第36話 〝森田〟だった者との対立
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――その日の放課後。
昇降口には、夕日が差し込んでいた。
古いロッカーの列はオレンジ色に染まり、影だけが長く伸びている。
「ほら。今日も頑張ったな」
俺は、しゃがんで飴玉を差し出した。
古びた模型の付喪神――手のひらサイズの、弱々しい子だ。
その小さな体が、飴を抱えるだけでふわっと光を帯びる。
『……あまい……しあわせ……』
その声を聞くだけで、肩の力が抜ける。
――だが。
次の瞬間、その光がぶるっと、恐怖を感じ取ったかのように震えた。
『……っ! や……やだ……くる……! くる……!』
「え……?」
付喪神は見えない何かに怯えているように、俺の足元へ転がるようにしがみついた。
同時に――空気が変わった。
夕日の暖かさが一瞬で引き、昇降口に〝冬の冷気〟が流れ込んでくる。
肌に氷の指先が触れたみたいに、首筋の産毛が逆立つ。
(……ヒイラギ、これは……?)
呼ぼうとした瞬間――場を踏みにじるような、気安い声が響いた。
「――あぁ、いたいた。お前、まだこんなのに飴やってんの?」
振り返ると、森田が立っていた。
昨日までの森田と〝同じ顔のはずなのに〟――まるで別人だ。
笑っているのに、目の奥だけが真冬みたいに冷えている。
「……森田」
「付喪神ってさぁ、怖がるとすぐ震えるんだよな。おもちゃみたいで面白ぇよな!!」
模型の付喪神は、俺の影に顔を埋め、震えながら囁く。
『……こわい……こわい……。あれ……ひとじゃ……ない……!!』
俺にしがみつく模型の付喪神は、今にも大粒の涙を零しそうなほどに恐怖していて――。
その様子に……森田は鼻で笑った。
「おいおい。……失礼なこと言うなよ?」
――ゆっくり一歩、近づく。
その足音だけで風景が歪むような、そんな〝音〟になっていた。
付喪神は、もう声にならない声で泣き叫んでいた。
『ひっ……やだ……こないで……!!』
俺は無意識に腕を広げて、付喪神を庇った。
「森田、やめろ」
「んー? なにムキになってんだよ光一。別に〝殺す〟わけじゃねぇって」
軽い声のはずなのに、言葉の端々が氷みたいに冷たい。
(……この森田は……森田じゃない……)
そう思い始めた、その時だった。
森田の背後に落ちるはずの影が――逆方向に伸びた。
太陽とは関係なく、まるで〝意思〟を持つ生き物みたいに。
「ほら。こっち来いよ」
影が、ずるりとヘビのように床を這う。
その影が付喪神の足に触れた瞬間――パチッ。
小さな火花のような音と同時に、付喪神の身体が〝黒く焦げるように崩れ始めた〟。
『……や……だ……や……だ……!! きえたく……ない……よ……ぉ……』
「やめろ!! どうしてそんな事が出来るんだ!!」
喉が裂けるほど叫んだのに――森田は、ただ笑っていた。
「弱くてちっせぇ付喪神ってさ。……喉越し、良いんだよなぁ~~!」
(……喉越し……?)
理解が追いつく前に、付喪神は光の粒になって、ふっと消えた。
俺の掌から飴だけが、コトリと落ちる。
「……っ!!」
「ほらな。食った分だけ、俺の中の〝アレ〟が気持ちよくなるんだよ」
森田の背後の黒い靄が彼の顔を覆い――〝鬼の面〟の形に変わっていく……。
――森田、一体いつから!!
そう叫びたいのを堪え、鬼の面をつけた森田と対峙した。
「柳原……お前さ、こんな弱ぇ魂相手に遊んで楽しいの?」
まるで嘲笑うかのように口にし、楽しそうでさえある。
その軽さが、ぞっとするほど〝異常〟だった。
「さて……〝次〟はどいつが美味いかな?」
天井の隅、ロッカーの隙間、体育袋の影。
そこに隠れていた付喪神たちが、一斉に逃げ散った。
『主!! あれは……!! 森田の影ではない! 〝鬼の影〟だ!!』
俺は今にも殴りかかりそうになる震える腕を押さえ、森田を睨みつけた。
「森田……お前……もう……」
「ん? 何怖がってんだよ」
森田の影が、勝手に動く。
森田本人は笑っていない。
――なのに。
影だけが、ゆっくりと〝ニタァ〟と口を裂いた。
(……森田、いつから……完全に〝向こう側〟に……行ったんだ)
夏休み明けの旧校舎での被害。
あの時、襲われた人たちはなんて言っていた……?
ヒイラギはなんて言っていた?
あの時既に――〝鬼はいた〟んだ。
俺達がその鬼を小次郎さんと間違えていただけで、ずっとあの前から――。
その鬼はもしかして……まさか……そんなに前から!?
「旧校舎の肝試し……。あの時、皆を襲ったのはまさか……森田なのか……?」
「ははは! バズりたくてさ~! どうにか怪異でねーかなーって思ってたよ」
「お前……」
「夏休み明けってクソダルだしさ~? 刺激がね~とやっていけないっつーか?」
「……森田お前!!」
「いいじゃん、人死に出てねーんだしさ~。そう目くじら立てんなよ。これでも一応理性的に動いたつもりだぜ? 殺さねぇようにさ」
――あの時からもう、森田は〝鬼〟に憑かれていたんだ。
それを〝鬼〟は巧妙に隠れながら……森田を蝕んだ!!
思えば、小林といる時に怪異現象がでたとばかり思っていたけれど……。
(その隣には、いつも森田がいた!)
「どうしてそんな事を!! 一体何が原因だっていうんだ!」
「〝特別になりたかった〟のさ! 普通じゃねぇ、〝普通は嫌なんだよ〟!!」
「!?」
「やっと俺は特別になったんだ……へへ……ゾクゾクするだろ? 脳汁出そうなくらいぞくぞくじんじんしてさ……。皆が注目するんだ。生きてるって感じがするんだ。皆に認めて貰えてるって気がするんだよ!」
「そんな馬鹿げた事のために……人を傷つけて何になる!!」
「――うるせぇ!! 俺にとってはそれが全てだ!!」
森田の叫びが、昇降口のガラスにひびを入れたように響いた。
……森田っ!!
お前はいつからそんなことを言う奴になったんだ……っ!
他人の不幸すらも利用して、注目を浴びて何になる!!
そんなの……お前を見ているってことにはならないだろう!?
こんな事になる前に……ただ話してくれればよかったのにっ!
……昇降口のガラス越しに見える夕日が、いつの間にか赤黒く濁って見えた。
「さ、柳原。〝この前の晩の続き〟しようぜ?」
「――!」
「最高にバズってやるよ! お前を殺してでもなぁ!!」
(――森田を、終わらせなきゃいけない)
俺は涙を拭い、歯を食いしばって真っ直ぐ鬼の面をつけた森田と対峙した――。
楽しんでいただけていたらいいんですが……(;´Д`)
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