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双星のバスタード  作者: 山上真
序章
2/49

プロローグ:2

 月日が経ち、現在のアルスは七歳となっていた。友人であるリウイとセリカも同じである。

 アルスが祖父であるウェールズに行った提案は村内に受け入れられ、現在の村広場には掲示板の他に文字表が刻まれた木板が設置されている。

 いずれは学校で学ぶこと。それもあって身体を動かすことを優先する子供たちは大して気にもしていないが、アルスを筆頭に利用する者は利用している。

 そして、その差は十全に表れている。アルスらはもはや表を利用せずとも読み書きが可能となったのだ。とはいえ、表はあくまでも基礎部分に過ぎない。隣に立つ掲示板の内容を理解することには直結しなかった。当然のことではあるが、掲示板の内容にはいわゆる『単語』や『漢字』に該当する物も使われている。平仮名や片仮名が読み書き出来たところで漢字が読み書き出来るわけではなく、アルファベットが分かったところで英単語が分かるわけではないのだ。

 それでも、子供が気にしているのなら教えてくれる大人だって存在する。その教え方は千差万別であったが、ウェールズを筆頭に詳しく教えてくれる者もいたのだ。そのこともあって、現状村内の子供たちの中においてアルス、リウイ、セリカの学力は抜きん出ていた。文字が読めるようになれば、それだけ知れることも増えるのだから当然のことだ。教えて理解出来るとなれば、大人たちだって期待するようになる。遊具普及の立役者たるアルスのことを鑑みれば尚更だ。

 現在、村内にはトランプやカルタも広まっている。日本のそれとは比較にならないほど劣悪な出来だが、使用の上では十分に許容できる範囲だ。提案当初は技術的に無理と却下されたものだが、捨て難いものもあったのだろう。村の中で会議にかけられ、巡り巡って領主の元へと報告がいき、領主の興味を惹いて作成が決定され、提案者権利として試作品が無料で回ってきた次第である。それも最初の一回だけではなく、素材の変化や技術の向上に合わせて何度か。無論、頂くだけではあれなので、トランプのゲームルールを追加で幾らか提出している。聞いた話、知育グッズとして学校でも利用が決定されたらしい。

 そんなこんなでアルスたちの知識は飛躍的に増えた。

 例を挙げると村についてで、アルスらの住まいである村は『イシス』といい、『始まりの村』とか『守り人の村』の二つ名で呼ばれているらしい。何故かというと、これが実に突拍子もない話ではあるのだが、建国譚において皇帝とその側近は『天より降り立った』とされているのだ。その降り立った地がここいらであるために村の規模からは考えられないほどに大層な二つ名が冠せられているんだとか。村の近くには件の皇族たちが使用したとされる古代遺跡があるし、皇族がそれらを否定しないことも信憑性に拍車をかけているんだとか。

 そんなわけで、村には時折学者や研究者も訪れる。盗掘狙いの不届き者も現れる。アルスも何度か目にしたことがある。……まあ、村の住人と皇族を除けば、件の遺跡への許可なき立ち入りは禁止されているらしいのだが。

 ともあれ、そんなことを知ってしまえば、移籍への興味がグングンと沸き上がるのが人の情というものだ。それはアルスのみならずリウイとセリカも同じだった。


「遺跡に行ってみたいんだけど……」


 夕食の席で、アルスは家族へと希望を告げた。


「遺跡へ? う~ん、まあ仕方ないのかしらね。そりゃあ、知れば興味も惹かれるでしょうし」

「とはいえ、如何に近くても村の外に出るのは事実だし、私たちの一存で許可は出せないねえ。旦那に話はしておくから暫くは我慢しておくれ、アルスや。大人はともかく、子供だと自警団員同行の上でないと許可が出せない決まりになってるのよ」


 母クリアが納得を示す一方、祖母ティファが断りを言ってきた。その理由も教えられれば、アルスも納得せざるを得ない。


「分かった。でも興味があるのは事実だから、出来るだけ早く連れていってほしい」


 まあそれはそれとして、要望は口にしておいたが。


 ♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢


 そして数週間が経ち、アルスたちが古代遺跡へと向かう日がやって来た。希望を言ってから叶うまでこれだけ時間が経ったのには、やはりアルスたちの年齢があるのだろう。建国譚で語られることを真実とするのなら、古代遺跡は村にとっても重要なものなのだ。そこに年端もいかぬ――有体に言えば分別もつかぬ子供を連れていくことに忌避感を抱く大人は当然存在するだろう。

 それでも希望が通ったのは、これまた対象がアルスたちだからでもあるのだろう。実際、アルスたちが遺跡に赴くことを知った他グループの子供たちは、それを羨ましがり自分たちもとせがんだが、その願いは通らずにいる。

 裏事情に対しアルスはそんな想像を働かせつつ――


「では向かうぞ。繰り返すが、私の言うことは聞くように」

「了解」

「はい!」

「分かりました!」


 引率者たる祖父ウェールズの言葉に対し、リウイ、セリカの両名と共に肯定の言葉を返すのだった。

 そして、初めて踏み出した村の外は、ただその事実を以てアルスに言いようのない感慨を齎した。

 空気が変わったわけではない。景色が変わったわけではない。防備の一環として村には申し訳程度の柵はあるが、所詮は申し訳程度に過ぎないため見える光景に変化は少ない。しかしその柵の存在が、一つの『区切り』――精神的な意味で『結界』の役目を果たしていたことは間違いないのだろう。アルスの感慨はそれ故のものだ。恐怖、高揚、色々な感情が渦巻いている。

 それはリウイとセリカも同じだったようで、結果として子供たちは村からたった一歩足を踏み出した地点で立ち尽くしている。そんな子供たちに対し引率者たるウェールズは、急かすでもなく優しい眼差しで見守っていた。

 どれくらいそうしていたか。やがてアルスが口を開いた。


「行こうか」

「ああ」

「そうだね」

「では、行くとするか」


 リウイとセリカが同意し、それを確認したウェールズが、移動するべく子供たちを促した。

 地方村だけあって、イシスは首都からかなりの距離がある。加え、西方と南方を山脈に囲まれているという、地形的に見てもどん詰まりの位置にあるのだ。そして件の遺跡は、イシスから見て南西方向に存在する。

 一応ながらも整備された道を進んでいると森に着いた。道の周辺だけが切り開かれて森の先へと続いている。

 道を歩きながら、アルスは納得した。


(こんな場所を通るのなら、そりゃあ子供たちだけで行かせるわけにはいかないだろうな)


 何せ心中で頷いている今現在も、ゾクリとした気分になる。森の気配とでも言うべきものを顕著に感じられるのだ。

 精神面の影響もあり、如何に同年代の子供に比べれば体力づくりと学習の両面に熱を持って取り組んでいるとはいえ、アルスが子供に過ぎないのは事実なのである。今はウェールズがいるから安心できているが、彼がいなかったらどうなっていたことか。森の獣に襲われたなら、逃げる以外の手はないだろう。それとて、逃げ切れるか分かったものではない。


「実際、それほど危険は大きくないんだがな。森の恵みは豊富だし、むしろ村にとっては利益の方が大きい。それでも、子供にとって危険な獣や魔物がいないわけではないからな」


 子供たちの様子を見て取ってか、森中の道を進みながらウェールズが言った。知識や身を護る術、そういったあれやこれやの有無が、抱く感想の違いなのだろう。

 あれは何、これは何と、ウェールズが森のあちらこちらを指差して『森の恵み』について教えてくれる。実物を見ながら説明されれば、好奇心が刺激され子供たちの気分も向上していく。


「着いたぞ」


 そうこうしながらも道を進んでいき、ウェールズが言うと同時、開けた場所に出た。


「何だ? 村とも森とも空気が違う感じがする。……清浄? 澄んでる? 言葉にするならそんな感じか?」


 我知らずアルスは呟いていた。子供らしからぬ言葉遣いだが、精神が精神なため仕方がない。それでも、普段はもう少し子供らしさを心掛けているのだが、余りの空気の違いに演技が離れてしまっていた。


「言われてみれば……」

「空気が気持ちいいね」


 アルスの呟きにリウイとセリカも同意する。

 そして一行は、日の光を浴びながら思い切り深呼吸をした。何度か繰り返したところで、アルスは漸く気付いた。今まで山の一部だと思っていた目の前にそびえたつモノが、そうでなかったことに。

 色合いは山肌と似ており――まあ、だからこそ勘違いした面があるのは否めない――所々苔むしている。しかしよく見れば、『古代遺跡』というわりに外壁はしっかりしている。ボロボロではないのだ。あくまでも視界に入った部分だけでありその全長は分からないが、年代による風化を感じさせず、苔やらと合わせて考えるれば色々とアンマッチだ。

 見間違いかと思い、より遺跡に近付いて確認するも、やはり結果は変わらなかった。むしろ、『古代遺跡』とは異なる要素が散見されるのだ。窓と思しき物があり、砲塔と思しき物がある。


「ええ~、何か色々とおかしいだろ、これは……」


 理解の許容量を超えた『現実』に、アルスは力なく呟いた。これを『異世界ファンタジー』の一言で片づけるには無理がある。ファンタジーはファンタジーでも『スペースファンタジー』だ。


「いや、建国譚の話を合わせて考えるとおかしくないのか……」


 広大な宇宙、異星からの来訪者。それが建国の祖なのだろう。乗ってきたとされる(フネ)がこうして放置? 安置? されている以上、『侵略者』というよりは『移民者』と考える方が妥当だろうか。

 たとえ現地民との穏当な同化を図ったところで、実行は言うほど簡単ではない。この艦だけで考えても、両者の間には如何ともし難い技術力の差があるのだ。携行武器だって然りだろう。その結果、或いは侵略になったのかもしれないし、或いは祀り上げられたのかもしれない。その真実は分からないが、色々と考えられるロマンがある。


「不思議だろう? 正に人知を超えている。……ともあれ、いつまでもここでこうしていても仕方がない。入るとしよう」


 アルスが艦を目の前に思考を巡らせていると、横にやって来たウェールズが言った。そして子供たちを促して歩き出す。

 暫く進んでいるとそれが見えた。階段だ。あれは『タラップ』だろうか。アルスの前世知識で考えると、そうとしか思えない物がある。


「今までの調査の結果、出入り口と思しき部分は他にも見つかっているんだがな、お前たちのことを考えるとここから入るのが一番安全だろう」


 ウェールズはそう言うが、それに対してリウイが質問をした。


「そうは言っても、それらしい部分はありませんけど? いや、門とかドアで閉じられてるのかもしれませんけど、その割に取っ手とかも見えませんし」

「確かにな。だが、不思議なことに勝手に開くんだよ。ほら、階段を上がってみろ」


 論より証拠とばかりに、ウェールズがリウイを促した。リウイが恐る恐る階段を登ると、何をするでもなく入り口が開いた。ドアがスライドしたのだ。


(センサーが生きているのか!? ……となると、メインかサブかは分からないが、動力炉も動いている?)


 アルスにとって自動ドアは珍しくもない。今世ではともかく、前世知識ではありふれた物だったからだ。しかし、それを動かすためにはそのためのエネルギーが必要だし、使い続けるためには定期的なメンテだって必要だろう。それでも、時の経過と共に部品は摩耗し、メンテナンスだけではどうしようもなくなるのが実情だ。

 少なくとも、アルスの知識ではそうだ。だというのに、それが今もしっかりと動いている。ウェールズの口振りから考えるに、彼が仕組みを理解しているとも思えない。

 そこから考えると、この艦には今もメンテナンスを行う存在がいるか、そもそもメンテナンスが不要な技術で作られていることになる。ウェールズからそれらしい存在に対する言及がない以上、後者と考えるべきだろうか。

 これほどの巨大艦。一度完全に動力を止めてしまえば、再稼働にどれだけの時間がかかりどれだけのエネルギーが必要になるのかは分からない。異星であるとするなら、再起動に必要な物資があるかも分からない。それを思えば、最低限の状態で稼働させ続けることにも理はあるのかもしれない。

 では、その『理』とは? それこそが、アンマッチな外観にも繋がるのではないだろうか。


(単純に考えると自己修復機能に永久機関の搭載か? この妄想が正しかった場合、艦が今も稼働し続けていることにも、外観が風化していなかったことにも一応の説明はつく)


 この艦も着陸時にはボロボロだったのかもしれない。だから、乗組員は否応なく現地との同化を選ばざるを得なかった。しかし、時間が経てば勝手に艦が修復することが分かっていたから、動力炉の完全停止はしなかった。


(ロマンはあるけど、結局はロマンだな)


 自分の考えを自分で否定し、アルスもまた艦の中に入っていった。

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