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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第23話

 結論から言うと、事態はあっさりと進展し、解決した。

 他領を食らい、勢力を伸ばす。それは領主として正しい選択ではある。だが、その理が通用するのは乱世だけだ。確かに、現在は帝国領内全土がゴタついてはいる。しかし、『乱世』と言えるほどではないのだ。

 そんな状況下で、同じ帝国の同胞に攻め寄せ、村一つとはいえ領地を奪う。しかも、国防を意識せざるを得ない弱みを突いての振る舞いだ。

 そんな真似をしてしまえば、後々にどうなるかなど考えるまでもない。

 皇帝、第一皇子、そして新帝。今のゴタゴタが解決したあと、誰が実際のトップに立っているのかは分からない。しかし誰であろうと、そんな輩を信用するわけがないだろう。或いは、その武略を認めはするのかもしれないが。

 少し考えれば分かりそうなその危険性に、ユルゲン男爵は思い至らなかったのだ。である以上、配下の側もそんな輩を担ぎ続ける意味はない。誰が好き好んで沈みゆく船に乗り続ける者がいるだろうか。

 今回の件を献策した本人であるユルゲン男爵の配下オーギュは、男爵が策を実行した時点で見限った。見限らざるを得なかった。

 献策した本人として、オーギュにも後ろめたさはある。だが、よもや己が仕える主人が、少し考えれば分かることにも気付かず、なおかつ策を実行してしまうような蒙昧だとは思いもしなかったのだ。

 オーギュは男爵領の内政官として採用され一年と経ってない新米だ。職場が村役場ということもあり、領主と顔を合わせたこともない。噂話で為人を耳にしてはいたが、所詮は噂と切り捨てていた。

 己が生まれ育った土地を少しでも良くしたい。その一心でオーギュは官僚になるための難関試験を突破したのだ。そして念願が叶った以上、新米なりに日々仕事に精を出していた。

 そんなある日、帝国領全土に激震が走った。

 オーギュが顔を見たこともない領主は、以前から領地が小さく収入が少ないことに不満を漏らし、どうすれば増やせるのかを家臣に意見させていたと聞くが、それを機に頻度が上がっていったらしい。

 それが巡り巡って、末端の内政官でしかないオーギュらの元にも領主の遣いがやってきた。領都勤めということもあってか、見るからにこちらを見下しているような相手ではあったが、上司は上司。

 これが昇進のきっかけになるかもしれないと思い、オーギュは献策した。無論、幾つかの注意点も伝えた。最大の欠点は言わなかったが、言うまでもないと思った。

 直接の献策相手はともかく、献じた策は巡り巡って領主に届く。欠点を黙っているとあっては、ともすれば不快感を買うかもしれない。だが、『このような策を立てられる人物が配下にいる』と言う事実は、不快感以上に好感を買うとオーギュは踏んだ。

 まあ、結果としてその功績は件の遣いに奪われてしまい、オーギュの願いが叶うことはなかったわけだが、策が実行されてしまった以上は不幸中の幸いだ。

 領主が領主なら、上司も上司だ。こんな奴輩が上に居ては、領地の先行き自体が危うい。……オーギュは献策の功績を奪われたことにも不満を覚えたが、何よりも策を実行されたことに対して不安を覚えた。そしてそれは、何もオーギュに限ったことではなかった。

 上司にしてみれば、配下の意見を求めるにしろ、いちいち一人一人に聞いていくのは時間の無駄でしかなかった。村役場に有望な意見を提唱できる者がいるとも思っていなかった。そんなわけで、オーギュが献策した場面にはそれなりに同僚もいたのだ。

 自然、オーギュが尤もらしい策を献じたことで、交流相手も増えた。曲がりなりにも内政官。また、時として政略は戦略に通じる。興味を惹かれることは至極当然であった。

 自発的にオーギュの策の欠点に気付いた者もいれば、説明を聞くことで初めて気付く者もいた。だがどちらにせよ、その欠点から策が実行されることはないというのが共通意見だった。

 ところが、蓋を開けてみればこれである。相応の日数を置いたとはいえ、かつてオーギュが献じた策が実行されてしまったのだ。

 これで慌てたのはオーギュだけではない。策の欠点を知っていた同僚たちもまた、焦燥せざるを得なかった。

 何故かと言えば、最近特に名を馳せる新帝軍がお隣――北西領邦にいるからだ。最新の情報では、領邦主たるヘクトル候を従えて領内の一角で起こった反乱騒動を鎮静したらしい。

 当然、自分たちの耳に届くまでは時差もある筈だから、ともすれば既に移動し、北方領邦に足を踏み入れていたとしてもおかしくはない。

 また、『上』は気付いていなかったようだが、少し調べればブラギ候が『始祖の遺産』に伴うあれこれの件で嫡男を南西領邦に送っていたことも分かる。

 この事実を踏まえれば、旗幟を鮮明にしていないだけで、ブラギ候は新帝派だと想像が付く。

 何にせよタイミングが最悪だった。そもそも、オーギュの策には新帝派のことなど計算に入っていない。献策した時点で新帝派の情報が入っていないわけではなかったが、遠方の出来事であるのも事実だったのだ。当時の段階で、よもや新帝軍の進撃速度がこれほどまでに早いとは思える筈がない。

 まあ、策の欠点にすら気付かないのだから、策に含まれない要素を考えろと言っても無理があるのだろうが、一同が思わず男爵を罵ってしまったとしても仕方がないと言える。

 後悔先に立たず。

 当然ではあるが、起ち上がるに際し、新帝も大義名分を掲げている。ユルゲン男爵の行為は、それに真っ向から喧嘩を売っている。血を流していなかろうと、そんなことは関係ない。

 元々の名分に、表に出していないとはいえブラギ候との協力。併せて考えれば、間違いなく男爵領は報復を受ける。連合への備えとしてブラギ候は動けずとも、新帝軍はその限りではない。噂に聞く新帝軍の行軍速度を考慮すれば、いったいどれほどの猶予が残っていることか。

 またそれ以外にも、男爵の行為は近隣の領主たちにも喧嘩を売っている。たかが村一つ。されど村一つ。事が上手く運んだ場合、男爵は最小の労力で領地を増やすことができるのだ。普通に考えて、同じ領主がそれに羨望を抱かぬわけがなく、そこには旗幟など関係ないだろう。

 オーギュにとって、最優先すべきは土地の安寧だ。そしてそれは、同僚にとっても同じだった。少しでも住みやすくしたいと思えばこそ、難しい試験を突破して内政官になったのだから。

 それを思えば、如何に領主とはいえ愚昧な輩など邪魔でしかない。むしろ、この機会にいなくなってくれた方がよほどいい。

 では、誰に人身御供として差し出すか? 迷うまでもなく新帝一択だった。皇帝派にしろ第一皇子派にしろ、今の帝室のままでは領内の将来が危うい。領の安寧を第一に考えれば、頼るべきは心強い相手なのだ。

 ここにオーギュらの意思は一つとなった。情報を集めると同時にアルス軍との接触を図り、その一方で領主らに対しては策の成功を称賛し、祝いの宴を開催した。

 結果、ユルゲン男爵らは酔い潰れたところをアルス軍によって捕縛されることとなり、今回の下手人として被害を受けたブラギ候に引き渡されることが決まった。占領した村も返還される。

 ただ、男爵領はアルス軍が接収した。遠征をおこなっているアルスたちにとって、その地における活動拠点の重要度は最たるものだ。当初はブラギ候の世話になる予定だったが、そうすれば必然としてブラギ候の顔を立てることになる。それを否とは言わないが、面倒事に巻き込まれる可能性も生じる。相手が異なるだけで今更のことではあるし、諸々を鑑みて是としたが、必要以上に借りを作らなくて済むならその方が良いのも確かだ。

 そのため――後々はどうなるか分からないが――現時点では『旧ユルゲン領』を直轄領として扱い、領邦内における活動拠点とすることにしたのだ。

 オーギュらについてはお咎めなしである。彼らの立場を鑑みれば、上から意見を求められて答えないわけにはいかないからだ。引き続き『旧ユルゲン領』の内政官として働くことになる。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


「これで全部か?」

「は、はい……」


 アルスの問いに、恐怖を露わにしつつ諸々が頷いた。官僚、執事、メイド……公私の別はあれど、ユルゲン男爵やその最側近の元で働いていた者たちだ。

 アルスはその態度を責めない。今は大丈夫だが、自分も処罰されるのではないかと気が気でないのだろう。その程度の理解を働かせる器量はある。

 旧貴族領を直轄領とするに当たり、やるべきことは山のようにある。その中でも特に重要なのが、内政状況と出納記録の確認、重役の家宅捜査と官僚の状況確認だ。

 全員が全員とは言わないが、馬鹿をやらかす輩は腐敗と無縁ではいられない。大半が必要以上に財を溜め込んでいる。本来なら内政等に回される分を着服しているわけだ。それでいて現状を嘆き、不満を抱く。厚顔無恥もここに極まれりといったところか。

 配下・臣下の中には、それを知らなかった者もいるだろう。しかし、その反対もいる筈だ。放置せざるを得なかった可能性もあれば、進んで加担した可能性もある。もちろん諫めた者だっているだろうが、そういう人物は往々にして干されるのが世の常だ。

 アルスの直轄領とした以上、不当に溜め込まれた財の一部は放出して民に還元し、一部は軍備に用いる。そして使える人材は使い、腐敗した相手は『罰』と称して心身を叩き直す。処断など以ての外だ。

 それと同時、収入に比して余分な出費がないかも確認する。気付いていないだけで、重荷となっている出費は意外とあるものだ。

 面倒極まりない作業ではあるが、もはや手慣れた感があるのも事実。特にアルスの同期生は、差異はあれど誰もが文武両道だ。戦闘が不得手な者だって、そこらのゴロツキ程度なら軽々と伸せる実力はある。その逆に、周りからは戦闘特化と思われている者も、大なり小なり内政の心得を持っているのだ。

 まあ、そうは言っても全員が内政に参加するわけではない。クロードは遅ればせながらブラギ領に向かってブラギ候との情報交換に当たるし、マシューとアギトは近隣を回って情報収集に当たる。

 いくらユルゲン男爵が愚行を犯したとはいえ、そして配下の内政官が進んで協力し門徒を開いたとはいえ、周りがそういった事情の全てを知る筈もない。である以上、新帝軍は不意を打って男爵領を奪ったならず者でしかない。

 無論、こうなった経緯を広めてはいるが、相手がそれを信じる保証はないのだ。これ幸いとこちらを討ちに出てくる可能性は否定できない。

 そういうあれやこれやを考えれば、内政だけに手間と時間を割いてはいられない。防備を備えるのも必要ならば、兵を鍛えるのも必要なのだ。

 ただ、今の段階では悲観的な予測に過ぎないのも事実であり、必ずしも周りが攻めてくるとは決まっていないのだ。

 それと同時、お金がなくては防備も鍛錬もあったものではない。

 状況を鑑みれば、否が応でも強権を発動せざるを得ず、総出で書類を洗わざるを得ないのが実情だった。である以上、末端だろうが干されていようが、能力のある者を重用しない理由はない。

 その一方、戦力を充実させるためには文治が苦手だからと遊ばせておく余裕はない。特にアルス軍の場合、幹部格には文武両道が求められる。武勇偏重型のマリーにオージン、ターニャなどは涙目になっていたが、アルス軍の幹部格となった以上、避けては通れない事柄なのだ。

 そうして数日が経ったある日のこと。


「夜間照明の削減……ですか?」


 アルスに献策の功績を評価されたことにより、末端の内政官からその立場を一気に飛躍させることになったオーギュは、その仕事場を領村の村役場から領都の執務室へと変えていた。

 そして、執務室では既にお決まりとなった光景を尻目にアルスへと訊き返していた。


「ああ。これは俺自身、生まれた領を出るまで気付かなかったことではあるんだが……」


 そのようにワンクッションを置いたうえで、アルスは説明をした。

 夜間照明。あれば便利だし、夜間に歩くうえで安全性の向上にも繋がる。その点だけを考慮すれば必須の代物だが、その費用が馬鹿にならないのも事実だ。

 実際問題、夜間も照明を用いて作業したところで、直接の利益に繋がることなどそう多くない。こんな小さな領では尚更だ。

 現状、これを利益に転じられるのは、相応の土台を持つ領地だけなのだ。


「一概に村と都市を比較はできんだろうが、俺の育った村では夜間照明をこうも大々的には使っていなかったし、特にそれで不都合を感じることもなかった。……まあ、土地柄もあるんだろうけどな」


 これは事実だ。前世の知識がある分だけ違和感はあったが、夜間照明を必要とするような娯楽もなかった。必要とするのは、精々が夜間のトイレくらいなものだったのだ。それとて、人によっては照明を魔法で済ませる者もいた。


「照明による『魔物除け』を謳う者もいるが、果たしてどこまで効果があるかは怪しいところだ。むしろ、逆に誘き寄せる危険性に繋がるとすら思っている。……夜間照明の必要が無いとは言わんが、領内において大々的に使い続けるなら種類を考える必要があるだろう。少なくとも、今のまま用いる必要はない。それが俺たちの意見だな」


 アルスの説明を聞き、オーギュは衝撃を受けた。

 オーギュにとって、夜間照明はあるのが普通だった。だが、確かに話を聞いて冷静に考えれば、夜間照明を用いることによるメリットらしいメリットはほとんどなかった。

 夜になれば店も大半は閉まる。夜間照明の導入に伴い、その分だけ遅くまで営業していられるようになったが、それが利益に繋がっているかと考えれば怪しいところだ。

 酒場や艶通りならばその限りでもないだろうが、逆に言えば、その程度しか利益に繋がる場所が思い浮かばない。しかもそれは、今の職場がある領都に限った話だ。村にも酒場が無いわけではなかったが、食材、設備、人口等々、諸々の関係で店じまいは早かった。少なくとも、村役場から一日の仕事を終えたオーギュが帰路に就く頃には、既に閉まっていたように思う。明かりがあるために安全ではあったが、その時間、同僚以外に夜道を歩いている者は稀だった。

 また、一言に『夜間照明』と言ったところで、幾つかの種類があるのも言われた通り。魔道具、油、炭といった具合だが、その中でも更に細分化されている。

 一つ一つのコストは微弱な方でも、月単位、年単位で考えれば一気に跳ね上がる。それが一定数以上あるのだから、確かにコストは馬鹿にならない。


「なるほど、盲点でした。しかしこうして話を聞けば、確かに削減は可能と思います。……我ながら、どうして思い至らなかったのか不思議です」

「無意識のうちに、『どうせ許可されまい』とでも思っていた可能性は否定できないだろうな。まあ、トップと上司があれでは無理もないだろう。……塵も積もれば山となる。これを実行した場合、すぐには削減による効果を感じられないだろうが、後々に実感することになる筈だ」

「承知しました。……他に何か方策はありますでしょうか? お恥ずかしい話、狭い範囲で生きていたことを改めて実感させられた気分です。夜間照明以外にも、私どもでは気付くことのできていない何かがあると愚考します。本来ならば、自力で気付くのが最上ではあるのでしょうが……」


 夜間照明の削減案についての説明を聞いたオーギュは、面目なさげに口を開いた。『聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥』。オーギュにその自覚があるかは分からないが、重要な事柄を実践したことになる。

 それを受け、アルスらは次々と口を開いた。

 書類仕事自体にはある程度の慣れはあるが、数日で調べられることなど高が知れている。加え、何分不慣れな土地のことだ。案があったとしても、それが実行可能なのか、可能だとして土地に向いているのか、そういった諸々に判断を下すには時間が足りなすぎた。

 つまり、内政に心得があり、ある程度風土に詳しい者に判断を下してもらう必要があったのだ。その点においてオーギュは適役であり、申し出は渡りに船だった。

 結果、質問をした側が質問を受け続けるという逆転現象が起こるのであった。  

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