第1話
数年も経てば、ホープスの調査も進んでいた。とはいえ、完全に進んでいるわけでもない。技術力の差もあれば、使用されている文字の違いもある。いくらアルスが協力したところで限度というものがあった。そもそもにして、アルスが読めるとしたら日本語で書かれているものくらいだが、読めるからといって中身が理解出来るかは別という実情もある。
アルスの立場については、正直に言ってまだ決まっていない。正確に言うと、皇女を嫁に与え将来的に外戚とすることは決まったのだが、そのまま現在の家を継がせるか、独立させて新たに家を興させるかが決まっていないのだ。どちらにもメリットとデメリットがあるのだから、無理のないことではある。
思うところはあれ、話が大きすぎるので、当事者でありながらアルスとしてはどうしようもない。
さて、現在のアルスは専らホープスで生活している。時折村に帰ることもあるが、もはやどちらが家なのか分からないほどだ。個人的な理由が無いわけではないが、どちらかと言えば調査のためである。
そう、調査のためだ。正式に与えられたお役目なのである。
今現在、このホープスのみならず始まりの村イシスは、結構な人員が訪れて寝泊りしている。皇帝主導の下で大々的な調査・研究チームが組まれたのだ。その中には学者や研究者はもちろん、皇子殿下を始めとする王侯貴族の子弟も含まれている。
長らく未知だった遺跡の調査だ。それに噛むことが出来るなら、どれだけの利益が齎されるか分かったものではない。無論、実入りが少なく終わる可能性もあるが、実利以外も考慮すれば元は取れる可能性が高い。……大多数の貴族はそう考え、チームに人員を派遣した。
大々的に人が動くとなれば、物の動きも活発になる。併せて商人組合も動いた。そもそも、イシスには少人数ならともかく大人数を受け入れられるキャパシティがない。そこをどうにかしない限り、まともな調査など出来る筈もないのだ。
大々的に物が動くとなれば、それを狙う賊も現れるのが自明である。防衛のために冒険者も大量に雇われた。
そんな感じで、ホープスの調査・研究は始まったのである。
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空中投影された航海日誌的なものを読みながら、アルスは食堂で朝食を摂っていた。ホープスと同期させた、腕時計チックなデバイスから投影されている。前世で言うスマホ的なものである。
このデバイス一つとっても、調査結果としては素晴らしい。現在時刻は無論のこと、簡易的ながら体調管理や成分調査の機能もあれば、写真撮影や計算機能もある。
簡易的な『ステータスチェック』もできる。ホープス内に集約されているデータと比較して、同年代の平均と比較して優れているのか劣っているのか。また、以前にチェックした際と比較してどれだけ変化しているか。そういったことが分かるのだ。
まあ、便利なだけではなく色々な制限もあるが。
第一に、使用者が字を理解出来なければどうしようもないことだ。ホープスには多種多様な乗組員がいたし、そんな彼らの間で使われていた以上、幾らかの言語から使用言語を選択できるのだが、当然ながら選べる言語には限度があるし、現在の国で使われている言語は含まれていない。前世知識により日本語を理解出来るアルスを除けば、全員が一から何かしらの言語を学ばなければならないのである。ホープスの機能が復活したことにより、管理AIたるエクシードも国で使われている言語を調査・解析しているが、さすがに一朝一夕では終わらない。
第二に、現状では数が限られている。艦内居住者には洩れなく行き渡っているが、それ以外だと少数が皇家や上級貴族に献上されている程度だ。
ホープスは『外宇宙惑星探査移民艦』という大仰な名称を冠されているだけあって相応の機能を有しているのだが、一度にやれることには限りがあって然りである。元より随行艦が揃って初めて本領を発揮するものだし、長らくスリープモードだったのだから尚更制限がかかっている。
そもそも、たった数年では機能を完全に取り戻すには至らないし、扱う側も学んでいる最中だ。その中でこのデバイスが優先的に生産されているのは、アルスの希望による部分が大きい。
「やあアルス、おはよう。そちらの進捗はどうかな?」
「これは皇子殿下、おはようございます。……難しいところですね。読み進めてはおりますし、個人的に気になる部分も色々とありますが、それが公の役に立つかと問われると分かりません」
「ふむ。まあ、そのようなものなのであろうな。長い目で見なければならぬ、ということか」
「でしょうとも。言ってすぐに成果が示されるなら、世はもっと繁栄しているはずでしょう、お兄様」
朝食を食べていたアルスに声をかけてきたのは、この国の皇子と皇女であった。皇子がレオンハルト、皇女がアンナ。年齢は若く、アルスと似合いの年頃である。これは意図的なもので、『アルスと年齢を合わせた方が意思疎通も図りやすいだろう』という判断があった。また、このアンナこそが将来的にアルスの結婚相手となる少女であり、現在は婚約者という間柄である。
「確かにな。……しかし、ここでの生活は気楽でいいな。分からぬことは多いし学ぶことも多いが、必要以上に礼儀作法に気をかける必要が無いのが良い」
「同感ですね。ここにくるまでは公爵領とはいえ地方ということで不安に思っておりましたが、むしろ私たちのような継承順位の低い者からすると逆に過ごしやすいです」
椅子に腰かけ身体を伸ばしつつ、実にリラックスした態度で両者は言う。
「皇族には皇族の苦労がおありのようで……」
「全く以てその通りだな。継承順位が低いとはいえ皇族であるから一定の権威はあるが、継承順位が低いから後ろ盾も少なく弱い。実際の権限も少なく、それでいて責任は求められる。聞こえが良いのは肩書だけで、その実態は足切り用の存在だよ。仲の良い兄弟姉妹はいるし、国に忠を尽くす家臣もいるが、対象が『国』というのがネックでね。人によってスタンスが違う」
「皇族ありきの国と考えるか、国ありきの皇族と考えるか、それ次第で私たちに対する態度も異なります――異なっていました」
「結果的にではあるが、それによって私たちの立場も向上した。何だかんだ言って、帝国が『始祖ありき』であることに違いはないからな。アルスが始祖と同等の特殊性を帯びた以上、それを無視することは出来ん。しかもそれが、国内でも特殊な公爵家の子だ。中央の作法が通用しきる筈もない」
「私たちを派遣し仲を深めることでそれをどうにか乗り越えたわけではありますが、ここの調査が進むにつれ、中央ではまた別種のゴタゴタが起こっているようです」
始祖の思想や思惑がどうあれ、今に至るまでには長い年月がかかり、何度となく代替わりも果たしているのだ。である以上、既得権益に溺れる者も現れて然りである。アルスの生家であるクサナギ公爵家でもそういう存在が現れたことがあるそうだ。
そう、アルスの生家は『クサナギ』という家名だった。漢字にすれば『草薙』か『草彅』だろうか。まあ大元が地球人の連合体であり、その中に日本人もいた以上、特におかしなことではない。
また既得権益に限ったことではなかろうと、問題とは起こって然りである。問題を『問題』として取り上げるかどうかは別として。
「正直、こちらに多大な影響が押し寄せるのは勘弁してほしいものですけどね」
「同意ではあるが、難しかろうな」
それについては、ホープスの調査が進めば進むほどにアルスもそう思う。
「おはようございます、皇子殿下、皇女殿下。アルスもおはようさん。朝から難しい顔してどうしたんだ?」
そう声をかけてきたのはリウイである。横にはセリカの姿もある。アルスと気心の知れた仲ということもあり、二人もまたアルスと生活を共にしていた。
「リウイとセリカか。二人ともおはよう。……なに、ここでの生活は気楽ではあるが、ここに関わる面倒事もそれだけ思い浮かぶものでな」
レオンハルトの言葉に、リウイとセリカは理解したように頷いた。
「そりゃあ、他の国にここと負けず劣らずのモノがあるかもしれないと思い至ってしまっては、外征欲を沸き上げる人だっているでしょうよ」
「ええっと、旗艦であるホープスの他に、随行艦として機能を特化させたのが幾らかあるんでしたよね。たしか……農業艦『ラクシュミ』、娯楽艦『アポロン』、武装艦『マルス』、製造艦『ヘパイストス』、研究艦『メティス』でしたっけ?」
「だな。とはいえ、現在ではあくまでも名前が分かっているだけだが。……まあそうは言っても、存在が示唆されてしまった以上は無視しきれるものでもないだろうな」
ホープスと他の艦は、この星を調査しようとした際に何故か制御不能になり落下したことが、これまでの調査から分かっている。この世界のどこかに、他の艦が現存している可能性があるのだ。そして、自分たちがホープスを活用し始めたように、他の国が残りの艦を活用する――或いはしている――可能性も。
旗艦であるホープスは全ての艦の機能を持つ万能艦であるが、機能単体で見るとそれぞれの艦には及ばない。にも拘らず、目を瞠る要素が目白押しなのだ。機械管理された艦内農場による食糧生産、金属加工や製造、運動スペースに幻想体を用いた戦闘訓練など、例を挙げればキリがない。
世界の全てが分かったわけではなく、必然として世界間の平和条約なども在りはしないのだ。機能特化型とはいえ、他国にこんなモノがあるかもしれないと言われたら、そりゃあ危機感なり何なりが刺激されてもおかしくはない。単艦ではそれほどの危機感を覚えなくとも、組み合わせ次第ではそうも言っていられないのである。
そこでデバイスから音が鳴った。予めセットして置いたアラームである。
お役目がどうあれ、場所の特殊性がどうあれ、アルスは公爵領の住人であり、公爵領の政策が優先される。
本来なら町の学校に行って勉学に励んでいる時期なのだ。お役目でそれが叶わないのであれば、その代替が必要となる。
そして、皇子皇女を始めとした貴族家の子弟が多数参加しているのは、それぞれの交友関係を深めるためにある。
結果として、ホープスを舞台として勉学に励むことになった。町の学校と比べて勝手は違えど、設備自体はこちらの方が上等である。
それは学ぶ環境としても同じだった。特に現在は多数の調査員や研究者がいる。言ってしまえば、彼らはそれぞれの分野におけるエキスパートなのである。必ずしも教導能力と一致するわけではないが、極論を言ってしまえば学校の教師もそれは同じだ。
元より一朝一夕で調査や研究が終わるわけがなし。気分転換や息抜きがてらに勉強を教えることを、彼らも拒むことはなかった。艦内の言語に関しては一緒に学んでいることも大きかっただろう。
帝国の領土は広い。基本的に帝国領内では共通の言語の利用が義務付けられているが、地域によっては先住民族の言語を利用し続けている場所もある。
そんな地方語を修めている者たちにとっては、取っ掛かりやすい艦内言語も異なって然りだ。ロシア語から取りかかる者もいればフランス語から取りかかる者もいる。そういった者たちで一塊になった方が、教える側も教わる側も楽である。
最初の内はどこにでもアルスは通訳として引っ張りだこだった。エクシード←→アルス←→調査員や貴族子弟という形だ。とはいえ、すんなりと回る筈がない。アルスとて艦の搭載言語や帝国語の全てを理解しているわけではないのだから当然だ。結果、初めの内はウェールズら大人の補佐を受けつつ、この時間は何語という感じで時間別に対処する形になった。
そうこうしている内にエクシードも帝国語や地方語を学んでいき、端末を通じ、アルスを介さずともある程度のやり取りが可能となったわけである。
アルスが学業に手を付けられるようになったのはそれからだ。先のアラームは授業に遅刻しないためのものである。
「……と。おしゃべりはここまでにした方が良さそうだ」
アルスの言葉で、それぞれが動く。或いは食器を片付けるべく席を立ち、或いは食事の残りをかっ込んだりと様々だ。
ホープスに来ている貴族子弟は結構な数がいる。『アルスと同年代』という制限があれど、一代限りの貴族である騎士爵家も含まれているし、参加させるためだけに妾の子を引き上げたりした家もあるからだ。更には、一部とはいえ商人や平民の子も加わる。
多種多様で千差万別な子供たちをまとめ上げるために、これまたクサナギ公爵家の政策を活用することとなった。最低限の礼儀作法は求められるが、『基本的に在学中は平等である』というものだ。
裏を返せば『貴族というだけで偉ぶるな』というものだが、これはクサナギ公爵領における治世の要訣でもあった。貴族というだけで偉ぶり臣民を虐げてしまえば、臣民はそれを恐れて言いたいことも言えなくなってしまい、反感を持つ。引いては領地が上手く回らなくなってしまう。
言葉だけなら尤もだが、実行するのは難しい。実際、高位貴族の子弟ほど早々に叩き伏せられることとなった。ホープスの特殊性を知らぬが故に、他人の眼にだけ気を付け、裏では低位貴族の子弟や平民の子供にきつく当たっていたからだ。ある程度までは見逃すにしても、それとて限度がある。度合いによっては、クサナギ家現当主にして公爵であるアルスの父アーサー自らが、映像証拠を突き付けた上で叩きのめした。
立場を笠に着た行為をした彼らは、その一方で公爵を蔑ろにしていたのだ。当人たちにその自覚があるかは不明だが、公爵領内で公爵本人をだ。公爵領内で公爵家の政策を否定するとはそういうことだ。
それに対する仕置きが公爵本人からである以上、彼らの父母も文句は言えない。貴族の子弟といったところで、実際に爵位を継いだわけでなければ、叙爵されたわけでもない。生命があるだけ儲けものであった。……なお、映像証拠は大元のデータをホープスに残したうえで、データをコピーしたデバイスをクサナギ公爵家と皇帝家に提出済みだ。
そんな一幕があって以来、風通しは徐々に良くなってきている。件の子供たちもそういう教育を受けてきただけであるので、公爵本人から体罰を以てダメだと言われれば、態度を改善させる余地はあったのだ。




