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第19話 理想郷、そして、盤上の駒

その日、魔王フレアは新たな儀式として、自由度の高いスローライフ&街作りゲーム『理想郷(仮)』の配信を開始した。


「ふん、この何もない無人島を、我が手で至高の魔境へと変えてやろう。我が芸術の深淵、とくと見るがいい!」


宣言通り、フレアの島『アビス』は、常人の理解を超えた魔境へと変貌していた。

地面には意味不明な巨大な穴が空き、空には天まで届く土の塔がそびえ立つ。

彼女が「芸術」と称して乱立させた芋虫のような謎のオブジェが、禍々しいオーラを放っていた。


配信中、フレアは完成したばかりの巨大なドクロ型の城を、満足げに眺めていたが、次の瞬間、あっさりとこう言い放った。


「――だが、飽きた」


その一言と共に、彼女は城を躊躇なく爆破し始めた。


「ふん、創造とは破壊の後にこそ輝くもの。だが、このちっぽけな島では、我が芸術を表現するには狭すぎる…」

「ならば天にいる神々にも見せつけてやらねばな! この島ごと空に浮かべ、我が威光を天界にまで届かせてくれるわ!」


そのあまりに奔放で、壮大な野望に、コメント欄は『ええええ!?』『破壊神すぎるwww』と騒然となった。



配信後。

ヴェルゼスがいつものように情報収集を行っていると、一つの情報に目が留まった。

彼は、プリンを片手にふんぞり返る主君に、何気ない口調で報告する。


(あるじ)よ。例の聖女アリアも、我らと同じ『しゅみれーしょんげーむ』を始めた模様にございます」


その言葉に、フレアはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

「ほう、あの聖女め。我が創造の深淵を目の当たりにして、己の矮小さを思い知り、ついに教えを乞いに来たか」


彼女は再びゲームを起動すると、アリアのアカウントを検索し、ゲーム内の「フレンド申請」というボタンを、迷いなくクリックした。


「ベルゼ、この『ふれんどしんせい』とは、決闘の申し込み、すなわち『果たし状』のことであろう?」

「は、はぁ…まぁ、概ねそのようなものと解釈していただいても…」


ヴェルゼスが曖昧に答える中、フレアはメッセージを打ち込んでいく。


『我が魔境『アビス』を見よ、偽りの聖女よ。貴様のちっぽけな楽園と、どちらが(まこと)の理想郷か、民に問おうではないか。この果たし状を受ける勇気があるならば、この申請を許可せよ』


その挑戦的なメッセージは、すぐにアリアの元へと放たれた。



一方、アリアの島『エデン』は、フレアの島とは対極の、完璧な秩序に支配された楽園へと変貌していた。

白亜の街並みはシンメトリーに設計され、道は石畳で舗装され、等間隔に街灯と花壇が並ぶ。


そこに、フレアからの「果たし状」が届く。


アリアは、その挑戦的な文面を、ただ静かに見つめていた。

マネージャーならば、きっと反対するだろう。

リスクとリターンを天秤にかけ、関わるべきではないと諭すはずだ。


(ですが…)


彼女の脳裏に、あの魔王の奔放な創造と、それに熱狂する民の姿が蘇る。


(この方の『混沌』…そして、私の『秩序』…。どちらが本当に、人々を惹きつけるのか…知る必要があります)


彼女は自らの意思で、フレアからの申請を許可した。

「…お受けします。あなたの『理想郷』、見せていただきましょう」


その瞬間、二人のゲーム画面に、簡素なシステムメッセージが表示された。

『フレンドが成立しました。島が隣接したため、住民の交流が可能になります』


そして、事件は起きた。

フレアの島から、複数の住民リスやヒツジなどがボロボロの姿で逃げ込んできたのだ。

「もう落とし穴に落ちるのは嫌だ!」「安らぎをください!」と、アリアに救いを求める。

彼女は「かわいそうに…」と彼らを優しく受け入れた。


入れ替わるように、アリアの島の住民であるウサギが、「この島は完璧すぎて、少し退屈なんだ。ボクはもっとスリリングな島に行くよ!」と言い残し、フレアの島へと旅立っていった。


コメント欄は『魔王の圧政から逃れてきた難民たち…』『アリア様、マジ聖母』と、アリアへの賞賛で溢れかえった。



配信が終わって数日後。

アリアの完璧な島『エデン』では、静かな異変が起きていた。


フレアの島から来たはずのリスやヒツジが、夜な夜な集まっては、「あの島の暮らしは刺激的だった」「落とし穴は芸術だ」と、フレアの混沌を懐かしむように語り合っている。

その噂は、アリアの島の元々の住民たちにも広がり、「そんなに楽しいなら、一度行ってみたい」という不穏な空気が生まれ始めていた。


さらに、島の至る所に、芋虫のようなオブジェを模した歪な小石のアートがゲリラ的に置かれたり、住民がよく通る道に絶妙に気づきにくい小さな落とし穴が掘られたりといった、地味な嫌がらせが頻発するようになった。

犯人は、フレアの島から来た住民の一人、一匹のネコだった。


異変に気づいたアリアは、ネコを追放するのではなく、「対話」を選んだ。

「あなたの気持ちも分かります。ですが、この島の平和を乱すことは許しません。あなたも、この島のルールの中で、新しい楽しみを見つけてみませんか?」

彼女は、あくまで「教育」と「更生」によって、異物を自らの秩序に取り込もうと試みていた。



その頃、ボロアパートの一室。

(あるじ)であるフレアは、今日の戦果『コンビニの高級弁当(仮)』に満足し、ベッドで大の字になって眠っている。


部屋に静寂が訪れると、机の上で小さな影が動き出した。

忠臣ヴェルゼスである。


彼は、(あるじ)が眠りについたのを確認すると、静かにPCの前に陣取った。

そして、小さな体で必死にマウスを操作し、『理想郷(仮)』を起動する。

画面に映し出されたのは、フレアが去った後のカオスな島『アビス』。


ヴェルゼスは、職人のような真剣な眼差しで、夜な夜な島の改築を行っていた。

フレアが掘った巨大な穴は温泉に、土の塔は展望台に、マグマの滝はパン焼き窯に…。

(あるじ)の創造した「混沌」を一切否定せず、ただ「意味」と「機能」を与え、インフラを整備していく。

彼の仕事は、まさしく王国の宰相そのものだった。


内政を終えた彼は、次に「住民管理」の画面を開いた。

アリアの島から来たウサギのステータスを見て、ふむ、と一つ頷く。

そして、彼は画面を切り替え、アリアの島『エデン』の様子を、遠隔で監視する。

画面には、例のネコが起こしたトラブルのログが、リアルタイムで表示されていた。


そのネコのステータス画面には、エデンの住民たちにはない【特性:混沌を愛する】という文字が、小さく表示されている。

ヴェルゼスは、トラブルのログと、ネコの特性を交互に見比べると、ただ、静かに、口角を吊り上げた。

その小さな瞳の奥には、全ての局面を見通すかのような、狡猾な光が宿っていた。


彼はPCの電源を落とすと、満足げにヒマワリの種を一つ、口に運ぶ。


カリッ。


静かな部屋に、小気味よい音が響く。

それはまるで、盤上の駒が一つ、完璧な位置に置かれたことを告げる合図のようだった。

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