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聖遺物探索周遊記 ~病弱な語り部と神殺しの呪法。千の世界を渡る壊世の旅~  作者: まーサンタ


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第七話:渇いた大地と、天空の魔導都市

 『界の羅針盤』が拓いた空間の歪みをくぐり抜けた瞬間、二人の全身を襲ったのは、刺すような熱風と喉を焼き切るような圧倒的な乾燥であった。

「……ッ……!? ゴホッ、ゴホッ……! ゲホッ……!」

 ルーヴェンは激しく咳き込みながら、膝をついた。青白い顔が、熱風を受けてさらに痛々しく歪む。

「ルーヴェン! 大丈夫ですか!?」

 エレナが慌てて駆け寄り、彼の背中を優しく擦りながら、自らの懐から『罔象女神の清水(みつはのめのかみのきよみず)』の小瓶を取り出した。手のひらに注いだ清らかな水でルーヴェンの口元を潤すと、彼は荒い息を吐き出しながら、ゆっくりと顔を上げた。

「……ふぅ。……なんだ、この世界は。空気が死んでいる……」

 二人が立っていたのは、赤茶けた地表が果てしなく広がる荒涼とした大地であった。  草木は一本も生えておらず、土は亀裂が入り、カラカラに乾ききっている。地平線の彼方まで見渡しても、生命の気配は微塵も感じられない。まるで星そのものの命が吸い尽くされたかのような、哀れな死の世界であった。

「なんて……酷い場所……」

 エレナは息を呑み、周囲を見渡した。そして、ふと見上げた空の光景に、言葉を失った。

 雲ひとつない薄汚れた青空の真ん中——地上から遥か上空に、ぽつりと巨大な「影」が浮かんでいたのだ。

 それは、重力を無視して空に漂う浮遊大陸であった。  その上に建設されているのは、白銀の金属とガラスで彩られた見事な超高層ビル群。都市の周りには青々とした巨大な人工の森林や巨大な滝が見え、さらには都市全体を覆うように、虹色に輝く幾何学模様の結界——魔導障壁が展開されていた。

「あんな空の上に……都市が……?」

「『魔導科学都市』……といったところか」

 ルーヴェンは起き上がり、外套の埃を払いながら空を見上げた。

「上の都市は潤い、豊かさに満ちている。だが、足元の地上の惨状はどうだ。……極端な二極化だな」

 ルーヴェンは胸元から『界の羅針盤』を取り出した。針は静かに上空——あの空中都市の方角を指しながらも、時折ぐるりと円を描くように不気味に震えていた。

「この世界の聖遺物は……『タンタロスの腕輪』だ」

「タンタロスの……腕輪……?」

「古代の伝承にある、渇望と飢餓を司る呪いの法具だ。所持者の周囲から水、糧、そして生命力を無制限に吸い上げ、所有者に無限の魔力と繁栄を与える。……およそ十年前、あの浮遊都市の支配者がその腕輪を手に入れたのだろう」

 ルーヴェンの冷ややかな声が、熱風に混ざる。

「空中都市が誇る圧倒的な魔導科学も、贅沢な水も、すべては下の地上から吸い上げた『命の分け前』だ。地上から水分と作物の実りを根こそぎ奪い上げた結果が、この十年間で完成した荒野というわけだ」

「そんな……! 自分たちだけが豊かになるために、地上に住む人たちの命を奪うなんて……!」

 エレナの瞳に激しい憤りが宿る。  自分の故郷を奪った『パナケイアの雫』も悲惨だったが、この世界で行われているのは、世界規模のゆるやかな殺戮であった。

「行くぞ、エレナ。まずは地上の集落を探す。空中都市へ登る手段を見つけねばならん」

◆

二人は荒涼とした大地を数時間歩き、岩山の影に作られた粗末な開拓集落へと辿り着いた。

そこには、ボロ布を纏い、目だけをギラギラと光らせた人々が身を寄せ合っていた。子供たちの首や腕は枝のように細く、大人たちも乾いた喉を鳴らしながら、枯れ果てた井戸の周りに群がっていた。

「水だ……水を出してくれ……」 「今日の配給はまだなのか……? 上の『天導府(てんどうふ)』様は、我らを見捨てたのか……」

悲痛な呻き声が、風に乗って響く。

ルーヴェンは静かに集落の中央へ進み出ると、いつものように黒檀の横笛を取り出し、静かに音色を奏で始めた。 熱風を押し返すような、涼やかで透明感のある旋律。人々の感情を静め、吸い寄せる『誘引の呪言』が乗った音色に、乾きに苦しんでいた村人たちが吸い寄せられるように集まってくる。

「……旅の者かい? こんな死んだ土地に、一体何の用だ……」

乾いた声で問いかけたのは、村の長老らしき老人であった。

ルーヴェンは笛を置くと、わざとらしく胸を押さえて「ゴホッ、ゴホッ!」と痛々しく咳き込んで見せた。すかさず隣のエレナが「お兄ちゃん、無理しないで!」と駆け寄り、演技を添える。

「……失礼いたしました。わたくしたちは旅の語り部。……喉の渇きに苦しむ皆様に、少しでも心を休める物語をお届けしたく……」

「物語だと……? クソくらえだ! 物語で腹が膨れるか! 水が飲めるか!!」

若い男が狂乱気味に叫んだ。 その瞬間、エレナは意を決して一歩前へ出ると、懐の『罔象女神の清水』の小瓶を取り出し、大きな木樽へと一滴の水を注いだ。

瞬く間に、汲み尽くせぬ清らかな水が樽から溢れ出し、冷涼な水気を周囲に撒き散らした。

「「「な……水だあぁぁぁっ!?」」」

村人たちが色めき立ち、水樽へと群がりそうになる。

「落ち着いてください! 全員の分があります! 争わないでください!」

エレナが叫び、水を行き渡らせる。澄んだ冷水を喉に流し込んだ村人たちは、涙を流して感謝し、先ほどまでの殺気立った空気は嘘のように消え去った。

喉を潤した長老は、震える手でエレナとルーヴェンに頭を下げた。

「おお……感謝いたします、旅のお方……! まるで神の奇跡だ……。この十年間、上空の『魔導都市アーベル』が我が物顔で大地の命を吸い上げてからというもの、水は金以上の価値になってしまったのです……」

「やはり……十年前からですか」

ルーヴェンは静かに問いかけた。

「長老様。あの空中都市へ登る手段はあるのでしょうか? 私たちも、あのような豊かな場所へ行けるのなら、病の身体を休めたいのです……」

長老は悲しげに首を振った。

「無理じゃ。あの都市へ行けるのは、地上で採れるわずかな鉱石や試練をクリアした『選ばれし富裕層』のみ。我ら貧民が近づけば、上空から魔導砲でゴミのように撃ち落とされるだけじゃ……。だが」

長老は声を潜め、岩山の奥を指差した。

「……今夜、地上と都市を繋ぐ唯一の貨物昇降機(エレベーター)に、地下反乱組織『泥の腕』が乗り込むという噂がある。彼らに紛れ込めば、あるいは……」

ルーヴェンは黒い瞳を細め、薄く笑みを浮かべた。

「……なるほど。貴重な情報を感謝します」

◆

その夜。 巨大な金属の塔——空中都市へと伸びる巨大な昇降機の最下層は、漆黒の闇に包まれていた。

パイプから蒸気が吹き出す薄暗い施設内で、銃や魔導兵器を構えた一団の男たちが息を潜めていた。地下反乱組織『泥の腕』の面々である。

「よし……警備の魔導人形(ゴーレム)は無力化した。今夜こそ上の気取った貴族どもに、俺たちの怒りを思い知らせてやる……!」

リーダー格の男が言ったその時。

「……物騒な計画だな」

影の中から、ひょっこりと二人の人影が現れた。 使い古された外套を羽織り、「ゴホゴホ」と咳き込む青年と、素朴な旅装の少女。

「だ、誰だ貴様らッ!? どこから入ってきた!!」

反乱軍が一斉に銃口を向ける。 しかし、ルーヴェンは慌てる様子もなく、静かに手を挙げた。

「撃つな。俺たちはただの旅の語り部と、その妹だ。……条件を出したい。俺たちをその昇降機に乗せろ。……上の『魔導障壁』を無効化し、都市の最奥へ案内してやる」

「ハッ! 狂ったか病人が! 貴様のようなもやしっ子に何ができる——」

リーダーの男が言いかけた瞬間。

ルーヴェンはパチンと指を鳴らした。 指先から放たれた目に見えぬ『呪律』の波動が、周囲を巡回していた十数体の魔導兵器を一瞬で沈黙させ、動く鉄くずへと変えてしまったのだ。

「「「な……なんだと……!?」」」

反乱軍の男たちが絶句する。

ルーヴェンは青白い顔のまま、冷徹な瞳で男たちを見下ろした。

「……言ったはずだ。案内しろと。……断れば、昇降機ごとお前たちを打ち砕くぞ」

病弱な佇まいの中に隠された、圧倒的な『神殺し』の威圧。 反乱軍のリーダーは固唾を呑み、力なく頷くしかなかった。

「……わかった。ついてきな……!」

◆

巨大な昇降機が、爆音を立てて上空へと加速していく。

鉄格子の隙間から見える地上の景色が、見る見るうちに小さくなっていく。エレナは手すりを固く握りしめ、下界の真っ暗な荒野と、迫り来る眩い浮遊都市の光を見比べた。

「……ルーヴェン。上の人たちは、下の悲鳴が聞こえないのでしょうか」

「聞こえていても、見ないフリをするのが人間だ」

ルーヴェンは冷ややかに答える。

「自分の足元が崩れ去るまで、人は都合の良い豊かさに貪りつく。……『タンタロスの腕輪』は、その人間の醜い欲望を無限に増幅させる装置に過ぎん」

ゴウンッ! という重厚な音とともに、昇降機が空中都市の最下層へと到着した。

眼前に広がっていたのは、光り輝く魔導結晶の街並み、色鮮やかな花壇、そして溢れんばかりの水が流れる美しい噴水広場であった。地上での死の渇きが、まるで嘘のような狂気の楽園。

「うわあ……なんだここは……! 本当に楽園じゃないか……!」 反乱軍の男たちが、その眩しさに目を奪われる。

だが、その直後——。

ウウウウウウウウッ!!!!

都市全体に、甲高い警告音が響き渡った。

『警告。不法侵入者を検知。地上の野蛮人どもを直ちに排除します』

噴水広場の周囲から、白銀の最新鋭魔導兵器の群れと、豪奢な魔法衣を纏った都市の警衛兵たちがなだれ込んできた。その先頭に立っていたのは、腕に巨大な黄金の腕輪をはめた、肥満体の男——都市長であった。

「ハハハ! 地上の虫ケラどもが、よくぞここまで登ってきたものだ!」

都市長が掲げた右腕——そこに装着された『タンタロスの腕輪』が、禍々しい漆黒と黄金の光を放つ。

「この腕輪がある限り、我らは無限の魔力と豊かな命を得続ける! お前たちの渇きも、命も、すべて我が都市の養分となれ!!」

腕輪から放たれる圧倒的な吸魔の波動。 反乱軍の男たちが「ぐあああッ!?」と叫び、全身の水分と魔力を吸い上げられて崩れ落ちそうになる。

「エレナ、下がっていろ」

ルーヴェンが前へ出た。 彼は「ゴホッ」と軽く咳き込むと、外套を優雅にはためかせた。

「な、なんだあの病人は! 殺せ! 乾き切って塵に変えてしまえ!」

都市長が叫び、圧倒的な吸魔の波動がルーヴェンへと集中する。

しかし——。

ルーヴェンは避けることもなく、ただつまらなそうに溜息をついた。

「……二千年間、あらゆる呪詛と死を拒絶してきた俺の肉体から、命を吸い上げようなどと……片腹痛い」

ルーヴェンの全身から、吸魔の波動を逆に押し潰すほどの、黒く濃厚な『神殺しの不老の呪性』が解き放たれた。

「な……なに……!? 吸いきれない……!? 逆に……なんだこの禍々しい波動はあぁぁぁっ!?」

都市長が恐怖に目を剥く。

ルーヴェンは一歩を踏み出した。 二千年の孤独と破滅を背負った旅人の歩みが、楽園の都市を揺るがし始めていた。

(第七話 完)

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