第32話
「まったく、これまた大勢で来たものだ……。実に恐るべきは、この数が短時間で移動可能なその事実か……」
そう言ったのは、野盗にしては随分と見なりの良い人物であった。有体に言えば『らしくない』。
金髪碧眼の『王子様』フェイスで、着ている服もそれなりに上等品。さすがに貴族のそれほどではないが、平民でも頑張れば手が届くレベルの物だ。言葉には雑な部分が見えるものの、発した内容から頭の中身までそうでないのは見て取れる。
会議にて賊の討伐乃至は吸収を宣言したアルスは、有言実行とばかりに軍を起こした。ただし、事前にちょっとした小細工をおこなっている。民衆に向けて発する情報を、『全ての領地から軍を起こす』、『連合に対する警戒のため、前線砦に向けて兵を送る』という二段階に分けたのだ。
連合と非戦の盟約を結んだものの、それは大々的に発表しているわけではない。知っているのは領邦内の政務・軍務に携わる一部のみ。人の口には戸が立てられない以上、いずれは噂として広まるのかもしれないが、流石にまだまだ時間がかかる。当然、伝手を失った賊が知る由もない。
そんな折、各領主が軍事行動を起こすという情報が広まる。
その情報を賊が掴んだならば、当然ながら警戒する。自分たちを討とうとしているのではないかと考える。繋がりのあった権力者は力を失い、庇い立ては期待できない。
その次に考えるのは自分たちの行動だ。逃げるか、立ち向かうか。
しかしすぐには決まらない。決まるわけがない。当然だ。如何な賊とはいえ、普通に考えれば役割分担が敷かれていて然り。権力者との癒着の事実を知っているのは上層部に限られ、末端にまでは伝わっていない。である以上、大部分の『仕事』を成功させているという実績から、自分たちの実力を勘違いする輩が現れて然りなのだ。
片や裏事情を知るが故に自分たちの実力を過信しない上層部。片や裏事情を知らぬが故に実力を過信する末端。当然ながら、数が多いのは末端の方だろう。
今までは『仕事』の成果を上げることで、――正確にはその指示を出すことで信奉を受けていた上層部も、弱腰な態度が続けば『下』からの支持が減少する。何せ、実際の現場に出ていたのは圧倒的に末端の方が多いのだから。
そうなれば、統制に綻びが生まれるのが必定だ。
そこに齎される情報。すなわち、軍を起こす目的の公表。『自分たちの討伐が目的ではない』という事実は、賊たちの中に僅かな安堵を生じさせ、同時に内部分裂を加速させることだろう。
むしろ、そうなってくれないと困る。時間の都合上、動員できる兵力にも限りがあるのだから。
「それで、新進気鋭の『新帝』幕下に収まった新たな領邦主が軍を起こしたかと思いきや一傭兵団の許にやって来て、いったい何の御用かな?」
腕を組んで柱に寄りかかり、クツクツと笑いながら男は言った。その仕草も実に似合っていて嫌味がない。
「演技の時間は終わりということだ、ランスロット」
人垣を掻き分けて前に進み出た人物が口を開く。ジュリアスだ。
「ジュリアス? なるほど、お眼鏡に適ったというわけか……。良いだろう。この暮らしもつまらないわけじゃなかったが、鬱屈していた部分があるのに違いはない。だが、後々の立場と報酬は保証してもらうぞ。部下たちに報いなければならんのでな」
ジュリアスを視界に映した男――ランスロットは、訳知り顔で頷くとすぐさま協力を表明した。
だが、それに対し貴族の一人が異を唱える。
「ちょっと待ってくれ、ジュリアス殿。私たちは貴殿の『手の者』の許に案内されているのではなかったのか? そして件の『手の者』は賊を装っているのではなかったか? ……だが、この人物は明らかに違う。私でも知っている。傭兵団『ジャガーノート』の団長にして『黒騎士』の異名を持つ実力者。……この食い違いはどういうことだ?」
貴族の疑問は尤もではあった。それに対しジュリアスが説明しようとしたところ、他ならぬランスロットが遮った。
「単に役割分担をしているに過ぎんよ、貴族殿。大衆にとっては重要なのはその記号で、『賊』も『傭兵』も『冒険者』も『兵士』も大差ないのさ。それにより、『自分にとってどうなのか』を篩い分けているに過ぎないのが現実だ。……実際、周りの顔を見てみな。疑問を浮かべているのは同じかもしれないが、視線の向く先が異なっているだろう。これは貴方と意見を同じくする者と、異にする者がいることを表している。……確かに、俺は傭兵として働いている。この中にも見知った顔がある。その者にとって俺は傭兵だ。しかし、それを知らぬ者にとっては、俺は賊に違いないのさ。……で、あるならばだ。役割分担をしっかりとしている限り、『傭兵団』と『賊』の二足の草鞋を履くことも不可能ではない。そうは思わないか?」
ランスロットの言葉は極論ではあったが、確かに否定しきれない理があった。
傭兵団だからといって、団員が実戦担当ばかりとは限らない。むしろ、『団』と称すからには様々な役割分担がなされていて然るべきだ。団の構成次第では一人で複数の仕事をせざるを得ない場合もあるだろうが、そんな無茶は長続きするものではない。人材を増やすなり、団を解散するなり、必ず何かしらの対処を取る。
そして、団が『団』として機能している以上は、運営上の問題が少ないことを意味していた。
事実、こうして一番の問題となり得る拠点も持っている。傭兵団の旗と一緒に領主の旗も立っている以上、正規の手続きを経て居住していることは間違いなかった。
傭兵団はそのものズバリの武装組織だ。人里の中であれそうでなかれ、一定期間以上同じ場所に留まる場合は、必ず正規の手続きをおこなわなければならないのだ。人里の外の方がクリア条件は厳しく、それをクリアした場合のみ許可証代わりに領主の旗が貸し与えられる仕組みである。人里の外に拠点を持ちながらこの旗が立っていない場合、不法滞在と見做されるならまだマシで、賊認定を受けることも少なくはない。
となれば、あとは人手の問題だ。とはいえ、既に立派な拠点を持っている以上、人手を増やすのはそう難しいことではない筈だ。むしろ、ある程度の人数が揃っていればこその拠点の規模かもしれない。
必然と言うべきか、場の視線は一人の人物へと向けられる。向かう先は旗を貸し与えている領主だ。
実務をおこなったのは現場担当かもしれないが、領主の紋章が入った旗を貸し与える以上、その報告は上がっていて然りだし、領主として務めるならば把握していて然りだ。
視線を向けられた領主は、その顔に困惑を浮かべつつも、前に進み出て口を開いた。
「ランスロットとの出会いは数年前になる。七、八年といったところかな? もはやお決まりになっていた連合との小競り合いがきっかけだ。今よりも若く実戦経験が足りなかった私は、戦功に逸ったのか、戦の空気に吞まれたのか、とにかく理由は忘れたが、失敗を犯して生命の危機に陥り、そこを彼に救ってもらったのだ。そして戦の後、改めて礼を述べるべく言葉を交わしたら、拠点を探していると言うではないか。……当時の傭兵団は今よりも規模が小さかった。人員も少なければ、ランスロットの武名もそこまで鳴り響いてはいなかった。だが、実力者が揃っていた。まさしく少数精鋭だった。……私は、当然ながら彼を逃がすまいと思った。曲がりなりにも領主なので無茶を通せるだけの権限はあったし、領内に目星の付く場所もあった。無論、打算だけではなく感謝もあったがな。……結果、私は彼に拠点を用意し、彼は余裕のある際に賊や魔物を間引く、そういう契約を結んだ。彼が実績と名を上げ、それにより団員が増えた際には、新たな拠点を用意した。実際、彼の方も契約通りに間引いてくれていたので、運営の方からも文句は出なかった。むしろ、時間が経つにつれて、私に対して『先見の明』があると褒めてくれるようにもなっていた。……私からはそんな感じだ。私としては、良き関係を紡げていたように思っているのだが……」
領主の言葉を聞いた面々は、誰しもが一定の理解を示す。
「俺としても、貴方とは良い関係を紡げていると思っているよ、フィン。有体に言えば友人とも思っている。そうでなくば、ここまで同じ領に留まろうとはしないし、契約を続けてもいない。……だが、そのうえで言えないことがあり、優先すべきことがある。言ってしまえばそれだけのことでしかない」
「まったく、卑怯な奴だ。そう言われてしまえば、私としても理解を示すしかないではないか」
領主と傭兵。立場の違いがあっても、フィンとランスロットの仲は良好なように見受けられた。実戦に身を置く機会の多い者ほど、それを当然と受け流す。
双方共に生命の危機が訪れやすい戦場に身を置く者であり、そして実際の戦場においては、身を護る上で立場や肩書がどこまで役に立つか怪しいことも否定はできない。確かに命令系統を確立するうえで立場や肩書は大事だが、終止徹底が難しいのも事実なのだ。
部下が護ってくれもするが、命令如何では危険に身を晒さなくてはならないこともあるし、部下からの反感も買いかねないし、指揮官級として敵からの標的にもなりやすい。生き残るには本人の実力もそうだが、運や人脈、それ以外にも実に様々なものが必要となる。
それを実地で理解している者ほど、この程度のやり取りを問題視することもない。むしろ、双方の言を保証する要素として受け止める。
「話を戻そう。……ジュリアスからどこまで聞いているのかは知らんが、俺もまた燻ぶっていた。教育も鍛錬も苦には思わなかったが、腕の振るいどころがないことには鬱屈していた。そんな折、そいつに言われたわけだ。『俺はいずれ行動を起こす。その時のために下準備をしておいてくれ』……とな。俺自身の希望、ジュリアスが俺に求める役柄、双方が噛み合ってきたこともあり、その頼みを引き受けた。そうして、仲間と共に『ジャガーノート』を結成した俺は、傭兵として連合との小競り合いに乗り込んだわけだ。傭兵ギルドには登録していなかったが、現場では然程気にされることもなかったな。アッサリと雇われることができた。まあ当然か。ギルドに登録しているか否かなんて小さなことを気にしていては、肉盾を揃えることなんてできやしないからな。……俺たちは当然の如く最前線に派遣されたが、そこについては気にならなかった。むしろ、目標達成を考えれば都合が良かった。先々を考えた場合、拠点は必須だ。しかし、実績も何もない新米の傭兵団では、後ろ盾を得ることすら不可能に近い。それを覆す最も簡単な方法は、後ろ盾となり得る存在に恩を売ることだ。……最前線ともなれば乱戦も乱戦になる。これ以上ないほどに危険極まりないな。だが、それでも指揮官は置かねばならない。俺たちは敵を仕留めることよりも、窮地に陥った指揮官を救うことを優先した。そうしてヒットしたのがフィンだったわけだ。当然、フィン以外にも助けた相手はいたし、言葉を交わしもしたが、こちらを見縊る相手の方が多かったな。……フィンという後ろ盾を得た俺たちは、無事に拠点も得た。その後、徐々に名と実績を上げる傍ら、契約の遂行に遵守した。俺たちという存在は、気付けば『盗賊殺し』と恐れられるようになっていた。そうなったら占めたものだ。好き好んで『盗賊殺し』の近くに住みつく賊なんていないからな。フィンの領内は一応の秩序が保たれるようになった。……しかしそれは、見方を変えると『他の領に賊を押し出した』ことに外ならん。とはいえ、賊はその全てが協力関係にあるわけではない。必要に応じて手を組むことはあるだろうが、基本は敵対関係だ。縄張りのこともあるしな。……さて、そんな縄張り意識激しい賊たちの許へ、余所から賊が移ってきたんだ。事情を知れば理解はできるし、場合によっては一時的な滞在くらいなら許可するかもしれんし、頭を垂れるなら配下に組み込むことも認めるかもしれない。しかし、自分の縄張りを侵そうとするならば話は別となるだろう。一方、移り住んだ側にも言い分があればプライドもある。当然の如く、双方の賊はぶつかり合った。……だからこそ、俺たちがもう一つの顔を露わにするにも好都合だった。俺は顔と名が売れ過ぎたこともあり関与しなかったが、裏方まではそうじゃないからな。義賊集団『ノディオン』。賊を狙う賊の登場だ。タイミングが良かったこともあり、各地で拠点を奪取することに成功した。そしてそれは、一つの抑止力にもなった。何せノディオンは同時多発的に多方面で動いているんだ。規模と本拠、そのどちらも杳として知れないとなれば、賊だって迂闊には動けない。動かなくなる。まあ、向こうがそれを実感するまでは、散々とこちらの餌食になってもらったがな」
ノディオンの名に覚えがあったのだろう。その場の何人かは目を瞠らし、驚きを露わにした。
世の中、必要悪は存在だ。その正体が不明であろうと、領内の安定に一役買うならば、領主としてその存在を黙認するのも吝かではない。
その一方で、あくまでも『賊』としてノディオンを討とうとする領主もいる。
どちらが正しく、どちらが悪いと言い切ることはできないが、当然ながら前者の方がノディオンとの関係性も深くなる。
例えば、『後方都市へ物資の補給を頼む度に、その一部が賊の被害に遭い困っている』という事実を、書き置きか何かで残しておく。或いは、領内に噂として流すのも効果的だ。すると、それを知ったノディオンが、件の賊から奪い返して届けてくれるという寸法である。
領主の方もただ頼むだけではなく、領内巡回の際にはノディオンが拠点とした場所に近付かないように命令を出すなどもしている。『ノディオンが賊であることに違いはないが、そのおこないから領民人気が高いのも否定はできない。である以上、下手につついて領民からの反感を無駄に買う必要はない。こちらの役に立っているのも事実だしな。ならば、利用できるだけ利用した方が得というものだ』という尤もらしい理由まで用意されては、巡回兵も不必要にノディオンの拠点に近付こうとはしなかった。
ここまでくると、もはやズブズブだ。表沙汰にしていないだけで、その実は協力関係にあると言っても過言ではない。
そして、ノディオンの拠点が複数ある以上、そんな領主も複数存在した。……驚きを露わにしたのは、そういった人物たちだ。
「さて、ここからは手分けして事に当たる。一手は当初の予定通りに前線砦へ向かえ。残りは各地のノディオンと合流する。ランスロットだったな? そちらから何名かを案内兼説明役に出してくれ。それと、貴殿には前線砦へと向かってもらいたい」
「……なるほど。前線砦へ向かうとなれば『ジャガーノート』に声をかけない道理はなく、俺がそちらへ向かっているとなれば賊共の注意を引き付けることも可能となるか。……一方、新帝陛下の場合、売れているのは名前だけだからどうとでも誤魔化せる寸法か。万一を考え、側近なりをこちらに同行させればなお良しだな」
「説明の手間が省けるのは助かる。……問題なのは車両をどうするかだな。良くも悪くも、現状では『車両』=『新帝軍』という認識が強い。ここまでならともかく、以後も俺たちが使ってしまっては砦組を囮とする意味がない。かといって、そのまま砦組に使わせては貴殿が目立たなくなる恐れがある」
「そこまで悩む必要はないと思うがな。その乗り物、速度の調整はできるんだろう? なら、そちらの手勢と、可能ならこちらの歩兵組をそれに乗せて、俺を始めとした騎馬組は馬で行けば良い。新帝軍の持ち味である速度が減ってしまうが、馬に合わせるのであれば仕方がない。まして同行させているのが名うての傭兵集団とあってはな。武力を売りにする傭兵からそれを取り払うわけにもいかぬ以上、周りも勝手に納得してくれるだろう。……必然、新帝殿たちは徒歩での移動となるがな」
言われてみればその通りだった。
アルス軍は遠征軍であり、それに加えて車両と馬では出せる速度が違うという問題があったから、こちらに同行することとなったオルエンなどは愛馬を故郷に置いてきたわけだが、少なくとも現在のアルス軍は北方領邦に留まっており、行軍も領邦内に収まるのであれば、騎兵が使えないわけではないのだ。
「言われてみればその通りだな。いやはや、習慣とは恐ろしいものだ。自分たちが馬を使わないものだから、ついつい考えに馬を組み込むことを忘れてしまう。……それでいこう。ただ、余っている馬があるようならそれを借り受けたい。荷物運びに使いたいのでな」
「おいおい、あまり無茶を言わないでくれ新帝様。予備の用意は重要だが、ただでさえ馬って言うのは金食い虫なんだぜ? 余分など有りはしない」
「では、馬は私の方で用意しましょう。ここは私の領地ですし、今回は新帝陛下が移動手段を用意してくださいましたので、その分の馬は使われておりませんし」
現状、他に良い手が思い浮かぶわけでなし。アルスはフィンの申し出をありがたく受け取ることにしたのだった。
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