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忘れられる前に、最後の願いを。  作者: 寿 明結未(ことぶき・あゆみ)
付喪神ーお琴と清さんー

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第7話 壊れた時間を巻き戻して

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 ヒイラギが話すのを聞いて、俺は清(きよし)さんの姿をじっと見つめた。

 ……確かに、男の人にしては手足が細く、頬も少しこけている。

 それでもお琴と楽しげに話している様子は、どこか優しい兄のように見えた。

 どうしてそんなふうに感じてしまうのか、自分でもよくわからないけれど。


 家に着くと、俺はお琴に清さんを部屋まで案内するよう頼んで、台所へ向かった。

 戻ってきたときには、お盆の上にお茶とドラ焼きがふたつ。

 ヒイラギ用にはナッツも忘れずに添えておいた。

 ナッツを手渡すと、ヒイラギは嬉しそうに食べ始めた。


『これは何と言う甘味です?』

『これはドラ焼きじゃ! 私も好きじゃから光一にねだってたまに買ってもらうのじゃ』

「美味しく食べて貰えたなら良かったよ」


 俺たちがのんびりと茶を飲んでいると、清さんがふと部屋の中を見回した。

 そして、小さくつぶやいた。


『時代は進んだのだな』


 その目線は俺たちの部屋じゃなくて、もっと昔のどこかを見ているようだった。

 話を聞いてみたいと思ったが、それを察したのか、ヒイラギが先に口を開いた。


『今日はゆっくり休むと良い』

『ご心配、ありがとうございます』


 そう言って優しく微笑む清さん。

 ……俺にとって、お琴以外で初めて「助けたい」と思った付喪神。


 清さんは元の持ち主のことを語ることもなく。

 ただ静かに部屋や本棚、そしてお琴を見つめていた。

 そこに……何か深い事情があるような気がしてならなかった。


 今日はきっと疲れているだろうし、まだ時間はある。

 俺は丁寧に扱い、鞄を持つと、中から眼鏡を取り出し、机の上にそっと置いた。

 少しでも状態を良くできないかと思って、じっくりと観察する。


 フレームはあちこち歪んで、所々にはサビ。

 レンズ越しに見ると、物がゆがんで見えるくらいには劣化している。


「多少なりとも綺麗に直せると良いんだが……」


 ぽつりと呟いた時、お琴が俺の背中にぎゅっと抱きついてきた。


『光一!』

「うわっ! どうした? お琴」


 びっくりして後ろを振り向くと――。

 ヒイラギが淡く光っていて、清さんの体もほんのりと光を帯びていた。


「えっと……ヒイラギは何をしてるんだ?」

『うむ。ヒイラギが言うには付喪神として随分とガタがきているようだから……えーっと、まずは少しずつ安定させる為に手助けしてやっているのじゃと言っておったぞ』

「そうか……」

『じゃから爺様を貸すのだ! 時を巻き戻す力を、少しだけ借りるのじゃ!』

「何でだ!?」


 お琴は俺の胸ポケットから懐中時計を取り出し、清さんとヒイラギのあいだにそっと置いた。

 どうして懐中時計が必要なんだろうと覗き込んでみると、なんと時計の針がゆっくりと巻き戻っている……?


『見よ、爺様が清を心配しておられる……』


 懐中時計の針が、少しずつ時間を巻き戻していく――。

 ひと目で分かるほどではない。

 それでも、確かに「戻っている」としか言えない動きだった。

 その光景はなんとも不思議で、けれど、どこか納得できるものだった。

 きっと、懐中時計の力で時間を戻し、清さんを安定させようとしているのだ。


 それなら、と俺は清さんの眼鏡も隣に置いてみた。

 すると本当に、僅かずつだけれど、眼鏡が綺麗になっていくのが見えた。

 ……とはいえ、完全に元通りとまではいかず。

 ヒイラギも疲れたのか、またナッツを食べて一息ついていた。


『……体が少しだけ楽になりました。ヒイラギさんありがとうございます』

『礼には及ばん。主が心配していたから力を貸したのみ』

『光一さんが?』


 尋ねてきた清さんに、お琴が俺に抱きつきながら説明をはじめた。

 ヒイラギと俺は繋がっている存在で、ヒイラギは俺の分身みたいなものなのだと。


(随分と大雑把な説明だが、まぁあってると言えばあっている……かな)


 俺が清さんのことを心配していたから、ヒイラギは力を使って手助けしたと思うと、改めて礼を言わずにはいられなかった。

 ヒイラギは、いつものように自分の寝床にしている座布団の上に行き、丸くなってすぐに眠ってしまった。


『ご心配掛けてしまい申し訳ありません』

「いや、気にしなくていい。やっと雨ざらしから解放されたんだから、この家にいる間はゆっくり身体を休めてくれ」

『ありがとうございます』

「それともうひとつ。俺も勉強とか、いろいろあるからさ。家にいる間だけでいいから、お琴の話し相手にでもなってくれないか? そうしてくれると助かる!」


 俺がそうお願いすると、お琴はムッとした顔になって、俺の前に仁王立ちした。


『なんじゃなんじゃ! 私は別に寂しくて光一に構って欲しい等と一言も言った事はありはせぬぞ!!』

「だったら学校の勉強してる時くらい静かにしてくれよ。この前のテストも結構ギリギリだったんだぜ?」

『何を申すか! 学勉など学校に行っておれば家で勉強せずとも何とでもなるであろう!』


 ――いつものように始まるお琴との口喧嘩。

 ……かと思ったら、清さんがそっとお琴を抱き上げ、首を横に振って、俺から少し離れた場所に静かに座ってくれた。


『勉学とは一日にして成らず。志(・)す(・)こ(・)と(・)が(・)あ(・)れ(・)ば(・)こ(・)そ(・)勉(・)学(・)に(・)励(・)む(・)の(・)だ(・)よ(・)』

『しかし……』

『見守って差し上げるのも、また付喪神の役目ではないかな?』


 やさしく微笑む清さんに、お琴も渋々ながら頷いた。

 きっと清さんは、子どもの扱いにも慣れているんだろうな――。

 そんなふうに思った俺は、ちょっとだけそのあたりのことも学んでみたいと思った。


(……もし俺に兄がいたら、こんな感じだったのかもしれない)


 その日を境に、清さんは静かにこの家の日常に溶け込んでいった。



 ◇◇◇◇


 ――それから数日が経った。

 俺はその間、ずっと清さんの様子を気にかけていたけど……。

 結局、元の持ち主について話すことは一度もなかった。

 静かに新聞を読んだり、俺の本棚にある本を手に取ったりして過ごしていた。

 特に新聞の広告欄を見ながら、清さんが「おや、こんな物まで売られているのですか」と不思議そうにしている。


 そんな清さんに影響されたのか、お琴が「自分も読める本がほしい!」と駄々をこねるようになった。

 仕方なく古本屋で絵本を何冊か買ってきて、お琴にプレゼントした。


 清さんが持ち主の話をしないのは、きっと何か理(・)由(・)があるんだろう――。

 ……それくらいは想像できる。

 何故なら時折お琴のことを見つめる清さんの表情には……どこか寂しさや悲しみが滲んでいたからだ。


「清さん、本好きなんだな」

『……昔の主も、よく本を読んでおられました』


 そう言って笑った清さんの目は、どこか遠くを見ていた。

 けれどひとつだけはっきりしていたのは……。

 清さんは少なくとも、幸せだったわけではないのだろうということ……。


 そんな日々が続いたある晩のこと。

 月がきれいに夜空に浮かんでいた。

 お琴はすやすやと眠っていて、俺はまだ机に向かって勉強していた。

 そのとき、不意に清さんが話しかけてきた。


『光一さんは、志す職がおありか?』

「え?」

『良く勉学に励んでいる姿をみたのでつい』


 苦笑いしながら言う清さんに、俺はペンを置いて手を組んだ。

 正直に言えば、特に「この職業になりたい!」という目標はなかった。


「俺は将来、安定した職につければ何でもいいと思ってるよ。祖父母を安心させたいんだ」


 素直に答えると、清さんはふと首を傾げた。


『そう言えば光一さんのご両親を見かけませんね』

「ああ。小さい頃に離婚して、俺は物心ついたときにはもう祖父母に育てられてたんだ」


 それを聞いた清さんは、少し申し訳なさげに頭を下げた。


『失礼なことをお聞きしました』

「もう随分と昔のことだし、気にしてないよ」


 特別なことじゃないし、今の生活には十分満足している。

 だから、悲しいとも思わない。

 きっぱり伝えると、清さんはぽつりとつぶやいた。


『お強い方だ』


 ――今なら、聞けるかもしれない。


 そんな気がして、俺はずっと気になっていたことを口にしてみた。

 この家に来てからもう数週間。

 清さんは一度も、自分の過去を話さなかった。


「清さんの元の持ち主は、どんな人だったんだ?」


 そう問いかけると、清さんはしばらく黙って、窓の外に浮かぶ月を見上げた。

 そして、ふうっと静かに息を吐くと、ぽつりぽつりと語りはじめた――。

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