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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第22話

 北西領邦における内政作業がある程度軌道に乗ったところを見届けて、アルス軍は北方領邦へと出立した。向かう先はクロードの故郷であるブラギ領。

 行動をするに当たり、拠点は必須だ。その点に関し、今までは行き当たりばったりなところが多かった。何せ、誰が敵で誰が味方かも判別しづらいのだ。

 決起するに当たり、真っ先に赴いたガラント領での出来事は、今でも記憶に残っている。当主と嫡男の衝突、それに引き摺られることとなった領民同士の凄惨なぶつかり合い。娘、妹であるレオナの声も届かなかった。

 また実際に赴いてみれば、実態が前情報と異なっていることも多い。間違っているわけではないのだが、一面的な見方でしかなかったりする。

 情報収集役として先行させている者もいるが、あくまでも現地が故郷であることから、その分だけ地の利があると思ってのこと。誰も彼もがマシューのようにその道を学んだわけではないので、結局は参考程度にしかならない。ほぼ独学で実践可能な技能を習得したアギトが異常なのだ。

 それを思えば、如何にクロードの故郷とて完全に信を置くことはできない。当主とは顔を合わせたこともないのだから尚更だ。

 それでも、真っ先にブラギ領を目指すだけの意味はあった。北西領邦にほど近く、嫡男――継承候補筆頭であるクロードはアルスの同期生。この二点だけでも、最初に赴く価値はある。

 北方領邦は、北西領邦以上に連合との小競り合いが多い。連合との接地面積を考えれば仕方のないことだと理解はできるが、現状においては決して好ましいことではなかった。いずれは連合との決着をつけなければならないが、あくまでも『いずれ』だ。決して今ではないのである。

 帝国の統治下、外からは安定しているように見えたのかもしれない。だが、それはあくまでも見かけだけで、内実は不安定だった。……ブラギ領に対する扱いを鑑みると、そうとしか思えない。重用しているのかしていないのか、ハッキリとしないのだ。

 元は敵国の降った主に対し、高い爵位を与えている。領地もそのままだ。これだけを見れば、『帝国はブラギを高く評価している、無下にはしていない』と言うこともできる。

 だがその一方で、領邦に納める税は他より高く、保有兵力の上限も他より低いと、至るところに制限をかけられている。

 これではブラギは大きくなれない。飼い殺しだ。……帝国としては当然の判断でありおこないなのかもしれないし、元が敵国ということもあってブラギもそれを受け入れた。

 だが、それから歳月は流れているのだ。既に世代交代も果たしている。当時のことを知識でしか知らぬ者も増えている中でこれでは、ブラギの中にも不満が溜まって当然だ。

 そしてそういった扱いを受けているのは、何もブラギだけではない。北方領邦の中、ある地点を境に横線を引くと、そこから上は元連合ばかりであるのだが、帝国に与した時期や経緯によって扱いがあまりに違うらしい。

 しかも、ブラギは位置柄、北西領邦の情報も仕入れやすい。それがまたブラギの不平不満を煽る。

 お隣では、同じく連合から降ったクラウス、イザーク、シレジア、ベルトマー、ラキア、トードといった面々が伯爵位を持つに至っている。降った時期は自分たちより早かったが、当初の扱いは自分たちよりも下だった。領地も減らされ、爵位も男爵にまで下げられた。……それが今では伯爵である。領邦の違いもあるのだろうが、これではどちらが正当に評価されているのか分かったものではない。

 しかし、そういった情報を仕入れられる分、ブラギにはまだ希望があった。だから我慢もできた。時間さえ置けば、自分たちもまた正当に評価される筈だ……と。

 一日でも早くその時を迎えるべく、嫡男を遠く離れた南西領邦へも送った。そこにはレオンハルト皇子殿下とアンナ皇女殿下も赴くと聞く。幸いにして嫡男と齢も近い。……次代の皇帝陛下の親族と親しくなれれば、その可能性が高まると踏んだのだ。

 だが現実には、その日を迎えることもなく、肝心の『次代の皇帝陛下』が問題を起こした。これではブラギでなくとも不満が爆発して無理はない。

 ある者は言う。


「帝国の次代は暗愚だ。これを認めては帝国のためにならん」


 またある者は言う。


「栄えある帝国も、今では老害どもが幅を利かせている。これをいつまでも許していては、帝国のためにならん」


 どちらも間違っているわけではないが、中央との関わりが薄い身にとってはどうでもいい話でしかない。そういった者たちにとっては、自領の繁栄と、それを可能とするための栄達こそが重要だ。

 結果、帝国領内における見せかけの平和は崩れた。この機に乗じ、自身の栄達を図るべくある者は皇帝の名を掲げ、ある者は第一皇子の名を掲げて行動を開始した。

 その余波は北方領邦にも押し寄せ、更に不安定な情勢を生むこととなった。元の扱いが悪かった者こそ熱を入れている。……クロードから聞いた話でもあるし、断片的に入ってくる情報から鑑みた内容でもある。

 連合とぶつかるにしても、所詮は領邦内の一区画に過ぎなかった北西と比べれば、随分と隙が大きいように感じる。隣接だけを考えるなら北西も北方も北東も同じだが、その内実は大きく違う。より大きな範囲で隣接する分、隙だらけの状況で連合が動かない道理はないのだ。

 そんなわけで、早々に北方領邦内に行動拠点を得られるのは――その可能性が高めにあるだけでも大きい。『騙して悪いが』をされる可能性が無いではないが、リスクを恐れてばかりでは行動自体ができなくなるし、そのような扱いを受けているブラギ候がこちらに与する可能性は大いにある。

 本来の予定では、東側から回ってきた別動隊と挟み撃ちにする筈だった。だが、現実にはこれである。世の中、上手くいくことだけではないのを実感する。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 道を走行していると、やがて村が見えてきた。ちなみに、今では大型車両も実用化されている。二輪、普通車、軽トラ……どれもこれも現役であることに違いはないが、行軍人数の増加に伴い、これまでの車両では不便を感じるところも出てきたためだ。

 主に先行偵察役や斬り込み役が二輪車を用い、幹部格が普通車に分乗、それ以外の物資や雑兵が軽トラックや大型車といった具合だ。

 別段飛ばしているわけではないが、それでも一般的な軍と比べれば行軍速度は格段と早い。この速度こそがアルス軍最大の強みだ。

 反面、アルス軍では騎馬兵を用いることができない。スタミナや疲労の問題もあり、馬ではついてこられないからだ。大型車両に載せて運搬する手もあるが、今度はストレスの面で問題になる。ことアルス軍では、防衛戦ならともかく遠征軍で騎馬兵を用いるのは現実的ではなかった。

 それにより強みの減った者も一部いるが、こればかりは仕方がない。


「取り敢えず、今日のところはあの村で休みましょう。まあ、さすがに全員分の宿を用意するのは難しいですが、既にここはブラギ領内ですし、話を通すのは難しくありません。僕自身、それなりの期間領を離れていましたので、どの道情報を収集する必要があります」


 頃合いを見計らっていたのだろう。クロードが口を開いた。

 アルスとしても否はない。情報の収集に関しては怪しいところだが、それでも噂話の一つや二つぐらいは手に入るだろう。

 村との距離が縮まるにつれ、徐々に減速をかける。


「……妙ですね。畑仕事に出ている者がいません。村の見張りも常より少ない。……これは何事か起こったか?」


 視線を険しくして、クロードが呟いた。

 言われてみればその通りで、村の近くに畑はあるものの作業をしている者の姿はない。村を申し訳程度に柵で覆っているのは一般的だが、正規の出入り口と思われる部分に立っているのは一人だけだった。見張りは二人以上立たせるのが鉄則であることを思えば、確かに訝しい。

 街道から逸れた場所に車両を停車させ、取り敢えず一部の幹部格と護衛だけで村へと向かう。

 その他の者たちは見張りを兼ねた休息だ。魔物や賊の襲撃により、車両や物資に被害を受ける可能性もゼロではない。


「やはり若様でしたか! お久しぶりでございます。もしや早速の援軍――というわけではなさそうでございますな。こちらの方々はいったい?」


 こちらに気付いた見張りは、その手に持つ武器を構えるでもなくそう言った。……まあ、少し離れたところに停めたとはいえ、こうも堂々と車両で乗り込んできたのだ。車両を使う者自体が限られている現状と現在地を鑑みれば、訪問者の目星を付けることも難しくはないだろう。


「ああ、久しぶりだね。順に話そう。こちらは『新帝』アルス・ブルーアース陛下だ。僕は最近まで隣の北西領邦に行っており、そこで新帝軍と合流、ここまで案内してきたところだ」

「こちらがあの百戦練磨と名高い!? お初にお目にかかります、新帝様」

「ああ、務めご苦労。アルスだ。新帝と名乗ってはいるが、幼い頃までとはいえ領邦内の家訓によって俺もまた村育ちだ。そんなに緊張しないでほしい。言葉遣いも普段のもので構わん。……それで、援軍というのは?」


 見るからに緊張を露わにする見張りを宥め、アルスは話を促した。


「へい。俺も触りを聞いただけなんであまりよくは分かってねえんですが、南の村から逃げてきた奴らがいるんですよ。そいつらの言うことには、ユルゲンの奴らが攻めてきたとかで。今は村の中の広場で詳しい話をしてる筈です。逃げた奴らも手分けしたそうなんで、それを聞いた侯爵様が援軍を出してくださったのかと思った次第で」


 緊張は取れていないようだが、大雑把な状況を理解するには十分だった。


「そうか、ユルゲン男爵が……。情報ありがとう。ただ、もっと詳しく知りたいのも事実だ。中に入れさせてもらうよ」

「へい、どうぞお通りくだせえ」


 見張りに見送られ、クロードを先頭に村内を進む。その間にも、クロードが簡単な説明をしてくれた。


「ユルゲン男爵はここより南方に位置する北方領邦内の一領主です。男爵領に比べればブラギ領は広大ですし、それ故にこちらを羨んでいるのは知っていましたが、まさかこんな暴挙をしでかすとは……。まあ、内実はカツカツとはいえ、外から見る分にはそんなこと分かりませんからね。もう少し警戒しておくべきでした」

「それを聞くだけなら、確かにその通りだな。だが、いくら羨んだとて不可思議に過ぎる」

「お言葉の通りですが、領邦内は皇帝派と第一皇子派に盛大に割れてますからね。まあ、忠誠心からではなく利権目当てが大半でしょうが。そんな状況下、我がブラギ領は『連合への備え』を言い訳に、旗幟を鮮明にしていません。ユルゲン男爵も当初はこちらの言い分に理解を示しましたが、さすがに時間が経ち過ぎたのでしょう。我慢が限界を迎えたのだと思います。様子を窺っていても、連合が攻めてこないとなれば尚更です。推測に過ぎませんが、動いているのはユルゲン男爵以外にもいるでしょうね。実行に移したのかはともかくとして」


 淡々とクロードは語るが、その声音からは苛立ちや呆れを多分に含んでいるのが窺える。


「なるほど。旗幟を明らかにしていない事実、そして連合が攻めてこない事実を都合よく曲解して、『ブラギは連合と通じている』とでも責め立てるつもりかな?」

「おそらくは、としか言えませんが」

「だとすればよほどの馬鹿だろう、そいつは。何故貴族に任じられているのか分からんぞ。……ブラギが目を光らせているから連合は攻めてこない。普通はそう考えるべきだろうに。逆説、ブラギが揺れれば即座に連合が攻め寄せる可能性は高い。いざそうなった時、そのユルゲン男爵とやらはどうするつもりだ?」

「そこまで考えていないのでしょうよ。ただでさえ狭い範囲でしかものを考えられないのに、利に目が眩んでいるとすれば尚更でしょう。そして、そんな馬鹿は存外と多い。……以前は非難しましたが、これでは皇帝と第一皇子に同情せざるを得ませんね」


 アルスの意見にクロードが同意すれば、リウイとアギトがユルゲン男爵を扱き下ろした。アギトに至っては皇帝と第一皇子に同情している始末だ。

 会話が一段落ついたのと、村の広場に着いたのはほぼ同時だった。

 広場にいた面々から、盛大に『若様!?』という驚きの声が上がる。


「久しぶりだね、みんな。再会を喜びたいところではあるが、状況が状況だ。見張りから簡単な話は聞いたが、もっと詳しく知りたい。手間だろうが頼めるかな」

「はっ。ただ、詳しくと言われましてもご期待に沿えるかは分かりません。それはご承知ください」


 そう答えたのは、他に比べてシッカリとした恰好の人物だった。腰には剣を吊り下げ、軽鎧で身を包んでいる。


「その恰好、巡回兵団の者か」

「はっ。巡回の途中、補給と休息を兼ねて村に立ち寄ったのですが、それと時同じくしてユルゲン男爵の兵が攻めてきたのです。『ブラギ侯爵は連合と通じている! 帝国の忠実なる臣として、我らはこの愚挙を見逃すわけにはいかん!』……彼らの指揮官は、そう声高に叫んでおりました。幸いにして、向こうの目的は村を占領することだった模様です。『我らは義によって起ったのだ! おこないを誤魔化しはしないし、逃げる者を追い討つ真似はしない!』とも叫んでおりました。その言い分を憎々しく思えども、彼我の数の差は著しく、また不意を突かれたこともあり叶う道理はありません。その言葉に甘えて、村民の中から機敏に動ける者を選抜して村を後にし、領内各地に情報を伝えるべく分散した次第です」


 兵士の話は明瞭だった。道中の推測が的を射た形になる。


「……そうか。ありがとう。……向こうとしても、巡回兵団との接触は予想外だったと見るべきかな?」

「さて。そこは何とも。よほどに力を入れて調べない限り、細かな部分まで分かる道理はありません。ですが、世の中『やった者勝ち』、『言った者勝ち』なところがあるのも否定できない事実です。実効支配してしまえば、取り返される可能性は低くなります。同時、己が言い分の正統性を高めるためにも、元から何人かは逃がすつもりだった可能性も捨てきれません。……そのユルゲン男爵とやらの行動は愚挙に違いありませんが、だからこそ疑念が生まれるのも確かです。『そのような愚挙をおこなうのは、言い分が正しいからではないのか?』とね。……どうやら、ユルゲン男爵の許には中々の知者がいるようです」


 クロードが兵士に礼を告げてアギトに水を向ければ、それを受けたアギトは己が意見を述べた。

 それを聞いた面々は唸る。被害を受けた側としては憤懣極まりないが、当事者でさえなければ普通に同意していただろう。


「確かに見事な手腕だ。村一つとはいえ、余分な血を流すこともなく占拠に成功したのだからな。それに言い方は悪いが、言ってしまえば『たかが村一つ』でしかない。旗幟を鮮明にしていなかったことも、ブラギ候には不利に働く。自領の村を占拠された侯爵としては憤懣があるとしても、血は流れていないのだ。大げさに騒いで北の連合に付け入る隙を与えることこそ愚かというもの。評判を聞く限り、そこに頭が回らない侯爵ではあるまい。血か流れていれば収まりはつかなかったかもしれないが、流れていないのでは理性の方が働くだろう。結論としては、村一つを譲渡することで和解する可能性の方が高いだろうな」


 アルスもまた己が意見を述べた。そこには、この絵を描いた者への称賛が確かに含まれていた。

 当然だが、ブラギ領民としては気分の良いものではない。中にはアルスを睨んでいる者もいる。


「アルス……。気持ちは分からんでもないが、被害者側のことも考えろ」

「考えているさ。現状、俺が言った可能性が皆無とは言えないんだ。そんな状況で、下手に周囲が熱を入れてみろ。ブラギ候が如何に苦渋の決断で和解に持っていこうとしても、状況が許さなくなってしまう。それで得をするのは連合だぞ? 攻め込まれて滅ぼされたら本末転倒だ。しかも、真っ先に被害を受けるのは『壁』として位置している侯爵領だ。未だ情報が少ない現状、冷や水をかけるくらいで丁度良いのさ」


 呆れがちにリウイが注意すれば、アルスは飄々と言ってのけた。

 そう、外敵がいる以上、領主は常にそこまで視野に入れて計算しなくてはならないのだ。結果、時として腹立ちを抑えることも必要となる。

 しかしその一方で、領民からの信望あってこその領主でもある。領民が騒ぎすぎれば、本意でなくとも行動しなければならない時もある。

 如何に領民が領主を慕っていようとも、立場の違い、そこからくる視点の違いまでは、中々考慮に入れられない。

 それを危惧して、アルスは嫌われ役を買ったのである。このおこないも、裏返せばブラギ候と領民を考えてのものであるのだから、最終的にはアルスへの信望に繋がる可能性は高い。……そういう、冷静な計算もあった。


「すみません。新帝陛下には、どうやら嫌われ役を買わせてしまったようですね」

「気にするな。次期領主となるだろうお前が嫌われるよりは遥かにマシだ」


 タイミングを見計らい、クロードがアルスの正体を告げると共に頭を下げた。それにより、村人たちは漸くアルスたちの正体を知る。

 それと同時、自分たちの不敬とアルスの真意にも思い至った。

 茶番と言えば茶番であり、出来レースと言えば出来レースだ。しかし世の中、こういうことも必要なのである。


「まあ、前言を撤回するようではあるが、結果としてユルゲン男爵とやらは俺たちに喧嘩を売ったことになる。何せ、以前からブラギ候は俺たちに協力を約していたんだからな。そのために嫡男であるクロードをも派遣したのだ。これで見て見ぬ振りをすれば、俺たちの威信が下がる。……予定は変更だ。ブラギ候との面会は後回しにし、まずはこの件を片付ける!」


 意気高く、アルスは村人たちの前で高らかに宣言するのだった。

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