↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
忘れられる前に、最後の願いを。  作者: 寿 明結未(ことぶき・あゆみ)
付喪神ーお琴と清さんー

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/43

第8話 清さんの持ち主の、壮絶な人生①

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 ――清さんは、もう二度と戻らない時間を語り始めた。

 語られるたびに削れてしまいそうなほど、脆く優しい時間を。


 清さんの前の持ち主は、医(・)者(・)を(・)目(・)指(・)し(・)て(・)い(・)た(・)青(・)年(・)だったという。

 彼には年の離れた妹がいて、お琴と同じくらいの年だったらしい。

 時代は大正。

 流行り病で両親を亡くし、二人は親戚の家に引き取られていたそうだ。


『親戚の家でいい扱いを受けていたという印象はありません……ご飯は家族の人々が食べるものとは違い質素なものでしたし、主の妹はいつもお腹を空かせていた……』


 小さな手が空の茶碗を抱えたまま震えていた光景が、一瞬だけ脳裏に浮かんだ。


『それでも妹のお鈴さんは兄である宗司(そうじ)さんに心配掛けまいと元気に振舞っていました。宗司さんも同じように腹を空かせているのだから我慢せねばならないと思っていたのでしょう』

「……酷い扱いだったんだな」


 お琴くらいの年の子が、そんなに我慢しなきゃいけないなんて――。

 当時の現実を想像するだけで、胸が締めつけられる。

 なんでこんなことが許されるんだ……。

 どうしてそんな酷い目にあわせることができるんだ……。

 理不尽過ぎて……あまりにも酷くて……っ!

 ――親戚という人たちに対して怒りがこみ上げてきた。


 俺の気持ちを代弁するかのように指先が白くなるほど拳を握りしめていた。

 そんな中でも、清さんは涙を流しつつ語ってくれた……。


『居候の身では強く言えないのも仕方の無い事……宗司さんは少しでもお鈴の為にと医師を志し、日々勉学に励みました。親戚の者たちも居候の身の上の者が医者になれば家に箔がつくと考えていたようです』


 だからこそ宗司さんは、寝る時間を削ってまで勉強を続けていたという。

 すべては――お腹を空かせた、たった一人の妹のために。


 でも――その努力の果てに、待っていたのは悲しい現実だった。


『けれど無理が祟ったのか、宗司さんは結核(けっかく)になってしまった……。それも致し方ない現状があったからです』

「……それはどうして」

『宗司さんと妹のお鈴の部屋はとても寒く、障子も穴だらけ……冬の寒さを耐えるには辛すぎる状態でした』


(……そんな部屋で冬を耐えるなんて、どう考えても無理だろ……)


 薄い布団に宗司さんが白い息を吐く情景が、胸の奥でひやりと広がる。

 障子の穴から吹き込む夜風に、小さな肩が震えている――。

 そんな一瞬の脳裏に浮かんだ姿が胸に刺さる。


 ……清さんの声がだんだん小さくなっていく。

 ふと見ると、うつむいた顔に涙が一筋こぼれていた。

 言葉を選べば選ぶほど、何も届かないような気がした……。

 だから俺は、そっとポケットからハンカチを取り出した。


「……泣きたい時は泣いた方がいい」


 それくらいの事しか……出来なかった。

 清さんはおそるおそるハンカチを受け取り、目元を押さえた。

 肩を震わせながら、声を出さずに泣いている。

 俺は黙って、それが落ち着くのを待った。


「……ごめんな。俺が聞いて良いことではなかっただろう?」


 申し訳なさに胸が締めつけられ、俺は頭を下げた。

 すると清さんは、何度も首を横に振って、まっすぐこちらを見てくれた。


『僕もいつかは貴方に話さねばと思っていたのです。ただいつどう話せばいいかわからなくって……逃げていたのは僕のほうです』

「清さん……」

『どうか僕の話を最後まで聞いて欲しい……僕の独りよがりであっても』


 その言葉に、俺は強くうなずいた。

 清さんは涙を流しながらも、少しだけ安心したような顔をしていた。


 けれど――清さんが語ってくれたのは、胸が苦しくなるような真実だった。



 結核を患った宗司さんは、ろくに治療を受けることもできず、隔離された。

 まだ小さなお鈴さんには、兄がどれほど重い病気にかかっているのか、理解できなかったらしい。

 だから「会いたい」と何度も何度も、泣きながら駄々をこねていたという。

 ……でも宗司さんは、願いを受け入れることができなかった。


(――当時、結核は恐れられていた。宗司さんが会わなかったのも当然だ)


 だから宗司さんは、大好きな妹と会うことを、わざと避けつづけたという。


『お兄ちゃんに会いたいと泣き叫ぶお鈴さんを、宗司さんは突き放し「駄々をこねるな」と……。それだけじゃない。

 宗司さんが動けないことを良いことに、親戚の者たちはお鈴さんに暴力を振るいました。障子の穴から見える光景はまさに生き地獄です……』

「……酷いことを」


 胸の奥で、どうしようもない怒りがじわりと広がった。


『両頬を真っ赤になるほど叩かれ、髪を引っ張られて――』


 その瞬間、震える肩を必死に押さえ込んで泣くお鈴さんの姿が浮かぶようだった。

 気づかぬうちに、指先が強く握りしめられていた。

 ――虐(・)待(・)。


 宗司さんという、たった一人の「守ってくれる人」が病気になったとたん、親戚たちは、お鈴さんにストレスをぶつけるように扱い始めたという。


 冬でも冷たい水を浴びせられ、「寒い」と言えば家の外に放り出される。

 宗司さんは弱った体を引きずりながら、なんとか妹を家の中に戻そうとした。

 だけど――。


『お兄ちゃんもこの家の人たちと同じ、人殺しだと……お(・)兄(・)ち(・)ゃ(・)ん(・)は(・)人(・)殺(・)し(・)の(・)医(・)者(・)だ(・)と泣き喚きました。宗司さんはその言葉を飲み込み、立ち去ったお鈴さんをただジッと見つめるしか無かった……』


 医療の進んだ現代ならそういうことは無かっただろう……。

 いや、それ以前に虐待なんて事は、起こりはしなかっただろう……。

 今を思っても仕方ないのは分かっている。

 けれど、そう思わないと俺の心のほうが悲鳴を上げそうな気がした。


 そのとき宗司さんが感じた悔しさや悲しみ、痛みは、どれ程だったんだろう。

 俺には――想像もつかない。

 けど俺はまだ、宗司の最期を知らなかった。

 この夜の月明かりが、あの最期へ続く道だとは――まだ何も知らなかった。

面白いと感じたり、応援したい! と思われたら

ポチッとお気持ちを押して頂けると嬉しいですm(_ _)m


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。