第4話 お琴との新たなる生活と月城神社への呼び出し
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――お琴と過ごす日々は、静かな田舎暮らしが一気に〝にぎやかな異世界〟になったみたいだった。
学校に行くときも、出かけるときも。
ハーモニカの姿をしたお琴はいつも俺の胸ポケットや鞄の中にいた。
田舎で長く暮らしていたせいか、お琴は見るものすべてが珍しいらしい。
毎日いろんなものに興味を持っていた。
まるで妹ができたみたいで「アレはなんじゃ!」と聞かれるたび、まわりに人がいないのを確かめてからこっそり説明するのが、いつもの日課になっていた。
今でも忘れられないのが、自動販売機でお茶を買ったときのことだ。
『光一! ボタンひとつでお茶がでてきおったぞ! こんなカラクリを考える人間とは凄いものじゃな!』
「ならお琴にも何か買ってやろうか? お茶とジュース、どっちがいい?」
『確か、じゅーすとは甘い飲み物じゃとお菊が言うておった! 私は甘いものには目がなくてのう!』
ピョンピョン跳ねて喜ぶお琴に、俺は炭酸入りのジュースを買ってやった。
缶を開けると「プシュッ」と音を立てて炭酸が吹き出し――。
『ひゃ、ひゃあっ!』
お琴は小さな悲鳴をあげてコロンとひっくり返り、ボトルを手放してしまった。
(いや、炭酸ごときでひっくり返る付喪神ってどうなんだ……)
驚きすぎじゃないかと思ったけど、どうやらお琴に炭酸の刺激は強すぎたらしい。
申し訳ない気持ちになり、あやまりながらオレンジジュースを買って渡した。
するとお琴は『美味じゃ!』と叫んで、うれしそうに飲んでいたのを思い出す。
他に印象深かったことといえば……俺は家では出来るだけ上着を着ないで過ごしていたのだが、お琴に散々嫌がられ、諦めて祖父が着ていた着物を羽織るようになった。
家の中くらい自由な格好でいたかったけれど、致し方ない。
風呂上がりに薄手の着物を着るようになってから、お琴はいつもうれしそうにしているからいいとしよう。
『光秀が帰ってきたみたいじゃ』
「曾祖父さんが帰ってきたみたいで、嬉しいか?」
『それは嬉しいとも!』
「でもお琴は曾祖母さんを模してるんだろ? ほら来い、甘えさせてやる」
笑顔で太ももをポンポンと叩くと、お琴はその中心にちょこんと座って、俺が髪をとくのを待っている。
この習慣は祖父から曾祖母さんの形見の赤い漆塗りの櫛をもらった日から始まり、今では日課になっている。
『ああ、気持ちがいい……お菊もきっと気持ち良かったのじゃろうなぁ……』
「今は曾祖母さんが感じてきたことを、お琴が感じているんだ。徳を積むのも大事だろうけど、自分もたくさんの幸せを感じてれば、立派な付喪神になるのも遠くないさ」
『そうじゃと良いなぁ……』
髪をとかれているお琴は、いつもとても幸せそうにほほえんでいた。
でも、そんな幸せな日々にも、ひとつだけ残念なことがあった。
それは、懐中時計を直せる技師がもういないということだ。
作りが古すぎて、今の時代には部品が残っていないと知ったとき――。
お琴は涙をこらえながら、懐中時計をそっとなでて呟いた。
『爺様……ごめんね』
◇◇◇◇
それでも幸せな日々は続いていた。
そんなある日の夜、雨がしとしとと降る中――。
いつものようにお琴に腕枕をして一緒に眠っていると、ふいに「コツコツ」と窓を叩く音がして目が覚めた。
「なんだ?」
電気をつけたらお琴を起こしてしまうと思い、眠気まなこをこすりながら、そっと腕を引き抜いた。
音のする窓のカーテンをそっと開けると、そこには――白いカラスがいた。
真っ白な羽根をまとい、まっすぐにこちらを見つめている。
目をこすって見直しても、やっぱり白いカラスだった。
もしかして、妖怪とか、何かの使いか?
不思議に思いつつカーテンを閉めようとしたその時――。
雨音の合間を縫うように、機械仕掛けみたいな声が響いた。
『付喪神ヲ 社ヘト オ招キシロトノ 命令アリケリ』
カーテンに手をかけたまま、思わず動きを止める。
『ココヨリ 東 月城神社ヘト』
「月城神社……」
それは、うちの近くにある小さな神社だった。
立派な狛犬がならんでいる、毎年祖父母と初詣に行く程度には馴染みのある場所だ。
『伝令 オ伝エ 候』
その言葉を最後に、白いカラスは雨の中へと姿を消した。
夢かと思って頬をつねったけれど、残念ながら鈍い痛みがある。
つまり、今起きたことは現実ということだ。
月城神社に関係する何かが、お琴を呼んでいるのだろう。
もしかしたら何かに巻き込まれるかもしれない。
でも、不思議と白いカラスには悪意は感じなかった。
明日は日曜日だし、散歩がてら行ってみるのもいいか――。
そう思いながら、もう一度眠りについた。
翌朝、食事を食べ終えて部屋に戻って昨夜の出来事を伝えると、顔面にいきなり枕が飛んできた。
「なにをするんだお琴!」
『馬鹿者! 伝令様に無礼な真似をしてはおらぬだろうな!』
「たった今、お琴が俺に無礼な真似をしているという自覚はあるが?」
ため息をつきながら落ちた枕を拾って押し入れに戻す。
ふと見ると、お琴の顔には緊張がにじんでいた。
話を聞けば、白いカラスは神の使いだという。
神様が自分に用事があるらしいと知って、どうしても落ち着かないらしい。
「付喪神は神様にあいさつしないとダメとか、そういう決まりでもあるのか?」
『わからぬ……爺様が生きていて下されば色々教えてもらえたやも知れぬが……』
お琴は机の上に置かれた懐中時計を、じっと見つめていた。
俺はさっと着替えをすませ、軽く背伸びをして気合いを入れる。
「叱られるときは二人一緒だ。そんなに心配なら爺様も連れて行こうぜ」
『光一、良いのか? 神の怒りとはふれると恐ろしいものじゃぞ?』
「お前と一緒なら怖くないさ」
そう言って懐中時計とハーモニカを胸ポケットに入れ、お琴の手を握る。
こうして俺たちは、月城神社へ向かうことになった。
神社までは森の中を通る長い参道が続いているけれど、早朝の森は空気が澄んでいて、草の香りも心地よかった。
俺としては散歩気分だったけれど――。
お琴はというと、緊張のあまりたびたび立ち止まってしまい、なかなか先に進めない。
結局、俺が抱っこして運ぶことになった。
歌でも歌って気を紛らわせようとしたけど、まったく効果なし。
ガチガチにこわばっていた。
そしてようやくたどり着いた先で大きな鳥居をくぐると、そこには和服姿の男女が立っていた。
「おはようございます、いい天気ですね」
『馬鹿者――!!』
軽くあいさつをしただけなのに、即座にお琴の顔面パンチが飛んできた。
あまりの痛さにお琴を落としそうになったけれど、ギリギリでこらえた。
――正直、自分を褒めたい。
『おやおや、なんとも賑やかな付喪神だ』
『そして我らが見えるとは中々の血筋を持つ者のようだのう』
「え?」
二人の姿はたしかに人間に見える。
だが、風もないのに着物の裾だけふわりと揺れた。
初詣のときにも何度か見かけたことがある気がするのに……。
『光一、そなたが幼い頃より知っているが、よもやこのような事になったとは……。人の生とはなんとも面白いものだな』
嬉しげに語る男性の隣で、女性が続けた。
『それにその付喪神、光一と縁のある物の様子……人の縁というのも不思議なもの』
「あなた方は一体何者です。お琴に危害をくわえるつもりではありませんよね?」
思わずお琴を抱きしめてかばうと二人は顔を見合わせ、やさしく微笑んだ。
『心配せずとも我らが危害をくわえることは無い。我らは狛犬に宿る、神格化した付喪神。この地域に新しくも優しい気質を持つ付喪神が現れる気配がしたので、どんな者かと使いを出したまで』
『申しおくれた、私は宵と申すもの。こちらの者は暁と申す』
『我等はこの狛犬の付喪神……むやみに人を害することはない』
――まさか、俺がずっと見てきた二人が付喪神だったとは思いもよらなかった。
黒く長い髪で、紫の帯を締めている方が宵様。
明るい茶髪で赤い羽織を纏っている方が暁様か。
一見穏やかに見える二人だが、用件を聞くまでは安心出来ない。
俺達になんの用があって呼び出したのだろうか……。
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