第21話 忠誠の儀、そして、見えざる手
『魔王軍・初代親衛隊長選抜試験』
「我こそが、魔王フレア様が初代親衛隊長にふさわしい!」
「黙れ新参! 初配信の天井のシミから見守ってきた俺の忠誠心に勝るものなし!」
「忠誠とは言葉ではない、スパチャの額だ!」
配信開始直後から、コメント欄は「初代親衛隊長」の座を巡る、ファン同士の熾烈な舌戦で燃え上がっていた。
その異常な熱気を、玉座に座す魔王が一喝する。
「騒がしいぞ、民草よ!」
しん、と静まり返るコメント欄。
忠臣ヴェルゼスが、すかさず補足する。
「主よ、今宵は民の忠誠を試す『選抜試験』。この熱狂も、主への忠誠の証。致し方なしにございます」
「ふん、良かろう」と、フレアは不遜な笑みを浮かべた。
「ならば見せてもらおうか。我に仕えるに足る魂が、この中に一体どれほどいるのかをな!」
高らかな宣言と共に、地獄のオーディションが幕を開けた。
◇
最初に名乗りを上げたのは、HN「最古の僕」。
「我が名は『最古の僕』! 魔王様の初配信から全てのアーカイブを視聴し、その言霊と軌跡を脳内に刻み込んでおります!」
彼はそう豪語すると、フレアの過去の言動を完璧にまとめた、おびただしい量の年表を画面に提示した。
「初配信で映り込んだ天井のシミは、北西の角から32cmの位置! 『非常食』と仰ったカップ麺の銘柄は『炎帝軒・業火味噌味』! 全て記憶しておりますぞ!」
そのストーカー一歩手前の狂信的なアピールに、コメント欄がざわつく。
『こっわwww』
『愛が…愛が重すぎる…!』
『ガチ勢ってレベルじゃねーぞ!』
フレアは、その粘着質なアピールを冷ややかに見下ろした。
「ふん、過去にすがるだけか。ならば未来を示してみよ。我が次なる伝説、貴様には何が見える?」
「えっ…そ、それは、魔王様のお心のままに…」
「未来を語れぬ者に、我が右腕は務まらん。下がれ」
鋭い一言で、最初の挑戦者は塵と化した。
次に現れたのは、HN「神に捨てられし(ザ・ワン)禁忌の龍を左腕に宿す(アンリミテッド・ブレイド)魔眼の契約者」。
黒いローブと仮面をつけた、見るからに痛々しいアバターだ。
『出たーwww』
『こういうの絶対一人はいるよな』
『魔王様、どう捌くのこれ』
視聴者の予想通り、彼は芝居がかった口調で語り始める。
「ククク…我が身に宿りし古の魔術にて、魔王様の御業を阻む全ての障害を、深淵へと誘わん…」
「ほう」と、フレアは面白そうに返す。
「ならばその力、見せてみよ。今この場で、我が退屈を晴らす、最高の娯楽を創造してみせよ」
魔術ではなく「面白さ」を要求する、あまりにもVtuber的な無茶振り。
「ご…ごらく…でございますか…?」
神に捨てられし…(略)は完全に困惑し、しどろもどろで謎の一発芸を披露。
コメント欄が『うわ…』『放送事故』『見てるこっちが恥ずかしい』という、声にならない悲鳴で埋め尽くされた。
「我が民を退屈させる罪、万死に値するわ!」
フレアの一喝で、彼もまた闇へと消えた。
そして、最後に現れた挑戦者。
HNは、「マッスルG」。
筋骨隆々の、見上げるような巨漢アバター。
彼は他の応募者のように饒舌に語らず、ただ静かに、しかし燃えるような忠誠の瞳で、フレアを真っ直ぐに見つめていた。
その圧倒的な存在感に、コメント欄も息をのむ。
『うわ、こいつガチだ』
『空気変わったな…』
『あの人生相談の人か…覚悟が違うな』
フレアは、その魂の響きにどこか懐かしいものを感じながら、王としての問いを投げかける。
「貴様、我がために死ねるか?」
「御意に」と、マッスルGは即答した。
「ですが、主をお守りして果てるのが我が望み。主の御前で無意味に死すのは、任務の放棄に繋がります」
「死ぬべき時が来たならば、必ずや、主の最も堅牢なる盾となりましょう」
その完璧な回答に、フレアは満足げに頷いた。
「面白い。ならば、最後の試練だ」
フレアは、アバターの口元に、残酷な笑みを浮かべる。
「我が魔王軍の威光を世界に示すため、今から24時間、我が名を叫び続ける配信を行え。一秒たりとも休むことは許さん。それができれば、貴様を認めよう」
常人には不可能。
体力、精神力、そして何より、狂信的なまでの忠誠心がなければ到底クリアできない、王からの無慈悲な試練。
コメント欄も『無茶振りすぎるww』『鬼畜試験きたw』と騒然となる中、マッスルGは、ただ一言、力強く答えた。
「――御意」
◇
フレアの選抜試験配信が終わった、夜10時。
マッスルGは宣言通り、即座に自らのチャンネルで新しい配信枠を立ち上げた。
画面には、彼の筋骨隆々なアバターが仁王立ちしているだけ。
しかし、スピーカーから響く声は、凄まじい気迫に満ちていた。
「フレア様、万歳!」
「我が主、フレア様!」
「終焉の魔王、フレア様!」
その声量と熱量は、深夜0時を回っても、明け方4時になっても、全く衰えることを知らない。
配信は、いつしか「伝説の目撃」というお祭りと化していた。
そして、事件が起きたのは、多くの人々が新たな一日を始めようとする、翌朝8時過ぎのことだった。
朝日を浴びながらも、なお力強く叫び続けるマッスルG。
その忠誠心に、多くの視聴者が感銘を受けていた、その時。
【マッスルG】:フレアはオワコン!
【マッスルG】:こんな茶番、金のためにやってるだけだろw
彼の名前とアイコンをコピーした、大量のボットアカウントによる「なりすましスパム」が、突如としてコメント欄を埋め尽くし始めたのだ。
『え? なにこれ?』
『コメント欄が乗っ取られた!?』
『マッスルGさんがそんなこと言うわけない! 荒らしだ!』
異変に気づいた視聴者が騒ぎ出すが、攻撃はさらに激化する。
悪質な海外サイトへの誘導URLさらに、本来ならあり得ない攻撃が始まった。
高額スパチャの通知システムが乗っ取られ、配信画面そのものに、フレアを貶める悪質なコラ画像や、目を覆いたくなるような不適切な画像が強制的に、連続で投下され始めたのだ。
マッスルGの配信は、悪意によって完全にハッキングされ、汚染されてしまった。
◇
その頃、ボロアパートの一室。
フレアはまだ夢の中だったが、異変を察知したヴェルゼスは、即座にPCの前に陣取っていた。
「ちぃっ、ドブネズミどもが…! 我が主の試練を穢すか!」
彼は、参謀としての知識を総動員し、敵の攻撃経路を遮断しようと試みる。
だが、敵の攻勢は彼の予測を上回り、まるで無数の穴から水が噴き出すように、次々と新たな侵攻路を切り開いてくる。
その全てに対応するには、この体も、この指も、あまりに小さすぎた。
ただ必死にキーボードを叩くことしかできない、この小さな体を、そして無力な自分を呪った。
「くっ…! この肉体では…防ぎきれんか…!」
ヴェルゼスが奥歯を噛みしめ、絶望しかけた、その時だった。
コメント欄に、静かな一文が投下された。
『――主の試練を妨げる愚か者どもよ。その罪、万死に値する』
そのコメントは、すぐに悪意の濁流に飲み込まれて消えた。
だが、その直後。異変が起きる。
まず、嵐のように流れ続けていた「なりすましスパム」の勢いが、目に見えて鈍り始めた。
数秒後、数十あったスパムボットが、ぷつり、ぷつりと、一つずつ消えていく。
それは、誰かが手動でBANしているような速度ではない。
まるで、根元から引っこ抜かれるように、あるいはシステムそのものから存在を抹消されるように、次々と姿を消していった。
さらに、画面を汚していた不適切な画像スパチャ。
その一つが、表示される直前、ぐにゃりと歪んだノイズに変わり、表示エラーを起こして消滅した。
次の画像も、その次の画像も、全てが同じように表示エラーを起こし、弾かれていく。
まるで、配信画面の前に見えない「盾」が展開され、悪意ある攻撃だけを的確に弾き返しているかのようだ。
わずか数十秒。
あれほど猛威を振った地獄絵図は完全に鎮圧され、コメント欄には平穏が戻っていた。
何が起きたのか、誰にも理解できない。
ヴェルゼスですら、その現象の原理を掴めずにいた。
ただ、そこに人知を超えた「何か」が介入したという、畏怖にも似た感覚だけが、その場に残った。
『え…? 消えた…?』
『今の何…? バグ?』
『いや…誰かが…守ってくれた…?』
呆然とする視聴者たち。
その様子を、マッスルGは知る由もなかった。
彼はただ、夜が再び訪れるまで、ひたすらに忠誠の言葉を叫び続けるのだった。
◇
翌朝。
ヴェルゼスは、目を覚ましたフレアに報告を始めた。
それは、マッスルGが過酷な試練を乗り越え、伝説となるまでの物語だった。
「――というわけで、マッスルGなる者、見事試練を乗り越えましたが、その裏で少々、厄介な輩による妨害が…」
プリンをスプーンでつつきながら、気のない返事をしていたフレア。
だが、ハッキングによる妨害の内容を聞いた瞬間、彼女の動きがぴたりと止まった。
部屋の温度が、数度下がったかのような錯覚。
彼女は、スプーンをカチャン、と皿に置くと、血のように赤い瞳を細め、絶対零度の声で、静かに言い放った。
「……ほう」
「我が遊戯に、泥を塗った痴れ者がいる、と」
彼女の静かな呟きは、嵐の前の静けさそのものだった。
自らの威光と、忠誠を誓った者を穢されたことに対する、絶対君主としての純粋な憤怒がそこにあった。
「ベルゼ」
「はっ」
「そのドブネズミどもの素性、全て洗い出しておけ」
「――我が威光の前では、その程度の小細工、児戯にも等しいと知るがいい」




