第28話
第一回の討論会は、残念ながら不首尾に終わった。チラホラと意見は挙がったのだが、さすがに口頭だけで判断を下すわけにはいかない。それを裏付ける物が必要であった。結果として、どれもこれもが『参考意見』として留め置かれるに終わった。
だが、決して成果がなかったわけではない。集まった者たちから興味深い話を聞くことができたのだ。
本来であれば、領邦主は定期的に麾下の領主を揃え、その統治内容や首尾について確認しなければならない。その義務があるのだ。
そうすることで領主間で情報の共有を促す意図がある。同じ領邦内であっても、場所によって環境や領民数が違うのだ。同じことをおこなっても、『こっちでは成功し、あっちでは失敗した』なんてのは珍しくもない。
情報を共有しあうことで成功・失敗の要因を模索し、それを資料として残せば、後進が同じ失敗を繰り返す可能性も減るし、その地には何が向いているかを判断する材料にもなる。
きちんと意図があって義務付けられているのだが、意図が伝えられぬままいつしか形骸だけになることも、これまた珍しくはない。
北方領邦は更に最悪だった。重臣が力を持ち過ぎた結果、領主が関われる範囲が減ったのだ。情報共有もその一つ。しかも、重臣同士、決して仲が良いわけではない。同じ穴の狢でありつつ、権力闘争のライバルなのだから当然だ。互いが互いの弱みを握っているため、一応の安定が保たれているに過ぎない。
領主には『こちらでやっておきます』とでも言い、実際には自分に媚び諂う相手を優遇する。後ほど領主から結果を聞かれても『平常通りです』の決まり文句で押し通す。
こんなのが正常な筈はないのだが、北方領邦ではこれが常態と化していた。実権のないトップは虚しく惨めであり、そのことを否応なく知らしめた。
当然、『下』も不満を持つ。そしてそれは、領主よりも重臣へと向かった。領主の方針転換と、それに伴う一連の流れを『下』もきちんと見ていたからだ。
だからこそ、領主と『下』の者たちの結び付きは強まった。決して表沙汰にはできないし、何ができるわけでもない。それでも、『奸臣・佞臣が邪魔』という一点では共通していた。
そして、『上』がそんな有り様だから、『下』は弱者なりに虎視眈々と牙を研いでいた。
重臣が主導するようになった情報共有の場。そこで挙げられた意見を、逐一残していたという。それ以外にも色々と。『下』の中には、領内運営のため否応なく屈服せざるを得なくなった者もいるのだ。それにより確かに援助は受けられたそうだが、何かにつけて恩に着せる発言をしてくるらしい。それで不満を覚えない筈もなく、そちらから流れてくる情報もあるのだとか。
さすがに今この場には持ってきていないが、領主館には間違いなく置いている。……そう述べる人物が大半を占めていた。
これが事実なら、アルスにとって追い風となる。
何かにつけて大義名分は必要なのだ。先の情報も、貴族にとっては『知っていて当然』でも、大多数の領民にとっては違うだろう。そんな状況で大々的に事を起こそうものなら、たとえ奸臣や佞臣の排除に成功しても、領民からの受けは悪くなってしまう可能性がある。
普通に考えて、『上』に立つ以上、『下』からの受けが良いに越したことはない。だからこそ、相手の失点を必要以上に論うことで『悪』と成し、自らのおこないに正当性を持たせる――『正義』と成すわけだ。
言ってしまえば『下準備』であるが、現状のアルスにはそれが不足していたのだ。ある意味で自爆したリンガは別として、領邦主たるクラリスが味方になっていても相手を追い詰めるには弱いのが実情だった。
立場が変われば『大義名分』も途端に『言いがかり』へと変化するのが世の常だが、証拠があるならそれも難しくなる。無論、敵対相手の掲げるモノばかりでは証拠能力も低くなるが、同一陣営内からそれを裏付ける証拠が出れば如何ともしがたい。
帝国領民はその全員が最低限の教育を受けている。まあ、その『最低限』も領主の匙加減次第なところがあるのは否定できないが、それでも基本的な読み書き計算はできる。
つまり、その分だけ聡いのだ。証拠を揃えてガンと叩けば、正当性を理解できるだろう程度には。……これが教育を受けていなければ、受けた側が『何でこれで理解できないんだ!?』と頭を抱えざるを得ないほどに因果関係の結び付きに難を示す場合もある。
そんな聡い領民たちへと事情を詳らかにしたうえで、奸臣・佞臣を排除するために軍を起こす。するとどうなるか? 民衆の怒りはその者たちへと向かうだろうし、甘い汁を吸うべくすり寄っていた連中も途端に離れるだろう。まして相手は百戦錬磨と名高きアルス軍の協力を受けた領邦主なのだ。まともな抵抗などできる筈もない。
無論、土壇場で離れるような相手を見逃す道理も無い。むしろ、民衆が逃がさない。自分たちの暮らしを良くしてくれると、そう信頼すればこそ領民が税を払っている面があるのは否定できないのだ。税だけ徴収しておいてそこについては何も考えていないとなれば、怒りが爆発して然りである。
特権に浸るあまりに『下』を蔑ろにする者は、定期的に現れる。残念ながらそれが現実だ。だからといって何もしないわけにはいかないので、件の連中には尊い人柱となっていただく。それにより『上』の連中も『下』を怒らせすぎればどうなるかを否応なく理解するだろうし、危機感を覚えざるを得ない。暫くは再発が防げるだろう。……アルスは冷静に冷徹な判断を下すのであった。
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事が終われば惨憺たる有り様であった。『血が流れていない場所はない』。平たく言えばそんな状況だった。
アルスはまず牽制代わりに、『リンガ・カーライルが新帝に対し身分詐称という不敬を働いたため、新帝軍で捕縛した』という情報を領邦内の各所に流した。
より詳しく言うならば――
一つ。新帝軍がブラギ侯爵子息による案内の下、北方領邦はブラギ領に入った際、ユルゲン元男爵の勢力が領村を奪うという事態が発生した。
一つ。事態を解決すべく新帝軍が情報を収集している折、ユルゲン元男爵領の官僚から接触があった。官僚はユルゲン元男爵の非を並べ立て、領内が新帝の庇護下に入ることを望んだ。その申し出は遠征の身である新帝軍にとってもありがたいものであり、新帝はこれを了承した。官僚らの協力によりユルゲン元男爵らの捕縛に成功した後は、その身柄を被害を受けたブラギ侯爵に預けた。
一つ。それから幾ばくかの日が流れた後、リンガ・カーライルが前触れもなく新帝軍を訪れた。公爵家の重臣と覚えていたために新帝は面会を許可したが、彼の人物は新帝に対し直轄下に置いたばかりの『旧ユルゲン領』を返還するように要求した。その際、麾下の統率が疎かになり自分たちで対処できず、結果として新帝軍に対処させたことへの謝罪もなければ、新帝軍が事前情報からリンガの爵位を勘違いしていることに対する訂正もなかった。
一つ。その最中、今度はクラリス・ステイシア公爵がブラギ侯爵子息を伴って新帝軍を訪れた。こちらも前触れはなかったが、新帝の級友にして重臣たるブラギ侯爵子息が同行していたこともあり、非を咎めるには至らなかった。火急や危急と判断した際には、それが許されるだけの権限を重臣は与えられているためだ。
一つ。新たに両名を加えた席の中、次から次へと新事実が判明した。クラリス・ステイシア公爵の家督継承もそうならば、リンガ・カーライルらの降爵もそうだ。……幸か不幸か、ブラギ侯爵子息は新帝軍に協力するべく長らく地元を離れて北西領邦を訪れていたこともあり、それらの事実を知らなかった。彼自身、ユルゲン男爵の身柄を伴って自領へ戻った際、客として自分を訪ねていたクラリス・ステイシア公爵から知らされることで、初めてそのことを知ったのだ。それを危急と判断した彼は、クラリス・ステイシア公爵を伴って新帝の許を訪れた。
一つ。新帝はクラリス・ステイシア公爵による訴えの全てを認めたわけではない。しかし、書類上ではあるがクラリス・ステイシアへの家督継承が既におこなわれており、準じて前公爵もそれを認めていること。これまた書類上ではあるが、クラリス・ステイシア公爵による降爵処理も既におこなわれていたのは事実である。その原本も確認した。……クラリス・ステイシア公爵がその事実を大々的に発表しなかったのは確かに問題ではあるが、『身の危険を覚えたためにその余裕がなかった』と訴えられれば、それを殊更否定することもできないのが事実である。実際、リンガ・カーライルの不躾な言動を鑑みれば、新帝は『クラリス・ステイシア公爵による訴えの信憑性と正当性は高い』と判断せざるを得ない。
一つ。以上を鑑みて、新帝は領邦内の統治が滞っていると判断、元凶たる奸臣・佞臣の討伐を決断した。
――これらを並べ立てて、領邦内にばらまいたのだ。
アルスは拡大解釈や曲解に基づく事実など一切広めていない。あくまでも実際に起こったこと、『新帝』としての立場からせざるを得ないことを並べただけだ。
これにより、まず領民の大部分が困惑した。縁遠いことであるのは確かだが、自分たちのトップに関わることだ。それが替わったとなれば、広く領邦内に伝えられて然りである。
しかし、それがなかった。クラリスがアルスの庇護下に入り、そのうえでなされた発表によって、初めて知ることとなったのだ。伝えられた当人を始め、事情を知る者は少なからずいる筈なのにも拘らずだ。
つまりそれは、事情を知る者らが揃って口を噤んでいたことに外ならない。
以前から怪しいところはあった。しかし、大半の領民には政治のことなど分からぬのが実情だ。だから見て見ぬ振りをしていた。……今回の一件でそれに火が点いた。
次に行動を起こしたのは、嫌々ながらも所属せざるを得なかった重臣派閥の面々だ。
理由がどうあれ派閥についた以上、主に裏切りを防ぐためであろうが、彼らもまたその手を非道に染めざるを得なかった。心底からの服従でなかったために重用されることはなかったが、罪の一端を認知し関与しているのは事実である。その事実を以て重臣の非を訴えたのだ。自爆行為に外ならないが、それはアルスらの追い風となり正当性を高めるに繋がった。
結果、重臣派閥は逃げ場を失った。一連の出来事により、領邦内の民衆全てが敵と化し、それは家族、側近、使用人の類に至るまで及んだのだ。これでは逃げられる筈がない。
それでも無理に逃げようとした者は、民衆による鉄槌を食らうことになった。その悲惨な末路は、戦に慣れていない者は元より、武勲著しいジャスターをして顔を顰めざるを得ないほどだった。……民衆を蔑ろにした結果がどうなるか、彼らは身を以て教えてくれたわけだが、こうなることを目論んだアルスとて目を背けたくなる有り様だった。
現在は後処理の最中である。
特に懲罰の判断が難しい。奸臣・佞臣派閥の者とはいえ、その全員に非があるわけではない。無いとは言えずとも、状況や立場的に仕方がなく、情状酌量の余地がある者もいる。……それらを調べるのは非常に手間だ。
無論、それだけにかかずらってもいられない。やるべきことは山のようにあるのだから。
さりとて、人手が足りないのも事実である。そんなわけで、アルスは『無罪』乃至は『罪が軽い』と判断された者も躊躇なく使った。働きを以て罪を償え、そういうことだ。
当然ながら該当者には厳しい眼が向けられるが、新帝の口から『それが罰となる』と言われては声高に非難もできない。
そんなある日のこと。アルスの許に一通の手紙が届いた。差出人はバッツ・ヘクトル侯爵。隣領――北西領邦の主だ。
彼にはとある頼みごとをしていたので、高確率でそれに関することであるのは間違いなかった。期待と不安を胸に、アルスは早速に手紙を読む。
「………………良くやった!」
手紙の最後まで目を通したアルスは、思わず声を上げていた。執務室内の出来事だ。当然、周囲からの眼が向けられる。
「すまん、驚かせたな。だが、ヘクトル侯爵がやってくれた。これで声を上げるなというのが無理だ」
軽く謝罪したアルスは、そのまま手紙を差し出した。言葉にはされていないが、『読め』ということは分かる。順次回し読みされていったが、誰もが誰も驚きや喜びの声を上げた。
「陛下、これは……!?」
「ああ。やはり連合の動きが不安なのでな、ヘクトル候に外交を頼んでおいたのだ。……連合とて帝国のゴタゴタには気付いているだろうし、俺が起ったことも知ってはいるだろう。だが、さすがに詳細までは知る由もない筈だ。そんな折に、永年牙を向け合っている帝国から使者が来た。その顔は知らないが、名はよく知っている。北西領邦を預かる帝国の重鎮だ。『さては停戦要求か?』、相手が思ったのはそんなところだろうな。この機会に攻め込んで領地を奪えぬのは残念だが、向こうの内情を鑑みれば高く買わせることもできる。ならば会わぬ道理もない。十中八九はそんな流れだろう、面会は叶った。……そもそも面会が叶わなければこちらの手も無駄になるところだったのだ。それを思えば、面会が叶ったのは運が良い。しかし、向こうにしてみればどうだったのかな? さすがにそこまでは、この手紙からは読み取れないな。残念だ。……ともあれ、いざ会ってみれば、相手は変わらぬというのに所属は変わっているときた。些細な様で、この違いは大きい。連合は帝国とは何度も干戈を交わしているが、新帝国とは一度たりとも刃を交えていないからだ。新帝国自体、帝国領の片隅に興ったばかりなのだから当然だな。にも拘らず、領邦を預かるほどの人物が『新帝』の遣いとしてやってきた。その目的は『一定期間の非戦の盟約を結ぶ』ことにある。……当然と言えば当然の要求ではあるが、向こうにしてみれば非常に難しい選択を迫られることとなった。一国家の王としても、連合の一員としても、迂闊には答えられない。普通に考えて、この短期間では不可能なほどに『新帝』はその勢威を広げていたからだ。よもや、領邦主がぽっと出の相手に既に降っているなどと誰が思おうか。だが、現実としてそれが起きている。……つまり、面会が叶った時点で、こちらは向こうの度肝を抜くことが確定していたに等しいのだ。向こうにしてみれば、どうしても新帝国に対し過大評価せざるを得なくなる。それは警戒心の向上にも繋がるが、畏怖にも繋がる。おまけに、電卓を始めホープスの産物を幾らか配らせたし、侯爵も行き来は四輪を使った筈だからな。その事実が、より畏れと警戒を呼ぶ。……結果として、連合は新帝国との非戦の盟約を呑んだ。これで国境の前線砦に新帝国の旗を立てておけば、攻められることがなくなったわけだ。無論、油断はできないけどな」
アルスは室内の面々に対して事の経緯を説明した。
言葉通りに油断はできないが、内実がガタガタな実情を鑑みれば非常に助かることに違いはない。これで喜ぶなというのが無理であった。
未だ先行き不安なことに違いはないが、多少なりと暗雲が晴れたことも事実である。それに気を良くした面々は、止まっていた手を再び動かすのであった。
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