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第21話 忠誠の儀、そして、見えざる手

『魔王軍・初代親衛隊長選抜試験』


「我こそが、魔王フレア様が初代親衛隊長にふさわしい!」

「黙れ新参! 初配信の天井のシミから見守ってきた俺の忠誠心に勝るものなし!」

「忠誠とは言葉ではない、スパチャの額だ!」


配信開始直後から、コメント欄は「初代親衛隊長」の座を巡る、ファン同士の熾烈な舌戦で燃え上がっていた。

その異常な熱気を、玉座に座す魔王が一喝する。


「騒がしいぞ、民草よ!」


しん、と静まり返るコメント欄。

忠臣ヴェルゼスが、すかさず補足する。

(あるじ)よ、今宵は民の忠誠を試す『選抜試験』。この熱狂も、(あるじ)への忠誠の証。致し方なしにございます」


「ふん、良かろう」と、フレアは不遜な笑みを浮かべた。

「ならば見せてもらおうか。我に仕えるに足る魂が、この中に一体どれほどいるのかをな!」


高らかな宣言と共に、地獄のオーディションが幕を開けた。



最初に名乗りを上げたのは、HN「最古の(しもべ)」。

「我が名は『最古の(しもべ)』! 魔王様の初配信から全てのアーカイブを視聴し、その言霊と軌跡を脳内に刻み込んでおります!」


彼はそう豪語すると、フレアの過去の言動を完璧にまとめた、おびただしい量の年表を画面に提示した。

「初配信で映り込んだ天井のシミは、北西の角から32cmの位置! 『非常食』と仰ったカップ麺の銘柄は『炎帝軒・業火味噌味』! 全て記憶しておりますぞ!」


そのストーカー一歩手前の狂信的なアピールに、コメント欄がざわつく。


『こっわwww』

『愛が…愛が重すぎる…!』

『ガチ勢ってレベルじゃねーぞ!』


フレアは、その粘着質なアピールを冷ややかに見下ろした。

「ふん、過去にすがるだけか。ならば未来を示してみよ。我が次なる伝説、貴様には何が見える?」


「えっ…そ、それは、魔王様のお心のままに…」

「未来を語れぬ者に、我が右腕は務まらん。下がれ」


鋭い一言で、最初の挑戦者は塵と化した。


次に現れたのは、HN「神に捨てられし(ザ・ワン)禁忌の龍を左腕に宿す(アンリミテッド・ブレイド)魔眼の契約者ワールド・エンド」。

黒いローブと仮面をつけた、見るからに痛々しいアバターだ。


『出たーwww』

『こういうの絶対一人はいるよな』

『魔王様、どう捌くのこれ』


視聴者の予想通り、彼は芝居がかった口調で語り始める。

「ククク…我が身に宿りし古の魔術にて、魔王様の御業を阻む全ての障害を、深淵へと誘わん…」


「ほう」と、フレアは面白そうに返す。

「ならばその力、見せてみよ。今この場で、我が退屈を晴らす、最高の娯楽を創造してみせよ」


魔術ではなく「面白さ」を要求する、あまりにもVtuber的な無茶振り。

「ご…ごらく…でございますか…?」


神に捨てられし…(略)は完全に困惑し、しどろもどろで謎の一発芸を披露。

コメント欄が『うわ…』『放送事故』『見てるこっちが恥ずかしい』という、声にならない悲鳴で埋め尽くされた。


「我が民を退屈させる罪、万死に値するわ!」

フレアの一喝で、彼もまた闇へと消えた。


そして、最後に現れた挑戦者。

HNは、「マッスルG」。


筋骨隆々の、見上げるような巨漢アバター。

彼は他の応募者のように饒舌に語らず、ただ静かに、しかし燃えるような忠誠の瞳で、フレアを真っ直ぐに見つめていた。

その圧倒的な存在感に、コメント欄も息をのむ。


『うわ、こいつガチだ』

『空気変わったな…』

『あの人生相談の人か…覚悟が違うな』


フレアは、その魂の響きにどこか懐かしいものを感じながら、王としての問いを投げかける。

「貴様、我がために死ねるか?」


「御意に」と、マッスルGは即答した。

「ですが、(あるじ)をお守りして果てるのが我が望み。(あるじ)の御前で無意味に死すのは、任務の放棄に繋がります」

「死ぬべき時が来たならば、必ずや、(あるじ)の最も堅牢なる盾となりましょう」


その完璧な回答に、フレアは満足げに頷いた。

「面白い。ならば、最後の試練だ」


フレアは、アバターの口元に、残酷な笑みを浮かべる。

「我が魔王軍の威光を世界に示すため、今から24時間、我が名を叫び続ける配信を行え。一秒たりとも休むことは許さん。それができれば、貴様を認めよう」


常人には不可能。

体力、精神力、そして何より、狂信的なまでの忠誠心がなければ到底クリアできない、王からの無慈悲な試練。

コメント欄も『無茶振りすぎるww』『鬼畜試験きたw』と騒然となる中、マッスルGは、ただ一言、力強く答えた。


「――御意」



フレアの選抜試験配信が終わった、夜10時。

マッスルGは宣言通り、即座に自らのチャンネルで新しい配信枠を立ち上げた。

画面には、彼の筋骨隆々なアバターが仁王立ちしているだけ。

しかし、スピーカーから響く声は、凄まじい気迫に満ちていた。


「フレア様、万歳!」

「我が(あるじ)、フレア様!」

「終焉の魔王、フレア様!」


その声量と熱量は、深夜0時を回っても、明け方4時になっても、全く衰えることを知らない。

配信は、いつしか「伝説の目撃」というお祭りと化していた。


そして、事件が起きたのは、多くの人々が新たな一日を始めようとする、翌朝8時過ぎのことだった。

朝日を浴びながらも、なお力強く叫び続けるマッスルG。

その忠誠心に、多くの視聴者が感銘を受けていた、その時。


【マッスルG】:フレアはオワコン!

【マッスルG】:こんな茶番、金のためにやってるだけだろw


彼の名前とアイコンをコピーした、大量のボットアカウントによる「なりすましスパム」が、突如としてコメント欄を埋め尽くし始めたのだ。


『え? なにこれ?』

『コメント欄が乗っ取られた!?』

『マッスルGさんがそんなこと言うわけない! 荒らしだ!』


異変に気づいた視聴者が騒ぎ出すが、攻撃はさらに激化する。

悪質な海外サイトへの誘導URLさらに、本来ならあり得ない攻撃が始まった。

高額スパチャの通知システムが乗っ取られ、配信画面そのものに、フレアを貶める悪質なコラ画像や、目を覆いたくなるような不適切な画像が強制的に、連続で投下され始めたのだ。

マッスルGの配信は、悪意によって完全にハッキングされ、汚染されてしまった。



その頃、ボロアパートの一室。

フレアはまだ夢の中だったが、異変を察知したヴェルゼスは、即座にPCの前に陣取っていた。


「ちぃっ、ドブネズミどもが…! 我が(あるじ)の試練を(けが)すか!」


彼は、参謀としての知識を総動員し、敵の攻撃経路を遮断しようと試みる。

だが、敵の攻勢は彼の予測を上回り、まるで無数の穴から水が噴き出すように、次々と新たな侵攻路を切り開いてくる。

その全てに対応するには、この体も、この指も、あまりに小さすぎた。

ただ必死にキーボードを叩くことしかできない、この小さな体を、そして無力な自分を呪った。


「くっ…! この肉体(うつわ)では…防ぎきれんか…!」


ヴェルゼスが奥歯を噛みしめ、絶望しかけた、その時だった。

コメント欄に、静かな一文が投下された。


『――(あるじ)の試練を妨げる愚か者どもよ。その罪、万死に値する』


そのコメントは、すぐに悪意の濁流に飲み込まれて消えた。

だが、その直後。異変が起きる。


まず、嵐のように流れ続けていた「なりすましスパム」の勢いが、目に見えて鈍り始めた。

数秒後、数十あったスパムボットが、ぷつり、ぷつりと、一つずつ消えていく。

それは、誰かが手動でBANしているような速度ではない。

まるで、根元から引っこ抜かれるように、あるいはシステムそのものから存在を抹消されるように、次々と姿を消していった。


さらに、画面を汚していた不適切な画像スパチャ。

その一つが、表示される直前、ぐにゃりと歪んだノイズに変わり、表示エラーを起こして消滅した。

次の画像も、その次の画像も、全てが同じように表示エラーを起こし、弾かれていく。

まるで、配信画面の前に見えない「盾」が展開され、悪意ある攻撃だけを的確に弾き返しているかのようだ。


わずか数十秒。

あれほど猛威を振った地獄絵図は完全に鎮圧され、コメント欄には平穏が戻っていた。


何が起きたのか、誰にも理解できない。

ヴェルゼスですら、その現象の原理を掴めずにいた。

ただ、そこに人知を超えた「何か」が介入したという、畏怖にも似た感覚だけが、その場に残った。


『え…? 消えた…?』

『今の何…? バグ?』

『いや…誰かが…守ってくれた…?』


呆然とする視聴者たち。

その様子を、マッスルGは知る由もなかった。

彼はただ、夜が再び訪れるまで、ひたすらに忠誠の言葉を叫び続けるのだった。



翌朝。

ヴェルゼスは、目を覚ましたフレアに報告を始めた。

それは、マッスルGが過酷な試練を乗り越え、伝説となるまでの物語だった。


「――というわけで、マッスルGなる者、見事試練を乗り越えましたが、その裏で少々、厄介な輩による妨害が…」


プリンをスプーンでつつきながら、気のない返事をしていたフレア。

だが、ハッキングによる妨害の内容を聞いた瞬間、彼女の動きがぴたりと止まった。

部屋の温度が、数度下がったかのような錯覚。


彼女は、スプーンをカチャン、と皿に置くと、血のように赤い瞳を細め、絶対零度の声で、静かに言い放った。


「……ほう」

「我が遊戯に、泥を塗った痴れ者がいる、と」


彼女の静かな呟きは、嵐の前の静けさそのものだった。

自らの威光と、忠誠を誓った者を(けが)されたことに対する、絶対君主としての純粋な憤怒がそこにあった。


「ベルゼ」

「はっ」

「そのドブネズミどもの素性、全て洗い出しておけ」

「――我が威光の前では、その程度の小細工、児戯にも等しいと知るがいい」

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