第39話 森田VS光一
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――決戦の日の放課後。
空はやけに高くて、雲ひとつない青だった。
こんな日に、校舎裏で友達と〝決着〟をつけるなんて、どうかしてる。
チャイムが鳴り終わっても、教室のざわめきは続いていた。
皆が他愛もない話をしている中で、俺だけは心ここにあらず――。
そんな感じだった。
……でも、いつまでも教室にはいられない。
大きく深呼吸してから、肩のヒイラギと目と目を合わせて頷き合うと立ち上がった。
「柳原、大丈夫か? 顔色悪いぞ」
廊下に出ようとした時、小林が声をかけてきた。
ヒイラギは肩の上で小さくなり、じっと様子を窺っている。
「ああ……ちょっと、用事があってさ」
「その〝用事〟ってさ……森田だろ?」
小林の目つきが鋭くなった。
――誤魔化すのは無理そうだ。
「……呼び出された。校舎裏に」
「はぁ!? なんでひとりで行くんだよ! 先生に言うとか――」
「先生に〝鬼が憑いてるかもしれないから見てきてください〟って言うか?」
「……だけどよ、昨日の森田、マジでヤバかったぞ。影が、笑ってた……」
「わかってる。だからこそ、行く」
ポケットの中で、昨日の付喪神に渡した飴玉が一つころんと転がった。
思わず真顔になり、手の中でぎゅっと握る。
昨日の泣きながら消えた付喪神の姿が忘れられない……。
小林は言葉に詰まり、悔しそうに舌打ちした。
「小林は、来るな」
「ふざけんな。俺だって――」
「もしもの時、お前が巻き込まれたら……俺、多分、立ち直れない」
その一言に、小林は顔を歪めた。
「……そういう言い方ずりぃよ」
「悪い」
それでも、俺は頭を下げた。
小林はしばらく黙っていたが、やがて大きくため息をついた。
「……わかった。行かねぇよ。……でも、戻ってこなかったら殴るからな」
「戻ってこなかったら殴れないだろ」
「うるせぇ!」
いつも通りの何気ないやり取りが、少しだけ心を軽くする。
それでも、胸の奥底の重さは消えない。
(これ以上被害が出る前に……)
――俺は、ひとりで校舎裏に向かった。
◇◇◇◇
校舎の裏手は、いつも通り人通りがない。
グラウンドの歓声が遠くに聞こえるだけで、この一角だけ妙に静かだった。
雑草が生えたコンクリートの隙間。
ゴミ箱と、古びた用具入れの小屋。
午後の陽射しが伸ばす影が、どれもやけに濃く見える。
「……来たかぁ、柳原。待ってたぜぇ~?」
先にそこにいたのは――やっぱり森田だった。
壁にもたれ、ポケットに両手を突っ込んでいる。
制服はいつも通りで、髪型も顔つきも〝見慣れた森田〟の筈なのに――。
――笑っている。
――なのに……やっぱり、昨日とは違う。
「今日はちゃんと来たんだな。逃げるかと思ったぜ?」
「呼び出したくせに、よく言うな」
「はは。そりゃそうか」
軽口の調子も、声の高さも、昔と変わらない。
ただ――その背後に、薄く黒い靄が立ち上っているのが見える。
人の形をしていて、森田の肩にぴたりと寄り添っている。
それはまるで、〝主と寄生虫〟みたいだった。
『主……気をつけろ。あれは、すでに〝半身〟だ』
ヒイラギの声が肩口で震える。
俺は小さく頷いた。
「……体調、どうだ?」
「サイコーだな」
森田は自分の胸をパンッと叩いた。
黒い靄が、その動きに合わせて揺れる。
「バズりもいい感じだし? 動画の再生数、昨日から一気に伸びてんだよ。〝学校怪異、ガチだった件〟――すげぇよ。〝死人寸前〟のやつが喋る話って、マジで伸びるんだな」
「……俺のことも、ネタにしたのか」
「当たり前じゃん。〝友達が首絞められた件〟って美味しすぎだろ?」
その瞬間、森田の目がかすかに細まり、底のない暗さがのぞいた。
(それはお前がしたくせに……)
――グッと奥歯を噛む。
胸の奥で、何かがきしむ音がした。
ムカつく。それなのに、昔の森田を探そうとしてしまう……。
「お前……それ、本気で言ってるのか?」
「本気本気。俺の〝特別〟なんだからよ。でもさ……俺、注目されればされるほど不安になる。何でだろうな?」
顔の半分だけ鬼の面をした森田は笑う。
その横で、黒い影が森田の耳元に何かをささやいた。
言葉は聞こえない。
だけど、森田の口元が、ねっとりと歪む。
「さぁて――本題に入ろっか」
森田が、コツ、コツ、と足音を立てて近づいてくる。
そのたびに、周囲の空気が少しずつ冷たくなっていく。
「光一。お前さぁ――〝黄泉送り〟だっけ? あれ、もう一回見せてくれよ」
「……嫌だって、わかっていて言ってるだろ」
「〝死ぬ瞬間〟って、最高にバズるネタなんだよ。ニュース見てみ? 不幸なニュースほど伸びるだろ?」
森田の影が――じわりと広がった。
コンクリートの上を、油みたいにべったりと染みていく。
森田の顔を覆う鬼の面が、じわじわと口元までせり上がり――。
完全に〝鬼の顔〟になった。
「この学校の〝怪異のオチ〟としてさぁ。〝奇妙な黄泉送りを使う少年、鬼に喰われて死亡〟って……バズらね?」
「ふざけるな……お前、自分が何に喰われてるのか……わかってないのか?」
「わかってるよ?」
森田は、どこか楽しそうに言った。
わかっていて、喰われていると知っていて……森田はそれでも良いというのか……?
「〝注目されたい〟って欲望さ。俺の中にずっとあったやつだ。そいつの餌を、あの影が美味しく食ってくれてんだよ」
「……それに喰われてるって言うんだ」
「上等じゃん。俺は、それで〝普通から抜け出せる〟なら何でもいい」
森田の目が、一瞬だけ――昔の中学時代の森田の目に戻った気がした。
運動も勉強も中途半端で、〝お前らしいよな〟って笑われてた時の、あの……寂しそうな目だ。
「森田……」
「なぁ柳原。お前はさ……〝普通〟でいいの?」
――その瞬間、森田の手が俺の胸倉を掴んだ。
「……っ!」
勢いよく、壁に叩きつけられる。
背中に鈍い痛みが走り、視界が一瞬白く跳ねた。
「――がはっ!」
『主!!』
――ヒイラギの叫びが耳の奥で遠くなる。
「なぁ、光一」
森田の手が、俺の首元へ移動する。
指が食い込み――じわりと圧迫してくる。
「お前が〝普通〟のまま死んだら、〝普通の奴が異常な目に遭った話〟で、もう一回バズれるんだよ。最高じゃね?」
「……っ!」
喉が塞がれ、呼吸がうまくできない。
視界が少しずつ暗くなっていく。
耳鳴りがキーンと鳴る。
あの日と同じだ。
首を絞められ、意識が遠のき、〝死の匂い〟が近づいてくる。
――鬼の面の奥で、森田の瞳がぎらりと赤く光った。
『主!! いけない! 灯が――!』
(……やるしか……ないだろ!)
胸の奥に、静かに火が灯る。
俺は、震える手を森田の胸にあてた。
「……黄泉送りは……な」
かすれた声で言う。
森田の目が、少しだけ興味深そうに細くなった。
一瞬森田の手が緩む――。
「〝死んだ魂〟を送る術だ。……生きてる奴には、本来、使っちゃいけない」
ここで使えば、明日を生きられないかもしれない――それでもそれでも。
(森田の中にある〝鬼の欠片〟だけなら――)
パンッ、と手を合わせる余裕なんてない。
首を絞められたまま、それでも心の中で強く〝蝋燭〟を思い描く。
――闇の中に、一本の火が灯った。
視界の片隅に、ふっと蝋燭の炎が揺らめく。
その炎の向こう側に、黒い塊がうごめいている。
(……あれが、〝鬼の欠片〟)
炎が、強く燃え上がった。
俺は、残った力を振り絞り――短く、息を吐く。
「……森田から……消えろっ!」
蝋燭の炎が、更に一瞬だけ大きく燃え上がり――。
目を細め、蝋燭を吹き消すように息を――。
……その火が消えかけた瞬間。
『――そこまでだ』
凛とした声が、闇の中を貫いた――。
楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)
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