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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
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第20話

 幹部用として宛がわれた建物の一室。アルスの私室として用いられている部屋に幾人かの姿があった。その全員が同期生である。

 今はホープスより戻ってきたマシューから口頭による報告を受けていた。


「……そうか。ありがとう、マシュー。報告書はきているが、それだけだと不明瞭な部分もあってな」

「ま、仕方ねえだろうよ。報告書だけで全てが分かるんなら苦労はねえって」

「しかし、思いの外に別動隊の進みが悪いな……。後々のことを鑑みれば、その分だけ支配が行き届くのかもしれんが……」

「けどそれって、逆説、私たちの方の足場が揺らぐってことになるわよ?」

「そりゃあ揺らぐだろうよ。俺たちの方はアルス本人がいるから表面化していないだけと考えるべきだ。事が済んだ後――論功行賞次第では暴発する輩だって現れるだろうさ」


 皇帝と側近。その事実に違いはないが、公の場でなければ友人関係という顔の方が強い。言葉遣いはざっくばらんで、言いたいことを言い、言わなければならないことを言う。

 それだけの強い結びつきがあるからこういった場を用意できるし、こういった場があるから結び付きを維持できている。


「或いは、その時を待たずして事は起こり得るでしょうね。俺たちの側についた者の中にも、皇帝乃至は帝国に忠を尽くす者がいない筈もないでしょうし。いざ決戦の場で裏切り、後方を脅かす。それだけで、途端に俺たちは窮地に追いやられることとなる。……アルス殿、そこについてはどうお考えで?」


 椅子代わりにベッドに腰掛け、自論を述べたアギトはアルスへと問いかけた。


「アンナたちに比べると、俺たちは順調に進み過ぎている。その事実だけで、その危険性を否定することはできないな。全員が全員とは言わないが、中には示し合わせたうえで俺たちへの協力を表明した者も確かにいるだろう。それは認める。……だが、状況、予定、感情、世の中には変わらないものなんてないんだ。確かに初志を貫く者もいるだろう。しかし、誰もが誰もそのように強いわけではない。正式な爵位の授与こそまだだが、据え置きのまま使っているし、働き次第では陞爵も約束しているし、ホープスの産物も広めている。十分に飴はばら撒いているんだ。そんな状況で、果たして心変わりをせずにいられる者がどれだけいることか……」

「……なるほど。確かに御尤もです。裏切りは唾棄すべきものですが、理由如何で話は別となる。……そもそも、第一皇子たちが一斉蜂起などしなければ今の状況を迎えてもおらず、裏切りの土台が築かれることもなかった。気付いていたのかいなかったのかはさて置き、結果としてそのような愚行を見過ごした皇帝も悪い。つまり、先に裏切ったのは帝国の側。まあ、向こうには向こうでそうせざるを得なかった理由があるのかもしれませんが、巻き込まれた側としては知ったことじゃないのも事実。必ず不満は蓄積しているでしょう。それでも忠を尽くさんとするならば、その志はご立派です。しかし、領主としては不適格と言わざるを得ません。領主が考えるべきは第一に領内の安寧なのですから。その点に置いて、俺たちの側につくメリットは大きい。……ふむ。ともすれば、俺たちが何もせずとも自浄作用が働くかもしれませんね」


 アルスの言葉にアギトは納得を示した。

 可能性だけならば、進んで協力を約した者が裏切りを働く可能性は確かにあるのだ。しかし、その成功率には疑問が残るのも確かな事実。埋伏先に取り込まれる危険性を、決して否定はできないからだ。

 毒の可能性があると知りながら、或いは知らずとも己を重用する者を、一体どうして裏切れようか。……扱い次第で、そのように揺らぐ者が現れる可能性を捨てきれないのが現実なのだ。

 さて。

 話し合いの最中、アルスは唐突に全身を震わせた。

 それを見た同期生たちは、身構えるでもなく『きたか……』と溜め息を吐く。


「つーか、ぶっちゃけめんどくせえ。そりゃあ、確かに環境改善は望んだし、そのために幼い時から動いてはいたけどさ、それが何だって俺が皇帝として起つことに繋がると思うよ? 自分を試したい気持ちがあるのは否定しないけど、こんな重責は望んでねえっつーの」


 テーブルに突っ伏したアルスは思い切り愚痴を吐いた。……仲間内では特に珍しい姿ではない。立場がどうだろうと、アルスが十代半ばの若者であることに違いはないのだ。これで愚痴や弱音の一つも吐かぬようでは――吐ける環境がなければ、その方が逆に問題だ。

 同期生たちはそのように理解を示すものの、皇帝としては見せられない姿であることに違いはない。

 そして、アルスに引き摺られるように、リウイとセリカもテーブルに突っ伏して愚痴を吐く。


「そりゃあ俺も同じだっての。お前と幼馴染ってだけで、自然と重責を負わされるようになったんだからよ」

「右に同じく」


 アルス、リウイ、セリカの三人は暫し互いの顔を見つめ合い、やがて一斉に溜め息を吐いて零した。


『村での生活が恋しい……』


 その言葉には、切実なる思いが込められていた。それを周りの面々は、『またやってるよ』と半ば呆れと共に見守っている。……早い話、いつもの光景であった。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


「しかし、驚いたよ。俺たちがホープスに行って戻ってくるまでの間に、領邦をほぼ掌握しちまってんだからさ」


 アルスたちが落ち着いた頃合いを見計らって、マシューが口を開いた。


「それはヘクトル候の功績が大きいな。こっちの仕事は少なかった。……彼は自らの治める領邦内において、以前からルールを明確にし、それに伴っての信賞必罰をきちんとおこなっていた。……自らの働きを正当に評価してくれる。そういった人物ならば、『下』の者も仕えやすい。実際、クラウス伯もヘクトル候には感謝をしていた。……そして、その事実は領邦内に広く周知されていた」

「俺たちはそれに乗っかっただけだ。……新帝軍は瞬く間に領邦内の反乱騒動を鎮静、当事者たちは新帝へと頭を垂れた。そんな感じで美談として領邦内に広まった結果、こちらが何することもなく『我も我も』と協力を表明する者が後を絶たなかったのが実情だ。……ヘクトル候の行動次第では、こうもすんなりとはいかなかったろうさ」


 アルスとリウイがそれに返した。

 マシューは頷き納得を示す。かの侯爵の人柄ならばおかしなことではなく、その手腕を考えればその程度の工作は軽くやってのけるだろう。


「……で、アンナ殿の行為については結局のところどうするんです?」


 そう訊ねたのはアギトだ。


「罰を与えることはないよ。アンナの判断と行動は妥当なものだし、俺の正妃であるアンナはそれが許されるだけの権限を持つ。それが正式発表だ。与えたのも、所詮は名誉爵位だしな。……そのうえで、尚もどうこう言う奴がいたら潰すだけだ。話を聞く限りでも、報告書を読む限りでも、リリィ・ナイトナウ騎士爵とライラック・ドールマスター騎士爵を始め、この件でアンナが爵位を与えた人物は確たる成果を示している。それを認められないような狭量な人物に用はない。認めたうえで尚も不満があるのなら、負けじと成果を出せば良いだけなんだしな。喚くだけなら『負け犬の遠吠え』に過ぎんし、そんな輩に対して必要以上に配慮する必要もない」


 平静を保ったまま、しかし酷薄とした表情を浮かべてアルスは言った。そこには確かな苛烈さが滲み出ている。

 勲功を考えた場合、目立ちやすいのが武功というだけだ。アルスはそれを認めているが、だからといって武功以外を重視しないわけではない。

 だというのに、必要以上に不平不満を喚き散らす。そんな人物は、新帝権では害でしかない。

 新風を認めない組織は自然と内部の空気が淀んでいく。正常な組織運営を望むなら、若手だろうと新参だろうと外様だろうと、実力があるなら素直に認めるべきなのだ。如何に位が高かろうと、それができない先達は老害と蔑まれても文句は言えない。

 まあ、実力を認めたうえで増長しないように苦言を呈することも必要だが、こればかりは判断の難しいところだ。


「……で、シオンから聞いたんですが、ゆくゆくは大陸制覇のみならずその先を目指してるってのは本当なんです? シオンの言い様じゃあ冗談には聞こえなかったんですが……」

「ああ、マシューには言ってなかったか。本当だよ。本音を言えばそんなことはしたくないし、したとしても大陸制覇で済んでくれれば御の字だけどな。ただ、果たして一体どうなるか……。俺は楽観主義者であると同時に悲観主義者だ。どうしたって、この『用意されたかのような状況』に思うところはある。である以上、帝国の鎮静だけで終わるとも思えないんだ。一時の安寧は得られるかもしれないが、また事態が動くんじゃないかと危惧せずにはいられない。……まあ、仮にそうなったとしても上手く事が運ぶだろうとは思うんだが、その判断は事が済んだ後にしか下せないだろうし、相応の備えがあってこそだろうとも思うわけだ」

「その話は俺も初耳ですね。しかし、ホープスという存在を知っている身としては、確かに頷ける部分はあります。『所在不明の随行艦』という存在が、また不安を掻き立てるのも事実ですしね」

「それもあるし、始祖同様に新たな存在が天から降り立つ可能性も否定はできねえだろう?」

「ああ、その可能性もありますか……。前例を知っている以上、否定しきれないのが何とももどかしいですね」

「我ながら考えすぎだとは思うんだけどな。だが、ホープスを再稼働させた身としては考えずにいられないわけだ」


 その場の全員が顔を見合わせて溜息を吐いた。アルスの危惧は決して的外れとは言えなかった。現実として、アルスはホープスを目覚めさせているのだから。である以上、考えすぎと高を括って、いざ現実にその時が訪れたら目も当てられない。

 これもホープスに収納されている知識の影響だろう。知識の媒体は何も堅苦しいものばかりではない。ノベルやコミックなども収められているのだから、文字や言語の勉強に取り組むに当たりそういった娯楽データを取っ掛かりにする者は存外多いのだ。

 そして閲覧したものの中で、アルスの危惧と似たような展開を迎える作品も無くはない。むしろ、現状と相似した展開の作品もあった。無論、細かな部分を比べれば差異は大きい。しかし大まかな部分では……。


「この話題、今はここまでにしておきましょう。現時点でできるのは心構えくらいなもの。これ以上続けるのは建設的じゃありません」


 首を横に振りつつ、アギトが言った。……忍者を目指す彼だが、そもそもの目的は養父の助けとなること。そのために幅広く知識を収集したこともあり、人手を分けたアルス軍では軍師や参謀の役目も熟していた。

 アルス軍につくと決めた以上、アギトにとってアルス軍の敗北は望ましいことではない。同期生という関係をどう捉えるかは人それぞれだが、だからこそ場合によっては家にどれほどのしわ寄せが行くか分かったものではないからだ。

 自分たちのような孤児を引き取り育ててくれた当主には多大な恩がある。ならばこそ、恩には報いねばならない。仇で返すなど以ての外だ。

 さりとて、過去をどうすることもできやしない。ならば、着地点をより良きものにするべく、努力することこそ肝要だ。そのために必要とあれば、相手が新帝であろうと苦言や諫言も厭わない。

 そういったアギトのスタンスは、アルスにとってもありがたいものだった。アルスは自分のことを強者とは思っていない。耳当たりの良い言葉だけを聞いていれば、その内に堕落してしまうだろうという危惧を常に持っている。

 苦言や諫言によってへこむことがないではないが、その後の展開を考慮すれば十分に許容範囲と言えた。

 皆が話題転換に同意したのを見て、アギトは新たな話題を投じる。


「我々が行動を起こしてから数ヶ月は経っていますが、中央の動向がまるで分かりません。これが非常に気掛かりです。……ヘクトル侯爵は中央にも手勢を放っているそうですが、その後、何か報告はありましたか?」

「いや、ないな。皇帝お抱えの密偵団が動いているらしいことが判明して以降、安全第一で仕事に当たらせているらしいが……。まあ、それに文句を言うつもりはないし、言えないだろう。……もしかしたら何らかの情報は掴んでいるのかもしれないが、移動速度の兼ね合いからまだ侯爵にまで報告が届いていない可能性だって十分にある」


 北西領邦の主だった人員には既に二輪車や四輪車を配っているが、だからといって遠方で働いている密偵団が使えるわけではない。精々が、現地から撤退して北西領邦に入ってからだろう。

 それを思えば、確かにアルスの言う可能性だって十分に存在するのだ。


「ええ、確かにその可能性はあります。しかし、それにしたって妙です。得た情報の重要性を現地で精査する必要があるのかもしれませんが、当事者ならばそれが難しいことも分かっているでしょう。侯爵自身、己が密偵団が皇帝お抱えのそれに及ばぬことを認めているのですから。……団員としてはその評価に不満があるのかもしれませんが、それで仕事を果たさぬようでは本末転倒。より評価が下がることになる。その程度のことが分からぬ筈もないでしょう。ならば、手当たり次第に情報を送ってきてもおかしくはないんですよ」

「だが、現実としてそれがない……か。確かにおかしい。末端とはいえ密偵団の一員として否定はできねえな。先輩方が仕事をしねえ筈もないし、となると……おいおい勘弁してくれよ。まさかそれすらも皇帝の密偵団に封殺されてるってのか? んなことをしてどんな得があるってんだよ?」

「さて、そればかりは……。第一皇子派の一斉蜂起に関する情報の封じ込め。これに関しては分からなくはありません。探そうと思えば、色々と理由を探すことはできます。しかし、事が起こって以降の情報を封じ込める必要がどこにあるのか……。現状、世間で広く謳われているのは我らに関することが大半です。皇帝や第一皇子に関する情報も無いではありませんが、不満や批判ばかりが目に付きます。国を治めるに当たっては、家臣からの信望はもちろん民衆からの信望も不可欠です。なのに、中央の状況が全く分からないために、前帝権に対する信望は低下の一途を辿っています。不気味さは得られますが、統治へのメリットには繋がりません」


 それが現実だった。この行動に対する、帝国の利が分からないのだ。


「もういっそのことシンプルに考えたら? 前帝権は国体の維持を全く考えておらず、アルスに譲ることを第一にしているってさ。これも否定はできないんじゃない? ……国土は広がり、今では言うことを聞かない家臣も多くなった。血統だけで維持するには限界を迎えてしまった。そんな折、始祖降臨の地から『始祖の再来』と呼べる人物が現れた。ならば、彼の人物に帝権を譲り渡すことこそが天命である。……一国のトップと、その継承候補筆頭だからこそ、そんな風に考える可能性もあると思うのよ。分かりやすく言えば、疲れたし悲嘆したんでしょうね。そして、最後の務めとして人員整理に動いた」


 セリカの言うことに、誰も異を唱えることはできなかった。反論しようと思えばできる。しかし、そういった考えが一度も脳裏をよぎらなかったわけではないのだ。


「レオンハルトを俺の許へと送り、アンナと婚姻を結ばせる。それが叶った時点で、アヴァロン家自体の家門は残る。安泰と言えば安泰だ。そして自分たちは、愚かな皇帝、愚かな第一皇子として断罪される。そうすれば、確かに新帝権の安定度は増すだろう。……可能性を否定しきることはできんな」


 そして、アルス自身がその可能性を認めた。


「しかし、それが正しくとも最後まで掌の上で踊ってやるつもりなど俺にはないぞ。何せ、俺たちは常にと言っていいほど人員不足なんだからな。真実、そんなことを考えてこんな事態を引き起こしたというのなら、それこそ楽には殺してやらん。死ぬまでこき使ってやる」


 同時、条件次第ではあるが皇帝や第一皇子の生存も認めた。間違いなくアルスの本音ではあるのだが、そこにレオンハルトやアンナに対する配慮が無いわけではない。


「まあ、まだ先のことだ。一歩ずつ、着実に、周囲を掌握して圧迫していかないとな。……お前たちには面倒をかけるが今後も頼む」


 そう言って、アルスは軽く頭を下げた。今となってはプライベートだからこそ許される所業だ。

 その場の面々は、誰もが誰もそのことに苦言を呈することはなく、ただ肯定の言葉を返すのだった。

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