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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
24/49

第21話

「ふむ、見事なものよな。そうは思わぬか?」


 国境に建てられた前線砦から眼下を見下ろしたラバンは、偶さか時を同じくして集まった他の領主たちに問いかけた。

 国境のこちら側と向こう側。一目で分かるほどに街道が違う。

 向こう側は精々が地面を均した程度。雨が降ればすぐにぬかるむ。それとて砦付近に限った話で、戦を考えて砦に駐留する者たちがおこなったことだ。少し距離が離れれば、整備されることもなく放置されているだろう。

 賊もいれば魔物もいるのがこの世界だ。街道整備が必要と分かっていても、そう簡単におこなえるものではない。拠点から離れた遠方となれば尚のことだ。

 結果、貴族お抱えの兵士なり冒険者なりに仕事が回ってくる。しかし、所詮は素人に大規模な整備などできる筈がない。その知識がないのだから当然だ。そのため、出来ることと言えば精々が地面を均す程度になるが、それで保つのは短い期間だ。

 それでも、その街道の使用される頻度が多ければ、定期的な巡回や修繕もおこなうだろう。或いは、根本的な大整備をおこなうかもしれない。

 だが、戦の時しか使わないとなれば後回しにされがちだ。何せ大雑把な予定しか立てられないのだから無理がない。『攻める』とは公言されても、『いつ攻める』とは公言されないのが世の常だ。『機を見計らって』などという婉曲的な表現になっているのが現実だ。

 逆に敢えて公言される場合もあるが、その際は往々にして予定とは別の場所を攻めることが多い。流布された情報は患者を警戒しての偽り。本命は上層部の間だけで共有され秘匿される。……これもまたよくあることだ。

 足場が悪い状況での戦闘など堪ったものではないが、地均しだって都合よく運ぶわけではない。やったところで行軍中に雨が降れば、台無しとまでは言わないが、多少はマシな程度にまで落ち込むことに変わりはないのだ。

 行軍の途上でやるのも難しい。行軍となれば、どうしたって動きは遅く、大きくなる。そんな状況下で悠長な真似をしているのが敵方に見つかれば、『どうぞ襲ってください』と言っているようなものだ。

 こちらに前線砦があるように、向こうにも前線砦はある。その付近ならばまだマシだろうが、野戦の舞台となり得る中間地点は整備不良で放置されているのが実情だ。……まあ、そういった実情があるため、帝国側は逆撃に重きを置いている面があるのだが。

 一方、砦のこちら側。

 街道の色が違う。地面を均した程度ではない。アルス軍より提供された資材を用い、抜本的な改修がおこなわれたのだ。

 定着するまで多少の時間はかかったが、土を均しただけの道より遥かに頑丈だし、ぬかるむこともない。


「コンクリート……でしたか? 確かに見事なものです。しかも、街道自体、今までよりも広く幅を取ることで一度に通行可能な人数の上限を上げています。それと同時、『車道』、『歩道』、『馬道』と区分けをおこなうことで、衝突事故が起こる可能性を減らしてもいます。それでいて、馬のことを考えてか『馬道』はコンクリートではない。……いやはや、いっそ見事なまでに気を割いています。利便性が向上するのも確かですが、これによる信望の上昇も侮れませんね。新帝アルス、年齢の割には実に老獪です」

「未だ領内全土に施工されたわけではないようだが、徐々に、そして着実に広まっていると聞きます。街道整備を新たな事業として確立する者もいれば、冒険者や傭兵にも仕事が増えているとか」

「工兵に任せられれば安上がりで済むが、手が足りんし、学ぶところから始めなければならないのも事実。それよりは金を投げて業者に代行させた方が手早く済むか。そして、仕事を任せた業者が護衛として冒険者や傭兵を雇う。それに伴い金も循環するな」

「まあ、いずれは工兵にも任せるだろうが、そうなっても手が足りないことに違いはあるまい。棲み分けはできる」


 ラバンの問いに答えるように、各々が口を開いた。


「そして……競馬場か」


 遠方に視線を向けると、大規模な工事がおこなわれているのが分かる。これもまたアルスの方針によるものだ。

 賭博自体は昔からあったが、『馬を走らせて着順を競い合う』というのは新機軸だ。いや、似たようなこと自体は散々とやられていた。訓練の一環として騎馬兵同士が腕を競い合い、その際に小金を賭けることは常套と言っていい。訓練としては不純であることに違いないが、その分だけ熱が入るのも事実だ。それを思えば、声高に否定するのも難しい。結果、度を越さない限りは五月蝿く言わずにいるのが現状だ。

 言ってしまえば、競馬場はその規模を拡大させたに過ぎない。


「言葉にするのは簡単ですし、聞いてみれば道理にも思えます。ただ、実現するのが難しい。村や町を往復するだけでも、力弱き民衆にとっては一苦労です。護衛なしにそんな真似をすれば――いや、たとえ護衛をつけていたとしても死ぬ可能性はあり、実際に死んでも文句は言えない。嫌な話ではありますが、それが現実です」

「しかし、その『現実』に一石が投じられた。大規模にして抜本的な街道整備をおこない、それにつられてやって来た魔物や賊を間引く。最初の負担は大きいですが、一度事が済んでしまえば、以後の負担は格段に減る」

「同時、街道を行き来するに当たっての安全性も上がる。安全性が上がれば、民衆も村や町の外に出かけるのを億劫には思うまい。そして、競馬場が完成した暁には賭博という娯楽に熱を入れる。フン、良くできている。……それを可能にするのが『始祖の遺産』であり、新帝軍の抱える人材か。街道整備が進まなければ、結局のところは皮算用でしかないからな。何かにつけ人手不足と嘯いているが、到底信じられるものではないな」


 目を閉じれば、領民たちが騒ぎ合う姿が脳裏に浮かぶ。笑う者もいれば悔しがる者もおり、喧嘩だって起こるだろう。だが、度を越さない限りは喧嘩だって生活の華だ。余裕がなければ喧嘩だってできないのだから。

 己が領民が、己の頭を超えて他の者を慕う。その事実に苦いものが無いではない。しかし、その選択をしたのは、新帝に頭を垂れることを決めたのは自分なのだ。それに、次代――今よりも成長したルーが当主となった暁には、自分よりも信望を得られる筈だ。ならば、クラウス家は安泰だ。その時を思えば、苦々しい気分を味わおうとも我慢はできる。


「気を入れなければならんな。ここを抜かれでもしたら、やはり皮算用に終わってしまうのだから」


 ラバンの言葉に、その場の全員が頷いた。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 道の真ん中では、十数人の作業員が街道整備に当たっている。それを囲うように、更に数十人の姿がある。こちらは護衛役だ。

 同じようなグループが、一定間隔ごとに散在している。一つのグループごとに区間を定め、それぞれが自分の担当する区間に到着次第、作業に取りかかるのだ。そうすることにより、ほぼ広範囲が一度に出来上がり、使用可能になるまでの誤差が少なくなる。

 大規模作業であることを思えば一区間辺りの人数が少ないが、作業員が多ければ護衛用の人数も多くなる。人数が多くなれば、それだけ全体的な移動速度も下がる。広範囲を作業するに当たって、それは旨くない。

 作業を実施するに当たり、事前に間引きをおこなってはいるが、魔物とて馬鹿揃いではない。獲物を食らうに当たり、それが危険な相手かどうかを本能的に嗅ぎ分けるくらいはする。結論から言うと、間引き係に引っ掛かった魔物は少ない。

 そのため、作業中、高確率で魔物に襲われる危険性は告知している。それを承知のうえで、好き好んで危険な仕事に従事しようとする者は少なかった。許容可能な者は、元よりそういう仕事に就く。

 第一、そもそもの作業員だって限りがある。実際、臨時の雇われも多い。

 平たく言えば、『現実』と『理想』の境界が『現状』だった。


「こんなドロドロのやつが、固まって道になる……ねえ。俄かには信じられねえや」

「それには同感だが、あまり気を抜くなよ」

「へいへい。わあってるよ」


 作業光景を眺めつつ、護衛役に割り振られたオージンが言えば、即座にハルバンが注意した。

 護衛役は実に様々だ。オージンらのようにアルス軍の所属者もいれば、それぞれの領主から派遣された兵士もいるし、冒険者や傭兵も少なくはない。

 あまり詳しいわけではないが、それでも今までの街道整備に比べれば異質であることくらいは分かる。その出来上がりも。

 既に工事がおこなわれ、実用化されている街道も少ないがあるのだ。そしてオージンとハルバンは、完成した姿を実際に目にしてから間もない。

 だがそれは、アルス軍に所属していればこそなのだろう。多くの者は未だ目にしたことがない筈だ。

 だからこそ、アルス軍から提供された資材を用いての街道整備。その出来上がりに、誰もが興味津々ということか。

 砂地とは違う。石畳とも違う。道自体の強靭さやら出来栄えを考慮すれば石畳に近いのかもしれないが、時間はかかれど石畳よりも圧倒的に手早く終わる。……少なくとも、そういう触れ込みだ。

 新帝の方針として、時間短縮のためには魔導士も遠慮なく使う。攻撃魔法が目立つこともあり魔導士は『戦闘の花形』として見られがちだが、魔法には戦闘以外に重きを置いたものもある。正確には、着想と工夫次第と言う方が正しい。攻撃魔法だからといって、必ずしも攻撃に使う必要はない。……そういうことだ。

 言われてすぐにできることではないのも事実だが、修練次第で難易度が変わるのもまた事実。今現在はそこら辺をアルス軍に任せきりだが、それを踏まえたうえで術士を囲い育成すれば、将来的には作業の安定度も上がるだろう。

 

「おいでなすったぜ!」

「気を付けろ! 魔物だ」


 どこからか声がした。護衛役の誰かが上げた声だろう。それを受け、オージンとハルバンも態勢を整え武器を構えた。

 護衛役は三層に分かれている。一番外側が前衛職。中層が弓使いや術士。一番内側に『最後の壁』として比較的戦闘能力の高い者が配備されている。まあ、絶対ではなく多少のズレはあるが。

 現れたのは獣型の魔物と人型の魔物だった。


「四足獣タイプとゴブリンだな。別に珍しくも何ともねえ」


 眼を細め前方を見やったオージンが、つまらなさそうに言った。


「確かにそうだが、状況を鑑みればベストだ。被害が出ないに越したことはないからな」


 獣型の代表格は犬、猫、鳥。これが元になったのであろう魔物は、割とどこにでも出没する。元となった動物が動物だけに、比較的弱い魔物が多いのが救いか。

 人型で有名なのはゴブリン、オーク、オーガ辺りだろうか。この中でゴブリンは本当に多い。その数の多さから、『賊のなれの果て』を推す声が一定以上存在する。


「おらあ!」

「死にさらせ畜生が!」


 中層が攻撃を仕掛けた。矢や魔法が飛び交う。未だ外層と距離があるうちの先制攻撃だ。基本、これが終われば多くの中層メンバーは作業員同様に引っ込むことになる。


「まだ奥からくるぞ!」

「遠距離攻撃を続けろ!」


 だが、それも場合によりけりだ。先制攻撃で終わることもあれば、終わらないこともある。今回は終わらなかったらしい。

 魔物の第一陣と外層がぶつかり合う中、その隙間から更に矢や魔法が放たれる。あくまでも威嚇がメインで、当てることを求めてはいない。当たったり逃げてくれれば儲けもの。当人も周りもその程度の期待だ。乱戦越しの攻撃はそれほど難しい。下手に当てようとすれば、味方に誤射する可能性も高まってしまう。


「オージン、肩貸して!」


 その様な声が聞こえるや否や、オージンの両肩に重みが増した。中層から下がってきたターニャが飛び乗ったのだ。


「ぐおっ!? おいこら、ターニャ!」

「五月蝿い! 文句はあと!」


 堪らずオージンが文句を言おうとするが、一方的に切り捨てられた。……まあ、状況を鑑みれば無理もない。

 高さを得たターニャは、次から次へと矢を射放っていく。一矢、二矢、三矢……そのいずれもが命中。不安定さをものともしていない。

 曲芸じみているが、こんな真似ができるのも二人の息が合っていればこそ。ハルバン相手でもできなくはないが、オージンが相手の時と比べ命中率は見るからに下がる。


「ハルバン、矢!」

「ちょっと待ってろ!」


 これまた一方的にターニャは叫んだ。その意を汲んだハルバンは、叫び返して走り去った。替えの矢を取りに行ったのだ。

 矢は射放つたびに手元から無くなっていく消耗品だ。それでいて一度に持ち運べる数には限りがある。こうも射放っていれば、手持ちがなくなるのは時間の問題だ。


「チッ、数が多い!」


 ハルバンを待つ間にも矢を放たないわけにはいかない。ターニャの口から舌打ちと悪態が洩れる。

 一矢、二矢、三矢、四――矢筒から取り出そうとした手が空ぶる。矢が無くなった。


「チッ、矢が無くなった。ハルバンはまだ!?」


 再びの舌打ち。怒号にも等しき問いかけ。

 未だ最奥まで押し込まれてはいないが、所々で乱戦が発生している。このまま続けば、押し込まれるのも時間の問題だ。

 それを認識しつつ、オージンは視線を変えた。物資は第三層よりもさらに内側に纏められている。眼に映るのは、作業員と遠距離攻撃役が犇めきあっている姿だけ。ハルバンは見えない。


「ダメだ、見えね――」

「待たせた!」


 オージンの声に被せるように、ハルバンの声が届いた。

 かと思えば、すぐさまターニャへと矢筒が渡る。今手渡した以外にも、何と四個もの矢筒をハルバンは持っていた。


「感謝!」


 手短に礼を言い、再びターニャは矢を放つ。こうしていられる時間も限られている。ここまで押し込まれたならば、矢の残数に限らずターニャは下がらざるを得ない。アルス軍に合流して以降、接近された場合の立ち回りも訓練しているが、未だものにはなっていないのだ。

 その焦燥が、逆に多大な集中力を生んだのか。いつの間にかターニャは、一矢ずつではなく、二矢、三矢を同時に放っていた。そして、命中。

 矢の消費速度は早まるが、殲滅速度もまた早まる。結果、ターニャは替えの矢筒を全て空にした。


「あとよろしく!」

「ああ」

「おうよ、終わんのを待ってな!」


 ターニャが下がっていくのを見送り、オージンとハルバンは気合を入れた。集中力を削ぐまいと声に出すことはなかったが、あれほどの絶技を見せられて昂らないわけがない。


「さて、いくぜえええっ!」


 雄叫び一つ。オージンは人垣の向こうへと消えていった。


「あの馬鹿……。俺たちの役目は『最後の壁』だというに……」


 呆れたものの、すぐにハルバンは気を持ち直した。オージンらしいと言えば、らしいことに違いはない。それに、壁の内側にさえ魔物を通さなければ、結果的には役目を果たしたことになる。ならば、これも現場判断だ。……アルス軍の影響か。いつの間にか、ハルバンは以前よりも柔軟な考え方ができるようになっていた。

 そして最終的に、護衛は護衛としての役目を果たすことに成功するのであった。

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