第19話
僅か数日ではあったが、ホープスでの生活はルーたちに大きな影響を齎した。
人との出会いもそうだが、異星由来の技術も大きい。ルーたちが直接目にして触れたのは全体のほんの一部に過ぎないが、多少のグレードダウンをしたとしてもあれが全土に広がるのなら、生活の利便性は大きく向上するだろう。
中には民間に下げ渡される予定の技術もあるらしい。互いに刺激し合い、技術を高め合っていけ……と、こういうことなのだろう。
その一方で、進化の多様性を狙っている面もあると見た。
この世界『リザーディア』のそれと比べた場合、異星『地球』のそれは先を行きすぎている。だが、地球の技術には魔力が使われていない。神話の類には魔法や魔力、魔物も登場しているが、ホープスが母星を発つ時には既に空想上の産物と成り果てていたそうだ。
魔法などが比較的身近なルーたちとしては理解し難い部分があるが、取り敢えずはそういうものだと認めなければ話は先に進まない。
そして認めてしまえば、異星の技術をそのまま広めるのには無理が大きいことも分かる。
物を作るには様々なモノが必要だ。作り手もいれば材料もいるし、環境にだって左右される。必然、材料があっても作り手や作れるだけの環境がなければ物は作れない。その逆もまた然り。
馬を走らせるには餌が必要だ。しかし、餌がなければそのうちに力尽きる。
そのように共通項は多いが、相違部分もまた多い。『鉄』という名称が同じで、似通った性質を持っていたとしても、地球とリザーディアのそれは互換性があるだけで同じ物ではないのだ。それは何も鉱物に限った話ではない。人も、食べ物も、厳密には違う。
結果、様々な問題からそっくりそのまま使い回すのは無理がある。
アルス軍で使われている二輪車や四輪車だって、元のそれからは格段に技術を落としている。そうでもしなければ、その道のプロ――ホープスに滞在している研究者たち――ですら理解をしきれなかったそうだ。だがそれとても、ホープスが地球を出立した際には旧い技術と化していた。旧い技術を更にグレードダウンさせることで、漸くその道のプロが理解できるほどに地球とリザーディアでは技術的格差が大きい。
しかし技術を落としたからこそ、難しくはあったが何とか理解をすることはできたし、この世界で使えるように技術を混ぜ合わせることもできた。それは否定できない事実である。段階を踏めば、決して理解出来ないわけではなく、使えないわけではないのだ。
材料の質については判断が難しいところらしい。
こちらの世界には魔鉱石がある。無論、普通の鉱石もあるが。
単に魔石と称されることもあるが、文字通り魔力を宿した鉱石だ。主に魔物やダンジョンから採取できる。そして魔鉱石の中には、炎鉱石や雷鉱石のように偏った属性を宿す物もある。
ホープス周辺では、本来なら火山地帯にでも赴くか、火属性の魔物でも倒さなければ採れないはずの炎鉱石を始めとする偏った属性の物も含め、それなりに純度の高い魔鉱石がコンスタントに採れるそうだ。
もちろん、一般的な鉱石も取れる。その中において『希少』とされる物も。こちらもまた純度はそれなりに高い。
こんな事情があればこそ、アルスを始めとする上層陣が乗る物には、物理防御力と魔法防御力を考えてレアな素材もふんだんに使われているらしい。……そう言われれば、理解も納得もできる。
同時、そんな事情があればこそ、アルス軍は金を稼ぐのも比較的容易だそうだ。鉱石のみならず、魔物素材や食べ物に関しても、その希少性故に値が高いものは相応にある。そしてホープス周辺では、種類は限られるもののそれらもまた手に入りやすい。
まあ、そんな事情もあって『ホープス周辺=ダンジョン説』が生まれたそうだが、これまた理解もできれば納得もできる。
「それにしても、エルフにドワーフって本当にいたんだね……」
帰りの車内。ポツリとマリーが零した。
「ああ、本当に驚きだった。外見は僕たちとそう違いないように見えたな。精々、エルフは僕たちより耳が長く尖り気味で、ドワーフは背丈が小さいくらいか?」
「そんなもんだったよね。あれなら、紛れていても単に周りが気付かないパターンもあるんじゃないかな?」
エルフ、ドワーフ、獣人に竜人……そういった異種族に関しては、その存在が決して示唆されていないわけではないのだ。英雄譚ではお決まりのように登場している。
だが、存在が示唆されているだけで、実際に目にしたという話は中々聞かない。
そんな希少存在が、デュース・アストレア子爵の組織する興行団に所属していたのだから驚きだ。
自称『ハイエルフ』のリリィ・ナイトナウ騎士爵。本人曰く『流れ者』。外見年齢は自分たちとそう変わらぬ少女ながら、その実、遥かに永い時を生きているらしい。
同じく、自称『ハイドワーフ』のライラック・ドールマスター騎士爵。こちらはリリィより幼い外見でありながら、内面はより成熟した感じを受けた。これまた『流離者』を称している。
本人たちから聞いたことだが、種族の頭に『ハイ』がつくのは限られた存在だけらしい。明確な自我を持ち、物質との物理的接触を果たせるほどにまで至った高密度の魔力体にして精神生命体である『精霊』が、本当の意味で人間と一体化した存在なんだとか。
人間が千差万別であるように、精霊もまた千差万別。中には種族の別を関係なしに互いに想い合う存在が生まれてもおかしくはない。だが、当然ながら寿命が違う。いくら想い合おうと、その果ては死別のみだ。
普通ならそれで終わりだが、時としてその先に進んでしまう存在もいる。想い人の死体に自らを融け合わせるのだ。
そうして生まれるのが、人でありながら人でなく、精霊でありながら精霊でない存在。人の肉体を持てど、時間の軛から解き放たれた存在。全くの新種族。
それが何故ハイエルフやハイドワーフを名乗るかと言えば、有体に言って処世術の一環であるらしい。寿命は無きに等しくとも、人の身を持ってしまったが故に飲まず食わず眠らずではいられない。我慢ができなくはないが、苦しいことに違いはない。
そうである以上は、他種族との交わりも考えなければならない。いくら隠れ潜んでも、バレる時はバレるのだ。だからこそ、融合後の外見や得意不得意から似た種族を名乗り、その一方で『ハイ』をつけることで別種族だと主張するわけだ。つまり、厳密にはハイエルフはエルフではなく、ハイドワーフもまたドワーフではない。
ともあれ、それらの行為は念のための保険であるのが大半らしいが。
そもそも、それぞれの種族からして互いの関係性は希薄だ。寿命、特技、身体能力……諸々を理由にして人間同士でも相争う。それが他の種族に適用されない道理もない。である以上、種族が違うとなれば尚更だろう。好き好んで接触する筈がないのだ。
そうは言っても、様々な理由から全く接触せずにはいられないのも実情だ。しかし、そんな前提があっての付き合いだから、関係は限られたものになり、裏事情までは周知されない。
そんなわけで、場所を違えれば存在が示唆される程度の情報にとどまっているわけだ。
結果、実情を知らぬ者が相手ならば、『ハイ』をつけて名乗っても『高貴な血統なんだろうな』と勝手に勘違いしてくれる。
一方、実情を知る者が相手ならば、よっぽどの馬鹿でもない限りは慎重に接してくれるようになる。
どちらにせよ、抱く畏怖が所作に表れることとなり、煩わしい人間関係に悩まされる可能性は減る。種族を明かすだけのメリットはあるのだ。
会ったばかりのルーらにもそんな裏事情をぶっちゃけたのは、リリィとライラックにも相応の理由があってのことだろう。簡単に思いつくのは権力者との結び付きか。要は逃避先を作っているのだろう。
普通に考えて、安定した暮らしを送るだけならば有力者とお近付きになる必要はないし、無理に正体を明かす必要はない。
それを思えば、リリィとライラックが興行団に所属したのはまったくの偶然だった可能性もある。無論、狙って所属した可能性もあるが。
ただ、運営者がデュースであることを知った時点で、正体を明かすことは考慮に入れていた筈だ。
ひとところに長居するつもりであれば、権力者による保護を受けて損することはない。いくら何でも、『若作り』で誤魔化すには限度があるからだ。
しかし、現実は厳しかった。安定した統治をおこなう子爵領。……近隣の領主にとって、これだけ食指を動かされる存在はそうもあるまい。利益を得るべく、介入する隙を密かに窺っていた筈だ。
そんな状況下で、嫡男派による一斉蜂起が起こってしまった。
如何に統治が上手くいっていようと、子爵領であるからには保有戦力も限られている。急襲すれば占領することも不可能ではない。……実際に近隣領主がそんなことを考えたのかまでは定かでないが、嫡男派の蜂起を契機にアストレア領が近隣領主に攻め寄せられたのは事実だ。
「僕たちとは違ったな。僕たちは反乱軍こそ興したものの、実際に戦闘が起こることはなかった。しかし彼女たちは……」
「……そうね」
近隣領主にとって誤算だったのは、その地の領民にもデュースを慕う者がおり、前以て情報提供があったこと。
デュースの信望が高かったゆえに、急遽の徴兵にも領民からの不満が小さく、むしろ理由を知って意気軒昂になったこと。
そして最大の誤算は、デュース本人を始めとし、強力な個人戦力が多かったこと。
結果として、アストレア子爵領は近隣領主からの急襲を返り討ちにした。
だが、決してダメージがなかったわけではない。基本、戦えばダメージを受けるのが道理だ。アルスたちのように――色々と小細工を弄して相手の士気を下げられるだけ下げてのこととはいえ――少数精鋭で対処してしまう方がどうかしているのだ。
デュースたちは結果として領内の町村全てを護ることは不可能になり、已むを得ずいくつかを捨てた。護るべき場所を減らせば、まだ抵抗は可能だったからだ。
その一方で、新帝軍別動隊へと救援要請を出し、自分たちも別動隊に最も近い町村へと移った。『同じ寄り親を持つ寄子が攻め寄せてきた段階で、既に寄り親に頼る選択肢は無かった』とはデュースの弁である。……後にこれを聞いたシオン――寄り親である『ウェズベル公爵』の令嬢――が頭を抱えたのは言うまでもない。
ともあれ。結果としてその選択は功を奏し、アンナが率いる新帝軍別動隊と合流、逆撃に成功した。
そして、過程はどうあれ力の一端を示してしまったリリィやライラックたちをそのままにしておく選択肢を、デュースも新帝軍も持ち得なかった。
しかし、必要以上に縛りつけて反発されれば元も子もない。二人の正体を知らされれば尚更だ。
だが、何の制限も付けないことには民衆の不満と反発が高まる。ただでさえアストレア子爵領民の中には、一時的とはいえ故郷を捨てざるを得なくなってしまった者たちがいるのだから、その憤懣は溜まっている。
強力な力を持つリリィとライラックへの恐れと頼もしさもあれば、そんな実力者がただの興行団員でしかないという現実に対する反発もある。何の対処も打たないままでは、それらが暴発する危険性は否めなかった。
その結果の折衷案が騎士爵の授与である。リリィとライラックだけでなく、目覚ましい働きを示した者には洩れなく授与された。
あくまで暫定的な対処であるが、同時、新帝権で最初の爵位授与者になってしまったのも事実だ。
何せ、現状での爵位はあくまでも前帝権から与えられたものでしかなく、新帝権では便宜的にそのまま使っているに過ぎないのだから。状況故に修正も容易ではなく、以上の理由から事が収まった後、働きを考慮したうえで新しく発表されることになっている。まあ、大半はそのままスライドする予定らしいが、働き次第では陞爵もあるし、その逆に降爵や爵位の剥奪も有り得るとも言われている。
それを踏まえると、この時点での叙爵は確かに問題ではあるのだ。しかし、他に手がなかったのも事実である。
デュースが授与することも不可能ではなかったが、そうすると所属は前帝権ということになる。それは新帝派に対する敵対宣言に他ならない。
更に付け加えると、新帝軍に救けられた直後にそんなことをしては、正面から喧嘩を売る以上の愚行である。そんな真似ができる筈もない。
状況的に仕方のなかったことであり、騎士爵が名誉爵位の側面を持つのも事実だが、アンナの行動がアルスの方針に真っ向から逆らうことになったのもまた、否定できない事実だ。
このことが後々に厄介事を招く可能性をアンナたちは危惧せずにいられないらしい。
それが正当な危惧だとはルーたちも感じるが、正直に言って判断が難しいのも確かな事実である。
「ああっもうっ! やめやめっ! 難しいこと考えてると頭が痛くなる!」
頭を押さえたマリーがブルンブルンと首を横に振った。それもまた正しい。貴族の子として、いずれは差配する者として無関係ではいられないが、現在の自分たちには難しい事柄であるのも間違いはないのだ。
「別動隊の人たち、強かったね!」
そして、強引なまでの話題転換。マリーは満面の笑顔でルーに同意を求めてきた。
出会ったのも縁ということで、ルーたちは別動隊の面々と手合わせすることになったのだ。諸々の都合から全員が全員とぶつかったわけではないが、見るだけでも勉強になった。
「確かにね。特にライラックさんの戦い方には驚かされたよ。あんな戦い方もあるんだなって……」
ライラックは絃術士だった。どこをどうやればそんな真似が可能なのか分からないが、絃を絡ませることもなく自由自在に操っていた。
ただでさえ視認しにくい絃とあって、ふとした拍子に動きを阻害される。絃自体は魔力で練ったものらしいが、まさに強弱自在という有様。斬撃を抑え込むことも可能ならば、必要以上に肉体を傷つけぬように絡めとることも可能だった。
ドワーフは手先が器用な種族と聞くが、なるほど、あの技量には頷かされた。ハイドワーフを名乗るのにも納得がいく。
しかも、それでいて本領を発揮していないと言うのだから驚きだ。本来は戦闘用に手作りした人形を操って戦うらしい。サイズ自体は小さい物ばかりだが、作成に使用した素材で特性が分かれているんだとか。
「私はやっぱりリリィだな~。年の功とか種族の違いとかもあるのかもしれないけど、あの速さはホントに凄いよ! 向こうじゃ『風の勇者』って呼ばれてるらしいけど、フフ、マティークとどっちがらしいんだろうね?」
無邪気な笑みでマリーが言う。
リリィはスピード特化型の剣士だった。風に乗ることで速度を上げており、その様はさながら疾風。油断すれば一気に距離を詰められることになる。
同時、今回の手合わせでは使わなかったらしいが、本来なら全身に風を纏っているらしい。外側に『風の鎧』を纏っているということだ。それが真実なら、指向性のある風の塊が突っ込んでくるようなものだ。まさに暴風だろう。
これでもかとばかりに『風』を利用することを念頭に置いた戦闘スタイル。誰も彼もができるものではないが、『風の勇者』と謳われるには十分な理由だ。
そして、エルフとは森林や湖畔などに好んで住居を構えるらしい。風を感じ、風と一体化しているかの如きあの姿を見れば、ハイエルフを名乗るのにも納得がいった。
一方、反乱軍の仲間にしてシレジア領主であるマティークもまた、現地では『風の勇者』と謳われている。卓越した風魔法の使い手であり、幾度と連合を撥ね退けてきた。
それを思えば、マリーの疑問は尤もと言える。
「興味が無いではないけど、純粋比較はできないと思うな」
しかし、ルーは明言を避けた。リリィは魔法も使える前衛タイプで、マティークは純粋なまでの術士タイプだ。風属性に多大な適性を持っているという共通項はあれど、戦闘スタイルが違うのだから、やはり純粋比較はできないだろう。
「そう? リリィもマティークも私と渡り合えるんだから、興味あるんだけどな~」
ルーにしてみれば、マリーの言は正しくもあり間違ってもいた。両者がマリーと渡り合えるのは事実だが、防御と回避、二種類の選択肢があるリリィに対し、マティークは回避一択だ。そしてマリーは魔法に弱い。この時点で、決着までの流れは決定的に違うと言える。……当事者としては違う感想を持つのかもしれないが。
「興味を持つのは自由だけどね」
現状では渡り合うことができないルーとしては、こう言うしかない。
(一日でも早く、今よりも強くならないとな。正直に言って、これ以上置いていかれるのは御免だ)
内心で意気を新たにしながら。
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