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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
6/49

第3話

「まいったものだな……」


 頭を押さえてレオンハルトは呟いた。事態を鎮圧するべく、いざ行動に移し手近な領土にやって来たはいいが、情報が入るにつれて苦々しい思いが湧き上がる。

 現在地はクサナギ公爵領に隣接するウェズベル公爵領、その一角にある寄子のガラント男爵が治める領地である。


「まったく、双方共に一体何をやっているの!?」


 実情を知るにつれ、ガラント男爵の娘であるレオナ・ガラントも悪態を吐かずにはいられなかった。

 レオナはガラント男爵家の長女だ。上に兄がいるが、彼もまた他の家と同様に簒奪を行った一人である。――そして、中途半端に成功してしまったクチだ。

 当主の押し込めに失敗し、逃げられてしまったのだ。その際に全てではないものの書類や証の類を持ち出されている。結果、家を抑えた子息と逃げ出した当主。そのどちらもが中途半端に権力を維持している。――それだけならば、まだ良かった。


「だからって治安維持を放棄するのは違うでしょう!?」


 当主派と子息派、彼らは互いに睨み合うことにかまけて領内の治安維持を疎かにしていたのだ。結果、これ幸いと賊共が活発に動いている。

 鎮圧に動けば、その間に更なる実権を奪われる――かもしれない。それを危惧するあまりに賊を放置しているのだ。領主として本末転倒である。


「ああ、これはダメだ。実際に己が目で見れば、ダメなことがよく分かる。私が旗頭に立つことで、可能な限りその後のダメージを少なくしようとしたが、それだけでは足りない。もはや帝国は終わっている」


 未だガラント領を目にしただけである。しかし、似たような報告が次から次へと舞い込んできていた。領内の治安よりも、己が権益を優先する者があまりに多過ぎるのだ。帝国が興って永い時間が経っている。その間に腐敗する者が増え過ぎてしまっていた。

 まともな者もいないではないが、そういった者に限って立場が低かったりする。


「こうなっては仕方がない。アルス、旗頭には君がなれ。始祖と同じ特殊性を帯びる者として、君ならそれが可能だ。君を頂点として新たに国を興し、帝国を終わらせる。その方が早い」


 レオンハルトはガンぎまった眼でアルスを見据えて言った。


「……本気で言っているのか?」

「本気も本気だとも」

「まあ、アルス君の心情を抜きにすればそれが一番でしょうね」

「アルスが味方なら、ホープスの支援も受けられる。距離の問題はあるが、二輪車や四輪車なら馬車よりも格段に速い。積載量を増やすタイプの製造計画も進んでいるんだろう?」

「そうですね。トラックでしたか? 現在はそのタイプを製造中です。また、留守番組で順次街道整備も行う予定です。如何に乗り物が優れていても、道が悪くては活かしきれませんので」

「商人の娘として言わせてもらえば、アルスさんがトップになるのはありがたいですね。ハッキリ言って、歴史のある商会であればあるほど、権力者との癒着も凄いんですよ。かつてはともかく、今では実力のない商会も多いです」


 次から次へと、同期からレオンハルトに同意する声が上がる。


「父さんたちはどう思うんだ?」


 アルスは同席している家族に問いかける。


「帝国の臣下としては判断の難しいところではあるが、皇子殿下の言葉にも頷けるところはある。自浄作用が機能しなくなった国は、国として終わっている。そして目の前の光景と齎される報告を聞く限り、自浄作用は機能していない。……お前たちを自浄作用と捉えるか、新芽と捉えるかは判断の分かれるところだろう。だがまあ、お前が己の意思で起ち上がるというのであれば、私はお前を支持しよう」


 アーサーに続くように家族が頷く。


(これじゃあ逃げ道がないじゃないか! 前世のフィクションじゃあるまいに!)


 アルスは内心で悪態を吐くも、メリットが大きいことも分かっていた。新たに国を興したところで、頂点に立つのがアルスなら問題は少ない。エクシードの補佐も受けられるし、『始祖の再来』の立場が正当性を支えてくれる。


「……分かった。ならば、これより俺が頂点に立つ! そして、これより俺は『ブルーアース』を名乗る! 今この瞬間が、新たな帝国にして新たな皇帝である『ブルーアース』の始まりだ! 皆の協力と奮戦を期待する!」

『おおっ!!』


 アルスは腹をくくって宣言した。家族や同期が声を揃えて応える。


「まずは賊共を討って民たちを救う! 権力欲に憑りつかれたバカどもの相手はその後だ! 民衆の支持なくして国は成り立たん! そのことを自覚して行動せよ! ……シェリア、君はホープスに戻り、新たな旗を作成するようエクシードに言ってくれ」

「それは構わないけど、デザインとかは決まっているの?」

「偉大なる祖の遥かな母星――『地球』をモチーフにしたものであれば、細かくは言わない」

「地球をモチーフしたデザインね、了解」


 そんなやり取りの後、同期の一人にして商人の娘であるシェリアは去っていった。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


「食らいな!」


 言葉と共に槍が躍る。繰り手はホリン。三男坊とはいえ、さすがは東方にて武勇名高きレンスター家の生まれである。賊共は防ぐこと能わず、或いは穂先に貫かれ、或いは柄に打ち払われて、次々と大地に沈んでいく。


「俺たちも続くぞ! アニキばかりを働かせるなよ!」


 レンスター家に負けず劣らず、武勇を響かせる家は他にもある。それらの子弟である同期もまた、血気盛んに賊共へと踊りかかる。

 剣に切り裂かれ、片手斧に断ち割られ、弓矢に穿たれ、賊共は次々と地に伏せて、大地はその血を吸っていく。凄惨な光景が繰り広げられていた。

 一言に『賊』と言ったところで、その大半は食い詰め者である。税が高かったり、作物が取れなかったり、賊に襲われたり、そんな感じで生活に行き詰まった者たちであることを、ホリンたちはホープスでの学習を通して知った。

 中には冒険者崩れや騎士崩れ、傭兵崩れもいるだろうが、そんなのは少数だろう。

 だからこそ、賊の大半は装備もみすぼらしく、武器を持っていても力任せに振るしかないのが大半だ。

 加え、ここ最近は彼らの仕事――襲撃と略奪――が上手くいっていた。それに胡坐をかいていた部分もあるだろう。

 元々の地力が劣っているのに、油断までしているのだ。年若いとはいえ、ホープスでの生活できちんと武器の取り扱いを学んだホリンたちが負ける道理など有りはしない。

 結果を見れば一方的な展開となった。ホリンたちからは軽傷者しか出ていない。それとて簡単に治る程度。


「チッ、胸糞悪い」


 だというのに、ホリンの気分は良くなかった。舌を打って悪態を吐く。そしてそれは、ホリンに限ったことではなかった。

 武勇を鳴らすということは、それだけの相手がいればこそであり、武を振るう機会があればこそなのだ。そしてその相手となるのは限られる。魔物、賊、隣国、場合によっては隣領との小競り合いも。

 しかし、ホープスでの学習を通して彼らは知った。知ってしまった。賊の正体――意気揚々と仕留めていた相手の大半が、その実は貴族(自分たち)の統治の犠牲者に過ぎなかったことを。

 実際、交友を深めるにつれ、賊が少ない領地は本当に少ないことを彼らは知った。

 そういった『現実』を知ってしまえば、どれだけ賊を屠ったところで武勇を誇る気にはなれなかったのだ。

 無論、現在進行形で困っている民衆を救えたことは喜ばしい。だが、その原因を考えれば、気分は落ち込んでいく。


「こう言うのは何だが、それでも敢えて言おう。よくやった」


 そこにやって来て、アルスは言った。


「よくやった、だあっ!? こいつらは俺たち貴族の犠牲者が大半なんだぞ! それを知っててそういうのか、アルス(お前)は!?」


 アルスの襟元に掴みかかり、ホリンは激昂する。


「ああ、言うとも! 元がどうであれ、罪なき民に害をなした時点で罪人でしかないんだからな! ……罪人と民衆であれば、民衆を救えたことこそを俺は喜ぶ。まあ、それも実態次第だがな」

「……チッ! 分かってんだよ、俺も。けど、やりきれねえんだよ!」


 アルスの言葉を聞いたホリンは、舌打ちをして手を離した。そして、やるせない表情で叫ぶ。


「そう思うのであれば、俺たちが頑張るしかない。俺たちは起ってしまったんだからな。早期に帝国領内の混乱を収め、賊が生まれないような統治を頑張るしかないんだ」

「俺たちが……か」

「そうだ。他の誰でもない。俺たちが……だ」


 アルスとホリンは暫し睨み合う。


「……分かった。とは言え、今の俺は武辺を鳴らすしか能のない男だ。統治について教えてくれ」

「悪いがそれは出来ない。何せ偉そうに言ったところで、俺自身実際に統治したことがないんだからな。だから、一緒に学んでいこう」

「……堂々と言うことかよ」

 

 やがて眼を逸らしたホリンが言うと、アルスは堂々と『無理だ』と答えた。尤もな言い分ではあるのだが、そのことに対してホリンはおかしさを覚えて苦笑した。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 ガラント男爵領の当主派閥と子息派閥が睨み合っている場所に割って入る存在があった。ガラント男爵の娘、レオナ・ガラントである。


「双方に告げる! 今よりこの地は『始祖の再来』、新帝アルス・ブルーアースが治めることとなる! 旧国とはいえ貴族としての誇りがあるのであれば、己が振る舞いを見直し、新帝に頭を垂れて忠節を誓うがいい! それが出来ぬとあれば、かつての立場がどうあれ、民を苦しめる害悪でしかない! そして我らは、害悪に対し断固たる処置を下すことを厭わない! ……これより一日の猶予を与える! 己が身の振り方をよくよく考えることだ!」


 拡声魔法を行使したレオナは一方的に告げ、アルスらの陣地へと戻っていった。


「ありがとう、レオナ。……さて、これでどうなるかな」

「多少なりと混乱が起こってくれればいいんですけどね」


 戻ってきたレオナに対し、アルスは労いの言葉をかけた。レオナもまた言葉を返す。

 正直に言えば、相手がすんなりと従うとは誰も思っていない。ただ、レオナが返したように、混乱が起こることを望んでいる部分はあった。

 帝国内において、始祖の神秘性は確かなものだ。建国譚を始め、折に着け触れているのだから相当である。

 そして、そんな始祖と同等の特殊性を帯びたのがアルスである。民衆にとってはともかく、貴族間においてアルスの名は鳴り響いている。

 状況を鑑みれば仕方のないことではあるが、そんなアルスが起ち上がった。しかも、それを告げたのはガラント男爵の娘であるレオナだ。

 アルスと面識を持たせるべく、ホープスへと送ることを決めたのは男爵自身だ。そこについては子息も同意していた。

 である以上、レオナの口上については一定の信憑性が生まれる。また、『レオナがアルスから役目を与えられた』という事実は、アルスからの覚えが良いことも示唆している。戦後、確かな功績として数えられることだろう。――ガラント家として見るならば、決して悪い事態ではない。

 また、レオナが去っていった方向を見やれば、多種多様な旗が靡いている。アヴァロン皇帝家の旗もあれば、武勇の名門であるレンスター伯爵家の旗もある。クロード侯爵家の旗もあれば、ガラント男爵家の旗もある。中には見慣れぬ旗もあるが、その中で一等目立つ旗もある。


「突如として第三勢力が現れたばかりか、立て続けに新情報を与えられたんだ。これで混乱が生まれない方がおかしいだろう。……まあ、生まれないならそれはそれで嬉しいことではある。確かな統率力がある、そのような人物がいる、ということだからね。その場合、レオナに従うことを選んでくれれば嬉しいんだけど」

「……さて。果たしてそのような人物がいたかどうか」


 アルスの言葉にレオナは首を傾げて答えた。

 自領のことではあるが、レオナは知らないことの方が多すぎる。専らホープスで生活していたのだから無理もない。それはレオナに限ったことではなく、同期たちの誰もが同じだった。

 アルスらが言葉を交わしている最中も、両陣営が騒めいているのが遠目に分かった。

 何だかんだ言ったところで、アルスたちは人数が少ない。個々の質は良くても、数の面で圧倒的に劣っている。賊相手ならともかく、正規兵を相手取っては破れる可能性だってあるのだ。まともに両陣営を相手になどしていられない。そのために初っ端からレオナに頑張ってもらった。

 正当性。己が権益。家の利益。突如として新たな可能性を与えられた彼らは、それでも混乱せずにいられるものだろうか。数が多ければ多いほど、意思を統一させるのは難しい。小隊単位なら或いは、と言ったところだろう。


「悪く思わないでくれよ、ガラント男爵家の諸君。俺たちは人手が少ないからね。真っ向勝負なんてやってられないんだ。そして、人は知恵を持つ生き物であり、その創意工夫こそが策略だ。……前評判がどうあれ、実情がどうあれ、勝者が強いことになる。それがこの世の中だ」


 両陣営を見つめ、アルスはポツリと呟いた。

 それから刻一刻と時間が経っていき、やがて混乱が限界に達したのが見えた。或いは相手陣営に突っ込んでいき、或いは仲間割れを起こし、或いは一目散に距離を取る。その中にはアルス陣営の許にやって来る者たちもいた。

 攻めかかってきたのかと思いきや、彼らはすぐさま頭を垂れた。……そう、アルスらに味方することを選んだ者たちだったのである。

 元より想定内であったため、アルスらは彼らをアッサリと受け入れた。そして、人とは現金なものである。前例が現れたなら、『我も続け』となるのは珍しいことではない。

 結果、ガラント男爵家の両派閥は、実際にアルスらと刃を交えることもなくボロボロとなった。こうなったら占めたもので、生き残りの討伐や捕縛は思いの外すんなりと進んだのであった。

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