第5話
「はあ!? ……まったく、好き勝手言ってくれるわね!」
同期生の中で後方支援=ホープス留守番組の陣頭指揮を務めるウェズベル公爵令嬢シオンは、アルスから送られてきた報告書を読んで思わず悪態を吐いた。
報告書によると、アルスは最初に鎮圧したガラント領にてアンナと婚姻を済ませた。そのうえで北方組と東方組に分かれて進撃するらしい。
自分たちにはその支援を要請してきた。
ちゃんと理由も書かれているし、それだけであれば理解も納得も出来る。伊達に公爵令嬢なんてやっていない。
基本的に貴族令嬢というものは、結婚後はお家の留守を預かり、或いは旦那の代わりに領地経営に勤しむ必要があるのだ。公爵令嬢ともなれば、必然的にお相手のグレードも上がる。そんな理由もあって、シオンも幼い時から色々と勉強させられてきた。
ホープスに来て、次男とはいえ同じ公爵家の子供であるアルスの生活を聞いた時など、羨めばよかったのか嘆けばよかったのか分からぬほどだった。
まともに舵取りできるようになってからホープスへの人員派遣は続いており、シオンら一期生には後輩もできた。
そしてクーデターの件で出撃するに当たり、一期生は後輩の同行を認めなかった。何故なら若いからだ。ぶっちゃけ、一期生でも実戦に参加するにはギリギリの年齢である。
そんなだから、出撃組に比べ、留守番組は人手に余裕がある方だ。
「いくら人手に余裕があっても、役に立つかどうかはまた別なんですけどねえ!」
一期生がホープスに集められてからまともなカリキュラムが組まれるようになるまでには、相応の時間がかかっている。実際、一期生が派遣されてから二期生が派遣されるまでは年単位で空白の期間がある。
鳴り物入りで始まった計画も、実際に始めてみればそれだけの試行錯誤が必要だったのだ。今現在の人柄からは想像もできないが、やって来た当初のホリンなどは問題児もいいところだった。
「……と、過去を懐かしんでもいられませんね」
思わず過去を振り返ってしまったが、そんなことをしている余裕は無い。実情はカツカツだ。
「二期生と……三期生にも手伝ってもらいましょうか。カリキュラムの修正もいたしませんと……」
あーだこーだと口に出しつつ、シオンは要請に対処するために艦内計画の修正を図る。
二期生ならば戦力になるだろう。指示下に置くなら三期生も。四期生はまだ早い。これからは『早期研修』という名目で正式にカリキュラムに含むべきだろうか。
ホープスでの生活を重ねるうち、完全とはいかないまでも、その機能の凄さを理解出来るようになった。中枢艦にして万能艦。単一の機能では随行艦に及ばぬらしいが、それでも単体で十分過ぎる性能を有している。
要は人に置き換えての未開地への遠征だと思えばいいのだ。帝国の有する地図も完璧ではない。大雑把に分かっている部分から判断するだけでも、広大な版図を誇る帝国とて大陸南西の一角を占めるに過ぎないらしい。隣国とのぶつかり合いもあり、国境近辺とて分かっていない部分が多いのだ。
この道はどこに続いているのか? どんな環境なのか? どんな動物や魔物が棲み、どんな植生なのか? ……調べることは色々とあり、そのうえで生活環境も自分たちで整えなければならない。考えるだけで苦行だ。それゆえに入念な下準備を行うのだ。まあ、それでも実際には色々と不足することが多いだろうが。
ホープスでの生活がいい例だ。世の中、実際にやってみなければ気付かないことも多いのである。
そしてホープスは、それ単艦だけで数千人の生活を賄えるだけの機能があるのだ。住むのも、食物を作るのも、生活雑貨を作るのも、ホープス単艦でできる。……まあ、それだけの人数を相手にいざ実行しようとすれば、色々と制限を付ける必要も出てくるそうだが。余裕を持たせようとするなら、多くても千人前後だろう。
ともあれ、そんなわけで出陣組に対する支援物資の製作だけなら容易なのだ。
しかし、作るだけなら意味が無いのだ。ジャンル別、種類別に分けて保管しなければならないし、それを届ける必要もある。
そういう、ホープスでは行き届かない部分で人手が必要なのである。
しかも、今はまだ良いが、これからアルスらが各地の鎮圧を進めていけば、それらの統治によってこちらの人手も順繰りに減っていくだろう。戦いをしているのだから、出撃組から犠牲者が出る可能性だってある。そうなれば、補充人員としてさらに人手が減る。
結局のところ、人手に余裕があるのは見かけだけなのだ。
それでも要請に対処しなければならないため、シオンを始めとする留守番組の奮闘は続いていくのであった。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
「おいおい、マジかよ……」
シオンから回ってきた連絡に、農産部門のトップに置かれている同期生の一人、アガレスは頭を掻いた。
広い帝国領を維持するためには、当然ながら領民を賄えるだけの食料が必要となる。狩りを行い獣や魔物の肉を食うのも良いが、当然ながらそれだけでは賄えない。恒久的に食っていくためには、必然的に自分たちで作物を育てる必要があった。
そのため、帝国領内の各地には農作物の生産に特化している領土があるし、そのうちの一つは皇帝家の直轄領と化している。……まあ、広い帝国領の中にはまったく農業に向かない領土もあるわけだが、土地の状態や気候に左右される部分も大きいため、そこに関しては仕方がない。
そしてアガレスは、そんな農産特化系の領地を持つ貴族家の生まれである。そのために現在の役職に就けられている部分も大きかった。
「おおい、ちょっと集まってくれ!」
アガレスは大声を出し、グループのメンバーを呼びつけた。とはいえ、リーダー格だけだが。
呼び出された者たちは、その理由を問いかける。その姿に目に見える不満はない。
「いや、シオンから連絡が回ってきてな……」
再度頭を掻きつつ、アガレスは説明した。
一言に農作物と言ったところで、土地の状態や気候に左右される部分が大きいのは前述の通りだ。必然、場所が変われば育ちやすい作物も変わる。穀物を育てる地域もあれば野菜を育てる地域もあり、果物を育てる地域もある。
そしてホープスには各地から参加者が来ている。アガレスが農産部門のトップに立っているのは、単に彼の生家がその中では一番爵位が高かったからに過ぎない。
作物によって味も栄養も育てやすさもノウハウも異なる。トップと言ったところで強権を振りかざすことなどできず、むしろ調整役としての意味合いが強いのが実情だった。
アガレスの説明を聞いた一同は、頷きを示して悩んだ。
ホープスの農場区域はある程度広く、それが第一から第五まで存在する。そして何より素晴らしいのは、ある程度の環境調整が人為的に可能なことだった。しかも、それが区画毎に設定できる。
自らの土地で育てている作物には一日の長がある彼らも、それ以外となると分からないことだらけだ。それを学ぶに当たり、ここほど適した環境もそうはない。
日々、彼らは互いに学び合い教え合っている。もしかしたら、自領の特産物が増えるかもしれないからだ。その中には種の状態でホープスに保管されていた作物もある。スリープモード中も、保管には力が入れられていたのだ。
ホープスでの生活を送ることで、彼らの知識も日に日に増えている。だからこそ、悩み、迷う。
「さて、何を育てたもんかね?」
つまりはそういうことだった。収穫までの期間、味、栄養、腐りにくさ、そういった諸々を考えて決めなければならない。自分たちだけで消費するならともかく、出撃組に送らなければならないのだから、アガレス一人だけで考えられるものではない。
そして、結局のところ自分たちだけでは決めきれず、エクシードに相談することになるのだった。
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「ふむ、なるほど」
アルスたちからの要請、それに伴うシオンによる計画変更は、調査・研究部門にも伝えられた。
各部門の指揮を執るのは、何も同期生だけではない。調査員や研究員の中にはどこにも所属しておらず、一時的な雇われであり実質的な立場としてはフリーの人材もいた。
基本、調査や研究とは多大な資金がかかる。一発必中で求める成果が出る筈もなく、むしろ『下手な鉄砲数撃ちゃ当たる』とばかりに総当たりもかくやな分野である。
だが、従事する者にとっては当然なその常識も、意外と出資者には知られていない。いや、『知った気になっている』というのが正解だろうか。研究に成功した際のメリットに目が眩み、それまでの負担を低く見積もりすぎる者が大半なのだ。
研究には金がかかる。だから貴族なり大手の商会なりに雇われる。金を注ぎ込んでも見合った成果が出たない。結果、解雇される。……調査員や研究員というのは、こういったパターンの人物が多かった。
よしんば雇われ続けることに成功したとしても、自分が真に調査・研究したい分野と出資者の意向が合致するとは限らない。雇われ当初であれば、『成果を出すまでは仕方ない』と自分に言い聞かせることもできるが、成果を出した後もそれが続くようでは堪らない。結果、自分から辞表を叩きつけるというパターンもある。
フリーの彼らがホープスへとやって来たのは、一縷の希望を抱いたがゆえと、『生活苦』という現実があればこそだ。雇われている間は食うに困ることがなくても、辞めてしまえば、或いは解雇されてしまえばそうもいかない。研究設備を整えるにも金がかかるので、資産などアッサリと底を突くのが実情だ。
そんな連中が大半なものだから、彼らはホープスでの生活を心底から楽しんでいた。
まず、何よりも設備が良い。ここの設備には上級貴族のそれも劣るだろう。科学重点な艦内設備は今までのそれと使い勝手が違ったが、慣れてしまえば些細な問題であった。
次に、研究内容を話し合うことができる。雇われている間は、基本的に研究内容を話し合うことなどできない。同じ貴族に雇われ同じ研究に当たっているならなんとか、といった感じであろうか。利益が見込めなければ出資する筈もないので理解はできるのだが、遅々として進まない要因ともなっている。
ホープスではそれが大いに緩和されているのだ。無論、口外禁止なこともあるのだが、他に比べれば大分マシである。
そこについては、他とアルスとのスタンスの違いが大きい。前世知識を持つアルスにとって、現在の社会は不便が大きいのだ。そのため、過ごしやすく暮らしやすくするためであれば、知識の拡散を厭わない部分がある。
そんな理由もあり、フリーな者の多くは早々にアルスに忠誠を誓った経緯がある。帝国民という自覚はあるが、ことホープス内における最高権力者はアルスなのだ。『始祖の再来』ということもあって、皇帝であろうとも配慮を示す必要がある。雇われるに当たって提示された元々の仕事さえ済ませてしまえば、調査・研究員たちがアルスの許に所属替えするのを防ぐことは出来なかった。
そしてアルスの許に身を寄せた者たちには、新たな知識が与えられた。異星を由来とする知識である。彼らにとっては刺激が大きく、楽しいものであった。そも、未知に惹かれるからこそ調査や研究に力を入れているのである。
そうして双方の世界の技術と知識を混ぜ合わせて作られたのが、魔力駆動の二輪車や四輪車であることは記憶に新しい。
通称『バスタード』シリーズ。バスタードとは異星の言語の一つで『雑種』、『混ざりもの』、『私生児』などを意味するらしい。この星と異星の技術の合いの子だ。ある意味ではこれ以上ないほどに相応しい名前だろう。
「アルス新帝陛下はアンナ先帝皇女と正式に婚姻を結ばれ、以後、新帝陛下は北方へ向かい、皇后陛下は東方へ向かわれるとのことだが……」
「それを踏まえたうえでどうするかだ。二輪と四輪の増産だけなら問題は無いが、それだけというのも芸がない」
「そうは言っても冷蔵車などはまだ無理だぞ? 技術を形にするにはまだまだ時間がかかる」
双方の技術を混ぜ合わせるのも簡単ではない。エクシードによる補助があってもそれは同じだ。
ホープスの機能を集約すれば科学技術オンリーの冷蔵車が作れるという試算は出ているが、そのためには現在の作業をストップせざるを得ない部署が多すぎる。色々と余裕があるのならまだしも、現状ではどう考えたって割に合わない。
「二輪車と四輪車については問題ないだろう。ここで生活していると感覚や常識がマヒしてくるが、そもそも今の性能でも上等に過ぎる。他のところは専ら馬か馬車を使用しているんだぞ?」
「ッ!? そう言えばそうだったな!」
などというやり取りも行われる。
「薬の類はどうだろうか? 研究の結果、色々と分かった物もあるぞ」
中にはこんな声も上がった。
一言に薬と言っても、飲料、錠剤、粉末などと種類がある。薬効を得るにも、どの形が良いのか、どのタイミングで飲むのが良いのか、などといった具合に調べる部分は多く、研究分野としてもメジャーなものだ。場合によっては、今まで見向きもしていなかったそこらの草に、思いもよらぬ薬効が見つかることもある。
「具体的には?」
「大きなところだとポーションの回復効果が上がった。無論、一般的に使われている物と原材料は同じだ。もっとも、凄腕の薬師が作る物には及ばぬがな」
「……ふむ。まあ、我らは本職ではないんだ。十分と言えば十分だろう。他には何かあるか?」
「毒消しの類も幾らかは作れたな。まあ一言に『毒』といっても種類があるから、どこまで役に立つかは不明な部分も大きいが」
それは仕方のないことであった。一般的なRPGのように万能の毒消しがありふれているようなら苦労はないのだ。
「何があるか分からないんだ。送っておいた方が良いだろうな」
こうして、以後も調査・研究部門の話し合いは続いていくのだった。
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