第17話
アルス軍に合流してからというもの、ルーはあちこちの部署に引っ張りだこだった。無論、そもそもが人の少ないアルス軍なので、誰もが誰も『やれることはやる』というスタンスが敷かれてはいるのだが、それを差し引いても異常と言えるほどだった。
これにはもちろん理由があり、ルーの類稀にして多大な才能に由来する。
世に『絶対』はないが、それでもそれに近しいものは存在する。マリーの剣才などはその最たるものだろう。
その点で言えば、ルーに絶対の才能は存在しない。剣、槍、斧、弓……分かりやすい武器を挙げても、魔法であろうと、決して『遥かな』高みには至れない。指揮能力についても同様だ。
だが、それでもルーは多大な才能を有していると判断された。それは武器であろうと魔法であろうと、一般に『高み』と言われる階梯には至れるだけの才能を有していたからだ。おまけに指揮官適性もある。
才能があれば、当然の如く習熟速度にも影響がある。それが何であろうと、反復である程度までは技量・技術を高めることができる。その早遅が、そして境界越えが、一般に才能の有無を判別する分かりやすい指針となる。
等級をランクで表す場合、Dは新米、Cはベテラン、Bは一級、Aは超級、そして最高値として評価規格外のEXが用いられる。まあ、明確に『これ!』といった基準があるわけではないが。
その指標に当て嵌めると、マリーの剣才はB/EXと言ったところ。『極み』や『遥かな高み』と謳われる階梯へと至れるだけの才を有してはいるが、現時点ではそこまで至ってはいない。
そしてルーの場合、剣、槍、斧、弓、魔法、そのいずれも現時点で突出したものはないが、それと同時に、どれもこれもがC級の領域へと至っている。普通に考えてこれはとても珍しいことであり、だからこそ『軒並みAへと至れるだけの潜在能力を有しているのではないか?』と判断されたのだ。
端から見て強さが分かりやすいのがマリーで、分かりにくいのがルーだ。特にその立場もあって、一般的な軍では強みに気付かれずに埋もれてしまったかもしれない。アルス軍の特異性があってこそ、現時点でルーの強みに気付いたと言える。
そもそも、『才能』ほど分かりにくいものはない。理論やデータだけでは判断しきれず、その道のプロが見ることで初めて分かるのが大半だ。それとて完璧ではなく、逆に理論的な観点から見ることで初めて気付くこともある。
世の中、才能上限が一級に届く者は少ない。総人口で考えれば『多い』と言えるだろうが、地域を限定すれば『少ない』と言わざるを得ないのが実情だ。当然、超級や評価規格外はなお少ない。
よく『才能の壁』という言葉が用いられるが、これは高さの上限や奥行きを認識できる者のみが言えることだろう。認識できぬ者にとっては、『壁』であることなど分かる筈がないのだから。
ベテランの才能上限を持ち、そこまで育った者であれば、一級の才能保持者を判別することはできるかもしれない。だが、超級や評価規格外が相手となれば分かるかも怪しい。才能保持者が育ち切っていないのであれば特に。
アルス軍の場合、多量のデータと、年齢に似つかわしくない実力者にして才能保有者が揃っており、多方面から見ることができたからこそルーの才能に気付けたし、ルー自身もその言葉を信じることができたのだ。
ルーは身近にマリーを始めとする化け物級が勢揃いだったこともあり、劣等感を抱いていた。……まあ、その逆も然りではあったのだが。限定的とはいえ多大な才能を宿すマリーとオルエンが、ルーの才能に気付いたとしても不思議はないと言えるだろう。
言ってしまえば『隣の芝生は青く見える』というやつで、互いが互いを羨ましく思っていた面があるのは否定できない。
不運だったのは、マリーは剣才がEXで、オルエンは雷属性魔法がEXだったことか。AとEXの壁は大きく、習熟速度にも雲泥の差がある。そのため、表に現れる部分にも差が出て然り。
その様な事情から、マリーやオルエンがルーの多才さを評価し羨んでも、ルー自身は『慰め』と受け取ってしまったのだ。……まあ、それも無理はないと言えるだろう。今ですら十代の半ばなのだから尚更だ。近しい関係故に信じきれず、縁遠いからこそ信じられるなんてのは、往々にしてあるものだ。
だが、そこに救いの糸が垂らされた。それはマリーとオルエンの言葉が正しかったということにも通じる。劣等感故にその言葉を否定してしまったが、ルーにとって二人が大切な幼馴染であり友人であることに違いはない。そしてだからこそ、結果を出すことで二人への謝罪とする。
その思いから、ルーは我武者羅に頑張っている。各分野において更なる成長を果たすのは、そう遠いことではないだろう。
とはいえ、言葉にするのは簡単だが、それに邁進するスタミナがあるのがルーの最も凄まじいところか。もしかしたら、スタミナに限っては現時点でEXに至っているのかもしれない。
さて。
そんなルーたちだが、現在はホープスを訪れていた。主に北西領邦でアルス軍へと幹部待遇で新規加入したメンバーと、後方に置いてこそ才を発揮すると見込まれた者たちが。
その案内人をマシューが務めている。
「話には聞いていたけど、本当に凄いな……」
ホープスの外観を見渡し、内部に入り、やがてポツリとルーが零した。言葉尻が弱いことからして圧倒されているのかもしれない。
「聞いた話、俺が情報収集のために出立した頃に比べ、更に拡充されているらしいからな。いや、元より設備自体は上等も上等だが、使い切れてない部分もあったからなぁ。いくら上等な鍛冶設備があったところで、それを使いこなせる鍛冶職人がいないことには無用な長物だろ? ……この南西領邦にも決して鍛冶職人がいないわけじゃなかったが、そもそもが他の領邦に比べて争いと縁遠かったのは否定できない事実だ。武器を使うとなれば精々が魔物退治と賊討伐くらいだが、治安が行き届いているだけあって賊自体があまり寄り付かず、出没する魔物も弱いのが大半。それも、普段からしっかりと間引きされているときた。その分、他の領邦に比べると首都からして発展していないが、領民が抱く安心・安全性はピカ一だ」
同行してきたマシューが艦内を案内しつつ、説明を入れる。
それにはルーたちも頷ける部分があった。
領邦内全体を見回ったわけではないし、何なら今までの常識からは考えられないほどに早く到着している。何せ北西領邦を出立し、それから七日とかからずに到着したのだ。
アルス軍で用いられている移動手段の性能に、心底から驚愕したルーたちである。まあ、敢えて欠点を挙げるとすれば、馬の騎手、馬車の御者に当たる運転手が未だ少ないことか。
馬車や馬とは比較にならないほどの速度を出せるが、やはり運転手の疲労も相応に溜まるのだろう。途上では定期的な停止と休息を余儀なくされた。
また道中における宿の問題もあり、それなりに村や町には立ち寄っていた。
「何て言うか、長閑な感じがしたよ」
北西領邦は小国連合との小競り合いが絶えない。ほぼ毎年どこかの国が攻めてくる。そのせいだろうが、領内は常にピリついている感じがするのだ。
まあ、トード領やシレジア領、ベルトマー領にラキア領などは、クラウス領やイザーク領に比べるとその空気も些か薄れるのだが。……それでも、薄れているだけで、そういった空気は確かにある。
それを鑑みると、この南西領邦は信じられないほどに長閑だ。領民に笑顔が溢れている。
「まあ、そうだな。戦いに疲れた北方や西方の退役軍人なんかが、余生を過ごす地として選ぶことも多いらしい。……まあ、今ではそんな長閑な地も変わらざるを得なくなり、その代表がここだ。前までは貴族家の子息や調査員に研究員くらいしかいなかったが、今ではアルス軍が鎮圧した領土はもちろん、それ以外からも流れてきた職人なんかもいるそうだ」
素材と需要、双方が満たされない限り、技術者も育ちようがないのだ。他国との前線領地なればこそ支援物資が届けられ、それによって腕を振るうことができていた職人たちも、今では叶わなくなっているのが実情だ。帝国領内で全体的に治安が低下しているのが表れていた。
素材が無ければ、武器を求められても打てる筈がない。余っている素材が無いではないが、ありふれた素材だからこそ余っているのだ。多少なりと腕で誤魔化せないわけではないが、結局は『ありふれた』枠を超えることはないのである。
それとて、兵士のみならず傭兵や冒険者にまで求められれば、減少速度は今までの比ではない。だというのに、治安の低下によって材料の補充もままならない。にも拘らず、素材の不足を理由に値段を上げれば不平不満を言われる始末。
これでは店を開いてなどいられる筈もない。今でも残って店をやっているのは、領主が理解を示した店に限られるだろう。
「あら? マシューじゃない。戻っていたのね。……そちらは?」
通路を歩いている最中、向こう側からやってきた人物に声をかけられた。シオン・ウェズベル。南方領邦を預かるウェズベル公爵家の娘で同期の一人。ホープス留守番組のトップに立つ少女だ。
「第一報は届いていると思うが、北西領邦で加入したメンバーと、こっちで使ってもらおうと思った人たちだな」
「ああ、あの……」
マシューの言葉にシオンは頷いた。
「自己紹介をしておきましょうか。シオン・ウェズベル。アルスの同期生で、留守番組のトップを押し付けられた女よ」
ルーらに向き直ったシオンは、そう言って微笑を浮かべた。しかし、表情とは裏腹、その身には言い知れぬ空気を纏っている。
「押し付けられた、ですか……」
「ええ、そうよ。まあ、結局は誰かしらがやらなければならないことだし、私に白羽の矢が立ったのも理解はしているのよ。……でもね? 理解と納得は別物なの。実際にやってみれば面倒ばっか。前線からの要請に応えるのも一苦労なのよ」
これ見よがしに肩を叩きつつ、ゲンナリとした表情でシオンは言う。
「『一苦労』で済ませられるから、アンタに白羽の矢が立ったとも言えるけどな。……アルスとしても、無理難題を言っているつもりはないが、それは留守番組との相互理解、能力、ホープスの設備があってこそだってのは理解してるよ」
「それはそうなんでしょうし、評価されてるのを嬉しくは思うわ。けどね、マシュー。『無理難題』が『難題』に変わったところで、面倒なことに違いはないのよ?」
アルスをフォローするべく口を開いたマシューだったが、真っ向から両断された。シオンの言っていることに嘘はない。それでも、アルスの気遣いを理解しているらしいことは救いであった。
「ま、新入りさんを困らせるのもこの辺にしておきましょうか」
そう言って、シオンはしゃっきりとして見せた。……どうやらマシューを揶揄っていたらしい。
「それにしても、やっぱり受付くらいは機能させたいわね……。ローテーションで下級生を充てようかしら」
「あ~、良いんじゃね」
マシューは雑な返事を返した。これ以上八つ当たりをされるのは御免である。
ホープスで長く過ごした面々であれば、『誰がどこにいるか』、『何がどこにあるか』の見当はつく。だが、それとて完璧ではない。
艦内であればデバイスによる通信連絡も可能だが、気付かれなければ意味はないのだ。何かに集中していたり、或いは充電中だったりなどは珍しくもない。実際、マシューは到着早々にシオンへ連絡を入れている。それに対する返信はなかったし、見た限り気付いている様子もない。
「って、あ……。もしかしなくても連絡を入れたわよね?」
「そりゃあな」
マシューの考えが伝わったわけではあるまいが、シオンは思い出したように呟き、マシューへと確認を取った。誤魔化す必要もないので、マシューは素直に肯定する。
「今充電中なのよ。悪かったわね」
「気にすんな」
連絡がつかなかった時点で想定の内ではある。公爵令嬢という生まれと、幼い頃より培った立場に相応しい教育、そこにホープスでの交流と生活が加えられた結果だろう、シオンは何かにつけて人から意見を求められていた。
マシューの知る限りでもそうなのだから、更に『留守番組のトップ』という要素が加われば、どうなるかなど目に見えている。
ホープスを発ったメンバーも相応にいるが、その後に人員も増えているのだから、マイナスだったのは限られた間だけだろう。
「ともあれ、人が増えるのは素直に嬉しいわ。最近は本っ当に忙しいし、仕方ないことだけど人手も減ってるし……」
「人手、減ってるのか?」
「そりゃあね。着実にアルスの勢力圏は増えている。状況の推移を考慮すると、そのうちにここだけじゃ賄いきれなくなるのは目に見えてるわ。なら、他でやれることは他でやってもらうべきでしょう? 幸いと言うべきか進軍過程で取り潰された貴族もそれなりにいるから、各領邦に空白地帯も生まれたしね。敷地があって材料もあって人もいるなら、新たに施設や設備を用意するのは当然よ。さすがにここほど高性能じゃあないけどね」
「本当に必要になってから着手したんじゃ遅すぎるか」
「ええ。それに需要と供給の問題もある。場所によっては本当に間に合わせ程度の機能を有していれば済むしね。……まあそんなわけで、新天地に向かった人も少なくないのよ」
労働力と生産力、流通は発展に欠かせない。しかし一つの例を挙げると、鍛冶職人の誰もが優れた才能を有しているわけではなく、才能を有していても技術が追い付いているとは限らず、どこもかしこも優れた鍛冶職人を求めているとは限らない、ということだ。
未だ確たる形を持っておらずとも、皇帝として起ち国を興したからには、領民の人気取りと無縁ではいられないのだ。そして、アルスが持ち得る手札として『ホープスの産物』ほど有効なものはない。
街道整備を進め、二輪車や四輪車を普及するだけでも、領民からの信望は高まるだろう。かといって、それだけに限定するのも馬鹿げた話。世には地産地消も必要なのだ。
「ぶっちゃけて言うと、アルスは大陸の制覇を目論んでいるわ。そしてそれは、あくまでも現時点での話であって、より先へと目を向ける可能性も無くはない」
「冗談……じゃないんだよな? にしても、大陸の制覇だけなら分からなくはないが、それよりも先だって?」
「信じ難いのは分かるけどね。理由を聞けば、私も同意せざるを得なかったわ。……始祖が降り立ち、帝国が興って、それから永い歳月が流れた。そんな状況下、今になってアルスという『始祖の遺産』を目覚めさせる人物が現れた。これは偶然? それとも必然?」
「分かるわけねえだろうが、そんなの」
「ええ、そうね。私も、アルスだって分からなかったわ。けど、分からないからこそ『最悪』を意識せずにはいられないそうよ。そして、遺産を目覚めさせて約十年。世界は、まるでアルスを押し上げるかのように変革の時を迎えた」
そこまで聞けば、マシューも分からなくはなかった。……未だホープスに詳しくないルーたちは訝し気な表情をしているが。
「この混乱を収めたところで、それで終わるのかって話だな? 考え出したらキリがないが、始祖と同じように天から降りてくる奴らがいるかもしれないし、そいつらがこちらに対して友好的とも限らない。いや、もしかしたら既に別大陸に降り立っている可能性もある。……そういうことだろ?」
「ええ。だからアルスはホープスの随行艦を求めている。求めずにはいられない。いざ『最悪』が押し寄せた場合にも対抗できるように。そのためには、兎にも角にも内政を充実させる必要がある。……私自身、悲観的に過ぎる考えだとは思うけど、こればかりはね。遺産を目覚めさせた本人でなければ、その場に同席した当事者でもない、言ってしまえば『部外者』なのよね。だからかしら? 理解はできるし納得もできるけど、感覚的な部分で同調しきれないのよね」
「……それを知ってるのは?」
「さあ? 確かなところは分からないけど、そこまで多くはないんじゃないかしら。未来を見据え過ぎて、現在を乗り越えられなかったら意味がないしね。それでも、リウイとセリカ、レオンハルトとアンナは知っていておかしくないだろうけど」
「……確かにな」
予期せぬ話を聞いて頭の痛くなったマシューだが、この段階で知れて良かったと判断した。情報部門の一員として、心構えをしておくに越したことはない。
「これから先、良くも悪くも、世界は変わっていくわ。その中にはアルスが変えるものもある。いえ、一部は今時点で既に変えている。そしてそれは次第に増えていき、旧きは淘汰されていく。まあ、アルスのことだから完全に駆逐するつもりもないでしょうけど。……今言ったこと、無理に広める必要はないけど、覚悟はしておいてちょうだい。アルスについていくつもりなら」
ルーたちの方を向いて、シオンはそう言った。
その眼差しと、その空気。それを受けては、ルーたちも杞憂と判断することはできなかった。
何せ世界に起こった変革の余波は、ルーたちの許にも押し寄せてきたのだから。その結果として、ルーたちはアルス軍に合流し、今この場にいるのだから。
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