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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第25話

「アルス殿にお聞きしたい。貴殿が『新帝』を称していることは知っているが、如何なる理由があって我が領邦の領土を奪い取ったのか。我が領邦は公爵家が皇帝陛下より預かりしもの。貴殿もクサナギ公爵の子なのだ。それを奪い取るというのがどういう意味を持つのか、知らぬわけでもあるまい」


 そんなことを宣ったのは、北方における領邦主『ステイシア公爵家』の重臣、リンガ・カーライル伯爵だった。

 何というか、セリフだけなら一見筋が通っているのだが、その眼が、態度が、アルスを見下していた。そもそも、アポイントも無しに押しかけてきて言うようなことではない。本来ならそのままお帰り願うところだったが、領邦主の重臣ということもあって面会することにしたのだ。

 その結果がこれである。……アルスの機嫌は一気に急降下した。

 帝国全土とは比べ物にならずとも、領邦は広い。それを滞りなく治めるには、民心もそうだが現地で統治を代行する領主の心も掴まねばならない。そして、差配を代行させるに値する能力があるか、確と見極めねばならない。

 当然ながら代行者の責任は大きい。それ故に、その立場を保証するものが必要となる。それが『肩書』だ。代行者の自由裁量権が強ければ『領主』、限られたものであれば『代官』として扱われる。

 その点で鑑みれば、リンガは貴族であっても領主ではない。ステイシア公爵の統治運営を補佐するために爵位を与えられた者――法衣貴族の家系だ。

 ただ、直接の責任者ではないといっても、領邦全体の運営補佐だ。その責任と権限は大きく、場合によっては麾下の領主貴族をも上回る。

 そうして、実際に領地の運営に携わってきたという自負が、この男は大きいのだろう。先のセリフの中にあった『我が領邦』という言葉にも、それが表れていた。


(なるほど。血統に胡坐をかいているだけの低能か)


 アルスは心中で毒づいた。それでも、『無能』とは言わない。

 まあ立場の違いもあるのだろうが、領邦全体を客観的に捉えると、とてもじゃないが偉ぶれるものではない。問題が分かりやすい形で表に出ていないだけで、内実はいつ爆発してもおかしくはない爆薬庫みたいなものだ。先のユルゲン男爵の行為もその一角と言える。

 その責任をすべて押し付けるわけにもいくまいが、領邦主がきちんと統制を利かせていれば起こらなかった問題でもある。その点で言えば、補佐の責任も大きいだろう。

 第一、アルスがリンガとの面会を許可したのは、謝罪があると思ったからだ。『麾下の統制を利かせられなかった。取り急ぎその不明を詫びる』。そういうことであれば、アポイントがないことにも、重臣が派遣されてきたことにも筋は通るからだ。

 ところが、蓋を開ければこれである。……領邦主が、この『重臣』の実態を把握しているのか否か。それ次第では領邦主の評価も分かれる。

 往々にして柵というのは面倒臭い。短期的メリットとデメリット、長期的メリットとデメリット、それらを秤にかけた結果、動けないことはままある。

 領邦主にしてみれば、長らく自家に仕えてくれた忠臣の家系なのだ。実際にそれだけの功績と能力を示してきたからこそ『重臣』として扱うし、周囲もまた『重臣』として見做す。

 その事実がある以上、いくら当代の主が低能とはいえ、果断な対処をするには差し障りがある。次代には期待ができるかもしれないし、これまでの恩もあるからだ。それは領邦主個人の考えではなく、領邦内の貴族に共通した意見となるだろう。

 領邦主がこれからも統治を続けていく以上、あまりに果断な対処をすれば周りにそっぽを向かれる。そっぽを向かれれば、統治などやれたものではない。

 その危惧があるために決断が下せず、そのままズルズルと後を引いていく。そして、いざ対処をしようとした時には時間が経ち過ぎていて、尚更実行が難しくなる。……特に珍しいことではない。

 アヴァロン帝権とブルーアース帝権は、帝権保証の根幹が同一だ。『始祖の特殊性』。これに尽きる。

 アヴァロン帝権が血統に依ってこの特殊性を謳っている一方で、永らくの間誰も目覚めさせることができなかった『始祖の遺産』を目覚めさせたアルスには、『始祖と同じ特殊性がある』と周りは認識している。

 その事実があってこそ、割かしすんなりとアルスに味方する帝国貴族が多いのだ。その事実がなければ、こうもすんなりと進むことができてはいない。

 しかし当然ながら、貴族の誰もが誰もアルスに味方するわけではない。中には何やかんやと言い分を用意して、アルスに敵対姿勢を示す者もいる。本人に自覚があるのかはともかく、リンガもそのクチだ。


(さて、どうしたものか?)


 僅かにアルスは判断に迷う。如何せん情報が足りていなければ、諸々の準備も足りていない。揚げ足取りでやり込めることは可能だろうが、その後を考えれば上手くない。男爵領を奪ったことに対する報復措置として軍を起こされれば、果たして対処できるかどうか。


(いや、それは今更か?)


 しかし、そこまで考えて思い直した。こちらが辞を低くしたとて、この手の輩はつけ上がる一方だ。元より無礼千万な振る舞いが目立つ相手だ。必要以上に我慢してまで相手を立てる必要はない。

 そう判断したアルスが、リンガをやり込めようとした瞬間だった。室内にノックの音が響き、部屋の見張りが入ってくる。

 相手次第ではあるが、来客中は邪魔者が入らぬように見張りを置くのが一般的だ。アルスもまたその例に洩れぬ扱いをしたわけだが、当然ながら見張りが邪魔者となっては意味がない。必然、見張り役にはそのことを周知徹底させている。

 それを踏まえたうえで入ってきたのだ。只事ではないだろう。


「失礼。……何かあったか?」


 礼儀としてリンガに一言謝罪し、見張りに用件を促す。畏まった見張りは、アルスの耳元で囁いた。


「……なに?」


 思わず、アルスは訊き返した。それも無理はないだろう。見張りはこう言ったのだ。


「ステイシア公爵が訪ねてきております」


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 新たな来客を迎えた室内には、奇妙な緊張感が漂っていた。

 席次もおかしい。アルスとリンガが向かい合っている。元々訪れていたことを思えば、これは何もおかしくない。しかし、二人の間、まるで三角形を作るかのような位置に、新たな来客であるクラリス・ステイシア公爵と、彼女に同伴してきたクロードが座っている。普通に考えれば、クラリスはリンガの横に、クロードはアルスの横に座るか後ろに立ち控えるかのどちらかだろう。


「改めまして、アヴァロン帝国北方領邦を預かるクラリス・ステイシアです。何のお伺いも立てずの突然の訪問にも拘らず面会してくださり、そればかりか席次についてもこちらの要望を呑んでいただき感謝いたします」


 場が落ち着いた頃合いを見計らい、クラリスが挨拶をして軽く一礼した。アルスたちほどではないが、未だ若い。二十歳になったかならないか、そんなところだろう。

 クロードとクラリスの両名が顔を出した時には、多少のドタバタがあった。クラリスはリンガが訪れていることを知らず、リンガもまたクラリスがくるとは思っていなかったように見受けられた。

 アルスがクラリスの訪問を受け入れたのには、状況に奇異を感じたのが主な理由である。主人と重臣、両者の間できちんと意思疎通が図られているにしてはおかしすぎた。しかも、両名共にアポイントも取らずの訪問だ。……これで勘繰るなと言う方が無理だ。

 そんな理由が根底にあったから、ステイシアの要望も聞き届けた。また、アポイント無しはどちらも同じだが、彼女の場合はクロードを同伴していたことも大きい。アルスにしてみれば、その一点だけで彼女の方へと比重が傾く。


「気にしなくていい。こちらとしても、状況に奇異を感じていたのでな。アポイント無しに領邦主の重臣が訪れたと思ったら、今度は当主までやってきたのだ。これで疑問を覚えるなと言う方が無理なのは分かるだろう?」


 クラリスの言葉に、アルスはその心情を詳らかにして返した。言外に『そこら辺についてもきちんと説明しろ』と言っている。


「当然でございますね。ですが、どこから説明をするべきか……」


 そう言って、クラリスは俯いた。事情を説明するに当たり、その内容と順番を整理しているのだろう。

 その間にもリンガが口を開こうとしたが、アルスは目線でそれを黙らせた。

 普通に考えて、主が話そうとしているのに家臣がそれを邪魔立てするなど言語道断だ。リンガに対しては『低能』と判断していたが、それが更に浮き彫りとなった形になる。


(カーライル伯爵家はステイシア公爵家の重臣と聞いていたが、真実は違うようだな。或いはこの男だけなのかもしれないが、ステイシア公とは大分確執があるようだ)


 アルスが心中でそんな判断を下した頃、俯いていたクラリスが頭を上げた。


「お待たせいたしました。迷いましたが、まずは新帝陛下の心得違いから正そうかと思います」

「心得違い? 何か誤って覚えていることがあったかな? そうであるなら、構わない。是非教えてくれ」


 クラリスの言に対し、アルスは疑問を露わにしつつ、笑って続きを促した。普通の王侯貴族なら怒り心頭になるのかもしれないが、そこはアルスである。無駄に高いプライドなどはなく、真実そうだった場合の被害に頭が向く。

 往々にして、誤った理解からは誤った解しか生まれないものだ。誤りに誤りを重ねた結果として正解に辿り着くこともあるが、それが起こる確率は小さい。

 アルスの態度が意外だったのだろう。クラリスは僅かに呆気にとられたが、クロードから促されて口を開いた。


「正確に言うと、まったくの間違いではありません。ですが、些か旧うございます。有体に申しますと、ステイシア家の家督と実権を私が握った時点で、カーライル家は重臣から外されております。今までの働きを考慮して改易こそしておりませんが、降爵はしております。今のカーライル家は男爵位にあります。写しではありますが、一連の書類はここに……」


 そして、笑顔のままそんなことを宣った。鞄から幾つかの書類も取り出す。

 それに対しては、さしものアルスも呆気にとられた。短い言葉の中に重要な情報がありすぎたのだ。


「はあ!? ……いや、すまない。少し整理させてくれ」


 期間が短いとはいえ、アルスが調べた中でそんな情報はなかった。クロードも知らなければ、オーギュらも知らなかった。つまり、それだけ表沙汰になっていなかったことを意味している。


(そんなことが有り得るのか? ……いや、一斉蜂起にタイミングを合わせればやってやれないことはないか。判を手中に収めたうえで専用の書類さえ用意すれば、体裁を整えることは可能だ。しかし、内実を知られなければ誤魔化しようはある。書類だけ用意して、安全のために出奔でもしていたか?)


 極々低い可能性ではあるが、有り得なくはない。少なくとも、頭から切って捨てることはできなかった。


「書類を確認させていただいても?」

「どうぞ」


 痛む頭を押さえ、アルスは書類を受け取り目を通す。間違いなく、公爵家の当主を変更する書類とカーライル家の降爵を表す書類だ。書類は他にもあり、降爵や改易を食らっている家が複数存在することが分かる。

 なるほど、これではカーライル伯爵家も大々的には動けない。誰が知っているかも定かではなく、判と書類の原本をクラリスが抑えている以上、クラリスがその気になれば幾らでも写しをばら撒かれる。

 永年の重臣として影響力はある。だが、その立場を減じられたことに違いはない。この事実を知る対象が増えれば増えるほど、カーライル家から離れる者も増え、それに伴い影響力も減少していく。

 カーライル伯爵家がどのように動こうと、クラリスにとっては構わなかったのだろう。何せ、彼女自身の地盤が弱いことに違いはないのだから。カーライル伯爵家の出方次第で、打つ手を変えれば良いだけだ。相手を引き摺り下ろすか、自分が力を蓄えるか。極論すればその二択でしかない。


(身軽であればあるほど、機敏に動けるのは道理だ。だがその一方で、その分だけ危険も大きくなるし、貴族としての体裁も捨てて動くことになる。しかし、それを躊躇いもなくやってのけるとは……。この女性、見かけによらずやり手だな。そして、このタイミングで俺への接触を図る。準備が整ったのか、或いはチャンスが到来したのか。どちらにせよ、こちらが巻き込まれるのは間違いないか……)


 アルスは冷静に思考を回らせる。


「なるほど。確かにステイシア公のお言葉に間違いはないようだ。……しかし、だとすると妙なことだ。リンガ殿、貴殿はいったい何をしに私の許を訪れたのだ? 当初、私が貴殿との面会を許可したのは、貴殿がステイシア公の重臣であるが故に、公の名代として麾下の統制不足を謝罪するためだと思ったからだ。むしろ、そうとでも思わなければ会うわけがあるまいよ。……だというのに、その口から真っ先に出たのは謝罪ではなく、不当に奪った領地を返せというもの。呆れもしたし、カーライル伯本人なのか疑いもした。判断に迷った折、今度はステイシア公本人が訪れた。そうして話を聞けば、私の知る事前情報とは全く異なった実情を知らされた。こうして、それを裏付ける書類もある。……もう一度聞く。リンガ殿、貴殿はいったい何をしに私の許を訪れたのだ? しかも、爵位の詐称付きだ。生半な理由で許されることではないぞ」


 クラリスとクロードへの説明も兼ねて、アルスは懇切丁寧に話した。リンガに対する不信を隠すことなく、戦意も露わに睨みつけるオマケ付きだ。

 リンガは上手く答えることができない。爵位を詐称したことには間違いなく、何を言っても状況が良くなることはないからだ。……まあ、黙秘を続けても状況が良くなりなどしないのだが。

 

(元々が血統に胡坐をかいていただけの低能だ。それが通じない状況、通じない相手には弱いのだろうな)


 そう思いつつ、アルスは声を張り上げた。


「リンガ・カーライルを引っ捕らえろ! 爵位詐称の犯罪者だ、遠慮はいらん!」


 アルスの声に従い真っ先に現れたのは、当然ながら部屋の前に立つ見張りだった。

 そうして、リンガは敢え無く御用となった。アルスの戦意を間近で浴びたばかりか、当の本人に動きを牽制されていたのだから無理もない。

 馬鹿の相手を終えられたことで僅かなりとスッキリしたアルスだったが、それも極々短い間。クラリスの話はまだ終わっていない。クロードが同伴している理由も不明だ。

 つまり、話の本番はまだまだこれからであることを意味していた。 

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