第6話
無理もないことではあるが、投降への呼びかけに相手は同意しなかった。これにより、西方麾下、グエル家を相手に開戦が決定された。
「フッ!」
敵陣の中に飛び込んだアルスが、呼気と共に引き金を引く。そして、引き金を引いたままに薙ぎ払う。連続で放たれた魔力弾が、対陣する相手へと襲いかかる。
一軍どころか組織自体のトップとしては不用心極まりないが、人手が少ないのだから仕方がない。トップといえど、どこかでリスクを踏まなければならないのだ。
その一方で、冷静な計算が働き、それにより勝算を導いてこその行動でもあった。
「グエッ」
「ぎゃあ」
魔法が広まっている世の中だ。魔力の衝撃波を放つ魔法など珍しくもない。魔力によって練られた矢――マジックアローなどは最たるものだろう。
しかし、よほどの使い手を別にすれば、魔法の行使には詠唱が欠かせない。規模や威力の拡大によって詠唱時間は長くなる。
戦士によっては斬撃や突きの軌道に乗せて魔力の衝撃波を放つ者もいるが、その場合、やはり軌道に縛られる。
そして何よりも大きいのは、対陣者がアルスの武器を武器として認識出来なかったことだ。この状況で手に持つのだから『武器かもしれない』とは思っても、見たことがないために確信を抱けなかったのだ。
如何に広大な帝国領とはいえ、領内の全土にインフラが行き届いているわけではない。領主の運営指針にもよるだろうが、主な移動手段は徒歩を除けば馬か馬車だし、道路状況もまちまちだ。そこに貴族同士の権力争いも加わったりするため、隅々まで情報が行き渡ることなど有り得ない。商人や吟遊詩人から話が広まることもあるが、よほど信用が置ける人物が相手でない限り、その信憑性は薄い。
そもそも、アルスの武器である二丁拳銃は、地球由来の科学技術とこの世界由来の魔導技術を混ぜ合わせた産物なのだ。現状、帝国内の出所としてはホープスしかありえず、そのホープスはアルスの本拠である。広まっている道理が無かった。
「このヤロウ!」
魔力弾の合間を縫って接近した相手が斬りかかってくる。さすがに人数差が激しいため、接近を許さないことなど不可能だ。そもそもにして射程距離の問題がある。ある程度接近しないことには威力が伝わらない。
「甘い!」
アルスは迫る剣身をそのまま片手に持つ銃身で弾いた。そして、お返しとばかりにもう片手の銃弾を叩き込む。至近から放たれた魔力弾を食らった相手は、そのまま昏倒した。
アルスは腰に鞘込めの剣を吊り下げているが、そちらは飾りに等しかった。ただし、決して剣の技量がないわけではない。
これには理由がある。今現在は敵対していても、最終的にはこちらの領民になるだろう相手が大半なのだ。無駄に生命を散らすのは本意ではないし、容赦なく殺してしまえば民衆の感情を逆撫でする可能性だってある。無論、殺人を忌避する思いもあった。
聞いた話、兵士の大半は都度都度徴兵される民衆に過ぎない。よほどの大都市でもない限り、専業兵士などそうはいないそうだ。
実際、ガラント領がそうだった。
帝国領全土における嫡男派の一斉クーデターは見事だが、全員が全員成功する筈もない。ガラント領の場合は、実行の段になって当主に逃げられた形だった。
クーデターなど起こされては当主としても許せる筈がなく、実際に事に及んでしまっては成功失敗を問わず嫡男も最後までやり通すしかない。
そんなだから双方共に相応の権限を持ち合わせ、対立も深まっていた。そして、それに巻き込まれたのが領民だ。
賊や魔物が跋扈する世界なのだから、どこの村や町だって多少なりと戦える人材はいるのだ。まあ、その大半は力任せに武器を振るのが精々だが。それでも、当たりさえすれば一定の成果は出せる。それは賊の方も同じだ。
クサナギ領のように、領民全員に数年がかりで教育を施す方が珍しいそうだ。学んだ者と学ばぬ者、どちらが結果を出せるかなど考えるまでもない。
にも拘らず賊の良いようにされていたのは、領主の持つ戦力が治安活動に当たらなかったこともあるが、防衛用の人材を徴収されていたからでもあるのだ。
お家騒動か何だか知らないが、領主たちは互いに睨み合っているだけで、自分たちの村や町を蔑ろにしている。それは不満となって領民の間に密かに溜まっていたが、正面切って逆らうことも出来なかった。
装備がきちんと用意される正規兵と違い、徴兵は武器も防具もほとんどが自前だ。用意される場合がないではないが、大抵は申し訳程度の代物であることが多い。
また、徴兵はしっかりとした訓練を積んでいるわけでもない。これでは逆らっても無駄死にするだけだ。場合によっては、事が終わった後でそれを理由に故郷に重税を課すかもしれない。
決して否定しきれないその考えにより不満を抑え込んでいた徴兵たちだったが、そんな折に第三軍としてアルスたちが現れた。結果、機を見てアルスたちの許に駆け込んだらしい。
アルスたちに味方したガラント兵の話ではそういうことだった。また、その中には当主と子息に見切りを付けた正規の騎士もいた。
ともあれ、ガラント領での経験から、アルスたちは大雑把ながら帝国領における軍事形態と戦闘力を理解した。土地柄や領主の意向もあるだろうからいっしょくたに考えるわけにもいかないが、ある程度の参考にはなる。
その結果、アルスは二丁拳銃スタイルを選んだ。
ガラント領では数の劣勢からあのような策を取ったが、その結果は惨憺たるものだった。こちらの被害は少なかったが、死者の群れが出たことに違いはなく、あまり取りたい方法ではない。
生命のやり取りをしているのだから死人が出るのは理解しているが、可能なら少ない方が良いのがアルスの本音だ。まあ、仲間にそれを押し付けるわけにはいかないし、必要とあれば躊躇する気もないが。
しかし、そういったアルスの考えに理解を示す一方で、戦闘スタイルに対しては仲間内からの反対意見が多い。ただ、この方がアルスの戦闘能力を発揮できるのも事実であるだけに、安全性の観点から周りもどうこう言うのを諦めている実情がある。
とはいえ、アルスの戦闘スタイルは扱う武器からして歴史ある帝国でも新機軸だ。意表を突くという点にかけては多大な効果を発揮していた。
そもそも、対陣戦力と一括りにしているが、その実態は綻びだらけである。クーデターなど起こったのだから当然ではある。まとまっているのは見かけだけで、実際にはギスギスした空気が蔓延している。少なくとも、外から見て簡単に分かるほどには。
基本的に数には数で当たるのが正道だ。少数精鋭など言葉の聞こえが良いだけで、実際には効果が無いのが大半である。冒険者だって、好き好んで単独をやる者は少ない。大抵は役割に合わせてパーティーを組む。傭兵だって徒党を組むし、賊だって徒党を組む。
その観点から言えば、兵団相手には同じく兵団で当たるべきなのだ。その構成員の多くが、きちんとした鍛錬を積んでいない庶民であろうともだ。
如何な事情があろうとも、百人以上いる相手に対し十人未満で挑むなど、気が触れているとしか思えない所業なのである。
無論のこと、アルスたちは決して気が触れているわけではない。これまでに積み重ねた鍛錬、学習、そして相手の心情、そういった諸々を加味したうえで可能だと思ったからやっているのだ。意表に意表を突いたうえで相手の指示が行き届かなければ、この人数差でも十分に勝算はある。……人は、その『計算』なり『判断』なりの結果を実行することをこそ、『気が触れている』と評するのかもしれないが。
「数だけいたってなぁ!」
そんな風に、相手からは『狂人』と捉えられている人物の一人であるリウイは、両の手に持った鞘込めの剣を振り回していた。
相手の大半は徴兵であり、その数は多い。だが、所詮は数だけだ。指揮を執るべき上の立場の者が互いにいがみ合っている。
現在の相手が簒奪に成功したのか失敗したのかは分からないが、いずれにせよ功を渡すまいと躍起になっている。それが結果として指揮の不一致となり、兵士たちはどちらに従えばいいのか判断が付かず右往左往する者が大半だ。
そんな相手であれば、抜身の剣を振り回す必要もない。アルスの幼馴染として、リウイはアルスの心情に可能な限り寄り添う覚悟だった。……あくまでも、可能な限り、だが。いくら抜身でないといっても、勢いよくぶち当てれば怪我人や死人も出るのが道理だ。
実戦に臨んで打撲や骨折で済んだら御の字だろ? 死んじまったら運が悪いと諦めてくれ。……リウイの心情を言葉にすればこんな感じであった。
リウイはご丁寧に剣だけで戦うつもりはない。格闘術も使うし、必要とあれば『騙し』も行う。何だかんだと言ったところで、結局は駆け引きでしかないのだから。
そうして、或いは鞘込めの剣をぶち当て、或いは蹴りを食らわせながらリウイは叫ぶ。
「開戦前にも言ったが、新帝陛下は領民との無用な争いを望んでおられぬ! 現在の領主に不満のある者は武器を捨てて地に伏せよ!」
言葉と行動が噛み合っていないが、脅威度が少なくとも相手も武器を持っているのだ。それを思えば仕方のないことでもあった。
嫡男派による一斉クーデター、アルスらの決起理由。それらは噂として民衆の間にも広がりつつあるが、所詮は『噂』に過ぎないのも事実である。材料が少ない民衆は真偽の判断を下すことができず、結果として領主の命令に従っていたのが実際だ。
噂が真実であると仮定した場合には内心でアルスらの行いを好ましく思いつつ、実際に眼前に現れたのは少人数だ。これでは民衆とて期待できなく思うだろう。
そうして『上』に言われるがままに開戦の運びとなり――現在は『後悔』に襲われている者たちが大半であった。新帝派はこの人数差をものともしていない。そして肝心の領主たちは、自分たちを盾として後ろに籠ったままだったり、中には逃げ出した者もいる。
領主らに対する不信感が広まっていたこともあり、徴兵の中から新帝派の言葉を信じ武器を捨てて地に伏せる者たちが現れ始めた。その者たちに対し領主派が『戦え!』と叫ぶ一方、新帝派はこれ以上の攻撃を与えることがない。そうなっては、趨勢など決まったも同然である。
元々が『自領を護る』という言い分で――その実は自らの権益を守るためにアルスらに対峙していた者たちだ。勝ち目が見えなくなっても戦い続ける気概などない。己が利益も大事だが、生命の方が大事である。金も利益も、生命があってこその代物なのだから。
そもそも、帝国領内の情勢を鑑みれば、アルスらが起ち上がっても不思議はないのだ。アルスはその特殊性から『始祖の再来』と呼ばれている。そんな者の前に『帝国領全土で内乱が勃発した』という事態が起これば、起ち上がらない方がおかしいとさえ言える。
情勢を省みず無闇にそんな真似をすればアルスとて非難を免れぬが、嫡男派による一斉クーデターが起こり、その結果も成功失敗とさまざまである。これは様々なモノを露呈させることにも繋がった。
ホープスに滞在していた貴族家の子息たちが須らくアルスに協力することを厭わぬほどには、『帝国の先行きに見通しが立たない』と判断したことが最も大きいだろう。
嫡男派と当主派、どちらの勢力も玉石混合。ならばこの機に頭を挿げ替え、新風を入れ、良いとこ取りをしてしまっても構うまい。……ホープスに来てカルチャーショックを受け、その一方で優れた環境で学んだ彼らは、自然とそのような結論を抱くようになっていた。
極論、誰も彼もの行動は何を優先するかの違いでしかないのだ。その付随要素で評価が分かれるだけである。いくら志が高くても、聞こえが良くても、実行できなければ無意味だ。
そして立ち上がったばかりで間もない新帝派は、自分たちを周囲に認めさせるだけの材料が圧倒的に足りない。だがそれも時間の問題だ。元より名分はあるのだから、あとは結果を出していけばいい。
新帝派の行動には『情』が無いわけではない。だがそれよりも、冷徹なまでの『計算』が働いている。
「降伏を認める。……が、指揮階級にある者に、動員されただけの民衆と同じ扱いをするわけにはいかない。『責任』というものがあるからな。悪いが縄を打たせてもらうぞ」
降伏を打診してきた騎士に対し、リウイは降伏を受け入れつつも冷たく言い放った。
まあ、元より予測の内ではあるのだ。こちらが相手の予想を超えて攻め込めば、考えを変える者が現れてもおかしくはない。だから、降伏に関しては思うところも少ない。
(手土産……か。実際に行われると気分が悪いな)
思うところがあるとすれば、元より諍いがあったとはいえ一緒に戦っている相手を土壇場で裏切り、剰えその身柄や首を持ってくることだ。
元よりそうすることを打診していたのであれば、策の内であれば、ここまで気分が悪くなることもなかっただろう。しかし、今回に関してはそのような働きかけは一切していない。精々が開戦前も開戦中も『降れ』と言っただけだ。
だというのに、己が身の安泰を狙ってかどうなのか、そんな真似をする騎士たちが存外に多かった。
身柄を捕獲してくるだけならまだいい。生きているのであれば、何であれ使い道はあるだろうから。
首だけ持ってきてどうしろというのだ。どの道処断する可能性も無いとは言わないが、こちらには首を見て溜飲が下がるような思い入れもないのだ。
人手が足りないため、縄打ちや死体処理には降伏した民衆をも使わざるを得ない。特に死体を放置する理由はない。疫病の元にもなるし、場合によってはアンデッドにもなるのだから。
民衆としても、敵対してしまった立場的に、何らかの仕事を与えられた方が救いとなる。気分の乗る仕事でないのは確かだが、自分に言い訳を付けるのは必要なことでもあった。
これにて遺恨無し。水に流しましょう。……つまりはそういうことだ。
リウイは降伏民の監督をしながら、早く作業が終わることを願うのだった。




