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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
34/49

第31話

 ジュリアス。それが件の新人領主の名であった。

 ジュリアスの推論はアルスの目論見と一致しており、それを以てアルスは新人相手にしては異例の高評価を彼に下した。

 とはいえ、あくまでも『新人相手』の枠でしかない。ジュリアスの真価が測られるのは、むしろこれからである。

 しかし、朗々とした語り口で以てジュリアスが披露した実力の一端は、その場にいたアルス以外の面々も認めざるを得ないものだった。

 理屈だけ、或いは心理にだけに拠ったものならば、どうとでも否定できただろう。だがその両方を持ち出されては、容易く否定もできない。


「さて、ジュリアス。褒めておいて何だが、聞き捨てならないことも言っていたな? よもやとは思うが……」


 そんな折、アルスが眼光鋭くジュリアスを睨みつけた。『手の者を賊として放っている』という言葉。その内容次第では見過ごすわけにはいかない。


「ご安心を。悪徳貴族が不当に溜め込もうとした分を正当な送り先へと届けてもらっていただけですので。……そもそも、件の連中が財を溜め込もうにも、ある程度正当性のある言い訳は必要です。その一つが、前線からの支援要請に対する物資輸送です。『輸送中、賊に襲われてしまい、不覚にもその一部を奪われてしまった』。これは輸送担当の不手際には違いありませんが、決して起こらないとは言えず、また起こったとしても責め切れない部分があるのも確かなのです。ただでさえ護衛・護送というのは難しいものですからね。実戦とは縁遠い後方部署なら尚更です。それに奪われたのは一部だけで大部分はきちんと届いており、輸送隊の中には怪我人や死者も出ているとなれば、怒りを呑み込まざるを得ない部分も出てきます。……それを利用して、件の物資の中に賊への横流し品を紛れ込ませるわけです。或いは賊、或いは魔物に襲われる可能性が付きまとう以上、村や町の外を出歩くのは危険が大きいですからね。輸送部隊へ道中に立ち寄る町や村への贈答品を預ける者だっているでしょう。治安という問題が関わってくる以上、輸送部隊も大々的には断れません。そうして、賊に奪わせるわけです。その際、抵抗した証を作るために、或いは自作自演の怪我を負ったり、或いは事情を知らぬ隊員を始末している可能性もあるでしょう。……事情を知らない以上、理屈的にも心情的にも仕方ないと理解を示しもしましょうが、奪われた側にとってはそれで納得などできるわけがないのも事実です。何らかの補填は必要です。では、それを何処から出すかとなると、税金しかありません。……しかし、現実には奪われたのではなく預けたわけですからね。補填分を丸儲けというわけです。……その一方で割を食う者もいます。裏事情を知らず、領軍ということで荷を預けた者たちです。彼らには遺憾の意を表し、端金を渡して終わりでしょう。元々、そういうことも起こり得ることを説明し、それを了承したからこそ預かったわけですからね。である以上、相手も声高に責めることはできず、涙を呑んで諦めるしかありません。……これは数ある事例の一つに過ぎませんが、気付いてしまった以上、放置するのも目覚めが悪いというものです。まあ、さすがに手を打つにも限度があるため、何でもかんでも対処できたわけではありませんが……。輸送中に賊に荷の一部を奪われたのが事実なら、その後に別の賊が件の賊から荷を奪い、正しい送り先へと届けたのも事実です。時折、内容に食い違いのある報告が挙がっているのはそのためですね」


 アルスの睨みに怖じることなく、やはりジュリアスは朗々と宣った。そこに焦燥は見受けられない。

 これまた一定の説得力を持ち合わせていた。実際、この場にいる面子の中には、『ジュリアスの手の者』に心当たりのある者もいた。

 しかし、『言うは易く行うは難し』であるのも事実。頭脳だけで対処できることではない。ジュリアスは相応の手腕と人脈、更には胆力までをも備えていることを示して見せたのだ。


「まさかとは思ってたが、本当に自作自演だったとは……。被害に遭った中で諦めきれない奴がいたんだろう。こっちにも苦情が届いたことがあってな。当時はまさに寝耳に水だったぜ。被害に遭ってんのはこっちの頼んだ物資だけだと思っていたからよ。まあ知っちまった以上は無視もできんから、余裕がある際は部下を輸送の護衛に派遣するようにしたんだが、どうやら正解だったらしい。……まあ、それはそれとしてだ。ジュリアスだったか? こうなると余計にお前さんの正体が気になってくるな? 『広く民間から人材を募る』、『その中には没落貴族や連合からの流れ者がいてもおかしくはない』、これは分かるんだ。実際にお前さんという掘り出し者がいた。否定する理由はない。……だが、こうして実際に現れられると、怪しく思えて仕方ねえわけだ」


 そうなると当然のことではあるが、ジュリアスの正体について言及する者もいて然りである。

 帝国法により平民にも最低限の教育を施してはいるが、領主によってそのやり方は異なるのが実情だ。教師・教材・施設、そのいずれもタダではない。結果、将来的に生徒を有効活用することで元を取ろうとする者もいれば、費用削減を念頭においておざなりな形で済ます者もいる。

 そしてこの領邦では後者の方が圧倒的に多く、その余波は大領小領を問わず各所に及んでいた。……一応のフォローをするならば、悪徳貴族が幅を利かせていたために十分な援助金が得られず、おざなりにせざるを得なかった者たちも相応にいる。

 そんな混迷期において、なおも教育を疎かにすることがなかったのが『アウル』や『ミディアム』、『ブラギ』などだ。

 教育についての数少ない正統派だからこそ、彼らは互いに交流を持ち、時にフォローしあい、時に情報を交換しあっていた。出来の良し悪しに関わらず、目立つ生徒がいれば教師から報告が挙がるし、それを話のネタにすることも多い。

 そんなファウルをして、ここに至るまでジュリアスのことを知らなかったのだ。これで怪しく思うなと言う方が無理である。


「当然の危惧ですね。……お察しの通り、元を辿れば我が家は北からの流れ者です。当時の政争に敗れ、故郷を追いやられたと聞いています。普通に考えれば、あとは朽ちていく一方だったのでしょう。ですが、件の先祖に人望があったのか、それとも単に若かったからなのか、苦労すると分かっていながら同行した者もそれなりにいたらしいです。そうしてこの領邦に辿り着いたわけですが、元がお偉方ですからね。農作業から炊事に選択と、いざ自分が実践する段になると相当に苦労したとか。まあ、徐々に適応して、それにも楽しみを見出していったそうですが……。問題が起こったのはそれから幾らかの世代を経た後だったと伝えられていますが、その正確なところは分かりません。ただ、現地に馴染むには十分でありつつ、過去の栄光を忘れるには不足している、そんな頃合いです」


 そこまでを語り、ジュリアスは深呼吸をした。話の根幹であり、ジュリアスをして緊張する内容なのだろう。


「話をずらすようですが、国というものはその興りに何らかの謂れがあって然りです。中には無い国もあるのでしょうが、大概の国にはありますし、後付けをしてでも用意するでしょう。引いてはそれが正当性となりますし、正当性のない国は脆いですからね。……実際、帝国にもあるでしょう?」


 そう言われれば、その場の誰も否定はできない。アルス自身、行動を起こすに当たって、その『謂れ』を利用している。


「そしてそれは、連合も例外ではありません。所属国の全てがそうだとは言いませんが、幾つかの国では件の『謂れ』が継承順位に密接に関わってきます。『アウル』然り、『ブラギ』然りです」


 ジュリアスのその言葉で、場の視線がブラギ候やファウルへと向く。

 その視線の圧に負けたわけでもあるまいが、両者は顔を合わせて一つ頷いた。そして軽いジェスチャーのあと、ファウルが口を開いた。


「事実だ。規模としては小国揃いの連合だが、当然ながらその中でも力の大小は存在する。そして、大を『大』足らしめているのが、件の『謂れ』だ。曰く『かつて世には負が溢れた。善なる精霊これを嘆き、資格者に力を与えん。資格者、身体に刻まれし聖痕を介して力を振るい、ついには負を払うに至る。やがて資格者、それぞれの故郷で国を興す』……ってな。抽象的で色々な解釈があるのは事実だが、生まれつき身体のどこかに『紋章』とも言えるような特殊な痣を宿す者がいるのも事実だ。そして、力を与えた精霊の違いか、それとも振るう力の違いかは分からんが、この紋章は力の数だけ形が分かれており、俺たちはこれを『聖痕』と呼んでいる。……ここまではいいか?」

 

 ファウルの問いかけに一同が頷く。それを見て彼は言葉を続けた。


「基本、身体に現れる聖痕は一つか二つだが、血の交わり次第で『潜在的にはそれ以上を宿しているに違いない』という説も根強いな。そしてこの聖痕だが、人によって輝かせられたりられなかったりする。この違いが、継承順位と、より強大な力を振るえるかどうかに関わってくるわけだ。『力』が指すのは主に魔法と武器だが、これの最上級は、魔法なら属性に合わせて『神炎』だの『神雷』だのと呼ばれ、武器なら大きく『神器』と呼ばれている。……ここまで言えば分かるだろうが、この最上級の力を振るうことが可能なのは聖痕を輝かせられる者のみであり、より継承順位が高いのもこちらになる。そこに男女や年齢の差、実務能力は関係ない。……だが、やはりと言うべきか問題もあってな。同じ聖痕を宿し、かつそれを輝かせられる者が当代に複数現れることもあれば、聖痕を宿す者こそ複数いるものの、当代の誰もが輝かせることができなかった、なんて事例もあったと聞く。酷い時期にはそれが数世代に亘って続いたともな」


 ファウルの話は分かりやすかった。国の正統性を謳うなら、これほど明解な例もそうはない。

 だが、当人が言及している通り、その分だけ問題が多いだろうことも否定はできないが。

 国の運営に正当性は大事だが、正当だけで国が回るわけではない。

 また、連合というだけあって、所属国にはそういう謂れを持たない国もあって然りだ。そういう国にとって、聖痕保有者を有する国は脅威以外の何でもない。『一個人に何を大げさな』という感想を抱く者もいるだろうが、一個人が強力な武威を振るうからこそ厄介なのだ。国家としてテロリズムほど対処が厄介な問題はなく、特に魔法系の聖痕保持者がその気になった場合の被害は目も当てられないこととなるだろう。それを危惧し、防ごうと思えば、その方法は限られている。つまり、『連合加盟』という名の、実質は『従属』だ。

 普通に考えて、連合の水面下では根深い歪みとなっているだろう。


「ご説明ありがとうございました、アウル候。……まあ、ここまでくれば皆さんも想像はついていると思いますが、実際に見せた方が早いでしょう」


 ファウルに礼を告げたジュリアスは、そう言って服のボタンを外し、隙間を大きくして己が胸元を曝け出す。

 露わになった、胸毛一つ生えていない男として綺麗すぎるそこには、想像通りと言うべきか、まるで紋章のような痣があった。そして皆が注目したタイミングで、その紋章が煌々と輝きを放つ。

 そうまでされれば否定のしようもない。ジュリアスの胸元にあるのは間違いなく聖痕であり、彼はその力を引き出せるということだ。


「おいおいまじか……。話の流れから何らかの聖痕保持者だってのは予想ついてたが、よりにもよってそれかよ……。ユグドラシル王家の紋章で、挙句の果てにその力を引き出せるって、厄ネタも厄ネタじゃねえか!」

「よもや、連合宗主国の正統後継者がこの様な場所にいようとは……。ただでさえ『ブラギ』、『アウル』、『クラウス』、『イザーク』、『トード』、『ベルトマー』、『レンスター』と帝国側に寝返っている資格者の末裔は多いというのに。これではもはや、どちらに正当性があるのかすら分からんぞ」

「まあ、『レンスター』に限っては偶然同じ姓という可能性も無いではないですが、ここまで数が揃うと誤差でしかないのも事実ですね」


 アルスたちは聖痕と認識するのが精々だったが、元連合の面々は違ったらしい。分かりやすく驚いたあと、揃って深刻な表情を浮かべている。


「心労を重ねるようで申し訳ないですが、東方の『槍聖』であるレンスター伯爵家は、紛れもなく連合の『レンスター』が母体です。付け加えますと、『アストリア』の末裔もいます」

「そう断言できる根拠は?」

「双方共に私の先祖に同行してきた者の末裔ですので……。さすがに神器は国に置いてきたそうですが、血筋の面では否定しようがありません。先述した私の『手の者』は、他ならぬアストリアの末裔を指しています。レンスターの方は、いずこかの世代で分派した一家と聞いていますね。『名を上げる』とか言って家を出て行った者が、傭兵だか冒険者だかで成功したのだとか……。ただ、初めの内は文のやり取りもあったそうですが、こちらに残った者たちが流行り病でポックリと逝ってしまったらしく、以来、我が家との繋がりも切れております」


 その言葉で、三者はさらなるショックを受けていた。初代の資格者は総数で十二人だと伝わっている。そこから枝葉が広がったりもしたが、伝承と共に伝わる最上級の神器・魔法の数を鑑みるに、その点は間違いないとされている。であるならば、連合の大元を創り上げた系譜の実に半数以上が、連合から身を翻したことになる。


「話を戻しますと、こちらに渡って数世代を経たあと、私と同じく聖痕の力を発現した者がいたわけです。となると、どうしても『返り咲き』を考えてしまうものです。時と場合によって、本人であったり、家族であったり、同行者の末裔であったりと様々ですが……。これは教育の一環として、家の歴史やらマナーやらを伝えていたことも大きいでしょうね。結果、それが妄念となってしまったのです。私もまた憑りつかれていることを否定はできません。レンスターが飛び出したのは、『その如何ともしがたい状況に耐えられなかったから』という見方もできます。……此度名乗りを上げたのは、その妄念を成就できる可能性が最も高いと判断したからです。他の理由が無いではありませんが、一番高いのはそれです」


 疲れ顔でジュリアスが語る内容には、頷けるものがあった。

 最初は『魔が差した』程度だったのかもしれない。しかし、その数が多ければ、多くなればどうだろうか? ……国を捨ててまで同行してきた者たちの末裔だ。陽の当たる場所に戻したいと思いもするだろう。その一方で、戻りたいと思う者もいるだろう。何せ祖先の選択次第では、今よりも良い暮らしをしていた可能性を決して否定できないのだから。

 それらが積もり重なれば、もはや個人の意思でどうにかできる問題ではない。

 だが、自分の意思で突き進むにしろ、他人の意思で突き動かされるにしろ、それを実現するのは容易いことではない。正当性を謳うだけなら簡単だが、正当性だけでどうにかなる問題でもないからだ。

 一番簡単な方法は帝国に返り咲くための支援を要請することだが、交渉材料がなければ空手形に等しい。仮にその方法で返り咲くことができても、待っているのは従属となるだろう。

 或いは、それを是とするだけの力と魅力が帝国に残っていたのならそれもありだったかもしれないが、領邦内の様子を窺うに期待薄と判断せざるを得なかった筈だ。

 叶わぬ願いは時代へと持ち越され、それが続いていき、レンスターを始めその状況に耐えられなくなった者が離れていき、今はジュリアスたちが受け継いだ。そして現時点において、状況は当時と比べ多分に変化しているだろうことは否めない。

 帝国の混乱が起こり、『新帝』が起ち、かと思えば瞬く間に勢力を広げている。普通に考えて、これで将来性に期待しない方がおかしいし、『途上の段階なら自分が入り込める余地がある』とジュリアスが思っても不思議ではない。そして、実際にその余地ができて今に至っているわけだ。

 アルスとしても悪い話ではない。現状は余裕がないので連合と非戦の盟約を結んだが、あくまでも現状に限ってのことだ。将来的には刃を交えることとなるだろう。その際の大義名分として、ジュリアスの存在はもってこいだ。

 アルスの中で、ジュリアスの重要性が上昇した瞬間だった。

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