第4話
ガラント男爵領の両陣営を打ち負かしたアルスたちは、領主館で次の動きに関して話し合っていた。
まず、誰をガラント領の新たな統治者にするかということだ。名目上はアルスであるが、これからも広範囲にわたって動かなければならず、一ヶ所に留まってはいられない。必然的に代わりの誰かを置かなければならない。シミュレーションRPGのように『はい次へ』とはいかないのだ。
「順当に考えるならレオナになるんだろうが……」
レオナは前統治者であるガラント男爵の娘だ。その点を考えれば領民も受け入れやすいだろうと思えた。
「やれと言われればやりますけど、民衆に受け入れられるか分かりませんわよ? 何せ、父と兄の派閥がアレでしたもの。民衆にとってはガラント家自体が怨嗟の対象となっている可能性もありますわ」
視線を向けられたレオナは、その意見を受け入れつつも反論した。その理由は尤もである。
当主派も子息派も、互いの争いにかまけて治安維持を蔑ろにしていたのだ。そのために領内の村や町の多くが賊の餌食となってしまった。そうと知っている民衆が、統治者としてガラント家を受け入れるとは思えなかった。たとえレオナが賊を退治した新帝派閥であろうともだ。
それまでの恩があろうと、直近の怨を重視するのが人というものなのだ。
「私が残りましょうか?」
声を上げたのはアンナである。アルスの婚約者にしてアヴァロン皇帝の娘だ。統治するに当たり、アルスの代役として十分な正当性は有している。
「それは止めておきたいな。これからも私たちが行動を続けるに当たり、『前帝国の皇子と皇女が新帝に頭を下げている』という事実と衝撃は大きい。直に目にするのと伝聞情報だけなのとでは、受ける印象に大きな違いもあるだろう。それが凶と出る可能性もあるけれど、吉と出る可能性もある。それを思えば、私たちはできるだけアルスと行動を共にしていた方がいい」
アンナの提案を、兄であるレオンハルトが却下した。
その言い分にも一理はある。領内全土でゴタゴタが起こっていようと、未だ皇帝家の影響力は強く大きいのだ。レオンハルトとアンナがアルスに頭を垂れて見せることで、周囲に対し帝権の移動をスムーズに認識させられる可能性は確かに存在するのだ。
「……まあ、あれだな。暫くは後方支援組に任せるしかないだろう。クサナギ公爵領からいくらか人員を引っ張ってきて補佐させる必要はあるだろうが……。そもそも、俺たちは圧倒的にマンパワーが足りなすぎる」
「それしかないか……」
アルスたちは新帝権の樹立を目指しているのだから、可能な限り前帝権の力は借りたくないのが正直なところだ。しかし、無い袖は振れないのである。クサナギ公爵家はアルスの生家であるからして、まだ言い訳は効く方だ。
第一、これから行動範囲を広げていくのだから、前衛であれ後衛であれ、戦闘可能なメンバーをこの時点で減らすのは望ましくない。それを思えば、後方支援組に統治を任せるのは妥当であった。
そんな理由もあって、消極的賛成かもしれないが、アルスの案が可決された。
「旧ガラント領の統治者についてはこれで良いとして、次の問題はどちらに進むかだ」
帝国領は中央に直轄領と帝都を置き、その八方に辺境伯領、侯爵領、公爵領を置いている。伯爵以下はそれぞれの寄子に過ぎないのだ。
アルスの生家たるクサナギ公爵領はホープスのある南西部を統治しており、ウェズベル公爵領は南部を統治している。そして、ガラント領はウェズベル領土だ。
それを踏まえれば、このまま南部の掌握に動くのが順当だろう。しかし、そう単純に決められない理由があった。
広大な領土を誇る帝国領だが、それでも、アスカ大陸では南西部を占めているに過ぎないのだ。大陸は広いのである。
自然、隣国が存在するのは北方から東方になるが、蠢動が著しいのは東方よりもむしろ北方なのである。つまり、危険が大きいのも北方なのだ。
にも拘らず何故ガラント領に来たのかというと、距離の近さから情報が早期に入ったこと、そしてレオナの故郷であることが理由となる。
「私としては、このまま南部の掌握に動きたいところですわね。そして東方の掌握に動き、北方へと進むのが妥当かと思いますわ。理由としては、むしろ東の隣国の方が危険だと思うからです」
「そいつはおかしくねえか? 東の隣国は普段から動きが少ねえんだぜ? それよりはしょっちゅう攻め込んでくる北の方が危険じゃねえのか?」
レオナの言にホリンが反論する。ホリンの言は、当然と言えば当然だった。レンスター家は東方に領地を持ち、その武名も元々は東の隣国を相手に培ったものだ。
しかし、十年以上もの間音沙汰がないのも事実である。そのため、ここ最近の武名は賊相手に得ることが多いのが実情であった。
「だからこそですわ。こうして実際に鎮圧に動くことで、私も軍事行動の難しさを実感しました。私たちは少人数かつホープスの支援があればこそ動けている部分が大きいのです。ホープスが無ければ行動出来ていません」
「そりゃまあ、確かに」
「だからこそ、他の動きを想定するにも、ホープスの支援がない状態を考えなければなりません。そうすると、しょっちゅう動いている北部はむしろ安全だと思います。攻め込んでこそ来るかもしれませんが、大々的には攻め込めないと思います。武器、糧食、人員、いずれかの部分で引っ掛かるかと。……実際、レンスター領だってそうでしょう? いつ何時東が動いても対応できるように軍備を備えているからこそ、それが領民の重しとなって賊となる。それでも、軍備を備えているからこそ、即座の討伐が可能となっている。……救われない話ですけどね。本来なら、周りや中央がもっと支援すれば済む話でしょうに」
「なるほどな。東方の国は普段動きを見せていねえから、この機会に大々的に攻めてくるかもしれねえってことか」
レオナの理路整然とした返しに、ホリンも頷かざるを得なかった。その一方、自領の統治については無言を貫いた。
「もちろん、あくまでも予想に過ぎませんが。攻めると決めてすぐに動けるものでもないでしょうし。ただ、隣国の動きが全て見えるわけでないのも事実ですからね。見えないところで、前以てある程度の準備をされている可能性は否めません」
領主館の会議室を重い空気が包む。
「すみません。レオナさんの意見は尤もなんですが、僕としてはそれでも北方を先に目指したいです」
その意見を述べたのはクロードだった。
「皆さんもご存知の通り、僕は侯爵家の嫡男です。ですがこれは、北方で小国とはいえ王位に就いていたからであり、その事実を踏まえてのものでしかないんです。ほぼほぼ実権はありません。北方の国は『小国の連合体』という部分が大きいんです。僕たちのような帝国に併合された国は、名目上の爵位と領地を与えられて壁にさせられているのが実情です」
クロードは淡々と話すが、その内容は重かった。
「……なるほどな。最悪、独立されるだけなら是とする考えもあったが、それが北への呼び水になる可能性もあるわけだ」
「そして北に向けて動かなければ、そうなる可能性は跳ね上がるわけだ。心情として『見捨てられた』と思いかねん。何せ、嫡男を送り込んでいるんだからな。そんな家に対する行動が無視となっては、タガが外れる可能性も高いだろう」
あちらを立てればこちらが立たず、こちらを立てればあちらが立たない。会議室内を再び重い空気が襲った。
考え抜いた末、アルスは一つの結論を出した。
「……よし、人手を分けよう。こうなってはそれしかない」
「いや、そうは言うがな。私たちは今でもカツカツの人数なんだぞ?」
「分かっているが、どちらも無視できない案件だ。足りない分はこれから進む先々で補充していけばいい。実際、このガラント領でだって俺たちに味方する人たちがいたんだから、まるっきり勝算が無いわけじゃない」
それもまた事実だった。貴族、商人、傭兵に冒険者。その思惑がどうであれ、勝ち馬に乗ろうとすればアルスたち新帝派に味方する者だって現れるだろう。
「その前準備として、俺とアンナの婚姻を済ませる。そのうえで片方に俺が行き、もう片方にアンナが行く。そうすればどちらも新帝派としての体裁が整う。嫁に代行を任せたっておかしくはないしな」
そうアルスは言ってのけた。……無茶苦茶ではあるが、一応の筋は通っている。人手不足を理由にどちらかを見捨てるのも一つの手ではあるが、そうすると先が覚束ない。ただでさえ人手が少ないんだから、完全に奪われてしまうと取り戻すのは至難の業だ。
「他の勢力に比べて俺たちが最も勝っているのは移動速度だ。他が考えられぬ速度で各個撃破していく。そうして新帝派の武威を轟かせ、味方を増やしていく。……ただでさえ少ない人手をさらに分ける以上、俺たちに勝ちの目があるとしたらこれだけだろう」
「無茶苦茶だ! ……が、面白い。どうやら、知らぬ内に私もアルスに毒されてしまったようだ。クロードたちのことを考えれば、北へはアルスが向かう方が良いだろう。私とアンナは東へ行く」
アルスとレオンハルトの言葉に、他の者たちは揃って溜息を吐いた。元より方策が少ないのだから、こうなっては無茶でも何でも押し通すしかない。それを理解してのことだ。
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人員の振り分けは割とすんなり決まった。家のある方へ行く。それだけのことだ。さすがに役割的な偏りが出てくるが、そこはクサナギ公爵領生まれの者や新しく味方に加わった者たちを振り分けることで対処した。
その一方で、クロード始めとする他領生まれの人員を、さらに先行させることを決めた。他領の実情を目の当たりにしてしまえば、より危機感も刺激されるというものだ。先に情報収集役として放った先遣隊だけでは不足という思いが強まったのである。
アルスとアンナの結婚式も行われた。あまりにも簡易的で、夢もロマンもへったくれもない。だが、今は速度を優先すべきであり、それはアンナも分かっていたので、事が済んだら大々的な結婚式を取り行う約束をすることで不満を呑み込んだ。
そんな感じでドタバタとしつつも忙しなく準備に奔走している際、アルスらの元を訪れた人物がいた。
「どうもどうも、はじめまして。お目通りが叶って恐縮でございます。私、アルゴ商会から派遣されて参りましたレイスと申します。以後、良しなにしていただければ幸いでございます」
ニコニコとした笑顔を浮かべて、アルスらとの面会を果たした人物はそう名乗った。
「聞いた話だと、帝国領内はおろか大陸中を股にかけて手広くやっているって噂の実力派商会。まさか、そんな商会の人物が訪ねてくるなんて……!?」
商人の娘であるからか、レイスの自己紹介を聞いたシェリアが驚きを露わにした。
「補足、ありがとうございます。儲け話の種を見逃さないのが商人の鉄則ですからね。そちらと同じですよ、シェリア嬢」
「私の名前を……!?」
レイスの言葉に、シェリアは再び驚いた。
商会としての実力で言えば、シェリアの家とアルゴ商会はまさに雲泥の差があるのだ。普通に考えて、歯牙にもかけぬに等しい相手である。しかも、自分は娘に過ぎず、表立った活動はほとんどしていない。だというのに自分のことを知られていたのだから、シェリアが驚くのも無理はなかった。
「……なるほど。商人として、そのスタンスは大事だな。だが、商人にとって大事なことは他にもあるだろう? ちなみに、そちらはそれを何だと捉えているのか、教えてもらっても構わないかな?」
シェリアの驚きをよそに、アルスもまたにこやか笑顔で言葉を返した。
その瞬間、レイスが僅かに表情を変えた。そのまま言葉を返す。
「それはもちろん……信用でございますとも」
「その言葉、嘘はないな?」
「無論ですとも。そりゃあ、中には己が利益を優先する者もおりますがね。それで良い思いをするのは一時的にだけです。基本、自分たちとお客の双方がニッコリ出来なければ、長続きはしないものですよ」
「では、その言葉を信じて是非とも買いたいものがある」
「ありがとうございます! して、お求めの商品は何でございましょう?」
「ああ、情報だ。シェリアの言葉を信じるなら、そちらは帝国領内はおろか大陸中を股にかけている商会なんだろう? いま俺たちが最も欲しいのは、大陸各地の情報だ。……で、扱っているか?」
アルスとレイス、双方がにこやか笑顔で見つめ合う。
やがて、レイスが破顔して呵々大笑した。
「いやいや、『始祖の再来』の二つ名は伊達ではなかったようでございますな! 無論、扱っておりますとも! ですが、お高いですぞ。失礼ですが、支払いは可能ですかな?」
「まあ、現金での支払いは難しいな」
「では、残念ながらそちらを売るのはお断りさせていただくしかありませんな。無償での支援も吝かではありませんが、それにも限度というものがございますので」
「おいおい、そんな早急に結論を出すなよ。現金での支払いは難しいが、それ以外でなら払えなくはないんだ」
「……と、申しますと?」
「ホープスの産物でどうだ? 例えば、これはホープスで作られた大量生産の剣なんだがな」
言って、アルスは己が剣をテーブルの上に置いた。
「拝見いたします」
それを両手で持ち上げたレイスは、鞘から抜き払い具に観察した。
「いやいや、お見事な一品でございます。さすがに超級の鍛冶師が打った超級品には及びませんが、それでも上等な品であることに間違いはございません。これが大量生産品であるとは、俄かに信じられませんな」
「だが事実だ。また、剣以外に槍、斧、弓なども生産可能だ。渡せる物は他にもあるぞ。悪いがついてきてくれるか?」
レイスが頷くのを見て、アルスは歩き出す。そして、駐車場までやって来た。そこには魔力駆動の二輪車と四輪車があった。
「これは?」
「俺たちが移動手段として使っている物でな。運転を練習する必要はあるだろうが、馬車や馬なんかより断然速いぞ。……少し体験してみるか?」
「……是非!」
アルスの問いかけに対し、レイスは暫し考えて肯定を返した。
結果、ホープスの産物を代価として、アルスらはアルゴ商会から情報を得ることに成功する。アルゴ商会としても一種の博打ではあるのだろうが、今後の協力も約束してくれた。
正直、ホープスの産物を渡すに当たっては痛い部分が無いではないが、背に腹は代えられない。それほど情報は重要なのだ。
そして後々を鑑みれば、広めるべき技術と情報は広めて然り。アルゴ商会が各所で二輪車や四輪車を乗り回す姿は、アルス軍の良い宣伝役となってくれるだろう。
技術情報が他国に渡る危険性は確かにあるが、他国が無理繰りに奪おうとすれば、その国とアルゴ商会の間に亀裂が走ることとなる。それはそれで悪くない。
アルゴ商会が進んで他国に進呈する可能性もあるが、一朝一夕に解析できるものでなければ、量産できるものではない。何せ、アルス軍とて研究者やホープスあって可能なことなのだから。
便利ではあるが難解な技術情報の代価として、より綿密な情報が手に入るのであれば、それはそれで悪くない。
思惑はどうあれ、実際に渡した価値はあった。レイスからの情報で、東の隣国が動いていることが確定したのだ。そして、北も。
それを知れば、やはり同時進行せざるを得ないという結論に至った。
今度は想像だけでなく情報ありきで動いているため、それぞれの意気も漲っていた。




