プロローグ:3
艦の中は意外と明るかった。所々で窓から光が差し込んでいるし、等間隔で明かりが点いているためだ。煌々と輝いているわけではなく、全体的に言えば薄暗いのだが、通路を歩くに不都合はない。
「この遺跡周辺は清浄な空気に満たされていてな。遺跡内部には魔物も動物も入り込んでおらんのだ」
艦内を歩きながらウェールズの説明は続く。
所々、部屋の出入り口と思しき部分はある。だが、その全てが開くわけではない。それは通路も同様で、窓と思しき部分から先が続いていると分かっているのに、その先に進むことが出来ずにいる。一度力づくで進もうとした調査員がいたらしいが、結果としてその人物は穴だらけになって死んだらしい。それもあり、長らく調査が滞っているんだとか。
今現在向かっているのはある程度の広さがある場所で、少人数であれば大人でも寝転がることが出来るらしい。
そうして着いたのは、小休憩とかをする場所だろうか。片隅には自販機と思しき物がある。中身が無事かは分からないが、自販機もまた稼働を続けていた。おそらく、稼働に必要なエネルギーを艦からもらっているのだろう。
「……は?」
どんなラインナップかと自販機に向かったアルスは、意図せず驚きの声を洩らした。それだけで済んだのは――済ませられたのは運が良かったのかどうなのか。
(日本語!? 英語!? おいおいどういうこったよ!?)
アルスの心中は慌てふためいていた。前世で見慣れた文字がある。いろんなメーカーの名前も見える。その中にはアルスのよく知る名前もあれば、全く知らない名前もある。
前世からもかけ離れた技術を有している文明の産物かと思いきや、前世で見慣れた文字を目にしたのだから無理はないのかもしれない。
この事実だけで単純に考えると、やって来たのは地球人ということになる。前世知識から考えると、どれだけの技術革新があればそれが可能となるのか。地球は地球でも並行世界の地球と考えた方がすんなりと納得出来る。
ともあれ、自販機をもっとよく見ると、硬貨や紙幣の投入口と思しき部分が見当たらない。だが、何かのセンサーと思しき部分はある。もしかしたら電子マネー専用なのかもしれない。
(そりゃあ、乗組員が日本人だけのわけがなし。共通規格の電子マネーに一本化するのが簡単だろうな)
未だ混乱が完全に治まったわけではないが、アルスは現実逃避気味に思考を巡らせることで無理繰りに自分を納得させた。
「寝泊りするだけなら、小さいながら個室とかもあるんだけどな。寝具があるわけでなし、敢えて一人になる理由もないだろう? ああ、トイレもあるぞ。村のに比べれば一等上等だ。どういう仕組みか知らんが、用を足して放置していれば勝手に水が流れていくからな」
「水洗トイレかよ!? いや、そりゃあこんな艦ならあるだろうけどよ! てか、水洗トイレがあるならシャワールームや風呂はねえのかよ!?」
ウェールズの言葉を耳にしたアルスは、思わず叫んでいた。――それも日本語で。前世知識が刺激されたこともあるだろうし、混乱が大きかったこともあるだろう。事情を知る者ならば、決して責めることは出来ないはずだ。
それに――
『日本語による質問を感知しました。解答の是非を判断するため、質問者の生態データをスキャンします。……艦内リストにデータなし。ただし要所要所で近似データあり。艦内データを再確認。……スリープモードに移行してからの歳月の経過を確認。コールドスリープ中の者を除き、リスト該当者は軒並み死亡しているものと判断します。日本語を発したことと合わせ、質問者は艦内リストにある近似データ保有者の子孫と判断。データを更新しますのでお名前をお教えください』
応えがあった。
声はすれども姿はない。また、どこからか光が奔ったかと思えば、或いは上から下へ、或いは下から上へとアルスの身体を通った。
「声!?」
「誰!? どこにいるの!?」
「大丈夫かアルス!?」
リウイとセリカが周囲を見渡し、ウェールズは焦燥を露わにアルスへと声をかける。しかし、それに対する反応はない。何故? と僅かに考え、すぐに答えが分かった。声も言っていたではないか。『日本語による質問を感知した』と。
そこまでを理解した瞬間、即座にアルスは日本語で答えを返した。ウェールズから艦内で銃殺になったと思しき調査員の話を聞いて間もないこともあり、否応なく危機感が高まったことも理由の一つだ。有体に言って、アルスたちは無許可の乗艦を行っている現在進行形の侵入者だ。向こうの判断次第では、件の調査員の二の舞となってもおかしくはない。
「名はアルス! 年齢は七歳! この近くの村に住む者だ! 勉強の中で建国譚に触れ、建国者たちが天より降り立ったこと、その場所が村の近くにあること、そこが古代遺跡として語られていることに興味関心を抱き、祖父を引率者として友人たちと共にやって来た! 俺が日本語を話しているのは、確証はないが前世の記憶があるからだと思われる! 個人的なことは覚えていないが、西暦1900年代の後半に生まれて2000年代の半ばまで生活していたと思しき知識がある! 日本語を話しているのは、おそらく日本で生活していたからだろう! ……質問の答えとなっただろうか!?」
焦りもあって余計なことまで言ってしまった感もあるが、背に腹は代えられない。生命は大事なのだ。他の三人が奇妙な眼で見ている気もするが、それについても後回しだ。
『……アルスに対するデータの更新を一時停止し、同行者のデータをスキャンします』
声はすれども、それはアルスの質問に対する答えではなかった。次の瞬間、再度光が奔り、アルスに対して行われたのと同様に三人の身体を光が通る。
『アルスの祖父と思しき人物は、アルスと同じくリスト該当者との近似データを確認。友人と思しき人物もまた、リストに近似データ保有者を確認。アルス以外の三人もデータ該当者の子孫と判断。
アルスの言葉に対する判断材料とするため、三人に対し、これより複数の言語による同一質問を繰り返します。その間、アルスは黙秘をお願いします』
声は一方的に告げて、次いで『データを更新しますのでお名前をお教えください』と響く。数秒の間を置いて今度は英語で。その次は中国語で。
そうして一通りの言語による質問が行われたが、それに対しアルス以外の三人は警戒を強めるだけだった。
『……三名の対応から、艦内搭載言語を知らないと判断。アルスの言葉に対する真偽の是非はともかく、コミュニケーションが可能な事実、及び年齢を考慮して、現時点においてアルスを当艦の最高責任者として仮設定します。……設定が完了しました。ようこそ、外宇宙惑星探査移民艦「ホープス」へ。私は当艦の管理AI「エクシード」です。私はあなた方を歓迎します。……設定の変更に伴い、管理AI権限により一部のロックを解除しました。手始めにパスキーを発行しますので、案内に従って進行をお願いします。バスルームへの案内はパスキーの発行が終わるまで我慢をお願いします』
またもや声は一方的に告げ、次の瞬間に劇的な変化が起こった。全体的に駆動音が響き渡り、艦内の光量が増し、床や壁のそこかしこに光の矢印が浮かぶ。近場の矢印はどれも同じ方向を指していることから判断して、これがエクシードの言っていた『案内』なのだろう。
「……取り敢えず、話はついた。歩きながら説明をするから、まずは案内に従って進もう」
重い空気の中、溜息を吐いたアルスは、そう言って三人を促した。
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アルスの不安とは裏腹に、前世云々は三人にアッサリと受け入れられた。むしろ、逆に納得された。遊具普及の件を始め、それを信じた方がすんなりと納得出来るのだとか。
「まあ、『アルスがアルスだから』というのが一番大きいがな。ある程度育った段階で突如として人が変わったのであれば、こうもすんなりと受け止めることは出来んかったろうよ」
「そうそう。『どうやったらこんなこと思いつくんだよ!?』って内心で悔しく思ってたのに、その答えは『知ってたから』って、そんなの分かるかってんだ。……まあ、そのおかげで悔しさも薄れてるんだけどよ」
「同年代の中で『大人っぽくて素敵』って思ってたら、『中身は本当に大人でした』って、私の憧れを返してほしいわ」
それぞれの反応はこんな感じである。
「しかし、どうしたものかな……」
そんな中、困った様子でウェールズが口を開いた。
「って言うと?」
首を傾げるのはリウイとセリカだ。
「今まで通れなかった未探査領域を通れるようになったんだ。調査の必要もあるし、じいちゃんとしては国の上の方に報告を上げなきゃならないだろ。そうは言っても、究極、通れるのは俺がいるからだ。仮初ではあるが、この遺跡――艦内における最上位権限は俺に移ったようだしな。俺が調査許可を出せば、管理者であるエクシードも調査を認めるとは思う。ただ、大きく言えば問題が二つある」
「二つ?」
「一つは、俺の権限はあくまでも仮でしかないことだ。調査方法や内容によってはエクシードの方で却下するだろう。不謹慎な言い方になるが、貴族の直系血筋が絶えてしまったから流れる血だけで妾腹生まれの庶民暮らしに権限が回って来たようなものだ。エクシードは俺が育つまでの後見人的な立場か。そんなだから、現状では俺もエクシードに無理は言えない」
「ああ、つまり『お家騒動』的な問題か。……もう一つは?」
「少なからず混乱が起こるってことだ。俺は家名も持たない一般庶民なんだぜ? そんな子供が、建国譚で語られる遺跡の管理者に『お前がトップだ』って認められちまったんだ。……皇統の正統性を主張するなら、今の皇帝は否応なく俺を認めて相応の立場を与えなくてはならない。それを否定すれば、皇帝自ら国の成り立ちを否定することに繋がるからな。特殊性ってのは国を成り立たせるうえでの重要な要素だ。俺たちの国で言えば、『天より降り立った』ってのがそれだな。その際に使用したのがこの艦で、俺はこの艦に認められた。……その部分だけを捉えれば、建国の祖とどこが違うよ?」
「うわぁ~」
「すっごくめんどそう」
アルスの言葉に、全てを理解したわけでもなかろうが子供たちは顔を顰めた。
「だからと言って、報告せずにおきバレた場合もまた面倒だからな。……いやまあ、可能な限り穏便に済ませる手が無いわけではないんだが、それとてある程度の混乱は避けられん」
ウェールズは深々と溜息を吐く。
「こうなったからには言ってしまうが、お前たちは家名を持たぬわけではない。……人が揃えば一枚岩ではいられない。それは建国の祖も同じだった。国を興してしまった以上は、と高次の視点で考える者が現れ、その一方で、それでも民に寄り添う姿勢を主張する者とに分かれた。どちらも間違いではなく、建国早々に仲違いなどしていられないし、周りにそんな様子は見せられない。その末に、後者の考えを持つ者たちには時の皇帝から立場と役目が与えられた。自分たちの始まりの地を護る、という役目がな。それであれば対外的にも誤魔化しが効く。……そう、我らはその末裔ということだ」
ウェールズの言葉は子供たちに衝撃を齎した。
その姿勢が今もなお続いているからこそ、最低限とはいえ領民に教育を施しているのだろう。そう考えれば、否定も難しかった。
事情を知らぬまま庶民として過ごすからこそ、庶民の暮らしの実態が分かる。だからこそ、領民に寄り添った政治を行うことも出来る。……そういうことなのだろう。
「本来は学校での成績や人柄を見て後継を定め、その際に真実を語るんだがな。さすがにこういうことが起こってしまってはそうも言ってられん。……我が家の後継をアルスに定め、そのうえで皇女をアルスの嫁にいただく。そうするのが一番穏当だろう」
苦々しい表情でウェールズは語る。言ってしまえば政略結婚だ。混乱を最低限に収めるとすれば、確かにその方法が一番妥当だろう。
「まあ、理屈の上ではそうなんだろうけどね。それでも色々と問題はあるよ。他の家族は俺の継承を是とするのか。俺と釣り合いの取れる年頃の皇女はいるのか。いたとして、俺はその人に好意や愛情を抱けるのか。肝心の皇女が政略結婚を是とするのか。……まあ、結果のためにはそういったものを考慮しないのが政治なんだろうけど、それで上手くいくとも思えないんだよね」
ウェールズの言に一定の理を示しつつ、アルスとしてはそう言わざるを得ない。
王侯貴族といったところで、感情を持つ人間であることに違いはないのだ。無理に感情を抑え付けたところで、いつかどこかで暴発するのは目に見えている。
「確かにな。……ともあれ、今日のところはこのまま遺跡に一泊する。明日になったら村に帰り、関係者を集めて会議だな。……今から頭が痛いわ。取り敢えず、私は寝る」
言うや否や、ウェールズは頭を押さえてベッドに横になった。……行動範囲が広がったことで、ベッド付きの部屋にも行けるようになったのだ。その大半は埃と無縁ではいられなかったが、上位権限者の部屋や医務室は最低稼働中もロボットによる定期的な清掃が行われていたようで、埃を気にする必要がなかったのはありがたい。一行がいるのは医務室である。
「俺も寝る」
「俺も」
「私も」
アルスが続けば、リウイとセリカもそれに続いた。頭が痛いのは子供たちも同じなのである。




