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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第29話

 文化の着床。『始祖』がこれを目指さなかったとは思わない。だが、『始祖』の誕生から永い時間が経っての現状がこれなのだから、上手くはいかなかったと見るべきだろう。

 旗艦は使い物にならなくなり、随行艦ともはぐれてしまい合流の目途は立たない。……当時の状況は歴史書から断片的に探るしかできないので断言はできないが、これでは根付かせるにも限度があったに違いない。

 それでも、できる限りの努力をしたであろう名残が、所々に残っている。それ自体は素晴らしいことだが、その代償に発展が遅れることになった可能性も否定はできない。

 地球は魔法が失われた。その結果、魔法に頼らぬ技術・文明を築かざるを得なかったし、それが発展していく土壌があった。

 だが、この世界には魔法が現存している。そんな中に、魔法に頼らぬ技術・文化を根付かせようとしたのだ。その結果、どっちつかずになった可能性をどうして否定できようか。

 魔法を発展させようとした者、科学を発展させようとした者、双方がぶつかり合い、それまでに築かれたモノが失われた可能性だってあるのだ。

 歴史は勝者が、勝者がいなければ遺された者が紡ぐ。である以上、不都合は消し去られ、或いは捻じ曲げられ、必ずしも真実が伝えられているとは限らないのだ。


「状況的には『始祖』と比べて遥かに恵まれている。――と、自分に言い聞かせるにも限度があるっての……」


 執務室内でアルスは深々と溜息を吐いた。外交努力により、連合に対する警戒は緩めても大丈夫になった。絶やすことはできないが、その分だけ余裕ができたのも事実だ。

 となれば、あとは領邦内を立て直すだけだが、それが存外難しい。新たな文化を混ぜ合わせるとなれば尚更だ。まさに『言うは易く行うは難し』である。

 時間をかければどうとでもなるだろう。その確信はある。

 問題なのは、アルスたちがそれだけの期間、留まっていられないことにある。これでは無責任と見做されかねない。


「無理なもんは無理だっての……。やっぱ領邦内に生家を持つ同期たちに頑張ってもらうしかねえかな?」


 程度の差はあれ、同期生たちとの絆は篤い方だ。彼らが助力する以上、アルスが領邦を見放していることにはならない。  


「けど、それも一面的な見方であることに違いはねえからなぁ~。不満を覚える奴は必ず出てくるだろうし……」


 まだ沈静していない領邦があるのだから、アルス軍は長く留まってはいられないのだ。留まってしまえば、アルス軍の掲げるお題目が崩れてしまい、正当性の減少に繋がりかねない。後々の統治を考えれば、それは旨くない。

 あちらを立てればこちらが立たず。四面楚歌。五里霧中。……直截的な解決はなく、結局は時間を置かなければならない。

 そうと分かっていながら、それができない。アルスはジレンマに支配されていた。

 最中、ゴツン。ゴツン。アルスの頭が叩かれた。叩いたのはリウイとセリカだ。


「いつまでグダグダとくだらねえことを考えてやがる」

「そうそう。やれること、できることには限りがあるんだから、それをするしかないっての」


 痛みに顔を顰めて頭を押さえるアルスを見下ろし、二人は淡々と言ってのけた。

 周囲はその光景を見て唖然としていた。相手は『新帝』だ。如何に幼馴染かつ重臣とはいえ、今の行動は不敬以外の何でもない。少なくとも、帝国の常識ではそうだった。


「ってぇ~! だが、確かにその通りだな。……毎度毎度助かるよ」


 しかし『新帝』は――アルスはそれを咎めない。むしろ、悠々とそれを受け入れ、逆に感謝を述べていた。

 そこで、アルスは周囲の様子に気付いた。


「驚いたようだな? まあ、こんなのは珍しい光景でもない。『新帝』だのと言ったところで俺はヒトだ。そして、こいつ等も諸君もな。ヒトである以上、成功もすれば失敗もするし、悩みもすれば即断もする。慰めてくれる相手が必要なら、叱咤激励する相手も必要だ。それが普通だし、それで良いと俺は思っている。……ただし、誰でもいいというわけじゃない。この二人だから俺は許容している。無論、妃であるアンナ、家族、同期たちにも許容している範囲は大きいけどな。諸君とも関係性を深めていきたいと思っている」


 アルスの言葉に対し、未だ呆然としながらも執務室の面々は頷いた。言っていることは至極当たり前のことだからだ。

 クラリスを始めとする面々にとって、アルスは『新帝』のイメージが強い。初めから『新帝』たるアルスを求め、アルスもまた『新帝』として応えたのだから当然ではある。

 だが、全員が全員、そのような関係性から始まったわけではない。アルス、リウイ、セリカの三人とて、最初から幼馴染みだったわけではないのだ。『同じ村の一員』という関係から始まり、友諠を深め、それにより『幼馴染み』という関係に至ったのだ。

 関係性が違うのだから、見方も違えば、より重要視する部分も違って然りである。


「己が振る舞いに悩まず、己が行為を省みず、己が弱みを曝け出さず。そんな奴がトップなのだとしたら、そいつはさぞかし強い奴なのだろう。否応なく周囲を惹き付ける筈だ。……だが、短期的に見ればともかく、長期的に見れば、決定的にヒトの世には向かん。ヒトを従えることはできても、統治はできないタイプだ。最初は強すぎる光に眼を灼かれ、周囲も気付くことはない筈だ。しかし、やがては齟齬に気付く。気付かざるを得ない。『視ているモノが違うのだ』と。……そうなってしまえばお終いだ。人が進んで協力するのは、それが己の安定と安寧に繋がると思えばこそだ。最終的には安定と安寧に繋がるのだとしても、その時を自分が、或いは大切な誰かが迎えられないのなら意味はない。そうして反乱が起こる。……無情ではあるが、それが世の流れだ。世の中というものだ。だからと言って、ヒト以外に統治を任せても失敗するのは目に見えている。何せトップがヒトではないんだからな。ヒトでないモノが、ヒトのことを理解できる筈もなければ、慮ることもできる筈はない。これで上手くいく道理はない。よしんば理解したり、慮れるのだとしたら、その時点でそいつは『ヒトならざるモノ』から『ヒト』へと変わっている。はたまた根本的な社会形態や政治形態を変えたとしても、やはりどこかしらに不都合は生まれる。堂々巡りだな。……つまり、それを認識し、了承したうえで、どうにかこうにかやっていくしかないのが現実だ。まあ、生きている間にそれを実感するのは難しいけどな。俺が今言ったことも所詮は受け売りに過ぎん。しかし、考えないわけにはいかない。……少なくとも、俺は『ヒト』として生き、『ヒト』として死にたい。だから、諸君にもこうして弱みを曝け出している。曝け出すことを厭わない。どうか、俺を『ヒト』として受け入れ、諸君もまた『ヒト』として協力してほしい」


 そう言ってアルスは頭を下げた。

 その時、周囲は圧倒されていた。

 自分たちとは視ているモノが違いすぎる。受け売りとは言うが、果たしてこの若さでそこまで考えられるものなのか? 『ヒトではない』とすら思えてくる。どうしたって畏怖せざるを得ない。

 だが、先行きに悩んだり、頭を叩かれて痛がっている様などを見れば、『間違いなくヒトだ』とも思える。

 そうして、悩んだ末にアルスの言わんとすることを理解した。このように感じる『壁』が問題なのだ。それが合っているかは分からないが、そのようにクラリスは理解した。


「了解しました。……それで、アルス殿は領邦を立て直すに当たり、どのような方針を立てているのでしょうか?」

「ま、お決まりの手法だな。まずは領邦全体の街道整備と魔物や賊の間引きだ。人が安心して行き来できるようにならなければ、発展なんて夢のまた夢だ。如何に特産物があったところで、売れなきゃ金にはならない。そして売れたとしても、輸送コストがかかるようではその分安く買い叩かれる。それを防ごうと思えば、輸送コストを下げる仕組みを整えなきゃならん。既に本部には支援を要請してある。そのうち、誰かが必要な物を届けてくれるだろうさ。……で、終われば楽だったんだがな。如何せん、この領邦は人材難に陥った。差配できる者が圧倒的にたらん。広く民衆に呼びかけて登用を促すしかない。……幸いと言うべきかは分からんが、この領邦は場所が場所だ。『ブラギ』や『ミディアム』といった元連合を吸収するに当たり、取り潰しとなった貴族家系の生き残りもいるだろう。或いは連合で没落して流れてきた者だっているかもしれん。元連合が保護している可能性もあるし、隠遁している可能性もあるが、そういう奴らが再起を図っているなら、今でもしっかりとした教育は続けている筈だし、この機を逃すとも思えん。能力次第では重用も有り得ることを印璽付きで告知すれば、向こうから仕官を願ってくる可能性は高い。……その一方、現在の領主貴族の中には『領主なんてこりごりだ』と思った者がいる可能性も否定はできん。特にこの領邦は『上』がゴタゴタしていたから尚更だ。自分の力量に自信のある人物ならこれ幸いと栄達を図るかもしれないが、そういう人物ばかりではないからな。辞めたいと願うなら拒否はできん。……そんなわけで、まずは状況確認とそれぞれの意思確認からだな」


 未だ顔を強張らせながらも問いを投げたクラリスに対し、アルスは目下の方針を告げるのであった。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢ 


 領主を辞めたいと願う者たちは、クラリスの想像以上に多かった。特に男爵や子爵だ。

 下級貴族故に与えられた領地も小さい。限られた収益の中、家臣への賃金を払い、領地を富ますべく頭を悩ませるのは苦痛だった。収益が多かったり、『上』からの支援が十分ならばまだしも、そうでないなら尚のこと。

 これまでは家門を継承した身としての義務感と責任感で何とか務めていたが、もはや限界に近かった。そんな中、戴く主が替わり、戴く国もまた『帝国』から『新帝国』へと替わった。

 いい機会だと思った。状況が状況だ。祖先や家臣への言い訳もつく。二進も三進もいかない状態で無様を晒して没落するよりは、そうなる前に己の意思で領主を辞める。その決心がついたのだ。

 領邦主たるステイシア家を継承した身として、クラリスにはその訴えを振り払うことができなかった。

 幸いにして、領邦内事情にも理解を示してくれている。領主は辞めても、家を残す努力は続けなくてはならない。内容にもよりけりだろうが、こちらの振り分ける仕事を拒む気はないということだ。だから、それで是とした。

 領主を辞めたいと願う者がいれば、やってみたいと願う者もいて然り。

 その者たち曰く――


「『才』を、『能』を認められ、騎士爵へと任じられた。仕える主が男爵なれば、自分が男爵になれる筈もない。それは理解していたが、騎士爵へと任じられることで栄達への道が開けるとも思っていた。……だが、現実としてそれはなかった。「上」が求めているのは阿諛追従の輩のみだった。これでは能の振るい甲斐がない」


 とのことである。

 それが自信からくるものか、それとも過信からくるものかは分からないが、以前の主に才能を認められたのは事実である。

 幸か不幸か与える領地はあるし、『新帝』は万全とは言えないまでも領邦に対する支援を約束している。試してみるだけの余地はあった。

 まあ、すぐに結果が出る筈もないのはクラリスも理解していたので、一律で五年の猶予を与えた。五年というのはアルスからの指示でもある。『地盤を築くところから始めるのを鑑みればそんなものだろう』とのことだったが、概ねクラリスも同意だった。

 領地を加増した相手もいる。元連合の面々だ。帝国の傘下に加わった時期にもよるが、その際に元の領土から減らされた相手も多い。まあ、力を抑えようと思えば当然のことでもある。

 働き次第では加増するとの言もあったそうだが、結局は果たされることなく今に至っている。

 果たしようがなかった、が正しいか。傘下に加えるに当たり領地を削減したは良いが、当然空き地のままにはしておけない。それでも、当初は言もあって代官の派遣に留めていたらしい。……が、代が変われば知ったことではないということか。或いは、言の内容が伝わっていなかったのか。結果としてその土地は誰かしらに恩賞として与えられた。与えられてしまった。

 此度、領主を辞めた者の中には、その土地の領主が多い。……いずれは旧主の許へと戻れる。そう期待させておいて、結局は約束が果たされることはなかった。領民のその不満が、土地を与えると判断した者ではなく、土地を与えられた者に向いてしまったのだ。

 それでも、元々の主が寄り親となったのなら、まだ救いはあった筈だ。直接か間接かの違いがあるだけで、旧主に仕えていることに違いはないからだ。

 しかし、何をトチ狂ったのか寄り親は全然違う領主だった。領の位置的にも、領民の心情的にも、それで上手くいく筈などないのだ。

 それが尾を引き、領主もまたその不満を宥めることができなかった末の結果だ。誰一人として幸せになった者などいない。各方面から話を聞くことでそういった実情を知ってしまったクラリスは、世の無常を感じてしまった。

 同時、こんあ状況で反乱されなかったことに心底から驚き、安堵した。

 ともあれ、時間はかかったが、クラリスは祖先の交わした約束を果たした形である。

 そして、これも『棚から牡丹餅』か。それにより、現地民からクラリスへ対する信望も上昇する運びとなったのだ。

 過剰な持ち上げはクラリスとしても困るので詳細を説明したが、それでも信望が落ちることはなかった。その判断を下したのは、間違いなく彼女だからだ。

 こうして、領邦主としての実務をおこなうに当たり、クラリスは割かし幸先の良いスタートを切ることができたのだった。

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