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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
36/49

第33話

「本当に……ここなのか?」


 数手に分かれたグループのうちの一つ。

 目的地が目に入った途端、資料片手に先導するセリカへと声をかけたのは同行する貴族の一人だった。振り返れば、他にも怖気づいたような表情を浮かべる者がチラホラと。

 それを煩わしく思いつつ、その反応も仕方ないとセリカは納得している。

 視界の先にあるのは一つの立派な建造物だ。豪華絢爛というよりかは、質実剛健といった方が正しいだろう。しかし、問題なのは建物ではない。

 その建物には、ランスロットらの拠点と同様に二つの旗が翻っている。一つは知らない。だがもう一つは、この領邦に入ってからセリカも存分に目にした代物だ。

 それこそが、同行者たちにこのような反応を齎している原因だった。すなわち、領邦旗。他ならぬ領邦主が認めた証。そして領邦旗ならば、理論上は領邦内のどこにあっても不思議はないのだ。

 爵位の差というものは、言葉では簡単に言い表せないほどに大きい。少なくとも、その内に秘める権限は。

 そりゃあ、中には爵位の差に囚われない関係を築いている者だっている。それを否定はしない。しかし、それだって多くは私事に限った話だ。公事となっては厳然として爵位の差を前に出す。

 そして領主といえど大半の貴族は、領邦主とプライベートで親密な関係にある筈もない。領邦旗を前にして下手なことを口に出すと、それだけで不敬罪を適応される可能性は否定できないのだ。

 疑問はあるが、それを堂々と口に出せる者がいるとしたら、領邦主をものともしない力を持つか、この建物を領内に収めている貴族だけだろう。

 だから、他の者が声に出すとするならば、どうしても婉曲的な言い方になってしまうのは無理からぬことなのだ。


「間違いありませんよ。まあ、そうなるのも分かりますけどね。……ただ、書類上、この様な場所に領邦旗が貸与されているという事実はありません。確かに旗は立っているのかもしれませんが、領邦主が認可した形跡はないんですよ。つまりは領邦旗の無断使用です。不法占拠も加わりますね」


 他ならぬ『新帝』の側近にそう言われては、彼らに返す言葉などある筈がない。少なくとも、『新帝』たちが書類を漁りまくっていたのは否定しようのない事実なのだ。


「十中八九、奸臣の仕業でしょうけどね。奸臣は領邦主旗を与え、賊は傭兵団にでも見える旗を用意する。それだけで済むんだからお手軽なもんです。無論、足つきや発覚した際を恐れてか、正規の手続きをしたわけじゃないみたいですけどね。……おかげで書類不備が目立ってましたよ」


 気楽にセリカは言ってのけた。

 奸臣どもは自らの失脚を恐れる一方で、実際にその時が来るとは一欠けらも思っていなかっただろうことがありありと分かる。所詮、その手腕は猿山の大将でしかなかったのだ。


「さて、気合を入れてください。今まではどうか知りませんが、この地がアルスの勢力下に入った以上、不穏分子を見過ごすわけにはいきません。虐殺です。逃すとしても、片手の指で足りる程度です。……まあ、私個人としても気は乗りませんけどね。ただ、そうして逃げた者が恐怖を吹聴してくれれば、馬鹿をやらかす輩が減る可能性は高いです。なら、やるだけの価値はあります」


 最初は無表情に、次にはやるせなく。未だ年若い少女にそんな顔で言われたら、忌避してもいられなかった。

 それに、言っていることは道理であった。

 喧伝というのは、行為をおこなった側だけがやっても意味は薄い。実際に行為を受けた側が、鬼気迫る表情で実情を語るからこそ効果があるのだ。今回であれば、それが悲惨であればあるほど、凄惨であればあるほど、生き延びた賊が力を入れて語ってくれるだろう。鬼だ、悪魔だ、新帝軍に敵対するのはもうごめんだと。

 逆に言うと、そうならなければ効果は低い。虐殺をおこなう意味もない。つまるところは結果任せ。そう分かっていても、やらないことには現状が良くなるわけもない。

 北方領邦だけの視点で見れば、賊が領邦内から去ってくれれば十分だ。しかし、『新帝国』として見れば、それで是とできるわけがない。賊が何の教訓も得ないままでは、結局のところ領内の別の場所で被害が起こるだけなのだから。

 だからこそ、同行者たちも貴族の端くれである以上、如何に好ましからざる行為だとはいえ、賊に対し『虐殺をおこなわなければならない』ということには理解も納得もできる。

 その一方で不安もあった。

 一言で言えば『やれるのか?』ということだ。確かに新帝軍の幹部格、特に『新帝』の同期生たちは文武両道の実力者が揃っていると聞く。それを思えば、この娘もその例に洩れないのだとは思う。

 さりとて、それを自分の眼で見たことはないのだ。所用で領主館を訪れた際に鍛錬風景が目に入ることはあったが、そこにこの娘がいたかどうか定かではない。むしろ、執務室に居ることの方が多かったように思う。

 そこから考えると、この娘は確かに文武両道なのかもしれないが、どちらかと言えば文官型なのではないだろうか。

 それを後押しする要因として、この娘からは戦士特有の雰囲気が感じられないのだ。……ランスロット、ファウル・アウル侯爵にジャスター・ミディアム伯爵。自分たちの知る実力者は、得意武器の違いこそあれ普段から特有の空気を放っているように感じるから尚更だ。


「なんともはや厳しいですね。ですが、領主乃至貴族としては避けられない道でもありますか……。統治するうえでは、優しいだけでも厳しいだけでもいけない。その両方が必要で、それを分かりやすい形で示す必要がある。……僕も将来的には領地を継ぐ身です。今回は傍で勉強させてもらいますよ」


 貴族たちの不安を増長させるのが、副官として配置された少年だった。ルー・クラウス。隣の北西領邦はクラウス伯爵家の嫡男と聞いているが、戦闘力はイマイチだと専らの評判だ。少なくとも、本人からそれらしい凄味が感じられないのは事実だ。

 それでも新帝軍に幹部格として迎え入れられた以上、やはり文武において一定以上の能力はあるのだと思うが、彼もまた文官型なのではないだろうか。

 貴族たちでも知っている分かりやすい強者。そのいずれもがグループに配属されていないことが、貴族たちの不安を増長させ、同時に払拭を困難にしていた。

 こんな立派な拠点にいながら、よもや『総人数が両手の指で足りる』などということも有り得まい。……そういう、情報不足からくる不安もあった。

 それを察しつつ、セリカとルーは放置せざるを得なかった。正確には、現状だと打てる手がなかった。こればかりは言葉でどうにかなる問題ではない。既に得ている情報で納得しきれていない以上、彼ら自身で新たな情報を得て納得するしかないのだ。

 そうこうしているうちに建物の前に着いた。

 改めて至近から建物を見やると、その堅牢さがよく分かる。まあ、人里離れた場所に用意するのだから、魔物や賊からの襲撃を想定した造りになるのは当然とも言える。

 並みならぬ苦労をして作られた筈の建物が、今では賊の塒となっているのだから皮肉なものだ。

 逃げ口の多さは、攻め口の多さにも繋がる。それを嫌ってのことか、資料によると正規の出入り口は少ない。まあ、勝手に数を増やされている可能性や、隠し通路が存在する可能性までは否定できないが、そこら辺を気にし過ぎていては話が進まない。

 セリカはここで更に人手を分け、全ての出入り口に配置する。ここの戦闘力やそもそもの人数の関係で完全封鎖は難しいが、中の者たちに圧迫感を与える効果はある。

 腕時計型デバイスで三分が経過したのを確認し、セリカは口を開いた。


「それじゃあルー君、よろしく」


 裏口に向かったセリカの声が、正面出入り口に陣取ったルーに聞こえる筈もない。だが、まるで声が届いたかのようにルーは行動を開始した。


「こちらは新帝軍である! 中の者たちに告げる! 貴様たちは不法に建造物を占拠し、ばかりか、領邦旗までをも不法に入手、無断で使用している! これは大罪である! この地が新帝陛下の勢力下に収まった以上、これを見逃す道理はない! されど、新帝陛下も人の子であり、情を知らぬわけではない! 故に、今すぐに降伏し、頭を垂れて出頭せよ! さすれば、貴様たちの罪一等を減じ、生命までは奪わぬことを保証する! だが、これを受け入れられぬとあれば、貴様たちに待ち受けているのは悲惨な末路と思え! 三十分の猶予を与える! その間に外に出ぬ者は須らく反逆者と見なす! 我らとて無為に生命を奪うのは本意ではない! 貴様たちの賢明な判断を期待する!」


 ルーの声が、風に乗って響き渡る。風魔法の効果だ。

 この風魔法、音量や効果範囲の調整も加わるため、効果の割に難度は高い。まして使い所が限られるとあって、習得者も少ないのが現実だった。ルーがメンバーに加えられたのは、これの習得者であるというのが大きかった。

 賊たちに勧告をおこなうのも、その内容も、事前に決められていたことだ。正規軍であるが故に、たとえ賊相手であろうとも無法は避けたいのが本音なのだ。玉瑕は少ない方が良いのである。

 問答無用で仕留めにかかるのも、場合によってはありだが、今回は何名かを逃がす予定でもあるのだ。そして逃亡者の口から『問答無用で虐殺された』などと広められたら堪ったものではない。短期的にはともかく、長期的に見ると内部の不穏分子を刺激する一因にもなりかねないのだ。

 ヒトの組織である以上、どれだけ気を付けても不穏分子は必ず生まれるし、完全撤廃も不可能だ。であれば、『たとえ賊相手でも問答無用で虐殺をおこなったのだ。ならば、それが自分たちにおこなわれないとどうして断言できようか!』などという考えを抱く者も現れて然りだ。

 どうやっても防ぐことができないならば、いざ現実に起こった際にダメージを減らせるように手を打っておけばいい。

 そうして諸々を考慮した結果が、この勧告である。これにより、『賊相手でも救いの手を差し伸べた』という実績が生まれる。そして、『賊が虐殺されたのは、差し伸べられた救いの手を振り払ったからであり自業自得に他ならない』などと考える者も。

 究極、事の真偽などどうでもいい。そのように都合よく納得してくれる者が現れる事こそが重要なのだ。

 綺麗事は大事だが、それだけで組織は回らない。規模が違うだけで、領も、国も、それは同じだ。貴族である以上、その現実から目を逸らすことなどできないし、関与せずにいられるわけもない。

 ならば、真実悪行であろうとも、少しでも綺麗に見えるよう手を尽くすことに否はない。それが『より良き統治』に繋がるというなら尚更だ。

 ルーのそんな心情は、勧告の際に洩れ出ていた。

 だからこそ、この追い詰められた状況、『差し伸べられた手』を握ろうとする者が賊の中から現れてもおかしくはなかった。

 しかし、追い詰められた状況だからこそ、それがすんなりと通るわけがない。自分たちが悪人であり、散々とあくどいことをやってきた自覚が賊たちにはあるのだ。故に、『救いの言葉』を容易くは信じられないのが道理。むしろ、外に出た瞬間に首を刎ねられる可能性の方が大きいとさえ考えるだろう。

 その一方、信じられないのは『救い』の部分のみであるのが、この勧告の厭らしいところだった。

 勧告に従わぬ際の末路は簡単に想像できる。実際、勧告でも『悲惨な末路が待ち受ける』と告げていた。死にたくないならば、勧告に従い、即座に降伏し出頭するのが賢いやり方だ。しかし、その言葉が信じられない。

 自らが『悪人』だと自覚するが故の堂々巡り。それでいて、猶予時間は刻一刻と確実に減っていく。応じ、緊張も高まっていく。

 ならば。


「邪魔すんじゃねえ! 俺は死にたくねえんだ!」

「馬鹿野郎! 俺たちは悪人なんだぞ! 生かす道理こそねえじゃねえか! 外に出た瞬間に殺されるのが落ちだ!」

「じゃあどうしろってんだ!? こうなっちまったら、一縷の望みに託すしかねえじゃねえかよ!」

「だからそれを必死に考えてんじゃねえか! 時間はまだあるんだ! 短絡的な行動をするんじゃねえ!」

「何が短絡的だ! お前は他の手がねえか考える! 俺は一縷の希望に託して外に出る! たったそれだけのことじゃねえか! 第一、お前が考えんのは勝手だが、それで良い手が見つかる確証もねえだろうが! その間、ずっとこの緊張に耐えてろっていうのか!? んなの無理に決まってんだろうが! 生きるにしろ死ぬにしろ、俺はもうこの緊張から楽になりてえんだよ!」


 ならば、賊同士でぶつかり合うのも必然だった。

 それだけ白熱しているのだろう。喧々囂々としたやり取りが、外にまで聞こえてくる。……或いは、ルーが風魔法で以て中の音を外に届けているのかもしれないが。

 そして。


「この分からず屋が!」


 そしてその叫びと、次いで鈍い音が新帝軍の許へと届いた。

 何が起こったのかなど、改めて考えるまでもない。

 言葉で止まらないならば、力に訴えて無理矢理にでも止める。そんなのは、特段珍しいことでもないのだ。

 感情の高ぶりに任せたまま振るわれた力が、適切な加減をできないこともまた、特に珍しいことではない。

 訪れる静寂。数瞬前までとは打って変わって静かだ。

 おそらく、現実を上手く呑み込めず、それでいて必死に呑み込んでいるのだろう。

 そして、爆発にも等しい怒号が鳴り響いた。決定的な内部崩壊が起こったのだ。

 それを受けて、囲んでいる側にも動揺が起こる。

 色々と事前説明は受けていたし、その際にこうなるのが最上とも聞いていた。だが、一定の筋はあるにしても、実際になるとは思ってもいなかったのが本音であり、だからこそ自分たちも武力行使せざるを得ない可能性が大きく、それでいて実力に自信が無いからこそ不安が尽きなかった。

 しかし、自分たちが切り捨てた可能性が現実として起こってしまった。これで驚くなというのが無理である。

 正面と裏口に陣取った者たちは、それぞれにセリカとルーを見やる。そして、その顔に驚きがないのを見て取った。

 こうなっては認めざるを得なかった。自分たちにとっては望み薄の事態も、二人にとっては違ったのだと。十分に起こり得ると認識していたことを。それすなわち、役者の違いに他ならない。この二人は、自分たちに測れるような存在ではないのだ。

 やがて、音が鳴りやんだ。

 しかし誰も動かない。突入の命令が出ないからだ。

 見やると、命令を下すべき立場の二人は、腕時計を確認していた。つられて確認すると、まだ勧告をおこなってから三十分が経っていないことが分かった。

 突入命令が出たのは、勧告からきっかり三十分が経ってからだった。

 それだけでも分かる。年若き二人の少年少女は、冷静で、冷徹だ。同行している者たちは、否応なく畏怖を覚えるのであった。

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