第27話
旧ユルゲン男爵領は政務館の一室。そこにアルスアルス軍の幹部格、新帝派に属すこととなった北方領邦の貴族たちの姿があった。
とはいえ、双方さすがに全員ではない。収容だけならやってやれないことはないが、全員を集めるだけの、そして集まるだけの余裕はなかった。領内の運営も必要なら、北への備えも必要なのだ。この状態での実行は現実的ではない。
招集をかけたのはアルスだが、そこを考慮しない筈もなく、手紙には『領内運営を第一に考えたうえで、代表者を寄越すように』と書いておいた。
そうして集まったのが、室内にいるメンバーということだ。
さて。『始祖』の由来が由来故か、帝国法においては『一年=十二ヶ月制』が用いられており、日、月、火、水、木、金、土と週制度も同様だ。当然と言うべきか、公には日曜日が休日と定められており、祝日も存在する。
そのおかげもあるのだろう。前世の知識を有するアルスとしても、そこについては違和感なく過ごすことができていた。
まあ、あまりにも幼い時分や、一部の大人にとっては関係ないのも事実ではあったが。如何に公の休日が定められていたとて、一度に全員が休める筈もない。そんな真似をすれば国が立ち行かなくなる。それを思えば無理もない。
それでも、『上』が正式な休日を定めたおかげで、大部分はその日に仕事を休むことができているし、已むを得ず休日に勤めざるを得なかった者も後日に代替の休みを与えられている。
結局は『理想』と『現実』の折り合いだ。最低でも週に一日は休むことができているのなら、休みを与えているのなら、『上』も厳しくは言わないのが現実。
そして、そこについては新帝権でも変えるつもりはない。土曜日を休みにするにはまだ早い。
だが、変えない部分があれば、変えようと思っている部分もある。
「そもそもが、『始祖』たちは他の惑星からの移民だ。……天に浮かぶ星々の中には、ここと同じようにヒトが暮らせる環境が整っている場所があり、実際にヒトが住んでいる星もある。『どこ』と明確に言うことはできないがな。視界に入っている星の中にあるかもしれないし、ないかもしれない。それを調べるには、今の技術力では足りなすぎる」
集まった面々を前に、アルスは口を開いた。
「『始祖の遺産』=『ホープス』に収められていた日誌を読んでみたりもしたが、『始祖』が元居た惑星を旅立った理由は定かではない。ヒトが住めない環境になった可能性もあれば、人が増え過ぎて収容しきれなくなった可能性もある。まあ、日誌の全部に目を通したわけではないので、これも簡単に思いつく想像でしかない」
「むぅ。建国譚に曰く、『始祖は天より降り立った』。まさか真実だったとは……」
「然様。偶々それらしい遺跡があったから、それを話に組み込むことで特殊性の確立に利用した。そう思っておりました」
「あれだけ大々的に騒がれたのです。アルス殿が古代遺跡を目覚めさせたのは事実なのでしょう。しかし、それは帝室とは何の関係もなく、アルス殿の持つ『固有スキル』か何かに反応したものと……」
「それもあながち間違いではないな。俺には前世の知識がある。それも何の因果か、時代こそ違えど『始祖』の母星に関するものだ。……初めて件の遺跡を訪れた際、極端に前世を刺激される出来事があってな。思わず前世の言語を口にしてしまった。そして、遺跡はそれに反応したわけだ」
前世云々について、アルスは特に隠そうとは思っていない。家族や幼馴染に受け入れられたことが最大の理由だが、『ハイ』の種族について知ったことも一因だ。無論、新帝として起ったからには、その特殊性の確立に利用できるという面もある。
「でだ。こうして説明を聞いている諸君の中には疑問を覚えている者もいるだろう。已むを得ず不在の者もいるが、俺は『領邦における今後の統治について話し合いたい』と言って諸君を呼び出したのだ。その疑問は当然のものだな。だが、その話をするに当たり、知っておいてもらわなければならないことがあった。だから説明したわけだ」
そこまで言って、アルスは口を噤んだ。
これはある種の篩であった。今の説明と今後の統治についての関係性、その答えをこの段階で見出せる者がいるか調べるための。
簡単と言えば簡単だが、難しいと言えば難しい。だが、所々にヒントがあるのも事実。この段階で答えを示せるのであれば、ある種の力量証明にはなる。
アルスが答えないのを見ての反応は、大きく分けて二通り。焦れるか、答えを模索するかだ。当然、アルスが重用するのは後者である。
正直、この程度で焦れるようでは問題外と言ってもいい。何故ならば、ここに来ている時点で自領の運営に余裕がある筈だからだ。自領の運営に余裕がないのなら、ここに来られる筈がない。そのために、わざわざ『領内運営を第一に考えたうえで』という一文を組み込んだのだ。ぎりぎり人を寄越せる程度の余裕があったのかもしれないが、領内統治について話し合うと言っているのだから、内政の心得があるのは前提条件だ。
「意見を述べてもよろしいか?」
そんな中、挙手をした人物が一人。未だ年若い、二十歳前後と見られる男性だ。涼し気な風貌をしている。
「貴殿は?」
案内を出したのはアルスだが、全員の顔を知る由もない。どの家から誰が来たのかは知らされているが、顔と名前を結び付けるには至っていなかった。
「ああ、これは失礼。……そうですね、私自身、この場に集められた者の中には初見の相手もいます。まずは自己紹介から始めるべきでした。ジャスター・ミディアム伯爵です。これでも弓には自信があります」
その名はアルスも知っていた。『北方には弓の双璧あり。アウルとミディアムの狙いから、逃れられる道理はなし』とは、北部において有名らしい。北西領邦にまで知られていた。
だが、元々は『アウル』のみを謳うものだった。アウルは『弓聖』と謳われる家柄らしく、その血筋には弓の名手が現れやすい。……元はアウル自身が広めたに違いない。一種の喧伝目的だ。殊更に武勇と誉を謳うことで、相手を威圧する手法だ。地位向上に繋がればという期待もあっただろう。
双方共に元は連合の所属だったのだが、帝国の一員となった。である以上、所領も減らされたし、連合相手に戦わないわけにはいかない。それは仕方ないにしろ、元同胞に弓を引くのはさすがに憚られたのだと思われる。『攻められたら弓を引くしかない、だから攻めてくるな』……そんなところか。
まあ、願い空しくそんなことは起こり得ない。そして何の因果か、先代のミディアム当主がその弓で以て、連合相手にアウルに追随するほどの戦果を挙げた。
それを危惧したのか、それとも讃えたのか、アウルはミディアムへと娘を嫁にやった。そうして生まれたのがジャスターであり、その弓の腕は若くして先代に勝るとも劣らぬ技量を有していると聞く。アウル家との仲は良好らしく、嫡男とはライバル関係にあるとも。
そうした理由から、アウルを讃える文言にミディアムも加わったそうだ。
「貴殿がジャスターか。その弓の腕前については話に聞いている。頼りにさせてもらおう。……して、貴殿は俺の話と今後の統治をどう結び付けた?」
「確証があるわけではないが……『文化』ではないかと思っている」
「ほう? 文化とな」
「ああ。皆も知っての通り、我が領は元々連合の一角だった。それが帝国に併呑されるに当たり、変わったこともあれば変わらぬこともある。まあ、変わった部分については、『変わらざるを得なかった』というのが正しいだろうな。……そして、変わったものの中に『教育』がある。教育は確かに重要だが、帝国に加わる前は上流階級のみが独占していたと聞く。それを最低限とはいえ平民にまでおこなうというのだから、当時は相当な困惑があったらしい。だが、帝国に従ううえでの条件だったこともあるが、戦の中で人が減ったことも大きい。困惑はあれどやらざるを得なかった。最初のうちは意味が分からなかったらしいが、時間が経つにつれて効果を実感したそうだ。文武の違いはあれ、血筋や家格に拘っていては得られぬ戦力を得ることができたのだ。当時を知る老人連中は口を揃えて言っている。『屈辱ではあるが、帝国に従ったのは間違いではなかった』とな。……一例として教育を挙げたが、事は教育に限ったことではない。銭の収入と支出の計算、今となってはこれに欠かせぬ物がある。以前は算盤、現在は電卓だ。そして算盤についての出所は知らぬが、電卓の発祥は『始祖の遺産』だ。既に私たちは、身近なところで大きな影響を受けているのだ」
ジャスターの言葉に、皆がハッとした。それを横目にジャスターは続ける。
「付け加えれば、『始祖』は移民だったと言う。ならば、移り住むだけでは終わりと言えないだろう。時間はかかれども、元々の自分たちのルーツを伝え、後世に遺す必要がある筈だ。……しかし、できなかった。いや、できなかったわけではないが、その規模は小さくならざるを得なかった。技術の格差もあるが、肝心の情報が書かれた書類を箱から取り出せなかったのだ。この言い方が正しいかは分からないが、話から推移するにそう的外れではないと思う。人は病になり、家も損傷する。その果てに失伝した事柄は枚挙に暇がないのだからな。……その一方、病から回復しないわけではないし、損傷度合いによっては直すこともできる。始祖もそれを期待したのではないかな? そして永い年月の果てにアルス殿が復活させるに至った。言わば、アルス殿は『始祖』の遺志を継いだのだ。ならば、それを叶えるために努力せぬわけにはいかないだろう。まして、今のアルス殿は『新帝』として起ったのだ。努力するにも、その規模は拡大したと――せざるを得なくなったと考えるべきだ」
「そして我が領邦ですが、領邦主たる私が持つのは肩書だけで、実績も実権も無いに等しい状況です。これを正すには奸臣や佞臣の類を排除するしかなく、その中には重臣もいます。つまり、排除できたとしても人材不足に陥るのは間違いなく、領邦全体が今以上に弱体化します。心意気だけで実務を熟せるなら、何の苦労もありませんしね。……それを思えば、新たな秩序をねじ込むには打ってつけと言えるでしょうが、その分だけ困惑や混乱が生まれるのは目に見えています。新帝陛下とていつまでも留まってはいられないでしょうし、そこを狙って連合が動かない保証はありません」
ジャスターの言葉をクラリスが補足し、それにより全員が理解の色を浮かべた。
「ま、そういうことだな。当初はそこまで深く考えてはいなかった。――と言うよりは、その余裕がなかった。だが、西方にて村興しをすることがあったんだがな、良い機会と思ってホープスに収蔵されていた情報を頼りに奇を衒った建築物を導入してみたんだ。途中経過を確認して、完成を見ることなく後にしたわけなんだが、その時点での評判は悪くなったと思う。……そうして、落ち着いた頃合いに気付いたんだ。俺のやったことは、新たな文化の侵食・着床に他ならないと。しかし、それに気付いたとて今更どうして止められる? 既に勢力圏外にまで影響を及ぼしていたんだ、圏内はその比じゃない。一度利便性に慣れてしまった人はそこから離れることを嫌うだろうし、ホープスに宿る意思『エクシード』が止めることを許さないと思う。エクシードはこちらに色々と協力や配慮をしてくれてはいるが、その根底にはそれがあるだろうことを否定できない。目覚めた以上、実現を目指さない道理はないんだ。……まあ幸いなのは、俺もそうだが完全支配までは望んでいないことだな。文化を広めるにしろ、緩やかな同化、融和を目指している」
痛む頭を押さえつつ、アルスは言った。
強権を振りかざし、好き勝手にやることができたなら、それはそれは楽だろう。だが、現実には難しい。ヒトは理のみで動く生き物でなければ、情のみで動く生き物でもない。理と情が複雑怪奇に絡み合い、時と場合によって優先する事柄も変わる。
「まあ、環境の問題もあるのでな、一度に何でもかんでもとはやれん。困惑・混乱・反感を考慮すれば無理強いもできん。だが、やらねばならんのも事実だ。……つまり、この会合の目的は『話し合うことで実現可能な範囲を探りつつ、どのように段階を踏んで実行していくかを模索しよう』というものだ。当然ながら、今回限りで終わるとは思っていない。本格的な開始は、俺が帝国全土を勢力下に置いた後になるだろう。……だがそれはそれとして、早く決められることがあるならそれに越したことはない。電卓然り、現状でも受け入れられる物は問題なく受け入れられているからな。……それに土地柄、風土柄というのもある。正直に言うが、俺はこの領邦のことについてあまり詳しくはない。あれをしろこれをしろと言うのは簡単だが、それが有益であってもこの地に向いているかまでは分からんのだ。そこら辺を判断するには、どうしたって諸君らの協力を仰がざるを得ん。……簡素ながら、方向性の提案と、すぐに配布できる物を用紙に纏めておいた。もっと詳細に知りたければ、ホープスに問い合わせてもらうことになる。諸君にはこれに目を通してもらい、この領邦において何が必要なのか、何が向いているのかを考え、答えてもらいたい。内容次第ではあるが、縮小せざるを得なかった文化の復興でも構わんぞ。特に元連合のお歴々にはそういったものもあるのではないかな? 『新帝』としては、それもまた重要なことだ。言葉を飾らずに言えば、『人気取り』をしなくてはいけないからな。……無論のことこちらが強制するものもあるが、大抵はそうして挙げられた提案を基に実現可能な事柄を模索、実行していくことになるな」
あまりに率直にぶちまけたからだろう。アルスの言葉を聞いて呆気に取られている者も少なくはない。
だが、何でもかんでも勿体づければいいというものでもない。
特に今回の議題は、アルスだけではなく領邦全土に関わってくる。未だ互いの事情も為人も良く知らぬ状態だ。勿体づけても碌なことにはならない。ある程度胸襟を開く必要があるのは事実だ。
そんなアルスの態度が功を奏したのだろう。その日のうちにチラホラと意見が挙がるのであった。
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