第18話
「これは……凄いな」
シオンと別れ、ホープスの武器倉庫を訪れたルーたちは、そこに居並ぶ代物を見て驚きを露わにした。正直、ここ最近は驚くことばかりである。先のセリフも何度口にしたか分かったものではない。
剣種、槍種、斧種、弓種……大雑把な分類で区分けされ、その中で更に細分化されて置かれている。
「まあ、見て分かるようにある程度は分別されている。場所に迷うことはないと思うから、興味のある物はじゃんじゃんと手に取って試してくれ。こっちのドアを開ければ計測場に繋がってるからよ。ここに置かれてるのは全部お試し用だから、最悪壊れたって構わねえからさ。……ああ、それとそっちに雑然と置かれているのは、作ってみたはいいものの誰にも合わなかった物だ。場合によってはそっちを試してみるのも良いかもしれないな」
マシューの言葉に従い、ルーは近寄って適当な武器を取る。手に取ったのは槍。見た限りは何の変哲もない。
今度はその隣の槍を取る。分類としては同じ『槍』だが、形状に違いが見られるし、どうやら材質も違うようだ。そして、棚と物に共通の文字が刻まれている。
「ダーマッド……?」
文字を口に出して読んだルーは、そのまま首を傾げた。職人の名前かとも思ったが、聞いたことはない。
「そいつは同期の一人であるダーマッド用にカスタムした物だな。ちなみに名前が刻まれていないのはオーソドックスなタイプ。戻す時はそこら辺を間違えないようにしてくれ」
ルーの言葉が聞こえたのだろう。マシューが補足を入れた。
それを聞き、ルーは理解を示す。大別すれば同じ武器でも、人によって重視する部分は違って然り。種別によって長短があるのは確かだが、そのうえで何を重視するかは千差万別。軽さを求めるのか、重さを求めるのか、鋭さを求めるのか……例を挙げればキリがない。
剣で重さを求めるならば、最初から大剣を使えばいい。……その考え方を否定はしないし道理ではあるのだが、それだけでは芸がないし発展がないのも事実だ。
故に、職人は繰り手の要望に応えて調整を入れるのだ。その結果、分類が同じでも別の物ができあがる。
それを逐一残しているのは、此度のルーたちのように、完全新規で用意する者に向けてだろう。お試し用品が多ければ多いほど、より詳細にどんな方向性が向いているのかを調べることができるのは道理だ。個人的に調整された物と普遍的な物とでは、やはり結果に差が出るものなのだから。
本人の成長に伴って、武器に求められる方向性に変化が生じる可能性があるのは否めない。だが、それを差し引いたうえで用意すれば、用意された側は己が特別性を感じられるし、用意した側へと感謝をするものだ。
言ってしまえば一種の贔屓だが、どの道贔屓を避けることなどできないのが真理である。理屈、感情……求めようとすれば無理繰りにでも繋げて導き出してしまうのが人という存在なのだから。そうでなければ、『屁理屈』という言葉は存在していない。
ならば、一部から反感を買うのは承知のうえで、実利を取った方が良いというもの。それとて、ある種の選別をしたうえなのだから、一方的に言われる筋合いはなくなるし、黙らせることも容易となる。
「まあ、まずはオーソドックスなタイプから試してみるのがいいだろうな。計測結果を判断材料にして、エクシードがオススメをいくつかピックアップしてくれる。さすがに全部を試すような時間的余裕はないんでな。短縮できる部分は短縮するべきだ」
「エクシードとは?」
「ん? ああ、言ってなかったか。簡単に言えば、この艦の管理責任者だな。まあ、厳密には違うんだが……。あくまでも、アルスは彼の存在からこの艦の運用権を貸し与えられたに過ぎないのさ」
「そのような存在が……」
「そんでもって、エクシード以上にホープスのことを分かっている存在はいない。ホープスに収められた膨大な知識とのすり合わせも手早く済む。体型、身体能力、使い方……あらゆる方向から絞り込みをかけてくれるってわけだ」
マシューの説明にルーたちは頷いた。
ルーたちだって、最初は身近な人物から武器の扱い方を学んだ。一番最初は木剣からで、成長するにつれ重さを変え大きさを変え、真剣の使用許可が出たのはそれからだ。それだって厳重な監視下のでのことだった。
言ってしまえばそれと同じだ。助言はくれるが、信用というある程度の下地があるが故に付きっきりではないという話。
姿すら現さぬ存在を信じきれるかと問われればルーたちとて首を傾げざるを得ないが、実績があるのなら話は別となる。
「マシューがそう言うのなら実績はあるのだろうけど、信憑性のほどはどうなんだい?」
「まあまあ高い方だとは思うぜ。ただ、エクシードは根本的な部分で俺たちとは違うからな。その差異が、時折齟齬を引き起こすことがないでもない。けど言ってしまえば、そんなのは誰にだってあり得ることだからな。凄腕の剣士だからといって凄腕の教師とは限らず、その逆もまた然り。才能を育て活かすには幾重もの壁があるのさ。その点で言えば、お前たちは運が良いんだろうよ」
当然ながら、ルーたちの誰も才能の上限まで育ちきっているわけではない。それでも、特にマリーとオルエンは順当に育っている方だ。平民という生まれ育ちを考慮すれば、オージンやハルバン、ターニャにも同じことが言えるだろう。
ただ、ルーだけは順当とは言い難かった。仕方のないことではあるが、劣等感が成長を鈍らせたのだ。身近な同年代の中、剣はマリーに、魔法はオルエンに及ばない。それではと手を出した他の武器種も、周囲にオージンやハルバン、ターニャという使い手がおり、そこにスタートの遅れが加わった結果、劣等感が払拭されることはなかったのだ。槍だけは身近に同年代の使い手がいなかったが、父親という偉大な使い手がいた。……普通に考えて、この状況下で劣等感を抱かない方がおかしいだろう。
まあ、その分学問に力を入れた結果、聡明さや指揮能力を習得するに至ったのだが。
そもそもがルー、マリー、オルエンは次期領主となる可能性が高いのだ。オルエンは『トード』を継ぐか、元々の家門である『シュターゼ』を再興させるか判断の分かれるところであるが。
いざそうなった場合、士気高揚の面で戦への参加は否めないだろうが、普通に考えて前線へ出張る必要性は薄い。マリーが如何に優れた剣士であり、オルエンが如何に優れた術士であっても、万が一は起こり得る。彼女たちが討たれでもしたら、途端に士気は崩壊するだろう。まあ、それを承知のうえで前線に出れば、その分だけ士気も上昇するだろうが。結局はリスクとリターンの問題だ。
それを思えば、回り道にも意味があったようにルーは感じる。……まあ、そう思えるようになったのも、環境の変化による影響が大きいだろう。アルス軍との合流がなければ、未だに劣等感に囚われていた可能性は否めない。
つらつらとそんなことを考えつつ、ルーはマシューの言葉に従って武器を持った。片手剣、槍、斧、弓、その全てを持ったところで改めて思った。
(一度に持てなくはないけど不便だな……)
言を信じるなら、ルーの強みは多様性だ。剣一本でやっていけるような才能の化け物とも、剣一本でやっていかざるを得ない者とも違う。幅広い分野に大きな才能を有している。
それを活かそうと思えば、武器をどれかに絞る必要はなく、万遍なく鍛えていく必要がある。いくら才能があっても、磨かれなければ意味はないのだから。幸いにして、心身を入れて努力をすれば、才能は決して裏切らない。
そうは言っても、現実的には難しい。一通りの武器を持ったルーは非常に不格好だ。同時、非常に動きにくい。これでは実戦だと役に立つまい。かといって、武器種を減らせば強みが減る。
「持ち歩く武器を減らして、それでいて強みを活かせるようにしなくちゃいけないって、無理難題にもほどがあるだろう……」
思わず、ルーは愚痴を零した。いったいどんな武器ならばそんなことが可能なのか、とんと見当が付かない。伝説と名高い『空間魔法』が使えるならば、この様な悩みからも開放されるのかもしれないが。
「ああいや、だからエクシードとやらの意見をもらえということなのかな?」
考えてみれば、アルス軍には突飛な武器の使い手もいる。だからといって、その全員がそれらの武器を自分で考えられたとは思えない。中には自分で考えた者もいるだろうが、他から紹介された者だっている筈だ。
前向きに考えたルーは、不格好なまま、動きにくさを堪えて計測場へと歩き出した。
♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢
計測場は広かった。巨大な一室がいくつかに区分けされ部屋が形成されている。部屋のサイズはまちまちだが、用いる武器によって場所を変えるのだろう。
いくつかの部屋には先客がいた。当然ながら、来たばかりのルーが見知った顔はない。
「ん? おお、マシューじゃねえか!? 久しぶりだなぁ、おい!」
「ホリンか。確かに久しいな。しかし、まさかお前がここにいるとは……。そっちの進捗具合はどうなんだ?」
「現在は南東領邦に入ったばかりだ。こう言っちゃあレオナやシオンにあれだが、ガラント領を手始めにひでえところが目に付くし、進んで協力してくれる貴族も少ねえ。南方領邦ではぶつかっては力尽くで黙らせての繰り返しだった。賊と魔物も放置はできねえから、更に足が止まる。おまけに、南東領邦に進軍したら案の定隣国が蠢動してやがったからな。進軍速度は更に低下したよ」
やれやれと言わんばかりに、ホリンは肩をすくめた。
「アルスとは大分違うな。現在、アルスは北西領邦を制圧中だ。進んで協力してくれる領主も多く、進軍速度は想定以上に早い」
「そいつはまた、俺たちとはえらい違いだな……。やっぱあれかね? アンナも頑張っちゃいるが、本人と代行の差が思いの外響いてんのかね?」
「それも無いとは言えないだろうな」
そこまで言葉を重ねた次の瞬間、マシューとホリンは同時に溜息を吐いた。
皇帝派か第一皇子派かはともかく、帝室を重要視する者にとって、皇族でありながら新帝派についたレオンハルトとアンナは裏切り者でしかないのだろう。これでレオンハルトなりアンナなりがトップに立っているのだとしたら、『お家騒動』の面があろうとも継承権争いであることに違いはなく、まだ味方につく者も現れていたのかもしれないが。
また、アルスが順調に帝国全土を支配下に収めたとして、その正室がアンナである。レオンハルトと共に今時点からアルスに味方をしているのは大きな功績だが、帝権がアルスに移り変わった状況では後ろ盾が弱いのも否定できない事実だ。何せ乱の発端となったのが長兄で、それを見過ごしたのが父である。如何に前皇族だろうと何の罰も与えないわけにはいかず、良くて軟禁や幽閉だろう。
普通に考えて、これらの事実を前にしてはアンナが正室であることに不満を持つ者だっているだろう。そういった思いが、アルス軍へと味方するのを躊躇わせている者もいるのかもしれない。特に別動隊では、そのアンナがアルス軍を率いているのだから。
アルスへと頭を下げることはできても、アンナへと頭を下げることはできない。……そういう者がいないとも言えないだろう。
帝国の軛から抜け出すチャンスだというのに、アンナに頭を下げては、結局は帝国の軛から抜け出せていないことになる。理屈ではなく、感情の面でそう捉えるのを否定はできない。
「それを聞くと、アルスへ報告するのが億劫になってくるな。こうまで進軍速度に差があるようだと、部隊を分けたのは失敗だったと思いかねん」
「そりゃあ、こっちも同じだっての。民衆からの人気は十分に掴んじゃいるが、貴族相手だと今一つだからな」
「横から失礼。お二人の気持ちは分からなくもないが、当事者の言葉も判断材料に加えてほしいな。少なくとも、アンナ代行が来てくれたおかげで救われた生命があるのは事実なんだ。そして、実際に助けられた側からすると、部隊分けした判断を失敗だったように言われるのは我慢のならない部分があるな」
二人のやり取りに横から口を挿んだ人物がいた。二十代前半と思しき男性。優し気な風貌をしているが、言うべきことを言う人物であるのは、割って入ったことからも見て取れた。
「そちらは?」
「ああ、挨拶が遅れたね。南方麾下、デュース・アストレア子爵。しがない小領の主だよ」
「……なんて言っちゃいるが、真に受けるなよ? 実際はかなりの切れ者だ。剣もできれば指揮もできるし、民衆人気も高い」
「ほめ過ぎだよ」
ニヤニヤと笑って肩に手を回しつつホリンが言えば、デュースはサラリと受け流した。年の差はあるものの仲が良いように見受けられる。
「こいつは、まだ親の手伝いだった時から自前の興行団を起ち上げたんだ。そして、領内の村や町を回っては声をかけて協力を呼びかけた。そのうちに熱意に絆されて出資する商人も現れ、少人数ながら団員もできた。最初は規模が小さかったようだが、次第に人気が高まり、他領からも観客が訪れるようになった。収入が増えれば規模の拡大だって叶う。結果、今では帝国でも屈指の人気を誇る興行団ができあがった。……こいつの武勇伝だ。南方領邦でこいつのことを聞けば、民衆が簡単に話してくれるぜ」
「恥ずかしながら、うちには金が無かったからな。否が応でも稼ぐ手段を模索するしかなかっただけだよ。……都会でもあるまいし、そこいらの平民にとって観劇なんかは縁遠いものだった。だからこそ、拙くともウケると思った。ついでに言えば、新規参入するにも敷居は低かったからね。一種の博打ではあるけど、勝算が無いわけでもなかったんだよ」
そして、その目論見が上手くいったということだ。
「そして更に驚きなのが、こいつの興行団は、同時に一端の技術者集団にして戦闘集団でもあることだ。……歌って踊るのも劇をするのも、体力勝負な面があるのは否めないだろう? また、劇の中には戦闘を主眼に置いたものもある。そして、道具の類も可能な限り自分たちで作るようにすれば、その分だけ安上がりだ。何せ、最初のうちは物珍しさだけが売りの素人集団だからな。拙さが目立ったところで問題はない。一種の開き直りであることに違いはないが、こいつはそれを実行したのさ。初期の団員もこいつの熱意に絆されて所属した奴が大半だったからな。給料もちゃんと出ているし、『仕方ねえな』という気持ちで協力した。だがまあ、数を熟していればそのうちに慣れるのも道理だ。役者も道具も次第に磨かれていったし、それに気付く観客も現れた。そうなれば口コミで広がるのも遠くない。最初、物珍しさに金を払って『失敗した』と思った客たちの中にも、『どんだけ進歩したのか見てやろうじゃねえか』と思う奴が現れる。理由はどうあれ、金を落としてくれるわけだ。そうこうしているうちに自分を売り込んでくる奴も現れ始めた。役者志望だったり職人崩れだったりと様々だがな。こいつはそいつらも受け入れて、団員同士の衝突が生まれながらも組織として成長していき、今では領内で一大派閥を形成するに至ってるそうだ。……ま、こいつのとこの団員に聞いた話だがな」
嬉々として語ったホリンは、最後にそう付け加えた。
それだけの苦労と共に、デュースが組織した興行団は成長してきたということだ。
「よく、途中で折れませんでしたね。諦めようとは思わなかったんですか?」
「そりゃあ思ったさ。でも、結局はいずれ俺が継ぐ領地のことだからな。苦しむのが早いか遅いかの問題でしかなく、いずれにせよ金儲けのシステムを構築しないわけにはいかなかった。うちの領にこれといった『強み』はなかったからな。それを新しく作ろうとするんだから、苦労するのは当然だ。最初から上手くいく筈もないし、諸々を鑑みればこれが一番だとも思った。だからまあ、必死に踏ん張ったわけさ」
領主としての苦労が、その言葉には込められていた。
それを受け、ルーは感嘆を覚えずにはいられなかった。次期領主として、そこまで深く考えたことはないからだ。まあ、風土、状況、環境と何から何まで違うので、それも無理はないのかもしれないが。
「そいつは凄い。……なるほど、だからお前も距離を縮めようとしているわけだ」
「まあな。俺自身、既に『差配』と無関係ではいられねえのが現状だ。未だ結末がどう転ぶかは分からねえが、十中八九は俺が差配する規模も上がるだろう。学ぶにしろ相談するにしろ、その相手は頼れる人物の方が良い。その点において、こいつは打ってつけだ」
「そういうことらしい。こちらとしても、新帝派における有力者と繋がりを持っておいて損はないからね」
つまり、互いの利を考えたうえで、双方が織り込み済みの関係性というわけだ。
タメにはなるが、頭を悩まさせる事柄が続いている。その事実を思い、ルーはそっと溜息を吐くのだった。
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