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忘れられる前に、最後の願いを。  作者: 寿 明結未(ことぶき・あゆみ)
簪の付喪神、桔梗さんと怨霊と鬼の正体

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第43話 家族だからこそ伝える意味と……

ブックマーク、評価、感想、誤字脱字報告ありがとうございます。

 放課後、家に帰ると祖母の作る夕飯の仕込みの音が聞こえた。

 とんとんとん……リズムよく聞こえる何かを切る音。

 今日も美味しい夕飯だろうなと思いつつ、二階の自室に向かおうとすると扉が開き、お琴がぱたぱたと駆け寄ってきた。


『おかえり光一! 最近忙しそうにしておったな、なんぞあったのか? 言えぬこともあろうが、私達は家族! 隠し事はもう無しじゃ!』

「お琴……ただいま」


 頭をひとなでして自室に入ると、医学書に目を通していた清さんが顔を上げて微笑む。


『お帰りなさい』

「ただいま」

『……その後、お体の具合はどうですか?』

「まだ万全じゃないかな……時々痛いよ」

『無理をなさったのですから当然です。暫く黄泉送りを使うのは禁止ですよ』


 再度釘をさされてしまった。

 こうなると、清さんも頑固なので言うことを聞くのが一番だ。

 それと同時に、今後の話も二人にはしておかないといけない。

 

 ――逃げられない話題だ。

 まぁ、逃げる気もないけど……。


『皆よ、主より話がある。心して聞いて欲しい』

『なんじゃ、改まって』

『……覚悟は出来てます』

『清……一体……よもや、光一の身に何かあったのか!?』

「その事を話すんだ。お琴……お前は清さんの膝の上でじっとして聞け」


 泣きわめく可能性が捨てきれないのだ。

 曾祖母さんを大事に思っているお琴なら、耐えられないかもしれない。

 

 俺は深く息を吸い、昨日までの出来事を話した。


 森田の影のこと。

 鬼の欠片。

 俺が〝灯〟を削ってしまったこと。

 桔梗さんの願いと旅立ち。

 観音様の警告――。

『森田を救うか、送るか』と迫られたこと。


 全部……全(・)部(・)だ(・)。


 言葉を選ばなきゃいけなかったけど、嘘は一つも混ぜなかった。


 お琴は、最初は黙って聞いていた。

 けれど途中から、胸のあたりをぎゅっと握りしめて……涙がぽろぽろ落ち始めた。


『光一……なぜ、なぜじゃ!! なぜ一人で全て……っ!!』

「一人でやらなきゃいけないことだったんだよ。別に、お前らを信じていなかったとかじゃない」

『じゃが……じゃがっ! 死んでしまうかもしれんのだったのだろう!?』


 幼いお琴の声が震える。

 清さんの膝の上で、小さな手がぎゅっと布を掴んで離さない。

 その震えが、こっちまで伝わってくるみたいで……心がきゅっと縮む。

 清さんはそっとお琴の背中を撫でながら、俺を真っ直ぐ見た。


『光一さん、貴方はよくやりました。でも……忘(・)れ(・)な(・)い(・)で(・)頂(・)き(・)た(・)い(・)の(・)で(・)す(・)』

「なにを……」

『貴方には、僕達がいる。ひとりで抱えないで欲しい。ひとりで選ばないで欲しい。ひ(・)と(・)り(・)で(・)死(・)ぬ(・)気(・)に(・)な(・)る(・)な(・)』


 ――静かに、でも強い声だった。


(……ひとりで死ぬ気になるな、か)


 昨日、実際に首を絞められた時の息苦しさが喉に蘇る。

 清さんは続ける。


『貴方が灯を削るってことは、魂の〝根っこ〟を削ると言うことでしょう? ……僕は医療に関しては知識はそれなりにありますが、怪異の専門家ではない。けれど、それがどれだけ無茶をしたのかくらい……わかります』

「……うん」

『それならば、次は必ず皆に伝えて欲しい。僕にも、お琴にも……ヒイラギさんにも』

『主よ、我を巻き込むのは当然だ』


 肩の上で胸を張るヒイラギに、思わず苦笑する。


「……ありがとう。二人とも」


 本当に……そう思った。

 森田の時、俺は〝選ぶしかなかった〟。

 ――でも、もう一人で抱える必要はないんだ。

 お琴は涙を拭いながら、ぐっと拳を握る。

 

『……まったく、置いていかれる方はたまったものではありません』

「はは……。清さん、意外と怒ってる?」

『さて? どうでしょうね?』

 

 湯呑みを置く音が、いつもより少しだけ強かった。

 清さんの毒の一撃が辛い。

 普段温厚なのに、怒ると怖いんだよな……。

 

『光一よ。私は決めたぞ。光一がこれから〝灯を扱う役目〟を続けるなら、私も支える。全部受け入れて見せる!!』

「お琴……」

『だって……光一は一人じゃないからの! 私達がいるからのう!』


 強がりでも、勢いでもない。

 ――本気の目だった。

 胸の奥が、じんと温かくなっていく。


「……ほんと、ありがとう」

『うむ!!』


 お琴の笑顔は、どんな霊よりも強い光だった。

 ――清さんが茶をすする音が、いつも通りに戻る。

 その日常が、何よりの救いだった。


 

◇◇◇◇

 


 翌日の帰り道。

 夕暮れの道を歩いていると……突然、風の流れが変わった。

 ひらひら、と赤い曼珠沙華の花びらが目の前に舞い落ちる。


『主、また……』

「千手観音様か」


 足を止めた瞬間――世界が静止したような〝あの感覚〟が訪れた。


 音が消える。

 風が止まる。

 時間の輪郭が消えていく。

 そして――胸の奥へ直接語りかける声が届く。


『光一。しかと見ていましたよ……。他の付喪神たちにも伝えたようですね』

「千手観音様……」

『そなたへ〝次の課題〟を告げましょう。あの時別れ際にしか伝えられなかったが、しっかり伝えておかねばと思い……訪れたのです』


(次……?)


 花びらがふわりと空中に浮き、金色の光に変わる。


『――〝徳(・)〟を(・)積(・)み(・)な(・)さ(・)い(・)』


 見えないはずの観音様の視線が、胸の奥をまっすぐ射抜いた気がした。

 

「……徳?」

『人を救うには、灯だけでは足りません。徳とは〝心の湧き水〟。そなたが人に与えた優しさ、救った魂、支えた心……それら全てが、そなたの力となる』


(……徳があれば、灯を削らずに済むってことか? ……つまり家事を手伝ったりでもカウントされるのか? それなら、まだやれる気がする)


 千手観音様は静かに頷くように声を落とす。


『徳はそなた自身を守り、そして――周りの魂をも救う〝器(・)〟となるでしょう』


 ……胸がじんわり温かくなる。


『まずは日常の中で、身近な者の心を灯しなさい。それこそが……そなたの生きる道となる』


 最後の花びらが消えた瞬間……世界の音が戻った。

 俺とヒイラギは立ち止まったまま、夕焼けの空を見上げる。

 流れる雲を見つめ、小さく細い息を吐く。


「徳……か」

『主、お琴が喜びそうな課題だな』

「いや……あいつなら絶対〝一緒に徳を積もう!〟って言ってくるだろうな」


 思わず笑ってから歩き出す。

 森田も、桔梗さんも……みんなが助かった今。次に守るのは、この日常なんだ。


(徳を積む……か。日常と、非日常の二つこそ、俺の戦場だな)


 ――夕暮れの空が、やけに優しかった。


 

 ……こうして、俺の日常はまた慌ただしく進んでいく。

 徳を積むこと。

 そして、お琴が神格化へ向かう道を支えていくこと。

 その二つを胸に抱えながら――俺の日常は、静かに前へ進み始めた。




==完==

ここまで読んで頂き、ありがとうございますm(_ _)m

続きを書こうと思えば書けたんですが、リアルバタついているため一旦ここまでとなります。

最後までお付き合いして頂いた読者様、再度ありがとうございますm(_ _)m


応援してるよ。

楽しかったよ。

というお気持ちがあれば、ポチッとしていただけると幸いです。

その他小説もアップ予定ですので、そちらも応援していただけたら嬉しいです!

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