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第22話 臣下の器、そして、古の伝統

24時間にも及ぶ死闘の末、マッスルGは伝説を達成した。

彼のチャンネルには、賞賛と畏怖、そして「伝説をありがとう」というコメントが、滝のように流れ続けた。


そして数日後。

魔王フレアの配信に、全ての民の注目が集まっていた。


玉座に座すフレアは、満足げに口を開く。

「――聞け、民草よ! 先日の試練、マッスルGは見事、その不屈の魂をもって乗り越えてみせた!」

「よって、これよりその者を、我が魔王軍『初代親衛隊長』に任命する!」


コメント欄は『うおおおおお!』『当然の結果!』『隊長!隊長!』という歓喜の声で埋め尽くされる。


フレアが宣言を終えるやいなや、彼女の配信画面に、ゲストとして一人のアバターが呼び出された。

筋骨隆々の、あの巨漢。マッスルGだ。

だが、その表情は、栄誉を授かる者のそれではない。

苦悶と絶望に歪み、その巨躯をわなわなと震わせている。

彼は、まるで懺悔(ざんげ)するかのように、ゆっくりと膝をついた。


「……お待ち、ください…魔王様…」


絞り出すような、かすれた声。

そのあまりの悲壮感に、コメント欄の喧騒が嘘のように静まり返る。


「その…栄誉は……今の私には……受け取る資格が…ございません…」


長年、探し求めてきた。

この力を捧げるべき、唯一無二の主君を。

魂が焦がれ、渇望し続けた存在に、ようやく巡り会えた。

その御方から与えられる、至上の名誉。

それが、今、目の前にある。


しかし、手は届かない。

伸ばすことすら、許されない。


「私は……己の忠誠を示すことだけに夢中で…! (あるじ)の御名が…あの者どもに汚されている間…ただ、声を張り上げていただけでした…!」


彼は、全てを知ったのだ。

アーカイブに残された、あの地獄のような時間と、自分以外の誰かがそれを鎮圧したという事実を。

(あるじ)の最前線に立つべき自分が、ただの役立たずだったという、耐えがたい現実を。


「盾となるべき者が…その役目を…果たせなかった…。この愚かさを…この無力さを…ッ!」


言葉にならない嗚咽が、彼の巨体を揺らす。

「どうか…お許しを…」


彼は、その場から逃げ出したかった。

己の不甲斐なさが、あまりにも惨めで、あまりにも許せなかった。

この御方の傍に立つ資格など、自分にはない。

そう思うと、魂が張り裂けそうだった。


その悲痛な叫びを、フレアは静かに聞いていた。

やがて、彼女は諭すように、しかし王の威厳を込めて告げた。


「――顔を上げよ、マッスルG。貴様の忠誠、そしてその悔恨の念、確かに我が魂に届いた」


その声には、彼の決意を真正面から受け止める、確かな重みがあった。


「貴様は己を無力と断じるが、それは違う。あの夜、貴様がただ一人、声を張り上げ続けていたからこそ、我が軍の威光は地に堕ちなかった」

「貴様の『不屈』が、民の心を繋ぎ止めたのだ。それは紛れもない事実よ」


フレアの言葉が、絶望に沈んでいたマッスルGの心に、一筋の光を灯す。

(俺の、あの時間は…無駄では、なかったのか…?)


自分の行いは、ただの自己満足で、(あるじ)に迷惑をかけただけの愚行ではなかったのか。

だが、(あるじ)はそれを「意味があった」と仰ってくださる。

その事実が、凍てついていた彼の心を、少しだけ溶かした。


「だが…」と、フレアは続けた。

「貴様の言う通り、あの夜、我が軍を守った功労者は、もう一人おる」


その声は特定の誰かに向けられたものではなく、コメントの喧騒に紛れて息を潜める者の真意を問うような、探るような響きを帯びていた。


「――そこにいるのは分かっておるぞ。あの夜、見えざる盾となり、我が軍を守った者よ。名乗り出よ。さすれば、その功績に相応しい褒美をとらせよう」


その言葉に、コメント欄がどよめく。


『え、誰のこと?』

『名乗り出たら褒美もらえるって!』


フレアは、その喧騒を冷ややかに見下ろし、アバターの口元に悪戯っぽい笑みを浮かべた。

「――だが、我が呼びかけを無視するというのなら、それは王への叛意(はんい)と見なす。覚悟するがよい」


栄誉か、それとも罰か。

あまりにも暴君的な「踏み絵」。

コメント欄が静まり返り、誰もが固唾をのむ中、一人のアバターが、配信画面に姿を見せた。

現れたのは、あの選抜試験で最初に散っていった挑戦者――『最古の僕』。


「――最古の僕よ、いや、†漆黒の考察者†か」


その呼びかけに、コメント欄がどよめく。


『え、あの人!?』

『まさか、この人が守ってくれたの!?』


彼は、自分の正体(もう一つのHN)が暴かれたことに狼狽し、慌てふためいている。

「な、なぜ、私が†漆黒の考察者†だと…!?」

「ふん。貴様の魂の響き、忘れる我ではないわ。」


数秒間の沈黙、『最古の僕』は、覚悟を決めたように深く頭を下げた。

「…御明察、痛み入ります。ですが、私は先の試験で痛感しました、表に立つような器ではございません」

「私の知識と力は、(あるじ)の威光を陰からお支えするためにのみ存在します。どうか、このまま影でいることをお許しください」


フレアは、その告白に、さも当然であるかのように頷くと、今度は二人の臣下に向かって、有無を言わせぬ威圧感で語りかけた。

「……よかろう。その心意気だけは、な」

「だが、貴様ら二人、その忠誠は気高いが、致命的な欠点がある」

「それは、『己の価値を、己で決めつけている』という、臣下の身には余る傲慢さだ」


「え…」と、二人が息をのむ。


フレアは、まずマッスルGを睨みつけた。

「『盾になれなかった』と、己を無価値と断じた。だが、己の価値を決めるのは、貴様ではない。この我だ。我が『不屈は価値があった』と言えば、それが真実となる!」


次に、彼女は『最古の僕』に視線を移す。

「そして貴様も同じだ。†漆黒の考察者†よ。己を『表に出る器ではない』と断じ、勝手に影でいようなどと思い上がるな。自らの役割を決めるのも貴様ではない。この我だ!」

その言葉は、彼が名乗った名だけでなく、心の奥底にある考えまでも見透かしていた。

「我が臣下であるならば、その働き、我が目の前で報告せよ! 影に隠れるなど、我が許さん!」


二人は、もはや顔を上げることすらできなかった。

ただただ己の矮小さを思い知り、身じろぎ一つできずにいた。


それから、フレアは、ひざまずく二人の臣下を見下ろし、満足げに頷いた。

「よいか! 我が魔王軍に仕える者には、その働きにふさわしい『二つ名』を授けるのが古からの習わし! 心して拝命せよ!」


突然の宣言に、場の空気が一変する。

「二つ名?」と、うなだれたままの二人も、画面の向こうの視聴者も、一瞬思考が停止した。


フレアはまず、『最古の僕』にビシッと指をさして宣言した。

「貴様は、影ではなく、我が軍の『見えざる壁』として、脅威から軍を守る盾となる者。その粘着質なまでの情報収集能力と、神出鬼没の防衛術を讃え、これより貴様を――“粘着(ストーカー)・ウォール”と名乗ることを許可する!」


【最古の僕】:「えっ」


【コメント欄】:

粘着(ストーカー)・ウォールwwwww』

『ひどいwwwww』

『もっとかっこいい名前はなかったんですか魔王様!www』

『ただの事実で草』


シリアスな空気はここで完全に破壊された。


次にフレアは、まだ呆然としているマッスルGに向き直った。

「そしてマッスルGよ! 貴様はその尋常ならざる肉体と精神力をもって、我が名を24時間叫び続けるという偉業を成し遂げた! その忠誠、実に見事である! よって、貴様には――“不屈の絶叫筋(シャウト・マッスル)”の二つ名を授ける!」


【マッスルG】:「はっ…!(え?絶叫筋?)」


【コメント欄】:

『絶叫筋wwwwwwwww』

『シャウト・マッスルwwwダサかっこいいwww』

『さっきまでの感動を返してくれwwww』


フレアは、満足げに腕を組む。

「“粘着(ストーカー)・ウォール”よ、貴様には我が魔王軍の諜報と防衛の一切を任せる! 励むがよい!」

「そして“絶叫筋”! 一度我が下を離れ、己を磨くことを許可しよう。だが、その名に恥じぬよう、次に我が前に立つ時は、三日三晩叫び続けられるよう鍛えてくるがよい!」


最後の最後に追加された、あまりにもひどい無茶振り。

マッスルGは、悲壮感に満ちていたはずの心が、困惑と、そして新たな使命感で満たされていくのを感じた。

(三日三晩…!そうだ!(あるじ)は、ただ喉を鍛えろと仰っているのではない。魂の持久力を試しておられるのだ!)

(あらゆる攻撃に耐え、全軍を鼓舞し続けることこそ、(まこと)の『盾』の資質だと!)

絶望している暇はない。この新たな試練こそが、我が道標。

(あるじ)が示してくださった道を、ただ突き進むのみ!

彼は、涙と困惑を振り払うと、燃えるような決意の表情で力強く答えた。


「ははっ…! 御意にございます!」


フレアは、二人の臣下の新たな門出を見て、絶対君主の笑みを浮かべ、高らかに宣言した。

「――我が魔王軍『初代親衛隊長』の座は、“絶叫筋”が戻るまで、一時的に空席とする!だが!絶対ではないぞ!」


その言葉は、彼の魂に深く、深く刻まれた。

『待っている』――その一言が、彼の旅路を照らす、何よりも明るい希望の光となった。


こうして、魔王軍に、一人の「見えざる壁」が生まれ、一人の「未来の隊長」が、新たな目標を胸に旅立った。

彼らの物語は、ここから始まる。



配信が終わり、静寂が戻ったボロアパート。

机の隅で、ヴェルゼスは一連の出来事の顛末を、参謀として冷静に分析していた。

(これで我が魔王軍は、最強の『盾』と、最も信頼できる『目』を手に入れた)


彼は、盤上の駒が二つ、完璧な位置に収まったことに満足げに頷く。

(この盤面を完成させる、最後のピースは…)


ヴェルゼスは、まだ見ぬ候補者を思い浮かべ、次なる一手を思考し始めていた。

彼の盤上では、すでに、次の戦いが始まっているのだ。

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