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第20話 狡猾な脚本家、そして、読まれない台本

深夜。

ボロアパートの六畳間は、(あるじ)の安らかな寝息だけが響く、静寂に包まれていた。

玉座(ゲーミングチェア)の隣、机の上で、小さな影が一つ、厳かに鎮座している。

忠臣ヴェルゼスである。


(あるじ)であるフレアは、ベッドの上で「むにゃ…このぷりん、我が臣下になることを許可する…名は『ぷりんす・きゃらめる三世』だ…」などと、王様ムーブ全開の夢を見ていた。

ヴェルゼスは、ベッドの上で幸せそうに寝言を呟く主君にそっと視線を送った。


「――では、これより定例の戦況報告を開始する」


静かな決意を込めた呟きと共に、彼はPCのテキストエディタを開く。

かつて、幾万の軍勢を率いた魔王軍で行っていた、深夜の報告書の作成。

それは、参謀としての彼の魂に刻み込まれた、神聖な儀式だった。


【対・聖告のアリア戦線 - 現状分析】


『まず、敵将アリアとの接触について。先の「クイズ対決」では、ポイント上は敗北。しかし、民の熱狂という『実利』はこちらが圧倒した。我が(あるじ)の『常識外れ』は、それ自体が強力無比な兵器となり得ることを再確認。』


ヴェルゼスは、小さな前足で器用にキーボードを叩いていく。


『続く「理想郷ゲーム対決」では、我が仕掛けた攪乱(かくらん)工作と、(あるじ)の無自覚なカリスマによる『文化侵略』が功を奏し、敵陣営に少なからぬ混乱を生じさせることに成功。しかし、あの聖女、こちらの混沌を『教育』によって自らの秩序に取り込もうとするなど、底が知れぬ。その懐の深さ、あるいは、ただの偽善か…。いずれにせよ、警戒レベルを引き上げるべき対象であることに変わりはない』


彼は一度手を止め、先日のアリアの配信を思い出す。


『特筆すべきは、アリアの「世界の半分」発言。あれは、我が(あるじ)の威光に当てられた単なる暴走か、あるいは、こちらの戦術を分析し、意図的に模倣しようとする、敵陣営の新たな一手か…? どちらにせよ、あの鉄壁の聖女に、精神的な揺さぶりを与えているのは間違いない。引き続き、要注意観察対象とする』



次に、彼は項目を改め、より深刻な問題へと思考を移す。


【世界の異常バグについて】


その項目を打ち込んだ瞬間、ヴェルゼスの脳裏に、あの忌まわしき姿がよぎった。

おどろおどろしい紫色の光。短い足。

そして、自分と同じ名を冠する、あの粘液質の生命体。


ぞわり、と全身の毛が逆立つ。

ヴェルゼスは、無意識のうちに、自分の黄金色の体毛をさすっていた。


『…ベルゼ弐号。あの存在は、断じて看過できぬ』


彼は、トラウマを振り払うように、キーボードを叩く力を強めた。

そして、思考を整理するため、二つのゲームのアイコンをデスクトップ上に並べ、それぞれのプロパティ(情報画面)を開いた。

画面には、料理ゲーム『ファンタジー・キッチン』と、ファッションゲーム『ドリーム・クローゼット』の情報が表示されている。

どちらもジャンルは「シングルプレイゲーム」。オフラインで遊べるはずのゲームだ。


しかし、ヴェルゼスはマウスのカーソルを、情報画面の隅に表示されている、小さな地球儀のマークに合わせた。

そこに表示されたのは、『実績データ同期のため、常時サーバーに接続しています』という、見落としてしまいそうなほど小さな一文。


彼は、その文字を睨みつけ、その小さな顎に、ぐっと力を込めた。

『…この、か細い蜘蛛の糸を辿ってきたというのか。あの粘液は』


彼の思考には、サーバーの壁をいとも容易くすり抜けてきた、あの紫色の生命体への、純粋な畏怖と、そして生理的な嫌悪が渦巻いていた。


(あるじ)の歌が引き起こした『世界のしゃっくり』以降、この世界のデジタルインフラの境界が、明らかに曖昧になっている。何者かの刺客か? はたまた、この世界そのものが持つ、悪意のない、しかし致命的な欠陥か…? いずれにせよ、この現象は、脅威であると同時に、利用価値のある『切り札』にもなり得る。調査を継続する』



最後に、彼は今後の軍備について、思考を巡らせた。


【今後の軍備拡張に関する考察】


『現状、我が魔王軍の戦力は、王たる(あるじ)と、参謀たる我のみ。あまりにも脆弱(ぜいじゃく)な体制だ。(あるじ)は、その圧倒的なカリスマで民を惹きつけてはいるが、それはあくまで一個人の力に過ぎぬ』


彼は、これまでのフレアの言動を思い返す。

高難易度ゲームで見せた、折れない心。

人生相談で見せた、魂の本質を見抜く慧眼。

そして、映画鑑賞の際に、登場人物たちを「我が軍の兵士であれば」と評した、あの言葉の裏に滲む『(まこと)の臣下』を求める、王としての無自覚な渇き。


『そろそろ、我が(あるじ)の威光を支える、屈強な『剣』と『盾』を揃えるべき時期であろう。(あるじ)の御心にかなう、気高き魂を持つ者。そして、我が参謀としての仕事を補佐し、時には『毒』としても機能する、狡猾な駒も必要だ』

『幸い、(あるじ)の『神託(人生相談)』は、我らに道を示してくださった。(あるじ)の言葉に、王の器を感じ取り、その魂を揺さぶられた者たちが、この世界のどこかにいるはずだ…』


『ふむ…。魔王軍・第一次親衛隊長募集計画。そろそろ、その準備を始める頃合いか…』



全ての報告書を書き終えたヴェルゼスは、テキストファイルを暗号化し、厳重に保存した。

そして、ぐっすりと眠る主君の、子供のような寝顔を見て、小さく、本当に小さく、ため息をついた。


「ふぅ…全く、手のかかるお方だ。胃がいくつあっても足りませぬぞ」


その口調は呆れながらも、深い忠誠心と、そして、この予測不能な日々への、確かな満足感が宿っていた。

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