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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第30話

 日は過ぎて、領邦主館の大会議室。そこには、領邦内における領主貴族が、大領小領を問わず集められていた。

 呼び出したのは――正確に言うと、迎えを寄越してまで集めたのはアルス。此度、彼らが仰ぐことになった新たな国の皇帝だ。……まあそうは言っても、彼らにとって所属国が替わったという実感はまるでなかったりするのが実情ではあったが。旧帝国は『血統』を重視し、新帝国は『新帝本人の特殊性』を重視しているのが大きな違いだが、つまるところ皇帝を名乗るに当たっての寄る辺は同じなのだ。おまけに、仰ぐことになってから時間も然程経っていない。これでは実感など覚えられる筈もない。

 或いは領地を加増されたり、或いは新たに領主をやることになったり、そんな感じで理由は様々だが、集められた領主の誰も彼もに余裕など有りはしなかった。

 それでも、予め会議をおこなうことを告知されたうえで迎えまで寄越されては、如何に余裕がなかろうと来ないわけにはいかない。……悲しき宮仕えの現実がそこにはあった。


「さて、忙しい中で無理矢理呼び出してすまない。だが、生憎とこちらも悠長にはしてられないのが現実でな。……帝国全土、どこもかしこもゴタゴタしているのが実情だが、俺の勢力下になった以上、たとえ荒療治をしてでも現状を変えねばならん。そのために、領邦内全体での協力活動をおこなう」


 集められた全員が席に着いているのを確認したアルスは、まず謝罪から入った。……言葉と態度、双方で自分の非を認めることにより、相手の怒りを和らげる手法である。

 とはいえ、申し訳なく思っているのも本心ではあった。だからこそ、集められた貴族たちも不満を抑え、話を聞こうという気になる。形だけ、言葉だけの謝罪では、そうはならなかっただろう。


「具体的にはどのような?」

「幾つかあるが、まず第一に連合との前線砦に人を送ってほしい。連合と新帝国の間には非戦の盟約を結んだが、だからと言って備えを疎かにしていい道理はないからな。一方で、人数を増やし過ぎると向こうを刺激することになりかねないのも事実ではある。だから、一つの領から送るのは少人数で構わない。しかし、必ず全ての領から送ってほしい。その際には責任能力のある人物もセットにして。……仕方のないことではあるし、ある意味で効率的なことではあるが、領邦内における領地の位置で実戦担当と後方支援役を分けたんだろう。それを一概に否定はできないが、その代償として、時間の経過と共に主に後方支援役の者たちから危機感が薄れてしまったのだと思われる。……ヒトはとかく利己的であり、ひとたび他人事と見做してしまえば、どこまでも無感情に、そして無感動になれる生き物なんだ。たとえ同じ領邦内のことであっても、自分が関わっているという実感がなければ、前線から送られてくる損害報告も数字の推移でしかない。そんなだから対応もおざなりになるし、戦争をやってるという危機感がないから支援を――身銭を切ることを惜しむ。……断言はできないが、領邦内の状況はこうして形作られていったんだろう」


 アルスの言葉を、誰も否定することはできなかった。ユルゲンのように馬鹿をやらかす輩もいたし、リンガのような奸臣・佞臣もいた。それを思えば、否定することなどできる筈がなかった。むしろ共感こそが湧く。


「だからこそ、全ての領地から人を出すことで、当事者だという実感を抱かせるんだ。責任能力のある者も一緒に送れば、早々と軽々しく捉えることはできなくなる。一定期間ごとに領内から送る人物をローテーションさせて、生の声を聞くのも大切だな。……正直、矢面に立っている連中がいつ反乱してもおかしくはない環境だったと思うぞ。まあ、反乱したところで先の見通しが立たないから抑えていたんだとは思うが、俺としては自制できたことへの感嘆の方が強い。それくらい、この領邦の状況は酷かった。訊くが、連合から寝返りの打診もあったんじゃないか?」

「まあ、あったな。正直に言えば、条件が悪いから断っていたに過ぎねえ。向こうに寝返るのが俺個人ならまだしも、領民全ても巻き込むんだ。以前はどうだったか知らねえが、今となっては繋がりなんて無いに等しいから信用できるかも分からねえし、仮に寝返ったところで領の位置的に矢面に立たされるのは変わらねえとなれば、そう易々とは裏切れねえよ。内容が内容だから、周りの奴らに大々的に相談もできねえしな。……ただ、それらを抜きにして考えれば、心情的にかなり魅力だったのも事実だ」


 そう答えたのは短い金髪が映える青年だった。当代の『弓聖』――ファウル・アウル侯爵である。未だ年若く、前当主の後見を受けつつ勉強中の身だが、決して侮ることはできないだろう。

 そのやり取りを受けて、その場の面々がギョッとした。答えにくい質問を投げかけたアルスがアルスなら、間髪入れずに堂々と答えたファウルもファウルである。

 そしてファウルの言葉から推し量るに、彼が領主ではなく一己の戦士であったなら、裏切っていた可能性が高いことを意味している。そして、連合の提示する条件次第でも。……それほどに、ファウルは領邦に、引いては帝国に見切りを付けていたのだ。

 当代の『弓聖』が裏切ったとなれば、帝国にとっても連合にとっても、その効果は計り知れない。実現していた際のことを想像し、領邦の貴族たちは改めて危機感を刺激されることとなった。


「はっはっはっはっ……。よくもまあ、そうも率直に答えたものだ。ファウル卿よ、答えることへの不安はなかったのか?」

「特には。有用・有能な人物を求めるのは当然のことだろう? 場合によっては忌避するのもな。そこら辺でそいつの器量が問われるわけだが、俺は個人としても領主としても、俺を安売りするつもりはない。……と、こう言っちまったら、前言を撤回することになるか?」

「いや、そうは思わないな。むしろ、そこまで追い詰められていた、と言うことだろう? 自らの立場、それが持つ力を認識し、それに基づいたうえでの判断・行動ができる。立派だよ。卿が領主でなければ、俺の側近に取り立てたいところだ。……だからこそ、そんな人物をそこまで追い詰めてしまった状況が残念でならない。まあ、此度は寝返りを防げたのだから、それで良しとしておこうか」


 アルスとファウルのやり取りは、否応なく周囲の琴線を刺激した。

 皇帝に対してざっくばらんな態度で臨む貴族と、その態度を咎めることもない皇帝。……一般的に考えれば、有り得もしない光景が繰り広げられているのだからそうもなる。


「ブラギ候も見事だった。……と言うか、自分から声を上げてくれ。卿の働きが重大な部分を担ったのは間違いないんだからな。俺は『新帝』として、その働きを褒め称えなければならんのだ。自分から声を上げてくれれば、多少なりとその褒賞を抑え込むこともできたというに、沈黙を保たれてはな。俺が吝嗇だと思われんためにも、ドカンと褒賞を積まねばならん。……ん? よもやそこまで考えてのことか? だとすれば殊更見事だ。世には老害と蔑まれる者もいるが、年の功も侮れんな。はっはっはっはっ……」


 莞爾と笑うアルスだが、当のブラギ候にそんなつもりは全くなかった。正直に言えば、様子見をしていただけである。

 無論、アルスもそのように見当を付けていた。そのうえで敢えて持ち上げたのは、功績を称える必要があったのも事実だが、周囲に対する牽制でもある。

 ファウルは気安い態度でアルスに接し、アルスもまたそれを咎めなかった。だがそれは、ファウルの立場と能力あってこそのものでもある。若くして侯爵であるばかりか、『弓聖』の称号まで持っているのだ。アルス自身が見たことはないが、その腕前は二つ名に相応しいとも聞く。

 そんな人物と『新帝』が不仲とあれば、双方共にイメージダウンは免れない。

 それを知ってか知らずのことか、ファウルは真っ先に踏み込んできた。その時点で、彼もまたリスクを背負ったのだ。

 こうなっては、共倒れを防ぐためにもアルスはファウルを高く評価するしかない。

 しかし、きっかけこそ仕方のないものだったが、次の瞬間には本当に高評価を下していたのも事実だった。

 ファウルが自らの意思でリスクを踏んだことが分かったからだ。瞬時にそのような決断を下せることは、稀有な資質である。おまけに挑発までして自分を高く売りつけてくるとあっては、それを認めないわけにはいかない。

 アルスは確かに、ファウルに対して感服したのだ。

 だからこそ、他の面々にまで勘違いされるわけにはいかなかった。相応の付き合いの果てに『気安い人物だ』と思われるのは構わないが、初手からそう思われたのでは堪ったものではない。

 この商売、敵から侮られる分には構わないのだ。それが相手の油断に繋がるし、それを利用して状況をひっくり返せば、評価は覆るからだ。

 その一方、味方から舐められるのは大問題なのだ。『上』が『下』に舐められてしまえば、その時点で統制が利かなくなってしまう。

 故にブラギ候を持ち上げ、その最中に他の面々へと牽制を入れることで理解を促したのだ。

 

「は、失礼をば致しました。ただ、学友ということもありましょうが、既に息子が陛下に重用されておりますれば、褒賞としてはそれで十分と判断しておりました」


 一方、突如として持ち上げられたブラギ候も、即座に状況を理解したのはさすがと言えるだろう。伊達に高位貴族をやってはいないことを証明してみせた。

 謝罪をしつつ、嫡男にしてアルスの同期生であるクロードを話に挙げることで、色々なことへの訂正を図ったのだ。


「なるほど、過剰となると判断したか。一概にそれを否定はできんな。……が、そう判断したことこそを、俺は高く評価しよう」


 そして、そうした振る舞いができることを、アルスは高く評価した。

 こうしたやり取りを見ていれば、周囲もまた気付く。この状況が、一種の踏み絵であることに。

 今の状況は、確かに『新帝』に顔と名前を憶えてもらうチャンスである。だが、上手くいく可能性もあるが、失敗する可能性もあるのだ。

 当然ながら、大半の面子にはファウルやブラギ候のような付加価値はない。これと言えるような実績もない。そんな状態で名乗りを上げたところで、成功する確率は如何ほどか。

 それに気付いてしまえば、周囲の浮ついた気持ちは否応なく静まることとなった。


「新帝陛下、失礼ながら話が脱線しておりますよ」

「貴殿は?」


 その状況で、声を上げる人物がいた。アルスが見やると、視線の先には一人の男性。

 アルスと同年代か、もしくは少し年上か。少なくとも、二十歳にはいっていないように見える。今は柔和な表情を浮かべているが、それは場に合わせているだけだろう。状況次第では冷徹にも冷酷にもなれる。そう感じさせる人物であり、その佇まいだけで怜悧さが見て取れる。

 奇妙なことではあった。こんな人物がいるのなら、少しは知られている筈だ。なのに、周囲の反応にはそれらしいものが見られない。例外があるとすればクラリスくらいのものだ。


「非礼と存じ上げますが、名を答えるのは後ほどにさせていただきたいと思います。今はただ、新しく小領を預かることになった者だと憶えていただければ……」


 アルスの言葉に対し、新人領主は慇懃とした様子でそう答えた。

 その返答で、アルスは内心の疑問に一応の決着をつけた。

 この人物は民間から雇用されたクチだろう。大なり小なり応募者はいたらしく、採用に至った人物がいたという報告も受けている。まあそれでも、小さくとも領地を与えるほどの相手がいたとの話は聞いていなかったが。とはいえ、大々的に試みている最中であるのも事実。報告は必要だが、都度都度上げられていてはきりがないので、状況が落ち着くまでは定期的なもので構わないともしてあった。それを思えば、一概にクラリスを責めることもできないだろう。

 しかし、面白い人物ではあった。

 目立った行動を取りつつ、『新帝』の問いに対して名乗らない。そうすることで、さらに注目を集めている。そして名乗ってこそいないものの、婉曲的には答えている。アルスは名を訊いたわけではないので、一概に不敬とは言えない。

 何故そんな真似をするか? 普通に考えて、答えは一択だ。この人物は己の力量に自信を持っており、アルスに対して己を高く売りつけるつもりなのだ。

 

「ほう? 面白いな。己を高く売りつける算段があるということか」

「はい。……陛下は幾つかの協力活動をおこなうと申されましたが、内の一つは賊退治でありましょう。それも木っ端の賊ではなく、一定勢力を築くに至った賊です」


 アルスの推測は当たり、新人領主は肯定を返した。そのうえで口を開いた。 


「そもそも、賊の大半は餓えた民たちです。統治上の問題から、『このままでは生きていけない』、『どの道飢えて死ぬ』、などといった具合に追い詰められた民たちが、最後の手段として身を窶すのです。まあ、中には『働きたくない』、『楽して生きたい』などと不純な動機でなる者もいるでしょうが、略奪も命懸けなのです。その様な者はすぐさま失敗するでしょう。……彼らは成功率を上げるために徒党を組みますが、多くても十人かそこらでしょう。何故かと言えば、人数が増えても不利になることの方が多いからです。食えないから賊にまで身を落としたのに、無駄に食い扶持が増えたのでは本末転倒ですし、人数が多ければ目立って行動がしにくくなります。反面、少人数なら食い扶持も少なくて済みますし、その分身軽に行動できます。……それらを踏まえて考えると、『一定勢力を築くに至った賊』というのが、『賊』として矛盾しているのです。運よく拠点を見つけることはできるかもしれませんが、よほどの要害か、よほど険峻な地にあるか、などといった条件を満たさない限り、巨大化はできません。普通に考えて、巨大化する前にお縄につくか討伐されます。しかし、現実には存在しています。おかしなことです。……ですが、見方によってはおかしくありません。領邦内の賊は大きく二つに分類されていますが、片や主に食い物や場合によっては衣服を奪う賊であり、片や軒並み掻っ攫っていく賊です。前者ならば理解はできるのです。しかし、後者は明らかに変です。武器や馬ならば辛うじて理解もできますが、換金する術もないのに財宝を奪ってどうしますか? そこから考えると、後者は現地の有力者と結び付いている可能性が高いのです。つまり、賊に奪われたのではなく、賊に奪わせたのです。件の有力者にとって、賊は保管庫代わりといったところでしょう。結び付いた最初は少量を、様子を見ながら徐々に流す量を増やし、互いに親密になっていく。その果てが賊の巨大化と考えれば、然程不思議はありません。……しかし、なればこそ逃げようとするでしょう。陛下の行為は領邦内に轟きました。賊とてその情報は得ている筈です。安全を担保する存在が捕縛された以上、次は自分たちと考えるのが道理です。……が、そこで足を引っ張るのが財貨です。『返す相手はいなくなった』、『これを放って逃げるのは惜しい』、多くがそんな心境を迎える筈です。そして一度そう思ってしまえば、もはや放置はできません。持っていこうとする筈です。それにより自分たちが捕捉される可能性を度外視して……。先の陛下の言葉ではありませんが、権力者と癒着していたからこそ、賊たちからも危機感が薄れていておかしくありません。……また、賊の中にはこちらの協力者となり得る存在もおります。善良な賊――言わば義賊の類ですね。或いは、どこかの手の者が賊を装っている可能性もあるでしょう。実際、内の一つは私の手の者です。……そういった賊を或いは吸収し、或いは容赦なく討伐することで領邦の勢威を示し、しかる後に情状酌量の余地がある賊には罪一等を減じるとでも宣言したうえで投降を呼びかけ、労働力とします。……さて陛下、我が推論はいかがでしたか?」


 滔々と語った若き新人領主は、やはり慇懃な態度を崩さぬまま、最後に微笑を浮かべてアルスに訊ねるのであった。

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