第24話
静謐が支配したひっそりとした空間。そこにいるのは僅かに三人。中年と老年の境にあるのが一人と、壮年が二人。いずれも男性だ。
そんな中、最も年長の人物が口を開いた。口振りからすると、他の二人は息子らしい。
「しかし、面白いことになったものだ……。そうは思わぬか、息子たちよ?」
「不謹慎ですぞ、父上」
「フフ。かく言う兄上も心の底では同意しておりましょう。口元が笑っておりますぞ」
「レイナードよ、そこは見て見ぬ振りをするものだぞ。兄を立てぬか」
「これは失礼を」
レイナードは笑みを浮かべたままに軽く頭を下げる。本心から反省しているわけでないことは明らかだ。
「ハハ。まあ、確かにグロリアスの言う通り、民のことを思えば不謹慎ではあったな。今の世を混迷に導いている原因。その一つは、間違いなく我らなのだから……」
「心中、お察しします。しかし、やらねばならぬことではありました。……始祖が導き起ち上げた我らが帝国ですが、永き時を生きすぎたのでしょう。もはや限界が迫っております」
「永き時の中、国を維持するためとはいえ、些か周りに気を遣いすぎましたな。かつての忠臣は見る影もなく、信頼、礼儀、実力を履き違える者が後を絶たない。『国あってこそ』という事実を忘れ、己が権勢に執着する者の何と多いことか……」
「そうして周りが力を持ち過ぎた結果、失われてしまった『始祖の遺言』や『始祖の遺産』も多い。極一部が辛うじて遺っているという有り様よ」
それぞれが悲痛な表情を浮かべ、口々に語る。
一つ溜め息を吐いたあと、グロリアスが再度口を開いた。
「『内政を充実させ、版図を広げよ。外へと向かうのだ。我らの艦は一つではない。私たちの乗ってきた艦は復活を期して眠らせざるを得なくなったが、他の艦までそうとは限らないのだ。あれらが正常に機能する限り、一つだけでも繁栄が約束される。全てが揃えば如何ほどか。だからこそ、心ならぬ者たちに使わせてはならぬのだ。それが、あれらをこの世界に持ち込んでしまった我らの責任である。……しかしそうは思えど、人は寿命に勝てぬ。我らの手で思いを果たすことはできぬ。故に、子へ、孫へ、そのまた子孫へと託す。重荷を背負わせることになるが、帝室に生まれた者として受け入れてほしい。……だが、世は押し並べて変わるものだ。或いは、時の移ろいの中、我らが託す『思い』も変わるのかもしれん。その時は構わん。遺言のことなど忘れよ。国の頂点に立つ者として、民を安んじた政治を忘れなければそれで良い。家臣に、そして民に見放された者の末路は、ただただ悲惨である』。……既に諳んじられるほどになってしまいましたが、見事なものです。細かな差異はありますが、状況は言及されている通りなのですから。或いは、時が変わろうと、場所が変わろうと、人のなすことに違いはないのかもしれませんね」
グロリアスの口から出たのは、始祖の遺言だった。教訓としても戒めとしても、皇族を始めとする有力貴族には代々受け継がれている。
「だからこそ父上を始めとする代々の陛下は、そうならぬように努力をしてこられた。私が商人として各地を駆け巡っているのも、その一環。まあ、私自身は妾腹の出ですし、現状に否はなく、むしろ楽しんでおりますが……」
「楽しいのか? 余としては、そなたを堂々と皇子として扱ってやれないことに対し、むしろ申し訳なく思っていたのだが……」
「父が『子』として、兄が『弟』として認めてくれている。力なき母から生まれた身としては、むしろ過分に過ぎますとも。これで確かな身分と権力を与えられていたら、私は今を生きてはいなかったでしょう。……それに、やってみると商人も存外楽しいですよ。私たちの齎した物資で、情報で、状況を動かす。その面白さに気付けば病みつきになります」
商人『レイス』として各地を巡っているレイナードが、笑みを浮かべてそう言った。
「ハハ。我が子ながら太々しいものよ。しかし、そうでもなければ世を楽しむことなどできぬのかもしれぬ」
それを受け、皇帝――アークライト・アヴァロンは莞爾と笑った。
「それでレイナード、報告は受けているが、君から見て新帝軍はどんなものだい?」
「面白い、の一言に尽きますね。未だ年若いですが、統治者としては上等です。まあ、これは父上が人員を『始祖の遺産』――『ホープス』へ送ったからできたことでもありますが、それらの取り込みに成功してみせたのは、間違いなく彼の者の実力です。そしてホープスの機能を用い、数多の産物を生み出し、それらを上手に使っています。街道整備を始め、技能や物品の普及と、例を挙げればキリがありません」
「そういえば、これもまたホープスの産物であったな……」
レイナードの言葉を聞いたアークライト皇帝は、己の腕に着けたデバイスを見た。
ホープスが稼働して最初期に献上された物ではない。あれはあれで画期的ではあったが、機能が多過ぎて大多数の者が使いこなせなかった。また、使用限界を迎えたらそれまでという欠点もあった。……最初期のモデルは、純粋なまでに地球の技術で作られていたから無理もない。ホープスの環境があってこその代物だったのだ。
まあ、貴族の見栄というものか。使いこなせぬことを隠す者が多かったが、中には率直な意見を送る者もいた。そういった意見を集約し、リザーディアの技術をも混ぜ合わせて作られた『バスタード』シリーズの一角。それがこのデバイスだ。
機能は限られているが侮れない。日付の確認ができて、簡易的な体調チェックや成分チェックができるだけでも十分と言える。これにより、毒殺や個人に特有の毒――『アレルギー』というらしい――に引っ掛かる可能性が格段に減った。
「新しいタイプを作成・献上するに当たり、最初に血を求められた時には訝しく思ったものだが、後々になれば納得したものよ」
「あの時のことはよく覚えております。ホープスから遣いとしてやってきた研究員は、血の気が引いておりましたな。付き添いとしてやってきたクサナギ公爵やレオンハルトとは対照的でありました。まあ、作業自体は何の危なげもなく済ませておりましたが……」
「ほう、そのようなことが?」
「うむ、あったのだ」
レイナードの疑問を受け、アークライトは再び莞爾と笑った。
口頭と資料による説明だけでは、やはりどこかに訝しさが残る。しかし、『始祖の遺産』に関わることだ。元より実物があっても理解しきれぬのだから、説明を受けても理解しきれぬのは道理と開き直った。
そうした経緯があって献上された新型は、個人に合わせた調整がされていた。『生体認証』というらしく、アークライトのデバイスをグロリアスが着けても起動しないのだ。添付の説明書には、血液検査をした結果判明したらしいことがつらつらと書き連ねられていた。正直、見ても大半は理解できなかった。
重要なのは、『デバイスを操作することで照射される光を当てると、それが自分にとって有害な代物かどうか分かる』ということだ。
物品だけに使用限界や耐久限界が無いではないが、機能を制限した分、初期型よりは長持ちすることが保証されている。『ソーラー充電』というらしく、日光に当てておけば使用するためのエネルギーが補充されるのもグッドだ。
「二人とも、話が脱線しておりますぞ」
「おお、そうだな」
「失礼しました」
グロリアスの指摘を受けた二人は、笑みを浮かべたままに謝罪の言葉を口にする。
「そのデバイスは、さすがに一般には普及しておりませんな。ただ、アルス軍の幹部格には使用が義務付けられているようです。一般兵や雑用係には、機能が制限された物が宛がわれているのでしょう。誰もが腕に何かを着けてましたから、まず間違いありません。おそらく、一般兵たちに回されているのは『腕時計』という物で、現在時刻の確認ができるだけの代物です。我が商会にもオススメされました。お試し用ということで幾らかを無償で渡されましたが、重宝しております。値段はお高めですが、それだけの価値はあります」
「……うむ。それを聞くだけでも侮れぬな。時刻の重要性は始祖が重視していたこともあり、元より国内には時計が配備されていたが、不具合も多かった。改善を試みようにも、一朝一夕で終わるものではないし、その分だけ費用は嵩む。結果として、大々的な改善には至っていない。大雑把な時刻が分かるだけの代物と化しているのが現状だ。まあ、大雑把でも時刻が分かるだけ、十分と言えば十分なのだが……」
「これがあれば状況が変わりますな。小型を用意できるのですから、大型を用意できない理由はありますまい。……誰もが所定の時間に集まって業務をおこない、所定の時間になったら解散する。それは取り分け、労働者の不満減少に繋がり、労働力の効率的な使用にも繋がりましょう」
「軍事行動としても侮れぬ。所定の時刻に別動隊が行動を起こす。腕時計があれば、それが可能となる。無論のこと状況次第ではあるが、陽動や奇襲の幅が広がろうな」
三者揃って重々しい溜息を吐いた。
「続けましょう。勢力下に置いた各地の貴族や商人には、二輪車や四輪車が期間限定で無償貸与されております。元より馬車以上の速度で走れる代物ですが、街道整備がされたことで、より効率的に走ることが可能です。また街道整備の副次効果として、民たちの活気も上がっています。街道整備をおこなうに当たり、周辺の賊や魔物が間引かれましたからな。安全に出歩ける確率が格段に上がったのです。それに伴い、商人の中には貸与された四輪車を使っての運送業を始める者も現れました。距離や用途によって馬車との棲み分けもできているようです。……無償貸与と言えば、これも忘れてはいけませんな」
そう言って、レイナードは自分のバッグを漁った。
「これは『電卓』や『計算機』と呼ばれている代物です。見ての通り、画面と数種類からなるボタンがありまして、このボタンを押すと画面に表示される仕組みとなっております」
言いつつ、レイナードは電卓を操作してみせる。足し算、引き算、掛け算、割り算……電卓はその全てに答えを出して見せた。
「これは素晴らしいな! 算盤は以前からあったが、こちらの方が遥かに便利だ。……ふむ。これでは、一度新帝派についてしまえば迂闊に離れられまいな。仮に新帝派を離れたとて商人や商会から買うことはできようが、間違いなく値段は跳ね上がる。仮に自分たちの手でこれを作るとなれば、いったいどれほどの時間が必要なのか想像もつかん。つまり、現状ではホープス無くして作れぬ以上、商人や商会も新帝の顔を立てねばならぬのだ。販売すること自体が危険を冒すことになる。そうまでして新帝派を離れる得があるとも思えん。得とは関係なしに離れようとしても、まず部下が許すまいて」
「で、あろうな。……報告を聞いた限りの感想ではあるが、余としては何故新帝派に喧嘩を売るような真似をする輩がああも多いのか不思議でならん。初期型のデバイスは各領邦主にも献上されたのだ。あれを見れば、新帝軍の技術力にも想像がつくだろうに」
「知らぬからでありましょうな。何といってもアルス殿はまだ若い。偶然から『始祖の遺産』を目覚めさせることに成功し、ただそれだけで将来を約束されている。……領邦主とはいえ、むしろ領邦主だからこそ素直には認め難く、その功績や産物にも見て見ぬ振りをする。有り得ないとは言えますまい?」
「面子の問題か。くだらぬ、とは言えんな。貴族には見栄も必要だ。実を伴わぬからこそ見栄を重視する者は多い。それを思えば、クサナギ公爵領の貴族たちこそが異質であると言えような」
クサナギ公爵領の貴族たちは、ほぼ見栄を捨てている。見栄を重視していないから質素な暮らしにも思うところはなく、税金をほぼほぼ内政に回すことができている。
「それは同感です。あの領邦ほど、魔物被害や賊被害が少ない場所は他にありません。常日頃から間引かれている証です。……また、あの地の領主たちは必要とあれば大金もポンと支払ってくれます。おかげで、商人や商会からの受けも良いのですよ」
アルスとの面会こそ彼らがガラント領を鎮圧した後だったが、レイナードはそれ以前から商人『レイス』として動いていたのだ。
アルゴ商会の実態は帝室お抱えの諜報機関の一部であり、妾腹とはいえ皇子だからこそ、レイナードに指揮権を預けることも可能だった。つまり、新しく組織されたわけではないのだ。である以上、レイナードが指揮権を預かる以前から商会として動いており、それ相応の実績も持っていた。
そして、そんな商会なればこそ、公爵と商売をおこなうことも可能だった。
一方、アルゴ商会は曲がりなりにも帝室お抱えの諜報機関だ。いくら命令とはいえ、そして皇子とはいえ、何の心得もない人物をすんなりと認めるわけがない。
レイナードとしても、アルゴ商会の対応に理解を示した。何せ父親はともかく、母親には何の力もないのだ。父親とはいえ、同時に皇帝である以上、アークライトも過剰な贔屓をすることはできない。否応なく己が力で立場を築き上げることを余儀なくされたのだ。
なお、レイナードの表向きの仕事は帝室図書室の管理人である。一角には稀覯本や禁書・焚書指定された物も収められており、ヘタな人物に任せるわけにはいかない。それでいて入室・閲覧自体に皇族の許可がいることもあり、人が訪れること自体が稀な場所。それが『帝室図書室』だ。
重要ではあるが場末であり、影響力の拡大を考慮せずに済む場所。そんな場所の管理人だからこそ、レイナードを就かせることができたとも言える。
まあ、肝心のレイナードは『買い出し』と称してほぼほぼ留守にしているわけだが。レイスとして動きながら買っているので嘘ではない。実際、図書室内には他国の本が収められている。
「あとはそうですね。新帝軍は騒動の解決に乗り出すに当たり人手を分けたのですが、期せずして役割まで分かれてしまったのが面白いところかと……」
「アルスを旗頭にしたグループは西回りに、アンナを旗頭としたグループは東回りに北上していると聞いたが?」
「ええ、その通りです。アルス殿の方は新帝本人ということもあるのでしょうね。衝突が無いわけではないですが、大抵の貴族は顔合わせからおこないます。アルス殿も無用な衝突を嫌う傾向がありますので、話し合いを求められたらまず断りません。譲れない部分もありますが、譲れる部分は譲る柔軟さもあります。……一方、アンナの方は民心こそ高いものの貴族とは衝突の方が多いです。これは幾らか理由があります。まず、アンナが代行に過ぎないこと。妃とはいえ新帝本人ではないので、どうしても信頼が低いのです。次に、アンナが帝国皇女であること。事情を知らぬ者にしてみれば、兄上は騒動の元凶であり、父上はそれを止められなかった立場です。アルス殿が名実ともにトップに立った時、以後もアンナを正妃として扱うのか? そういう不安があり、素直にアンナの言葉を信じられないそうです。その逆に、皇女でありながら新帝に味方したとしてアンナを非難する者もいます。最後に、これはアルス殿の方にも言えることですが、アルス軍の実態を知らぬが故の無知蒙昧を晒す輩ですね。基本、刃を向けられても事が終わった後には寛大な処置を下すことが多いアルス軍ですが、無知蒙昧な輩に対しては話が別となります。『曲がりなりにも貴族たる者、無知蒙昧など許されることではない!』、『務めを果たさずして、何が貴族か!』というのがアルス軍のスタンスのようですが、アンナの方は衝突から始まる場合が多いためか、特にこの判断を下される相手が多いようですね。アンナの独断ではなく幹部の合議で判断しているようですが、外部がそんなことを知る由もありません。結果、今では『対話』のアルス、『果断』のアンナと、夫婦で正反対の評価が下されていますよ」
クスクスと笑いながら言ったレイナードだったが、それを聞かされたアークライトとグロリアスの表情は渋かった。記憶の中にある娘、妹とはあまりにも違いすぎる。
「コホン。ともあれ、これなら帝権移譲は大丈夫そうですね。いざ事を起こした後、我らの許に残った者が想定以上に多かった時には、驚き、心配もしましたが……」
「うむ。分かりやすい奴らは颯爽と家なり領地なりへと戻っていったものだが、残る者らは見事に残ったからな。……何なのだ、あれは? 普段と態度が違いすぎだろう。そのような忠誠心があるのなら、普段からもっと表に出せというに。嬉しいことではあるが、おかげで想定とは崩れてしまったわ。結果、今の余は『息子の突然の裏切りに心を痛め人間不信になっている』有り様だ」
「私も私で、『帝権簒奪がスムーズに運ばなかったことで焦燥を露わにしている』状態ですからね。最初の名分はどこへやら。端から見れば、愚行もここに極まれりです」
「結果、『そのような醜聞を広めるわけにもいかぬため、諜報機関は日々情報封鎖に勤しんでいる』……と」
順番に口を開き、顔を見合わせ、三人は揃って呵々大笑した。
「ま、時が来たら我らの方から助命嘆願はせねばなるまいて」
「ですね。一度は切り捨てた筈でしたが、危急の状況下であのような行動を示されると……。戻っていった輩はともかく、残った者たちのことは何としても助けねばなりますまい。あのような行動を取れる者ならば、新帝も信を置くことができましょう」
「新帝軍は常に人材不足を謳ってますからね。間違いなく重用しますとも」
そう。全ては現帝権の維持に限界を感じたからこその狂言だった。事実を知る者は少なく、大半は巻き込まれた者ばかり。悪行というならば、これ以上ないほどに悪行だ。何せ、広大な版図を持つ一国のトップが仕掛け人なのだ。その影響もまた広範に及ぶ。
それを理解したうえで実行に移した。移さざるを得なかった。何も行動を起こさなければ、帝国の腐敗は進む一方であり、その際の被害は今とは比べ物にならないだろう危惧があったからだ。
幸いにして、新帝権の目途はあった。『始祖の再来』アルス。未だ年若いが、帝権を移譲できるだけの名分は持っていた。
この騒動は、最後の踏み絵でもあった。アルスが、帝権を移譲するに相応しい『実』をも兼ね備えているか調べるための。
兼ね備えていなければ、状況に応じて三者の誰かが鎮静する予定だった。誰がやっても玉瑕は残るが、騒動の最中で奸臣や佞臣の類は排除されている。苦労はするが立て直しはできる予定だった。或いは、帝国領の一部をアルスに分け与えても良い。
そこまでを覚悟しての行動だった。そして、結果は上々だ。アルスは『新帝』として相応しい『実』を示したのだから。
実行に移す段階で、自らの生命は捨てたものと覚悟している。ならば、あとは気楽なものだった。多少注意する部分はあるが、その時が来るのを待つばかりだ。
三人は、今一度顔を見合わせて頷き、盃を重ねるのだった。
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