第6話 壊れかけの眼鏡の付喪神との出会い
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暁様と宵様に懐中時計を直してもらってから、俺はいつも、お琴。
つまり俺のハーモニカと、懐中時計を持って出かけるようになった。
すると、不思議なことに、時々……人間じゃない存在が見えるようになってきた。
――たとえば、お皿の形をしたものだったり。
時計屋の前を通れば、お店の主人のそばに立っている付喪神の姿が見えたりもした。
世界には本当にたくさんの付喪神がいるんだと、改めて実感する。
しかも俺が付喪神の姿を見られることが知られてからは……。
彼らのほうから近づいてきたり、悪戯を仕掛けてきたりすることも増えてきた。
でも、そこはヒイラギがちゃんと追い払ってくれる。
「付喪神って結構悪戯好きな奴らが多いんだな」
俺が苦笑いすると、すぐにヒイラギに叱られた。
彼らはお琴が持っている加護が気にくわないんだと。
俺もその加護を受けているから、付喪神たちは俺たちに近づこうとしてくるらしい。
ヒイラギは、呆れたように言った。
『加護を受けている光一に取り入れば、自分たちも守って貰えると思っている』
「でもそれは仕方ないことだろう? 付喪神は壊れてしまったら死んでしまうんだからな」
苦笑いしつつ答えると、ヒイラギは肩にふわりと降りながら、やれやれといった様子でつぶやいた。
『我の主は甘い考えの持ち主だ』
たしかに加護があるからといって、何もかも安心とはいえない。
お琴だって、壊れてしまう可能性がゼロじゃないのだから……。
そんなことを考えながら骨董店の前を通りかかったとき。
ひとつの古びた眼鏡が目にとまった。
雨風にさらされても〝誰にも気づかれないまま置いていかれた物〟のように見えた。
――傍らにいる青年の姿が見えた。
人通りを静かに見つめているけれど、どこか寂しそうな目をしている。
眼鏡は歪んでいて、片方が傾いていた。
青年自身は気にしていないように見えるけれど。
ヒイラギが一瞬だけ羽をふくらませて警戒したが、すぐに体をブルッとふるわせた。
これは「大丈夫だ」というサインだ。
『おや、君たちは僕がみえるのかい?』
青年が声をかけてきたとき、お琴は警戒心なんてまるでないまま――。
彼のもとへ駆け寄っていった。
青年もゆっくりしゃがんで、お琴と目を合わせてくれた。
……その姿を見て、俺はこの青年が優しい付喪神だと直感した。
お琴と青年が何やら楽しげにお喋りしている間、俺は彼の本体――。
依り代である眼鏡を手に取った。
色は褪せ、レンズには小さなヒビがいくつも入っている。
覗き込んでみても、像は歪んで、ほとんど何も見えない。
――もう、壊れかけてしまっているんだろう。
「兄ちゃんそれが気に入ったのかい?」
俺が眼鏡をじっと見ていたからか、骨董店から店主らしき人が顔を出した。
「随分と古い眼鏡だなと思ってね。レンズ越しにどう見えるか試してみたけど、歪んで何も見えやしない」
「ああ、壊れちまってるからね。良ければ五百円で売ってやろうか?」
(――いや、それはちょっと高すぎるだろ……)
と思ったけど、俺は財布から五百円玉を取り出して、眼鏡を買うことにした。
『おやおや、僕のような物を買うお客さんがいるとは奇特な方だ』
青年は照れくさそうに笑った。
俺も、つられて笑ってしまう。
「このまま雨風にさらされるってのも……なんか嫌な気がしてさ」
『……長いことこの状態だったから気がつかなかったよ』
彼の顔がさっきよりもほんの少し和らいで見える。
俺たちが持つ加護の影響かもしれない。
「さぁ、とりあえず家に帰ろう。お前も一緒にな」
俺が手を差し出すと、彼は立ち上がって深く頭を下げた。
それから俺の手を、そっと握った。
その手は白く、今にも壊れてしまいそうに見えた。
長い間、雨や風にさらされていたのだから当然だろう。
『ああ……余り悲しげな顔はしないでくれ。これでも今は何故か幸せに満ち足りているんだよ?』
彼が深くお辞儀をすると、お琴はぴょんぴょんと跳ねて、嬉しげにしていた。
『光一、この者を連れて帰るのじゃな!』
「ああ、一旦家に戻ろう。まずは眼鏡を少しでも綺麗にしてやらないとな」
『……とても親切な方だ』
俺はカバンからタオルを取り出して、眼鏡を包み、そっとしまった。
今は壊れかけてしまっているけれど、本当は作りのいい眼鏡だったのかもしれない。
『申し遅れました。僕の名は清と申します』
「俺は光一。こっちはお琴。そして俺たちを守ってくれる白カラスのヒイラギだ」
『私は光一の曾祖母様の口風琴の付喪神なのじゃよ!』
お琴が目を輝かせて清さんの手を握ると、清さんは「そうかそうか」と懐かしげに、でもどこかさみしげな表情で返してくれた。
清さんは体が弱っていて、長い時間歩くことができないらしい。
だから俺たちは、ゆっくり……ゆっくり歩いて家に向かった。
清さんは、何度も申し訳なさそうに頭を下げる。
俺はヒイラギに聞いた。
「付喪神って、こんなに弱ることもあるのか?」
ヒイラギは、まじめな顔で答えた。
『付喪神とは本来、持ち主の状態がどんなものであったかに左右されることが多い』
「つまり……」
『清の持ち主は身体が弱かったということだ』
「……そうか。だから、あんなにか細い手なのか」
――身体の弱かった彼の持ち主とは一体……。
その時、風が一瞬だけ逆向きに吹いたように感じた。
途端ゾワリとした感覚がしたけれど、周囲を見渡してもなにもない。
付喪神……?
そう思ったが、それらしき付喪神も見当たらない。
不思議に思いつつも、俺は清さんを連れて家路へと着いたのだった――。
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