第41話 翌朝の空の青さと、森田への言葉
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――翌朝。
昨日の戦いが嘘みたいに、空はやけに明るかった。
昨夜家に帰ってからは、俺のことを心配した皆からは怒られたり泣かれたりと忙しい夜だったけれど、清さんだけは――気づいていた。
『暫くは絶対に安静です。黄泉送りをすれば次こそ……』
普段は滅多に強く触れてこない清さんの手が、その時だけやけに熱くて、少し震えていた。悔しげに顔を歪ませた清さんが忘れられない……。
家を出るとき、まだ喉にうっすらと痛みが残っている。
鏡で確認すると、首に赤い痕がくっきりと残っていた。
タートルネックの肌着のお陰で隠しておいてよかった……。
(……昨日、死んでてもおかしくなかった)
そんな考えが頭をかすめると、胸の奥がじんわりと重くなる。
足取りが、ひと歩きごとに沈むように重かった。
『主、無理はするな。灯はまだ揺らいでおる』
肩に乗ったヒイラギが、小さく震える声で言った。
実は俺が倒れるように眠った後、桔梗さんが教えてくれたんだ。
――ヒイラギが昨夜、声を殺して……泣いていたと。
……ヒイラギにも苦労をかけてしまった。
何より、一番傍にいたヒイラギだからこそ……辛かったと理解している。
「わかってるよ。……でも、行かないわけにもいかないだろ」
『主、灯が揺れておると言ったそばから……まったく、世話の焼ける』
ヒイラギは呆れたように口にする。
ありがとう、そしてごめん、ヒイラギ。
俺はまだ、確認しないといけないことがあるんだ……。
そう心で呟き、肩に乗ったヒイラギを連れて学校へと歩き出す。
いつもの通学路。
同じ朝、同じ景色――のはずなのに、どこか世界が薄く感じる。
影を引きずったような倦怠感が、体にまとわりついて離れない。
正門に向かい、ふと足が止まった。
そこに――森田がいた。
俺は今日、彼に会うために……確認するために、学校に来たんだ。
制服の袖を握りしめて、足元ばかりを見つめている。
昨日の異様な笑みの欠片もない。
ただ、場違いなくらい弱った背中が、ぽつんと朝日に晒されていた。
「……森田」
声をかけると、肩がびくりと跳ねた。
ゆっくりこちらを向いた顔。
――赤く腫れた目。
眠れていないのか……青白い頬。
「……よ、柳原」
酷く、かすれた声だった。
「大丈夫か。顔、ひどいぞ」
「……うっせ……わかってるよ」
反射的な言い返しなのに、張りがない。
いつもの森田の、あの調子じゃない。
「もしかして……昨日のこと……覚えてるのか?」
そう問いかけると、森田は唇を噛み、震える拳を握りしめた。
「……全部じゃねぇ。でも……断片的に……見えんだよ」
目を伏せ、震える拳……震える、声。
「お前の首……俺が……」
「森田――」
「俺……お前殺そうとしたんだよな」
――その声は、ひどく静かで、ひどく重かった。
「〝注目されたい〟なんて……くだらねぇ願いひとつで……俺、人間やめかけたんだよな……」
俯いた森田の前髪の隙間から、ぽたり、と涙が落ちた。
今は、静かに森田の声を聞こう……。
そう思い、俺はゆっくり森田の前に立った。
「昨日……影が離れてったとき……〝中が空っぽ〟みてぇでさ。なにも残ってねぇ、って感じがして……あれが俺の本性なんじゃねぇかって……怖くて……」
森田はそのまましゃがみ込み、顔を覆った。
「柳原……俺……どうしたらいいんだよ……?」
泣き声は震えていて、昨日とはまるで別人だ。
本当に〝濁り〟が消えたんだと、胸の奥が少しだけ緩んだ。
それと同時に思ったことがある。
(……影に喰われてただけだ。森田は……まだ、戻れる)
それでも、胸の奥が痛む。
〝特別〟に拘っていた森田に言うには残酷かもしれない。
でも、それこそが――正しい生き方のように感じた。
だから、俺はそっと森田の隣にしゃがんだ。
「どうしたらいいかなんて、決まってんだろ」
「……?」
「戻ればいいんだよ。〝普通の森田〟に」
森田の肩が小さく揺れる。
「普通って……俺、ずっと嫌ってたのに……」
「俺は普通でいてくれたほうが安心する。昨日のお前、マジで怖かったからな」
「……バカ……それ……言うなよ……」
「本当のことだからな?」
少しだけ沈黙が落ちる。
その沈黙の中で、森田の呼吸がゆっくりと整っていくのがわかった。
やがて――森田は顔を上げた。
涙の跡が残るその目に、微かに光が宿っている。
「柳原……俺……もう二度とあんな動画上げねぇ。噂も、怪異も……触れねぇ。……それでいいからさ。俺も〝普通の生活〟がしてぇよ……」
その弱々しい言葉に、ヒイラギが肩の上で微笑む。
『主、この子はまだ戻れる。人は、影を知ってなお、陽に向かうこともできるのだ』
――ああ、本当にそうだな。
ここから先は、俺は応援と見守ることしか出来ないかもしれない。
それでも、あの経験を得てなお。
影を知って、人は陽に向かうことが出来るんだ。
「森田」
「……あ?」
「戻りたいなら……ちゃんと踏ん張れよ。普通って、案外難しいんだからな?」
「……わかってるよ……」
そう言いながらも、さっきよりずっと人間らしい声だった。
(……よかった。本当に……まだ間に合う)
――胸の奥で、静かに灯るものがあった。
その灯は温かく、希望に満ちた柔らかい灯りだった。
「――よし、学校入るか。遅刻ギリギリだぞ」
「……あぁ」
ゆっくりと立ち上がる森田。
俺も立ち上がった瞬間、喉の奥がきゅっと痛んだ。
それでも、足は前に出た。
その隣に自然と歩幅を合わせる。
ふと背後を見ると――森田の影は、ただの〝人の影〟だけだった。
昨日みたいに、ズレてもいない。
歪んでもいない。
その事が、やけに胸を撫で下ろさせた。
(森田……お前はまだ戻れる)
――そう思った瞬間、胸の締め付けが少しだけ軽くなった。
本日で完結です。
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