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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
29/49

第26話

 前提として、有力者との結び付きは大切だ。互いの格差や力量差によってその形は様々だろうが、何よりも重要なのは『結び付いた』という事実が対外的に発表されることにある。

 例えば、支配する側とされる側。

 される側の感情としては屈辱に支配されることもあるだろうし、果たすべき義務もあるが、その代償として支配者による庇護を受けることができる。護ってもらえるのだ。この事実は大きい。

 その反対に、支配する側は事ある毎に庇護しなくてはならないが、対外的に自分が『上』だと知らしめることができるし、『税』という形で定期的な収入を得ることもできる。

 分かりやすく言えば『ノブレス・オブリージュ』だろう。『高貴なる者が果たすべき義務』などという意味合いを持つが、これは双方に言えることなのだ。決して一方的なものではない。『支配』と『庇護』は表裏の関係にある。

 互いの関係性によってそれを表す言葉や寄りかかる比率も異なってくるが、重要なのはバランスだ。

 このバランスが適切に守られている限り、その関係性は盤石なものとなるだろう。反面、このバランスが崩れた際に何が起こるかは歴史が証明している。日本人に馴染み深いところだと、中国の『三国志』や日本の『戦国時代』だろうか。まあ、これは最大規模のものだろうが。

 ともあれ、ステイシア公爵家もまたこの例に洩れない。地盤を固めるため、影響力を高めるため、支配力を強めるため、枝葉を広げるため……その理由は様々だが色々とおこなってきた。当然、有力者との結び付きもその一つ。

 その中において、一番手っ取り早く済むのは婚姻である。親族・血族の仲間入りをする。これほど分かりやすい関係もそうはあるまい。『政略結婚』という言葉もあるくらいだ。

 だが、前述の通り重要なのはバランスである。この世の中、変わらぬものなど無い。『影響を与える』というのは、『影響を受ける』ということを意味してもいる。それを忘れて関係性を維持する努力を怠れば、パワーバランスが逆転することも珍しくはない。

 ステイシア公爵家もそのクチだった。気付いた時には家臣が力を持ち過ぎていた。カーライル家を始め、重臣・忠臣の中にはステイシア公爵家と血縁・親族関係にある家も珍しくはない。力を振るうに値する理由はあるのだ。

 これで家臣としての分を弁えているか、力を振るうに相応しい能力があれば話は別だったのだろうが、残念ながらそうではなかった。

 卵が先か鶏が先か。ステイシア家の当主とて、英邁な人物ばかりではない。嫡男への継承を念頭に置かれた運営は、それだけ臣下による補佐を必要とし、その分だけ臣下の力を高めるに至ったのだ。

 如何な忠臣とて、その回数が重なれば重なるほどに、時代の流れの中、権力欲に憑りつかれたとしても不思議はない。

 それ故にか、時のステイシア公は継承についてメスを入れることにした。公爵家ともなれば正室以外に側室もいる。場合によっては妾だっている。生まれる子供はそれだけ増えるだろうし、可能性と期待性もそれだけ広がるのだ。英邁な子が生まれてもおかしくはなく、その子を当主に据えるとなれば説得力もある。基本、誰だってデキの悪い人物よりはデキの良い人物に率いてもらいたいものだ。

 だが、公爵家の『実』を保つためとはいえ、所々に無理が出たのも事実である。必ずしも正室の子、それも長男として生まれてくるとは限らないのだ。必然、側室や妾の子もいれば、次男や三男、それ以降ということもあった。実際、今は女性のクラリスが当主の座に就いている。

 最低限の『理』はあるが、最低限でしかないのも事実である。当主の言ではあるし説得力もあるとなれば、表向き賛同する者は多かっただろう。しかし、果たしてその心中はどうだっただろうか? 心から賛同する者もいただろうが、不満を覚える者もいただろう。結果として、周りの感情にしこりを残す形となった。

 周りが進んで協力してくれなければ、如何に当主が英邁な人物とてやれることには限りがある。ブラギ家に対する扱いにも、その一端が表れていた。


「当然ながら、継承制度を変更した後も、カーライルを始めとする重臣や忠臣は定期的に娘を送り込んできました。それは以前からもおこなわれており、こちらが娘を送り込むこともありました。それ故の親族・血族という結び付きの強さこそが、彼らの強さの源とも言えましょう。同時、更に臣下の力が強まるのを危惧したとて、急に取りやめることはできません。……仮にですが、そうした力ある家臣との間に当主となる人物が現れれば、ここまで拗れることはなかったのかもしれません。いいように操られる危険性は否定できませんが、逆に向こうを操ることができた可能性も否定はできないのですから。……ですが、実際に当主となったのは、側室の中でも末端の人物や、妾との間に生まれた子が大半です。父親の力が低下し続けている一方で、母親の力もまた弱い。これでは……」


 苦悩を露わにして語るクラリスだったが、最後には悲嘆の色が強くなった。言わんとすることは、嫌でも理解できた。


「事故死や病死が相次いだか……」

「はい。その真実は分かりません。確実に分かるのは、ただ『死んだ』という事実のみ。裏に何者かがいることを訝しんでも、証拠も無しには責められません。それに、真実『事故死』や『病死』だった可能性も否定できません。普通に考えて、当主というのは重責ですから。名分だけを得てほぼほぼ逃げ回っていた私と違い、先達は実際に当主として務めていたのです。状況を鑑みるに、その心労や過労は常の比ではないでしょう。ポックリと逝ってしまっても不思議はありません」


 そうなのだ。馬鹿ならば当主という座に胡坐をかき、統治状況など然程気にすることもなく、程々に人生を楽しむことができたのかもしれない。

 だが、実際に当主となったのは英邁な人物だ。なればこそ、統治状況には気を配っただろうし、改善案についても頭を悩ませた筈だ。結局のところ、当主としての『実』を示さなければ誰もついてこないのだから。

 そしてそこに、後援の弱さが拍車をかけた。『力ある家臣は、自分が当主であることを快く思っていない。だからといって、親の家は力が弱い』。……当時の当主の心境を言葉にするならこんなものだろう。

 そんな状況で当主としての実績を示さなければならないのだから、無理に無理を重ねてもおかしくはないのだ。

 そういった事態を防ぐために帝国法があるのだが、誰もが誰も厳格に守っているわけではない。頂点が遵守し、配下にもそれを強制させる。その土台があって、初めて法は『法』として機能するのだ。

 その一方、あまりに法が厳格過ぎても、それはそれで息苦しいだけだ。自国の繁栄が狙いなのだから、活気が失われてしまっては意味がない。それ故に、網の目の如く『穴』が用意されているのが実情だ。そして、その『穴』を悪用する輩が後を絶たないのも。


「無論、こんな事態が続けば『上』だって訝しみます。実際、時の陛下の命により使者が遣わされたことも記録には残っています。……ですが、前述の通り、死因が人為的なものだという証拠はありません。また、こちらはこちらで大事として取り沙汰されることにより立場を失うのを忌避すれば、使者も使者で好き好んで面倒事の真実究明に乗り出そうとはしません。結果として、注意勧告で終わったそうです。それにより当主の早死にが減ったのは事実ですが、無くなったわけではありません。多少マシになった程度です。こちらが『上』の介入を忌避したのも事実ですが、これでは『上』を『頼り無し』と捉えても不思議はないでしょう?」

「それはまあ、なあ……」


 アルスは弱々しく同意するしかできなかった。

 言葉にするなら、『上に立つ者ならこちらの心情を慮って行動し、結果を出してみせろ。それができないのならしゃしゃり出てくるな』と言ったところか。

 普通に考えれば無理難題もいいところだが、人間とはとかく利己的なものだ。自分がやるのは忌避するくせに、他者にはそれを求める傾向が強い。

 まあ、その難度が高ければ高いほど、それを果たした側が心服されるのも事実ではあるのだが。そして、情勢や状況の違いはあるだろうが、先達はそれを実際にやったから今の帝国があるのも否定はできない。

 つまり、今からするとかなり以前の時点で、帝国に対する北方領邦の忠心が下がっていたことを意味している。


「当主の早死にが減ったからと言って、統治状況が安定するわけでもありません。『上』からの注意があったためにこれまた多少マシになったのは事実ですが、劇的な変化は望めません。つまり、パワーバランスもそのままです。勿論、『下』の不満も……」

「当主を生んだ側室や妾、及びその親族か……」

「ご明察です。周りがもっと協力していれば、子は、孫は死なずにすんだ。そういった思いが生まれるのは如何ともし難く、状況に改善の兆しが見られないとなれば尚更です。だからといって、声高に不満を叫べば叩き潰されます。『下』の者たちは不満を押し隠すしかありませんでした」


 解消されぬ不満は憎悪となり、子へ、孫へと継承されていったのだろう。その矛先をステイシア公爵家へと向ける者もいないではなかったが、大半はその周りへと向けた。子を、孫を喪ったのは、公爵家も同じだったからだ。むしろ、だからこそ臣下の分を弁えなかった者たちへと怒りが向くのは道理だ。


「そんな折に、第一皇子が事を起こしたか……」

「はい。当然ながら、その情報が入ってきた時には我が領も混乱しました。ですが、だからこそそれに付け込むのも容易でした。父親を始め、兄弟姉妹も私に協力してくれましたからね」

「ほう? 父親だけでなく兄弟姉妹も協力したか。……まあ、無理もないか。当主たる重み、それも小領ではなく一大領邦を預かる領邦主だ。僅かなりとその重みに想像がつくのなら、進んで当主になろうとはすまいよ。権力欲だけで当主の座を求めるのは馬鹿のすることだ。……『新帝』を称して起ったばかりに、俺もヒイコラ言っている。当初の予定ではレオンハルト皇子が旗頭になる予定だったのだがな、混乱著しい現地の様子を見て、それではダメだと判断された。俺もそう思った。だから代わりに俺が起った。幸いと言うべきか、俺には名分があったからな」


 話をしていて、アルスは不意に自分が起ち上がった時のことを思い出した。


「『始祖の再来』……ですね? 未だ途上ではありましょうが、それでも現時点で判断すれば、その選択は正解であったと思います。……判を押さえ、継承書類の原本を押さえ、そのうえで家を飛び出すのが当時の私には関の山でした。その後は力の弱い親族の間を転々としながら、私に味方するように説得を続けていました。ですが、上手くいきません。その後の報復を思えば、彼らが二の足を踏むのも無理はないでしょう。そしてその間、当主となった私が家を飛び出したからでもあるのでしょうが、ステイシア公爵家が事態を受けての方針――すなわち、変わらず皇帝を支持するか、第一皇子にお味方するか、はたまた別の選択肢を選ぶのかを発表することはありませんでした。……新帝陛下の噂が聞こえてきたのはそんな時でした。そしてそれにより、私たちには第三の選択肢を選ぶ余地が生まれました。不満と憎悪を抱えながらも彼らが行動を起こすのを躊躇うのは、彼我の力量差が原因です。『報復を凌ぎきれるほどの力強い庇護者を得られるのなら、反旗を翻すに躊躇いはなし』。言質も取れば血判状もいただいています」


 クラリスが新たに書類を差し出した。それには何人もの名前と血印が捺されていた。


「まあ、そうは言っても、私たちは新帝陛下のことを噂でしか知らぬのも事実です。そんな折、ブラギ候の御子息が新帝陛下のご学友だということを誰かが言い出しました。かと思えば、自分の知り合いにも学友がいるという声が。それに同意する声も次から次へと。……そんなわけで、文章は未記入のまま先に血印だけ捺して、該当者へと話を伺いに行ったんです。向こうも突然の訪問に困惑してましたが、話自体は快くしてくれました。むしろ、地の利があるということで情報収集を引き受けたはいいものの、上手く情報が集まらなくて困っていたとのことです。同時、『人手はいくらあっても困ることはない』とのことで、私たちが協力するならありがたいとも。その後は彼を道先案内人にして該当者の許を転々としました。そして、最後に赴いたのがブラギ候の許です」

「まあ、当初の予定とは違っちゃったから、その分だけ待たせてしまったけどね。ともあれ、ユルゲン男爵領を接収したのを見届けて帰宅した僕は、来客がいることを知らされ、ステイシア公たちを紹介された。その後は情報交換と文章の作成をおこなったわけだけど、一段落して気分が落ち着いたのが原因だろうね、彼女から家臣の誰かがアルスとの接触を図る可能性を指摘されたんだ。まあ、御尤もだと思ったよ。僕自身、カーライル家が降爵されていたことをそこで初めて知ったんだから、アルスたちが知っている可能性は低い。場合によっては何かしらの言質を取られてしまう可能性もある。そんなわけでトンボ返りしてきたわけだ」

「そういうことか……。おかげで助かったよ。扱いに困っていたからな」


 二人が揃って訪れた理由も説明され、それに納得を示したところで、改めてアルスは書類に目を落とした。

 それを読めば、なるほど、同期生たちが作成に協力しただけはある。これで領民や小領主たちの協力を得られるのなら、アルスとしては十分に許容範囲だ。


「俺としては問題ないが、そちらは大丈夫なのか? 判だけ先に圧して、文書は後乗せなんだろう? 俺は嫌だぞ、協力を表明した後でごねられるのは」

「その心配が皆無とは言えませんが、おそらくは大丈夫だと思います。私含め数人で確認しましたし、そのうえで納得もしています。そもそも、自分たちだけではできないことなのですから、要望ばかりを言ってられません」


 アルスの懸念に対し、クラリスは断言を避けつつも『問題ない』と返した。クロードも頷いている。


「問題なのは、事が片付いた後です。理由がどうあれ、領邦主家の重臣がいなくなるのです。私自身、当主としての『実』はないので、統治に差し障りが出るのは確実です。親兄弟の補佐を受けてもそれは同じでしょう」


 それもまた問題だった。今までの領邦と違い、クラリスは領邦主として若すぎるし経験も無さすぎる。本人がそれを自覚しているだけ救いだが、こちらの勢力下になる以上、何らかの手当は必要だ。


「すまないが、そこについてはすぐに結論を出せそうにない。如何せん状況が難しすぎる。配慮はするし、近いうちに結論を出すつもりだが、領邦主が替わることも視野に入れておいてくれ」


 アルスは、そう返事をするのが精々だった。

 重臣を排除することで風通しは良くなるだろうが、領邦主を補佐する以上、後釜に座る人物には相応の能力が求められる。だが、それほどに能力のある人物が果たしてどれほどいることか。同期生ならば問題ないが、クロード以外は元々の爵位が低いのがネックとなる。

 ブラギ候を領邦主とするのも一つの手だが、ブラギ領は連合との前線に過ぎる。自領だけならともなく、領邦全体を見るとなれば安定統治は難しいだろう。

 領邦主はステイシア家のまま、自分の信の置ける人物と婚姻させるのも手だ。しかし、現実的には難しい。地盤があり、釣り合う爵位もあるとなればクロードくらいしかいないのだ。他の同期生だとどちらかが不足する。

 そのうえ、二家を併合させるとなれば領土が広くなりすぎる。

 併合させないとなれば、ブラギ家には長男であるクロードの他にも弟がいるので、どちらかをステイシア家に婿入りさせることもできないではない。しかし、それはそれで問題がある。クロードが婿入りするならブラギ家の統治に支障が出かねないし、弟が婿入りするなら齢の差婚になりすぎる。

 あちらを立てればこちらが立たず。中々に厄介だ。

 それでも、近いうちに結論を出さなくてはならない。いつ北が攻めてくるとも分からない状況なのだ。グズグズとしてはいられない。

 難しい問題に、アルスは頭を悩ませることとなった。

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