果が記されていた。


『――聖告のアリアに関する第一次報告書――』


『【配信分析】3日前の配信、開始から1時間12分3秒の時点。視聴者コメント『他のVも好き』に対し、彼女の口角の上がりが、平常時より0.2秒遅延。これは、比較対象への無意識の対抗心の表れである可能性が78%』


『【生活環境】配信音声に含まれる微細な反響音を分析。その音響特性から、部屋の広さは約8畳、天井高2.4m、壁の一面が防音性の高いコンクリートであると推定。さらに、反響が僅かに乱れる箇所を特定。これは、壁と家具の間に5cm以上の隙間が存在することを示唆しており、ホコリが溜まりやすい環境、すなわち彼女の完璧主義における唯一の死角と推測』


『【その他】好きな野菜は白アスパラガス。特に北海道産のものを所望との情報アリ。嫌いな野菜は、現時点では確認できず。鼻をほじる行為も、現在までの全配信アーカイブのコマ送り分析の結果、確認されておりません』


その、もはやストーカーの域を完全に超越した、ミリ秒単位の表情分析や、部屋の反響音からホコリの溜まり場を推測する異常な執念。

フレアは、期待していた「ホコリ」や「嫌いな野菜」の情報がなかったことに、一瞬、不満そうな顔を見せた。


「…ふん。つまらん報告よな。結局、奴の欠点は見つけられなかったではないか」

フレアが切り捨てた情報に目を通しながら、ヴェルゼスは内心で呟いた。(いや、こちらの情報の方が遥かに…)


主君の不満を察したのか、通話の向こうの“粘着(ストーカー)・ウォール”は、静かにこう付け加えた。

『――(あるじ)よ。実は、一つ、極めて不可解な点が』

「ほう?」


『聖告のアリアが先日行った配信アーカイブ(60fps)を、全編コマ送りで確認いたしました。彼女が飲み物を取ろうと席を立った際、画面切り替えのミスにより、彼女のプライベートなブラウザ画面が、わずか1フレーム(約0.0167秒)だけ映り込んでいるのを発見いたしました』


画面に、新たな調査結果が表示される。

そこに並んでいたのは、信じがたい履歴の羅列だった。


【履歴】

『魔王フレア 人気の理由 分析』

『フレア 失敗談 まとめ』

『Vtuber 炎上しない 境界線』

『フレア 天井のシミ 心理効果』

『フレア カップ麺 メーカー 特定』


「………………」


フレアとヴェルゼスは、画面に映し出された履歴を前に、しばし、絶句した。

ボロアパートの静寂を破ったのは、ヴェルゼスの絞り出すような声だった。


「…あの聖女もまた、我が(あるじ)を…これほどまでに…」


その言葉が、驚愕によるものか、あるいは戦慄によるものか、判断がつかぬまま、彼は言葉を失う。

隣でその様子を見ていたフレアは、臣下の動揺の理由を、全く別の意味で解釈していた。

彼女は、数秒の沈黙の後、腹の底から、実に楽しそうに、こう笑い出したのだ。


「――ふはは! ふははははははははは!!」


「面白い! 実に面白い女ではないか、聖告のアリア!」


彼女は、アリアの行動を「敵対的な調査」とは捉えなかった。

その思考回路は、いつものように、究極のポジティブ(勘違い)へと変換される。


「見ろ、ベルゼ! あの聖女め、我が気になって、気になって、仕方がないのだ!」

「我が軌跡の全てを、愛おしい記憶として、その魂に刻み込もうとしておる! なんと健気で、なんと愛らしい執着か!」


フレアは、これを自分への強すぎる好意の表れだと、完璧に誤解した。


「よかろう! 次に会った時は、特別に、我が天井のシミの歴史について、直々に語ってやろうではないか! 奴も、さぞ喜ぶであろう!」


その、あまりにもズレた慈悲に、ヴェルゼスはもはやツッコむ気力もなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ